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「だぁから、別に隠してるもんだってなんもねぇって。」
エルマー達三人と一株は素通りできればいいなと思っていた城門の入り口、衛兵の詰め所で宣告通り待機させられた。
むさ苦しい詰め所の無骨なレンガがむき出しになった椅子しかない待機場所で、先程サジが中指を立てた衛兵が偉そうに腕を組みながら見下ろしていた。
「それは貴様が決めることではないな。俺たちが決める。とりあえず生意気なその男は俺が直々に検分してやる。」
「サジのことか。面白い、貴様の方こそサジの苗床にしてやるから覚悟しておけ。」
「だーーーからお前はなんで好戦的なんだ!マイコニドはそこでおとなしくしてろ。」
サジのやる気とともに立ち上がったマイコをエルマーが止める。主の危機と合っては駆けつけんとばかりのやる気である。傘を震わして準備運動のような動きをすると、ナナシが面白そうにそれを見つめた。
あとから入ってきたもう一人の衛兵はここの責任者だったようだ。昼間から酒を飲んでいたのか若干熟柿臭い。国の管理が端の詰め所まで届いていない証だ。男はマイコのちいさな手を握って大人しくしていたナナシに目をつけると、おもむろに被っていたフードを外した。
「あ、っ」
バサリと剥きとるように晒されたナナシの烏珠の黒髪がサラリと溢れる。髪を掴まれて痛かったのか、頭を守るようにして抱えると、怯えたように見上げる。ナナシのとろりとした瞳に加虐心を煽られたのか、遠慮のない不躾な瞳が嫌らしく歪む。
その扱いをみたエルマーは、落ち着いていられるほどできた人間ではない。
「ふん、黒髪か。魔物と同じ色の男娼を連れて歩くとは縁起が悪い。」
「あ?てめーこそ糞みてぇな髪の色してんだろうが。」
「この俺の豊かな髪を糞だと!?」
「生まれつきの髪をとやかく言ったのはてめーが先だろうが、ああ!?」
ゴチンとお互いの額をぶつける程の距離でメンチを切る様子に、サジはゲラゲラと楽しそうに笑う。先程好戦的とサジに言ったばかりの本人がこれだ。
戸惑うナナシがフラフラ立ち上がりエルマーに抱きつくと、その小さい体で止めようとした。
「おいナナシ、面白そうだから見守ればいいとサジは思うぞ。」
「だめ!いたいのだめ、える!」
「入ってきたときから面構えが気に入らなかったんだァこのクソジジイ!」
「若造が!敬語すら使えんクズとはお里が知れる。」
「てめぇに教えるお里なんかねぇわ表出ろコラァ!」
「えるぅ!!」
腰にしがみついたままついにナナシが怒った。もちろん罵倒するような語彙は持たない。ただ今まで聞いたことのないような強い語気に、エルマーはぐっと詰まると衛兵から離れた。
「ふん、このまま拘束して牢屋にぶち込んでやってもいいんだぞ。」
「あ゛!?」
「うう!め!!えるだめ!!きらい!!」
「ぐぬ…」
渋々、本当に渋々エルマーがどかりと腰を下ろす。そもそも、目的があって皇国に来たのだ。それが終わればこんなところさっさと出ていくのに。
エルマーは懐からクシャクシャになった手紙を出すと、衛兵に突きつけた。
「頼まれごとなんだよ!それさえ終わりゃ、こんなとこさっさと出てってやらァ!ダラスってやつ呼んで来いや。」
「うふふ、ガラが悪いエルマーも悪くないな。」
ケッと吐き捨てるエルマーにしなだれかかると、サジはニヤニヤ笑いながらエルマーの手の中の手紙を引き抜く。
「む。差出人がないじゃないか。」
「クラバット見せりゃわかるってさ。だからおめーじゃなくてダラス呼べって。」
未だふんぞり返っている衛兵にそう吐き捨てると、サジの手から手紙を奪い返して懐にしまう。
身体検分もさせろというなら全裸になったって構わない。それで向こうが満足するならだが。
「ふん、ダラス様の名を軽々しく口にするでないわ。お前のような不届き者が知り合いなわけ無かろうが。」
