14 / 163

13

「ずるい!えこひいきだぞ!サジにもなんかよこせ!」 「ぜってぇ言うとおもったぁ。」 爺に別れを告げて工房を後にすると、サジが仁王立ちで工房前の道に立ちはだかっていた。 「サジ、こぇ。」 「んあ?あれ、サジにもやんの?」 「わけっこ。」 ムスッとした顔で仁王立ちするサジをみて、ナナシはエルマーに先程のパンを出してもらうと、その千切ったものをサジの口元に運んだ。 「ふむ。パン。」 「わけっこ。ナナシの、あげぅ。」 「サジにくれるのか!実に面白い!頂こう!」 昨日まであんなにサジ嫌い!と言いまくっていたナナシは、どうぞとパンを差し出す。サジも細いナナシの手首を掴むと、ばくりとそれを食べた。自分の手を持って食べるとは思っていなかったナナシは、そのままべろんと食べかすごと手を舐められると、驚きすぎてエルマーの後ろに走って隠れる。 「普通だ。サジのすきなパンは、もっと穀物の甘みが強い。」 「食っといて文句言うなっつの。」 エルマーはため息を吐きながらナナシを誂うサジを横目に、ガサゴソとインベントリを漁る。 以前エルマーが護衛のお礼にと言われて受け取った加護が付与されたミサンガを取り出すと、サジの手首をむんずと掴んで結びつけた。 「なんだこの紐。呪いを感じる。」 「商隊護衛んときのお礼に貰ったんだよ。俺は属性持ってねえから宝の持ち腐れになるとこだった。」 「きらきら!」 「悪くない。見たところ風魔法の強化。うふふ、サジは木だが風もできるぞ。」 ナナシは金と緑色のビーズが編み込まれた不思議なミサンガを見つめると、何だかそれが光の角度できらきらと輝くのが見ていて楽しくて仕方ない。 にこにこしながらサジの手首を見つめていると、ご機嫌なサジは手からポンと花を出した。 「童、パンの礼だ。サジは気分がいいからお前にこれをやる。」 「おはな!かぁいい!」 「おうおう、その調子で仲良くしてくれ。」 ナナシはサジの手を握ると、花を片手にご機嫌でエルマーの後ろに続く。ギルドに向かってから皇国に入ると言っていた。 サジはというと、握りしめられた手をみて頭に疑問符をいくつも浮かべながら、引っ張られるままにエルマーの後を二人は追った。 「えるぅ!おはな!」 「ナナシは花が好きだなあ。」 「む…????」 今まで長い付き合いの中、サジの理解しきれていませんといった妙な顔を見るのは初めてだ。ナナシは嫌いと言っていた癖に、花を貰ってからは「サジ、すき。」と言っていた。ちょろい。 結局ギルドに着いてからもずっとこんな具合で、ナナシは道中見つけて積んだ花をニコニコしながらサジのローブのポケットに差し込んでは、かぁいい。と言っていた。 「あー!!昨日の人!!!」 「おー、元気いいなおい。」 『魅惑の風車』についた瞬間、ガタンと椅子を倒して立ち上がった昨日の受付嬢は、エルマーの後ろにいたサジをみて再び悲鳴をあげた。 「種子の魔女!!!」 「サジのことをしってるのか。まあもう魔女では無いがな。」 「こいつ、昨日使役した。」 あっけらかんと言い放つエルマーに、益々顔を青ざめさせる。エルマーが簡単に使役したと言ったが、通常の対価を払っての契約は魔物のみに使う言葉で、再生可能な髪や血、皮膚など契約者が自分の好きなものを選んで与えることが出来る。 一方使役は、人型の魔物や妖精などに使用する。呼び出しに応じれば力を貸してくれるが、人型魔物は上位種だ。答えないものも多い。対価も使役される側の力が強いため、向こうが提案するものを払わなければならない。腕や右目、腎臓など。一つしかない再生不可能なものを要求されることも多く、リスクを伴う。 昨日使役したというなら、しばらくは対価を支払った体が悲鳴を上げていてもおかしくはないというのに、目の前のエルマーはなんにも問題はなさそうだ。