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「……いつもあんたがいるから助かってる。ありがとう」 父が見ている前だからか、面と向かっては言えなかったが気づけば大樹に向かってそう素直に呟いていた。 手袋を履いて手のひらをグーパーと開いて閉じてを繰り返し、履き心地を確かめる。常に指先を何かで覆っていないと不安だった頃の久しぶりの感覚。 今は6月末と言ってもそろそろ夏の本番を迎えようとしている。 気持ち的な安心感はあれど、これの一日中着けているのは、暑くて窮屈だっただろう。 紛れもなく大樹がいることで精神の安定剤になっていることには違いない。 「尚弥って素直になるととことん可愛いところあるよな。昔もさ、『大樹くん大樹くん』って懐いてくれてたの目に入れても痛くないほど可愛いくて何度もお前に救われてたの思い出した」 「うるさいっ。昔のことは昔だろ、あんたのそういう所嫌い」 こっちが素直に折れれば、直ぐに煽ってくる大樹は嫌いだ。 確かに無知だった頃の自分は、大樹への好意を子供ながらの素直さから表すことができていたかもしれない。だからと言って今、そんな風に戻れと言われても不可能な話だった。 これが尚弥の精一杯であり、煽られたことへの羞恥と奮起から毟った雑草を墓石を雑巾で拭いていた大樹に向かって投げつけた。 「こらこら、ご先祖様に向かって投げるな。光昭さんに怒られるぞっ」 大樹の説教など聞く耳を待たずにプイっとそっぽを向けると作業に没頭した。 一通りを終え、仏花を備え、線香に火をつける。 墓石の正面に屈むと両瞼を閉じて、両手を合わせて父親に向かってお参りをした。幸せだった父と母と過ごした思い出が想起して、きゅっと胸が痛くなる。 「親が離婚したら、子供はどっちの姓を名乗ってもいいんだ。親が子供のことを考えて、一緒に暮らす親の姓を名乗るのことが一般的に多いけど、僕は母の姓を名乗ることを選ばなかった。本当は大好きだったから、嫌いになりきれなかったんだと思う。あんな姿を見ても、僕にとっては誰よりも優しくて、音楽を教えてくれた父親のままだったから」 唇を噛みしめ、目頭が熱くなり、涙を堪えては背後で自分の姿を見守っているであろう大樹に静かに語りかけた。

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