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26-22
フランスから日本に帰国しての初めての大仕事。律さんのコンサートの日に目の前の男と再会した。腹いせの様に、その時に帰国してすぐからメンテナンスをしていたのは宏明だったと本人から聞かされ、それだけではなく、その時から母親と宏明が繋がっていた事実を知らされた。
知りたくもなかった現実。
途端にすべてのピアノが汚らわしく思えて、今まで封印してた過去の記憶と感情が衝撃を受けたビックリ箱のように尚弥の中ですべて解き放たれてしまった。
「君が憎いのに久々に再会した君の姿はどこか光昭さんの面影があって·····憎いのに愛おしくて、壊してやりたくなった」
決して綺麗ではない、反吐が出るほどの宏明の感情が吐露されるたびに、
胸がムカムカして、気持ち悪くてやはり自分には受け入れがたいものだと自覚した。そんな男が以前のような威勢を失い、この場にいることが不思議でならない。
尚弥は右腕を強く左手で掴み、宏明の話を聞き続ける。
「だけど、大樹からもらった遺言の手紙に、光昭さんは君の幸せを一番に願ってるって綴ってあって、いくら君を妬んだところで俺は一生光昭さんの一番になることはないんだと思ったよ。それどころか、彼の大切なものを壊した挙句に苦しめた最低な男だ。だからもう·····光昭さんの優しさに甘えるのはやめたんだ」
表情は分からないが、言葉を詰まらせながら発せられた言葉に軽薄さは感じられなかった。彼の行動は不快だし、理解しがたいとしても、それぞれの愛の形があるのだと知った。父のことが狂おしいほど好きだったからこそ。純粋に宏明は光昭のことを愛していたと言えば綺麗に収まるのだろうか·····。
そして家族を見捨てたわけではない父親。
誰に対しても不誠実な父の行動の意味など今となっては誰も知ることはない。
自分の幸せを一番に考えてくれていたと言われても、大好きだった父親への失望は大きかった。
でも、罪を憎んで人を憎まずというように自分もこの男を少しずつでも理解し、受け止め、赦せるような人間になれたら変わっていけるだろうか。
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