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【SIDE:M】

 12月8日――俺は、興奮していた。  料理、よし。  ドリンク、よし。  ケーキ、よし。  ろうそく、よし。  プレゼント、よし。  いよいよ今日は、佐藤くんの誕生日。  たまたま水曜日の『ノー残業デー』に当たったおかげで、この通り、準備は完璧だ。  定時のチャイムと同時にオフィスを飛び出して、予約してあったケーキとシャンパンとオードブルを受け取って、ダッシュで帰宅し、ダイニングテーブルにセッティングした。  腕時計の入ったプレゼントボックスも隣に置いて、スーツを脱いで、シャツとジーンズに着替えて……あとは、心の準備を整えるだけ。  そわそわしながらその時を待っていると、午後九時半、玄関の鍵が開く音がした。 「ただいまー」  来た――! 「佐藤くん、おかえり!」 「はい。ただいま帰りましっ……た!?」  ダダダダダッと玄関まで走り、もそもそと靴を脱いでいた佐藤くんの手を思いっきり引っ張る。 「こっち来て、こっち!」 「ちょ、ま、待って、理人さん! 靴がっ……」 「いいから!」 「うわっ!?」  ドタバタとはしたない音を立てながら、転がりながらついてくる佐藤くんを無理やり引きずっていく。  そしてたどり着いたのは、俺たちの寝室。  あるのはベッドと、クローゼットと、  電子ピアノ。 「はい、これつけて!」 「いてっ!」  部屋に入った勢いのままピアノ用のヘッドホンを佐藤くんの頭に乗せると、佐藤くんが大袈裟に呻いた。 「ちょ、なんなんですか、さっきから」 「いいから! つけて!」 「はあ? もう……」  意味がわからない……とかブツクサ言いながらも、佐藤くんはヘッドホンを装着してくれた。  よし、これでミッションが遂行できる! 「えーと……お腹の真ん中にあるのが『ド』だから、ここが右手の親指で、それから、左に進んでいって、黒い鍵盤が並んでるところを通り過ぎて、ここが低い方の『ド』だから、左手の小指で……よし」  椅子に座り、佐藤くんの定位置を奪うと、習った通りに両手を鍵盤の上に配置する。  そして俺は、呆気に取られたままの佐藤くんを見上げた。 「これ、一個目の誕生日プレゼントな」 「え……」 「笑うなよ?」  この一ヶ月、必死に練習して、覚えた通りに指を動かす。  ドードレードー……ファーミー……ドードレードー……ソーファー。  指がずれないように、ゆっくりと、丁寧に。  ♪ハッピーバースデー・トゥー・ユー♪  ♪ハッピーバースデー・トゥー・ユー♪  小さい頃、家族や、友達のために、何度も歌ったこの曲を。  今夜は、愛する人のために――

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