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純粋に作曲のアドバイスを聞く気満々でいた尚弥はこの二人の話にイマイチついていけずに黙って聞いているだけだが、樫谷の話すビジネスの話がただの話ではなく尚弥自身の体をさしていることは何となく酔った頭で理解することはできた。 「ビジネス的なことなら尚更、彼はまだ世間知らずなのでマネージャーさん通してください。それよりもまた、僕の曲お願いしますね。今回のアルバムの表題曲も評判良かったので樫谷さんの僕の良さを惹きだしてくれる逸脱するセンスのおかげです。もちろんその時は吉澤さん通しておねがいしますね」 「ははは。律くんは相変わらず、おもしろいなー。流石レイナが惚れ込んだ男なだけあるな。あーでも、君の方がレイナのこと……」 「それの話は今は関係ないじゃないですか。それにもう終わった話です。·····彼の恋人に怒られるといけないんで彼はこれで失礼しますね。今日は祝いの席なのでゆっくりしていってください」 先ほどより強い力で手首を掴まれ、会場の外へと引っ張られる。 足が覚束ない尚弥は途中で足を床につっかけながらも、律さんについていった。ホテルのロビー二人掛けのソファーに乱暴に座れせられるとスマホを取り出し少し離れた場所で誰かに電話をしているようだった。 微かに『尚弥は俺が預かってる。今すぐ帝王ホテルに来い、さもなくば、酔いつぶれた彼がどうなってもいいのか』なんて強迫じみた言葉が聞こえてきては、一体どこにかけているのか。電話を終えた律さんは声音とは裏腹に頬を緩ませてニヤニヤしていた。 尚弥の目の前で屈むとどこからどう見ても国民的アイドルである律が目線を合わせてくる。 「尚弥くん、君はこの界隈よく知らないみたいだから仕方ないけど。今後露出が増えることがあるかもれないから忠告しておくよ。世の中にはいい人もいれば、悪い大人も沢山いるからお酒を飲むときは注意しようか?君がお酒に弱いことは僕も知らなかった落ち度はあるけど、君ほど気品がある人間は格好の餌食になること自覚したほうがいいよ。大樹の為にも……。あくまで大樹は一般人だからいざという時に君を助けてあげられるとは限らない。自衛はちゃんとしておくべきだよ」 「はい、しゅみませんでした」 クラシック音楽の業界とは違う芸能界との繋がりが強いこのような集い の砕けた雰囲気に完全に気を抜いてしまい、のまれそうになっていた。 そんな僕を律さんはちゃんと気に掛け、救ってくれた。散々警戒していたくせにいざ解放された途端これじゃあ二の舞踏んで笑われても何も言えない。

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