まさに規格外、魔女も使役出来るだなんて知らなかった。 「ふむ。女、勘違いしているようだからサジの登録を見てみればいい。」 「おい、くっつくなって。」 「と、登録…?」 サジはエルマーの肩に顎を乗せながらにやにやと指示をすると、サジの登録証に所有者死亡と明記されていた。 じゃあ目の前のこの男はなんだというのか。真っ青な顔で見上げると、サジは面白がるようにしてゆっくりと姿を消した。 「ひぇ、っきき、ききききえた!?!?」 「おれもよくわかってねぇんだわ。あれなに?」 「ししし、しりません!!過去に魔女が死んで、使役されたとか聞いてませんもの!!」 「あ、やっぱそんなかんじ?まあわかんねーから取りあえず元気なゴーストで登録しといてくれ。」 エルマーはギルドカードを渡すと、受付嬢もわけがわからないまま使役、または契約をおこなっている魔物や妖精の欄に、不明。元気なゴーストと登録した。こんなんでいいのだろうか。たまに名称が不明の魔物も生まれることもあるので採用されたシステムだが、まさか登録も名前でなく元気なゴーストでされるとは思わなかっただろう。 エルマーは登録が終えたギルドカードを睨みながら、恨めしそうにSのカードを獲得規定を見せつけてきた受付嬢に苦笑いすると、そういえばと言わなきゃいけないことを思い出した。 「お嬢ちゃんよぉ、ちょっと面貸せる?」 「なな、なんのお誘いですか!」 「いや、最近山鯨の子供が取れたって話聞いてよ。」 「山鯨!?子供!?どこのどいつですかそれぇ!」 「いや、だからそれを聞きてぇんだけど…」 山鯨の子供と聞いて大いに慌てたのか、やけに重々しい台帳を開くと、山鯨というワードを陣に書き込んだ。これはギルド職員のみが使える検索機のようなものらしく、登録してある魔力にしか反応されないらしい。 「直近の買い取りがあるとしたら皮と肉ですが、本体ではなさそうですね。この部位だけじゃ判断できないなぁ…」 「まあ切ってから持ってくるよなぁ、そんなでけぇの。」 「でも滋養の果実は納品されてませんでした。大人を狩って肉や皮膚よりも高額な果実を売らないとか、ちょっとおかしいですよね。」 「ギルドは通したらしい。てこたぁ、自分で食ったのかね?」 「瀕死の身体を一口で回復する果実を!?売りませんか普通!!」 むしろお目にかかりたいくらいなんですけど!と熱烈に語る受付嬢は、メガネを曇らすほどの興奮だ。山が一つ崩れているという事実も確認できたらしく、この感じで行くと直近で納品されたであろう皮と肉が、おそらくその山の主として住み着いている山鯨の子供だろうというということになった。 討伐したのはやはり若い男だったらしく、従者をパーティー登録して連れていたことから貴族だろう。 ギルドの規定を読み込まない若い冒険者に対し、憤りを隠さない様子は職員としては真っ当だが、鼻息が荒いのは女子としてどうなのか。 エルマーはその勢いに若干引きながら、まあとにかく周知をよろしくと一言告げると、また来るといって背を向けた。 今聞いたことを素早くメモにとっては早速仕事に取り掛かる彼女の様子を見て、もう逃げてもいいだろうと判断したのだ。 ナナシは受付嬢にばいばいと手をふると、にっこり微笑んで手を振りかえした受付嬢が、しばらくしてまたしても逃げられたと顔を青ざめさせた。 ランクカードの話からうまく逃げることができたエルマーは、背後で「そこの二人組まちなさい!」という声を聞きながら、ナナシを小脇に抱えて皇国に繋がる街道に向けて走り出した。 また来る。は嘘ではない。言葉の前に、いつかの3文字がつくだけで。 「ほしい!何だあのきのこ!