「だから俺だって知らねえって!手紙とクラバット渡すだけなんだからよ!何回言わせんだこの鶏冠ぁ!」
「なんならサジの体を検分してくれてもよいぞ。つふふ、脱いだら通してくれるのだろう?」
にこにこしながらサジが言うと、やはり下心があったのか値踏みするように舐めるような視線でサジを見つめる。ナナシがむっとしながらサジの前に立つと、サジは面白そうにナナシをみた。
「おや、ナナシがサジを守ろうとしている。お漏らし坊やが頼もしいことで。」
「サジ、言うのやあ!!」
「うふふふふ。」
サジがナナシを虐めている横で、ついに限界を迎えたエルマーは、半ばキレながらマントを外した。そのマントの上にインペントリや内側に仕込んでおいた装備、暗器の類などをがちゃがちゃと音を立てて落としていく。ナナシもサジも、急に無言でストリップし始めたエルマーをぽかんとした顔で見つめる。
「おい、なんでおまえが脱いでいる!」
「身体検分すんなら頭が一番手っ取り早いだろうが。それとも俺のはみたくねぇってか?」
上半身にまとっていたシャツを脱ぎ捨てると、男らしい太すぎないしなやかな筋肉が顕になる。
戦うものの肉体だ。実用的に鍛え上げられた無駄のない体は腰回りがきゅっと細まり見事なシックスパックを見せつけた。
背中の傷は一つもないかわりに、腹にはなにかに裂かれたような引き連れた傷があった。
「ぐっ、」
「おらどこまで脱がせる気だよスキモノ。検分すんならさっさとしろっての。」
そのまま腰のベルトまで抜き去り、ボトムに手をかけようとしたときにストップがかかった。
「わかったわかった!!ったく、下着まで脱がんでいい!ったく、おい!誰かこいつの体検分してやれ!」
「お手柔らかにヨロシクゥ。」
急に連れて来られたのか、戸惑の色を浮かべながら若い衛兵が入ってきた。ガラの悪いエルマーにビクリと体をはねさせた若い衛兵は、上半身裸に両サイドを美貌の男と紅顔の美少年を侍らせたエルマーの姿に治安の悪さを感じた。
ゴロツキを相手にするとはまた違う恐ろしさだ。取って食われかねないと思いながら、エルマーを壁側に背を向けさせて両手を上げさせると、その体におかしいところがないかをぺたぺたと触っていく。
「若いのにんなとこに配属されて、おまえも苦労するな。」
「…城門警備は国に入る害悪を防ぐために必要な部署だ。」
「おうおう、クソ真面目ちゃんかい。」
つまんねえ男。とエルマーに言われながらも黙々と検分を終わらせる。特に変なところはなかったので解放すると、サジは裸のエルマーに飛びついた。
「おい、勃起した。サジとしけこもう。仕方ないからナナシも一緒でかまわない。」
「おっとぉ、ツレがこれだからここでヤるしかねぇかあー?」
まるで今にも服を剥かんと言わんばかりにサジの腰に手を回すと、遠回しに早く解放しろという。やすい三文芝居だが、エルマーがクソ真面目とからかった若い衛兵は顔を赤らめながら大いに慌てた。
「おい!風紀を乱すのは許さんぞ!検分はもう終わった!さっさとでていくがいい!」
「話がよーーくわかる若手でなによりだァ。頭錆びついてん上司とは大違い。」
エルマーが服を拾うと、サジはつまらなさそうに唇を尖らす。この場所でエルマーと公開セックスもまた一興と思っていたらしい。サジの三文芝居はマジだったようだ。
ナナシは武器のホルスターを手に取ると、シャツを着込んだエルマーに差し出した。
ようやくこの息苦しいところから解放されるのだとわかるとホッとする。
ナナシは知らない男の人達に囲まれて疲れたようで大人しい。
マイコはぴょんと立ち上がると、まるで自分の役目だと言うように、その小さな手を握りしめた。
「……。」
「なんだどうした、具合でもわりい?」
「うぅ、」
城門をたたきだされるようにして皇国にはいる。ナナシはというと、マイコに手を引かれるようにしてとぼとぼとついてきていた。
