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うだるように暑く、わずかの精一杯の生命を使い、共鳴する蝉の交響曲も活況に入り、夏も終盤を迎える。残り忙しなく動いていた大樹の発表会も無事に終わた。自分の仕事も一段落着いた尚弥は約束通り、大樹と神奈川県内の星空スポットに来ていた。
お決まりのレンタカーを借り、夜道を走らせては南の海方面へと向かう。
大樹によるとそこは誰もが知る有名スポットらしく、天の川が良く見れるとかなんとか得意げに話していた。
確かに今日は天体観測には最高の天候らしく、海辺の岩場に三脚を立てて望遠鏡で観測している人が点在している。大樹は穴場であるスポットを熟知しているのか、尚弥を気遣い、人気のあまりないとこを選んでは足を止めた。目的地に到着するなり、大樹も本職だと言わんばかりに、周りの観測者同様に望遠鏡を持参してきている所が相変わらずというべきなのか。
「なんたって抜かりないよな。好きなことには恋人が隣にいようと関係ないんだもんな」
否定する気などないが、真っ先に三脚を組み立てだした時は流石の尚弥もどん引いた。接眼レンズでピントを調節しながらも天を眺めるのに必死の大樹に皮肉を込めてそう問うと、「まあ……やっぱり此処来ると体がうずくんだよ。尚弥もそうだろ?」と開き直った様子だった。
『あんたと一緒にするな』と否定したいところだが、人のことを言えないのは同じで、尚弥もピアノを目の前にすると体がうずうずして弾かずにはいられない気持ちは理解できる。音楽のことは常に考えているし、日常の微かな音も気になることからもはや職業病なのだと思う。
「そういえば尚弥、恭子さんには会えて渡せたのか?」
レンズから顔を上げた大樹が思い出したかのように唐突に問うてきた。日中、レッスン帰りに事務所に寄ったこと言っているのだろう。
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