サジはエルマーの一言に、信じられないといった顔で見つめ返すと、まるで初恋が実ったことを喜ぶかのようなときめきを胸にいだきながら、頬を染めながら伺うようにエルマーを上目に見つめた。 「エルマー、それは、サジの苗床になってくれるってこと…？」 「ちげえだろうサジ。テメェが俺の苗床になンだよ。」 「っ、ああ…イきそうだよ、エルマー」 サジの頬が、エルマーの一言によってバラ色に染まる。黙っていれば綺麗なのに、その性癖が残念でならない。サジによって拘束を解かれたエルマーは、先程まで襲ってきたフオルンによって優しく地面に降ろされた。勿論サジとともに。 「サジとしけ込むのにも、フオルンと穴兄弟はちょっとなァ。」 「嫉妬かいエルマー‥君が口付けてくれればフオルンは引っ込めよ、ンンっ！」 サジがまるで、先程の初心とは真反対の娼婦のように婀娜っぽい仕草でエルマーの胸板に手を這わせてきた。ともかく属性魔法を持たないエルマーにとってのややこしい魔物をしまってもらいたい一心で、エルマーはやかましいサジのボサボサの髪を鷲掴むと、その唾液で濡れた唇に戸惑うことなく口付けた。 「っ、んん、ん、ふ、え、えるま、んぅ、っ」 じゅる、とサジの薄い舌に吸い付くと、そのままサジの両腕を拘束するようにして強く抱きしめる。 着地早々、何をやっているんだコイツラはと呆気に取られる親父の横で、ナナシは目を丸くして固まった。昨日ナナシしてくれたことよりすごいのを、この人にはしているといった戸惑いの表情だ。 まさかナナシがそんな顔をしているとは知らず、エルマーはサジの呼吸が追いつかないほどの激しい口付けをする。どれ位たっただろうか、ビクビクと背すじを震わせたサジの目がぐるりと上を向く。脳に酸素が回らなくなったのか、それとも別の理由か。サジのアホみたいな魔力で呼び出していたフオルンが黒くドロリと溶け落ちるようにして消えた。 それを目端に移したエルマーは、サジの体の拘束を解いて唇を離す。サジの震える舌とエルマーの唇を名残惜しげに繋ぐ銀糸を雑に拭き取り、ドシャリと崩れるサジを目にもくれずにペッと地べたにつばを吐いた。 「おーしっ、おわり。」 サジはひょろっこい。魔力はアホみたいな量だが酸欠にさせてしまえばしばらく目眩で動けない。 やっていることは完全にクズだが、イかせてやったのだからいいだろうとゴシゴシ口を拭いながら二人のもとにいくと、親父からは心底ドン引かれた顔で「あんた、屑だな…」と言われた。助けてやったのにこれである。 「ナナシ、悪かったなぁ。ほら、おいで。」 「えるぅ！」 ナナシはゴシゴシと目を擦るとバタバタ駆け寄り腰にぎゅうっと抱きついた。エルマーの後ろではサジが顔を赤らめたまま倒れたままである。そんなの知りませんといった具合のエルマーに頭を撫でられながら、ナナシは胸にわだかまったよくわからない感情を抱えつつちらりと見つめた。 だけどエルマーが見るなというので、時折ビクリと跳ねるサジを気にしないようにした。とても気になるけど、なんで気になるのかがわからないから無視をしたのだ。 親父は、あとその二人の様子をなんとなく羨ましそうにしながら、まだ名残惜しげに壊れた馬車を見つめる。 「金貨5枚…」 「あーもううるせえなあ。そこにいる変態にでも払わせればいいだろうがぁ。」 「払わせろっつったってよぅ、請求するにもあれだしよぅ。」 親父はちらりとサジの倒れた場所をみると、よろよろと起き上がっているところだった。 「お、おいぃ…さっきの兄ちゃん起き上がったけどまた襲ってくるんじゃあねぇだろうな…」 「無視。」 「んなことできんのあんたぐらいだろうが、おっかねぇ…」 サジはというと、ぼけっしばらく座っていたのだが、自分の産み落とした種に気が付くとうっとりとした顔でそれを掬い上げた。親父が恐れおののきながらそれを見つめているのに気が付くと、にやりと笑ってその大きな種子を口に含んだ。 「お、おいおい…種食っちまったけど平気かよぉ…」 「どーせ俺の唾液でも吸わせてんだろ気持ちわりぃ。」 「えぅ、わりぃ？」 「エルマーは悪い子じゃねぇよお。」 ナナシはエルマーの大きな手に握られた自分の手に嬉しそうにしながら、ちらりともう一度サジをみた。親父が食ったという種がなんなのか、唾液を吸わせるとはなんなのかと気になったからだ。 バチリとナナシの金色の目とサジの灰色の目が合う。まるでいままでナナシの存在など知りませんでしたといった具合に種を含んだまま目を見開いたサジが、思わずごくんと種を飲み込んだ。 ナナシはポカーンとした顔で、飲み込んだことを嘆くように顔を真っ青にして慌てるサジを見ていたが、エルマーの大きな手がそっとナナシの頬を撫でて意識をそらさせたので、その先はしらない。 サジはというと、ようやくエルマーの体液を染み込ませた我が子を口から吐き出す前にごくんと飲み込んでしまったので、それはもう慌てた。貴重な体液を纏った種を、死人に植え付けて育てるつもりだったのに食ってしまったからだ。 それくらいエルマーの隣りにいた見知らぬ少年に動揺してしまった。あいつは誰だ。サジのエルマーの横に立つあいつは。 