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【SIDE:M】
ようやくたどり着いた最後の音を「ジャーン……」と鳴らし、俺はゆっくりと息を吐いた。
間違えたし、止まったし、何度も弾き直したりして途中は散々だったけれど、結果良ければすべて良し。
赤羽先生には「一ヶ月特訓してやった結果がこれか!?」とぶん殴られるかもしれないけど、生まれて初めてまともにピアノを触ったオッサンの一発芸としては、そこそこの出来だったんじゃないだろうか。
そんな風に自惚れながら顔を上げると、なぜか佐藤くんががっくりと項垂れていた。
あ、あれ?
期待してた反応と違う。
俺の予想では、今ごろ俺はいつものようにスイッチがONになった佐藤くんにベッドに押し倒されているはずで、俺は「しょうがねーな。そんなに嬉しかったのか? ん? かわいい奴め」とかなんとか年上ぶりながら、佐藤くんの頭をヨシヨシしているはずだった。
でも現実の佐藤くんは、俯いたままピクリとも動かない。
ま、まさか、下手すぎて呆れてる……?
心を満たしていた満足感と達成感が、急激に萎み始める。
この感覚は……ああ、アレに似てるな。
賢者タイム。
そもそも、こっそりピアノを練習して佐藤くんを驚かせよう! ……なんて、ミッションそのものが無謀だったのかもしれない。
音大卒で、暇さえあればピアノを触っているくらいピアノが大好きで、さらに今は、ピアノの先生として生計を立てている佐藤くんにしてみたら、いくら一ヶ月漬けして頑張ったからって、俺の演奏なんて、小学生以下だったんだろう。
いや、弾いているのがオッサンというマイナス要素がある分、もしかしたら、乳幼児以下?
生まれたてほっかほかの卵レベル……?
「ご、ごめん! 俺の考えが甘かった!」
「……」
「ちゃんともう一個プレゼント用意してあるかんんッ!?」
突然グンッと胸ぐらを掴まれたと思ったら、ブチュッと唇がひっついた。
息継ぎしようと喘いでも、角度を変えた口づけに、チャンスをあっさり奪われる。
「んっんっ、んっ」
ぬるりと侵入してきた熱い舌が、口の中をぬめぬめと動き回った。
喉の奥を舐め上げられ、閉じた目蓋の裏が疼く。
「愛してます」
耳の中に直接吹き込まれた思いが、俺の鼓膜を切なく揺らした。
言葉にならない感情がせり上がってきて、鼻の奥がツンと痛む。
「理人さん、愛してる……」
ああ。
俺も――
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