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「じゃあ、僕が退屈しないようにヴァイオリン弾いて。目と耳で僕を楽しませてよ」 そういえば久しく聴けていない大樹のヴァイオリン。決してプロの音楽家のように大勢の心を揺さぶるような演奏をする訳じゃない。不安定でどこか頼りない演奏だが、尚弥は彼のヴァイオリンが好きだった。 昔を想起させ、助けて上げたくなるような·····。期待を込めてそう提案を持ちかけてみたが、大樹は表情を曇らせて俯きがちに、尚弥の元へ向き直ってきた。かと思えば、腰を曲げ、詫びるように頭を下げられる。 「すまない。楽器を大切にしているお前に申し訳ないんだが、ヴァイオリンを自分の手で壊してしまったんだ·····だからお前に聞かせてやることできない」 「なんで?いつから?」 「俺が住む場所なくなった時から……理由は、お前にとったらただの言い訳になるから話したくない」 思い返せば本格的に僕の家に引っ越してきた時に、大樹の荷物にヴァイオリンケースは確かにあったが、ここ数ヵ月、彼が中身を取り出して手にしている所を見てはいない。ひとつ引っ掛かっていたことがあるとすれば、物置として使っていた一室を彼の部屋として譲り、移動作業で手伝った時に、たまたま彼のケースを見つけて触ろうとした尚弥に「尚弥、こっち手伝ってほしい」と気を逸らされてしまったことを、当時はいくら大樹でも大事な楽器を他人に触られたくないのだと納得していたが、壊れたヴァイオリンをみられたくなかったのではないかとも捉えられる。 大樹が楽器を粗末に扱うような奴ではないことくらい分かっていた。 家を出る前と言ったら、大樹が自身の両親と決別をしたことと関係あるのだろうか。過去の出来事から僕と共に生きることを許さない長山家。 あの厳しい母親と決別するために、何らかの事情があったのだろうか。 「ただ、ヴァイオリンを嫌いになったわけじゃないことは信じてほしい……」 僕のことを余程ガッカリさせたくないのか、必死に弁解してくる大樹の姿が いつもより愛らしくみえて、怒る気にはならなかった。嘘ではないのだと誠意は伝わる。

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