苗床にしてサジの子供を育てたい!」 「んなこと言ってる場合かァー!!!」 エルマーは半ばキレながら道中突如として湧き出した謎のキノコの魔物を相手に手こずっていた。 謎のキノコは最初は切り株に座っていた。人間のようにちょこんと。 それを最初に気がついたのはナナシだった。 「…ふぉ。」 なんだあれは。ナナシは目をゴシゴシしてもう一度道半ばの切り株を見る。ドリアズを逃げるように出てきてから半刻ほど。背の高いサジもエルマーも、その謎の物体に気づいていないのか、地図を片手に道の確認をしていた。 ナナシが気づいたのは本当に偶然で、道端の黄色い花に止まっていた蝶々をしゃがみこんでじっと見つめていたのだが、飛んでいくそれを目で追った先にそれはいた。 「ううん、道はこのまままっすぐいきゃいいんだろうけど、しくった。ドリアズで飯食ってからにすりゃあ良かったなぁ。」 「途中で狩ればいいだろう。サジは香辛料持ってるぞ。」 「まじ?なら腹減ったらボアの肉それで焼きゃあいいか。」 頭上でエルマーが飯屋がないことを嘆いていたが、どうやら解決したらしい。ナナシは頬を染めながら、切り株にリラックスして腰掛けては、そのちんまい足をゆらゆらと揺らす太めかしいオレンジ色のキノコが気になって仕方がなかった。 「えるぅ…」 ナナシはちいさく名前を読んだが、聞こえなかったのかサジとくだらないやり取りをしていてこちらを振り向かない。あれが何なのかを知りたいナナシは、恐る恐るきのこから目をそらさずに少しだけ近づいた。 「…つおい…。」 ナナシの気配を察知したのか、そのズングリした笠を震わせて振り向くと、ピタリと動きを止めた。 距離はまだ離れているが、ナナシの好奇心に満ち溢れた輝く瞳に気圧されたのか、ぴょんぴょんと切り株から飛び降りると、キョロキョロとあたりを見回すような素振りを見せる。 体をひねるたびにふわふわと胞子が舞い、あたりの地面にそれが触れては消える。 ふわふわできらきらだ。ナナシはそれがとても素敵に見えて、エルマーたちにも見てもらおうとニコニコしながら二人のもとに戻った。 「サジ!えるぅ!あぇ、つおい!」 「あ?なにがすごいんだ?」 「きのこ!つおい!」 「ほう、」 ぴょんぴょん跳ねるナナシの言葉に、エルマーはきのこも焼くと美味いよなと言いながらナナシの指差す方向を見つめた。 サジは、菌類は木に寄生するのであまり得意ではないが、何故かナナシの指差す先を見つめたまま固まったエルマーが気になって、なんとなくサジもエルマーに続いてナナシの指差す先を見上げたのだが。 「見間違いじゃなけりゃ、立ってるよな。」 「うむ。二本足で立っている。」 「かぁいい。」 え、全然可愛くないんですけど。そんなことを思いながら、エルマーはむちむちに太ったオレンジ色のきのこがピルピルと先程から笠を振っては胞子を撒き散らしている。その様子を引きつり笑みでエルマーは見つめた。 「サジ。お前って火魔法使えたっけ。」 「サジは木と風だ。」 「だよなぁ。」 胞子が触れた地面からは、先程から不穏な振動を感じる。キノコの魔物は大概たちの悪いものが多く、対処法は火で一掃するのが望ましい。 撒き散らされた胞子はどうなるかというと、こうなる。 「おわぁぁぁあああきめえええええ!!!!」 「ふはははは!!!凄いなキノコ!!サジも引くほどの繁殖力である!!」 「きのこつおい!!わあー!!」 そして先程の状況にもどる。 ボコボコと突如として生まれたおびただしい数の子株が地面を突き破り笠を出す。エルマーは慌ててその津波のような勢いで吹き上げる大量のキノコから逃れるためにサジとナナシを抱えあげると、一息に跳躍した。 「うははは!!たかいたかい!!もっと翔べエルマー!!」 