3 / 10
【SIDE:M】
11月下旬――俺は、困惑していた。
「理人?」
「……」
「どうかしたか?」
丸いテーブルの向かい側から、俺を覗き込む壮年の男――の前にそびえ立つのは、世界中から集めたんじゃないかっていうくらい、たくさんのいちごが乗った巨大なパフェ。
「まずい?」
男は、パフェスプーンに生クリームを大盛りにし、ひと口で頬張った。
ペロリと唇を舐めてから、俺にも「手を休めるな」と視線で促してくる。
見下ろした俺の視界の中心には、できたてのクリームソーダ。
でっぷりと丸いガラスの中に作られた、夢の世界。
大きすぎるバニラアイスは、新緑色のメロンソーダの海に沈没寸前。
小さな三角コーナーの形に絞り出された生クリームの上に佇むのは、双子のさくらんぼ。
そこにあるのは、俺の理想通りのクリームソーダだ。
まずいわけがない。
「すごく美味しいです、けど……」
ちらりと様子を窺うと、目の前の男は、器用に片眉をひょいっと持ち上げた。
「けど?」
「本当に、こんなことでいいんですか? レッスン料、ちゃんと払いたいんですけど……」
男の名前は、赤羽 光之介 。
赤羽楽器店のオーナー兼店長兼講師で、佐藤くんの上司だ。
そして今は、俺の〝先生〟でもある。
期間限定だけど。
「言っただろ。彼氏の誕生日のために頑張るお前の熱意に絆されたんだって」
「でも……」
「いいだろ? 理人はこうして大好物のクリームソーダが食べられる。俺は、ずっと気になってたジャンボパフェが食べられる。一石二鳥じゃないか」
「そんなこと言って、結局いつも赤羽さんがお金払っちゃうじゃないですか」
「そうだっけ?」
赤羽さんは、白々しい態度で堂々としらばっくれてみせた。
仕草はすごく子どもっぽいのに、洗練された空気感は全然薄れない。
40代だと言われても、50代だと言われても、60代だと言われても納得してしまいそうな大人の男の余裕が、彼にはあった。
講師と生徒として出会っていなければ、そっち系の人だと勘違いしていたかもしれない。
赤羽さんのことを佐藤くんにいろいろと聞いてみたいけど、バレたらサプライズ計画がおじゃんになってしまうし……。
「赤羽さん……?」
そんなことをぐるぐる考えていたら、いつの間にか赤羽さんに頭を撫でられていた。
「そんなかわいい顔してると、食っちまうぞ」
くしゃくしゃと髪を乱され、ついでに脈拍まで乱される。
俺が慌ててバニラアイスをスプーンですくうと、赤羽さんは声を上げて笑った。
ともだちにシェアしよう!