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弦一さんと宏明がいる事務所から海岸方面へと車を走らせ湾岸沿いの墓地を目指す。父親がこの世を去ってから葬儀は疎か、眠る場所への挨拶にも来ることは一切なかった。罪を犯したくせに、自死を選ぶなんて自分勝手で偲ぶ義理はないと思って避けてきたからだ。 宏明と話して、父は宏明のことも同じ息子のように愛していた。傷つけたくないからこそ、その優しさが彼の愛情を暴走させ裏目に出てこんな形になってしまった。 少しずつ現実を受け入れ、許すことで父親との思い出が苦しいものばかりではなかったと改めることができたら·····。 何年ぶりかに父方の祖父母に意を決して連絡をし、場所を教えて貰っては近くの花屋で仏花を買った。霊園内に到着しては祖母の情報と園内の従業員に確認しては、木々に囲われ静かな地で手向けられた花に誘われて悠々と飛んでいく蜜蜂を横目に数多くの墓石から父親が眠る場所へと足を運ぶ。 洋型の長方形の墓石に『藤咲家』の文字と五線譜のイラストが彫られている ことから、父親が愛してやまなかった音楽を表しているのだと一目で判別できた。ここ半年以上は誰も訪れることはなかったのか、墓石の周りの砂利から雑草が生えていた。酷いというほどではないが、お墓参りの通りを知らない尚弥に「お参りは掃除が基本だろ?」なんて大樹が言うので、「なんで僕が…」と内心思うところはあったが、ぐっと堪えて周りの雑草を毟ろうとしゃがみ込む。 「これ使え」 ふと、目の前に黒い手袋が差し出された。 「お前がパーティの時に捨てた手袋。本当は軍手がいいんだろうけど、急だったから。ないよりマシだろ?」 記憶に新しい、昨年末の伊川のパーティーで会場の雰囲気からせざる負えなかった宏明との握手への拒絶反応で差し迫る悪寒や恐怖心から逃れるためにホテル会場のごみ箱に捨てた手袋。大樹のお見舞いで訪問した際に彼に返され、拒否したはずだったが未だ持っていたことに驚きを隠せなかった。 「なんでそんなもの未だに持ち歩いてんの。僕いらないって言わなかったっけ?」 「捨てられるわけないだろ。嫌かもしれないけど、作業するならそれつけとけ。治りかけの傷口がひらく。ちなみに洗濯してあるから衛生面では問題ないからな」 傷口もそうだが、草木を素手で触ることに多少の抵抗があっただけに、彼が差し出してくれた手袋はおおいに助かった。手袋を手に取り、鼻先に近づけるといつもの洗剤の香りがした。常に洗っては僕に返すタイミングを伺っていたのだろうか。

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