「エルマーつおい!!」 「あああむりだああおちるうううう!!!」 何も考えずに跳躍したせいか、先程の足場は既に埋め尽くされている。あとはもう自由落下しかない。落ちたらあの気持ち悪いキノコの群れに突っ込む他ないのだ。せめてなにか足場になるような木があれば、と思った瞬間サジと目があった。 「サジ足場ァ!!!」 「む、エルマー!」 意図を察したサジが、指先を下に向けて名前を叫んだ瞬間、地面を一気に突き破りながらフオルンが出現した。下からその身を捻るかのようにして現れた木の魔物は、すぐにその蔦を絡ませて足場を作るとエルマーはその上に降り立った。 「だから名前かえろってぇ!!」 「なにをいう。お前がパパだよエルマー!!」 「はわぁ…つおい…かこいい…」 パキパキと音を立ててフオルンが全体を地面からズルリとその身を持ち上げる。ミノタウロスを苗床にしたせいか、まるで牛のような形をした木の魔物は勢いよく迫ってくるキノコを一瞥するとその身を震わせて土の養分を一気に吸い上げた。 「ふはははは!!!吸え!!吸い尽くしてしまえ!!性も根も全てその身の糧にするが良い!!」 「助かったけどセリフが悪役ゥ!!」 エルマーと名付けられたフオルンが、ジュルジュルとその蔦で土壌の栄養を吸収するにつれて地面はピシピシとひび割れる。糧がなくなったキノコは面白い位に乾燥していき、ボタボタとその地面を乾燥したキノコが埋め尽くしていく。親株であるキノコはもう振りまく胞子が尽きたのか、ぴょんと体を跳ねさせると勢いよく走り出す。 短い足をちょこちょこと動かしながら移動するその様子がやけに愛嬌があって腹が立つ。 エルマーはフオルンから飛び降りるとその腿につけておいた暗器を勢いよく投げつけてその笠を射貫くと、ぽてりと軽い音を立てて地べたに転がった。 「くそ、しばらくキノコは食いたくねえ…」 フオルンによって優しく地面におろしてもらったサジとナナシは、足元を埋め尽くす大量のキノコを見て大はしゃぎだ。仕留めた親株の体をインペントリにしまおうとした瞬間、目を煌めかせたサジがエルマーと魔物の間に滑り込んできた。 「サジにくれ!!やりたいことがある!!」 「おわっ、ま、まあいいけどよ…また苗床か?」 「実験だと言ってくれ。うふふ、増殖の特性持ち。ならばこの種にしようじゃないか。」 サジは手のひらを合わせると、ポロリと細かい種を出現させた。下から産む以外もあるのかと呆れていると、にやりと笑う。 「魔物とセックスしたら下から産むぞ。腹に仕込んでいるからなぁ!」 「マジモンの種付けじゃねえか…」 大きいものは腹から出すのがモットーだと言うサジの性癖に渋い顔をすると、まるで豆のような黒い粒をみたナナシが背伸びをしてサジの手のひらを覗き込んだ。 「サジ、こぇなに?」 「吸血花だ。毒で麻痺させてその根を踏んだものに食らいつく。とてもきれいなお花の種だ!!」 「ああ、また悪趣味なもん育てんだなってことはわかった…」 あまりにも治安の悪い説明に顔を青ざめさせているナナシを宥めると、サジはその種を軽く噛み唾液を染み込ませた。いわくこうすることで親を誰かわからせるらしい。それを腹と思われる部分を切ったキノコの内側に埋め込むと、サジはニコニコしながらキノコの躯を抱き上げた。 「うふふ、サジがママだぞ。大きくなるが良い。」 「これ食えんのかな?」 「えぅまー!きのこいっぱい!」 サジが母性をにじませている間、ナナシとエルマーはフオルンに手伝ってもらって乾燥キノコを一箇所にあつめていた。布袋いっぱいにつめたそれをインペントリに入れると、なんだかなあとため息をついた。 皇国につく前に、すでに疲れた。まだ村を立って三十分しかたっていないのに。

ともだちにシェアしよう!