今日のところは種を育てるために引くつもりだったが、それも無に帰した。ならばもう一度体液をもらおう、そのときにあの少年に脅かしてやればいい。エルマーの隣に立つのは自分だとおしえてやればいい。 サジはにやりと笑って、手のひらに魔物の花粉を召喚させるとフッと吹き付けてナナシの服に貼り付けた。これでどこにいても場所がわかるし、いざとなったら花粉を成長させてナナシを魔物の餌にしてもいい。やはりサジは頭がいい。そう自画自賛をすると、けぷりと種で満腹になった腹をなでた。 「ほらよ、ここがドリアズだ。全くとんだ帰宅になっちまったよ。」 「そりゃあこっちだってそうだっつの。てぇかなんで魔女にマーキングなんかされたんだぁ。」 親父に案内されて辿り着いたドリアズは、木造建てのメルヘンな建物がぽつぽつと立つ可愛らしい村だった。ナナシは街の中心に立つ大きな風車を目をキラキラさせて見上げている。始めてみたのか、家のあちこちに飾られた風車も楽しそうに見ていた。 「あぁ、多分馬車買ったときにはついてたんじゃねぇかなぁ。戦終わりに街に出回ったもんを安く買ったからよぉ。」 「ああ、だからあんなボロだったのか。」 「そのボロはもう跡形もねぇけどなぁ。ああくそ、明日からどうやって食ってきゃいいんだ。」 「親父ぃ、このへんギルドある？あと安宿。」 「あんた俺の話聞いてた？」 エルマーは意に介さず、相変わらずにマイペースだ。ギルドがあればボアの換金もできるし、装備を買える。金はあっても困らないし、ナナシの服だって買ってやりたい。 ナナシはエルマーの手を握りしめながら、白い小さなお花を見つけては摘みの繰り替えしで、小さな手にはちょっとした花束が出来上がっていた。 「ナナシはさっきから何してんだぁ？」 「えぅ、こえ、かわい。」 くふくふと笑いながら花束を握りしめてご機嫌だ。くんくんとかいではクシュンとくしゃみをしているが、ずびりと鼻をすすっては再び香る。ナナシは花が好きなようだった。 「…なぁ、その子は知恵遅れなのかい？可愛らしい顔して言葉があれじゃねぇか。」 「ナナシはナナシだ。言葉は俺が教えてく。」 「なんだか不思議な二人だなぁ。お稚児さんか？」 「ちっげぇ。拾った。俺に少年性愛の趣味はねえ。…多分。」 キスをしたし兆したけど、多分違うと思いたい。エルマーは自信があまりなくなっていた。 「えぅ、こぇすき？」 「花は食えねぇからなあ。」 「よくわかんねぇなあ、ほら、あっこがギルドだ。」 親父が呆れたようにいいながら、なんだかんだで案内してくれたギルドは、少し入るのが躊躇うようなギルドには似合わないお花畑が入口に作られていた。 ギルドといえば汚い荒くれ者の集まりが利用するので、もっと無骨な建物が多い。 エルマーは目の前の『魅惑の風車』という怪しげな看板に少しだけ後ずさりした。 「わぁあ…！」 「うっっわ。」 うげぇ。という顔のエルマーとは打って変わってナナシの目は輝く。花屋ばりの風貌だ、こんな入りづらいギルドはあってたまるかと心底思う。親父にも似合わねぇなぁと言われた。 「いくかぁ…道案内さんきゅ、これやるよ。」 「え、ちょっと、こいつぁ…」 まるで雑に投げられた布袋。チャリと音がする重さのそれを慌てて受け取った。親父は戸惑ったようにエルマーを見上げると、ナナシが花束から一本形のいいのを選んでおずおずと近寄ると、もじもじと照れながら手渡した。 「あげぅ…」 「お、おう…」 「おーい、ナナシいくぞー。」 「あぃ！」 たたたっとエルマーに駆け寄ると、その白い手で無骨な手を握りしめる。ギルドの扉の前、ちろりと振り向くと、ゆるゆると手を降ってからエルマーと共に扉の向こうに消えていった。 親父は右に布袋、左に白い花を握りしめたまま、なんだか小さな子に優しくされたような、そんなきゅんとくる仕草を目の当たりにして微かに頬を染める。嫁に虐げられている親父は、人の優しさに弱かった。自分の息子ももう成人しているし、あんなふうにかわいく手を振られると堪らない。 親父は久方ぶりの胸のときめきを心のうちにしまいながら、エルマーから投げ渡された布袋の中身を取りだした。 「ひ、ひぇ…」 チャリ、と親父のたこだらけの汚れた手のひらに零れ出たのは、まともな馬車が一台買えてしまう大金貨が一枚と、見たこともない色をした宝石のような魔石が数個。ここいらで取れる弱い魔物からは、それこそ曇った硝子のかけらのような魔石しかとれない。それだけに赤や青、緑といった宝石のような輝きの魔石の値段など、恐ろしくて聞くことができない。明らかに貰い過ぎである。 「く、口止め料ってやつかぁ？」 親父はなんとなく、変わり者の二人組だ。追われているのだろうと想像すると、いよいよそんな気がしてきた。ならば自分にできることは、なにか聞かれたら知らないということだけである。 親父はギルドの扉の前で深々とお辞儀をすると、ナナシから貰った白い花をくたびれたシャツのポケットに入れて、今にも舞い上がりそうな心地だった。これで嫁や母ちゃんに薬やらうまい飯を食わしてやれる。傷んだ屋根や窓だって張り替えられるかもしれない。 親父はもらったそれを大切に被っていた帽子の中に隠すと、軽やかな足取りで家路についた。