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的を射ている律さんの指摘から、自分の軽率さに落ち込んでいると「素直でよろしい。普段からそれくらい素直なら可愛げあるんだけどなー。まぁ、しばらくここで休んでな。君のフィアンセが来るまで僕がみててあげるから」と肩を叩かれる。律さんからフィアンセときいて、大樹が来ると理解した尚弥は安堵からか、気づいたらソファに凭れ、眠りに落ちては今に至ったのであった。 僕が横になったソファの前で余所行きのお洒落スーツ姿の律さんはともかく、人目見て判る、大学終わりのTシャツにスラックスのカジュアル姿で一流ホテルのロビーに佇む恋人の姿は滑稽だった。だけど底が大樹らしくて安心感を覚える。少しばかり眠ったことで酔いも僅かに醒めてきたのか二人の会話がはっきりと耳に流れてきた。 「尚弥くん、お酒弱かったの知らなくてさ。大樹も知ってた?酔っぱらった尚弥くん素直で渉太と非じゃないくらい可愛くてさ·····」 恋人の渉太しか眼中にない明らかな律さんの冗談を本気にしたのか、みるみるうちに顔を赤くし、表情が険しくなる。 「おい、それ以上言ったら·····」 「はいはい。嘘に決まってんじゃん。俺は一生渉太一筋だよ。でも君の恋人が不注意すぎて悪い大人の罠に引っ掛かりそうになってたから助けてやったのはホント、感謝しろよ」 律さんが話の矛先を自身に当ててきたことで大樹が此方を見遣る。目が合ってしまい、決まりが悪くなった尚弥咄嗟に顔を自らの腕に伏せて寝たフリをした。 「てことで、あとはよろしく。俺まだ関係者いるから帰れないんだわ。あ、きっちり俺が叱ってあげたから。大樹はしっかり慰めてやれよ」 そんな言葉を大樹に残しては、律さんの足音が遠くなる。律さんが機転を利かせて大樹を呼んでくれたのは嬉しいが、これはこれで気まずい。 先程の様子から大樹は確実に怒っているし、彼は今、学会の発表準備で忙しく、帰ってきてご飯は用意してくれていても、颯爽と自室に篭ってはパソコンと向き合っている時間の方が多かった。僕に構っているよりも一分でも一秒でも研究内容を纏めたいはずだ·····。 仕方ないと分かっていても寂しさは拭えず、気づけば大樹に触れてもらえた日のことを時折思い出して悶々とすることが多くなっていた。 嵐のように去っていた律さんの後に流れる沈黙。今、大樹がどんな表情をしてどんな気持ちでこの場にいるんだろうかと気になったが、伏せた顔を上げる勇気はなかった。 「お前、そんな姿ほかの奴に見せてくれんなよ·····」 微かに人の気配がしては、少しばかり怒気の込められた、しかし、温かみのある大樹の声が耳元にこだまする。

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