ナナシは自分がここに来るまでエルマーの足手まといになっていたことを自覚していた。だから目的地についてホッとするエルマーをみて、もしかしたら自分はここで別れを告げられるのではないかと思ったのだ。
でも、怖くてそれは聞けない。ナナシもサジのように使役されたい。そうすればずっとそばにいられるのに。
「…ぅー‥」
うまく言葉が出てこない。エルマーの服の裾を握りしめてはうんうんと悩む。なんて言おう、嫌だな、おいていかれたくないな。
視線で訴えることも知らないナナシは、悩みすぎて疲れていた。だから結局何も言わないで、こうして諦めて服を離した。
「おい、どうした。なにがいいたい。」
「んう、」
眉間にしわを寄せたサジがナナシの口を親指で開く。大人しくかぱりと開けたナナシは、困ったようで、それでいて少し泣きそうな顔でサジを見上げた。
「ふむ。なかなかいい顔をする。」
「いじめんなっての。」
「あいた。」
ぺしりとサジの頭を叩くと、エルマーはナナシを抱き上げた。ナナシの情緒が揺らいでいるときは、こうして抱きしめてやるのが一番きくとわかっているからだ。
なんだか保護者のようだなと思い、そして昨日のやらかしを思い出して自分で落ち込んだ。
抱き上げられたナナシはというと、ゆるゆるとエルマーの首に腕を回してしがみつく。ぽんぽんとあやすように背を撫でてやれば、ひときわ強く抱きついてきた。
「このままダラスの所へむかうのか?」
「場所がわかんねえ。ひとまずギルド…の前に宿屋と結界紐買わねえと。」
「ああ、幽鬼に切られたのか。よほどぼろっちぃのつかってたのだなあ。」
「戦争んときのやつ。」
「おい、それは流石に不精すぎるだろ。」
サジも引くレベルだったようだ。
ギルドに行けばお目当ての結界紐も買えるだろう。
エルマーはまずは宿屋を探すことにして、見つける途中で昼にでもするかと算段をつける。そろそろ腹も減る頃だし、元気がないときは肉を食えば大抵のことはなんとかなる。
それは雑なエルマーならではの信条なのだが、ナナシも男なのできっと同じだと思っている。
「サジはこの先のバルがすきだ。」
「ああ、出入りしてんだっけ?」
「というか、前に来たときに契約を持ちかけられたのがそこのバルだ。」
皇国と言う割にはここらへんは雑多な感じがする入り口付近の町並みを眺めながら、馬を引いた出入りの商人や冒険者が行き交う通りの一角を指さした。
そこは古ぼけた看板がキシキシと風に煽られて鳴くなんとも色褪せたような店だった。
店先に出ていた板を覗き込むと、どうやら飲み屋兼紹介屋のようだ。なんでも顔が広い飲み屋の親父が仲介してギルドのマネごとをやっているようで、
紹介料も特にもらっているわけでもなく、ただ飲み食いして縁があれば紹介するというおせっかいじみた店らしい。
こんな雑な感じでトラブルとかは起きないのかとは思ったが、ギルドもなんだかんだ管理していてもトラブルは起きるときもある。エルマーは先入観をすてて飲むだけならいいかと、ナナシを抱っこしたままサジと中に入った。
「エルダちゃん!!!」
「エルダ?」
いらっしゃいとお決まりの挨拶の後、カウンターに座っていたやけに貴族じみた洋装の男が、目を輝かせてそう叫ぶ。
一体なんだと隣を見ると、サジはにこにこしながらその男に抱きついた。
「おお!久しぶりだなあ!エルダの肉豚、留守にしていた間もきちんと約束は守ったか?」
「ああっ、もちろんだよエルダちゃん!!会いたかった、君に見せたいものがあるんだ。今夜二人で会えないかい?」
「うふふ、しばしまて。エルマーに聞いてみる。エルダは今、使役されているのだ。」
エルダと呼ばれたサジは、肉豚扱いする男にいやらしく尻を揉まれながらも酷くごきげんだ。エルマーはドン引きするような目でサジを見つめると、肉豚と呼ばれた男は目を見開いた。
「使役だって!?ああ、なんてことだ!!エルダちゃんは自由な小鳥だというのに、今は鳥かごの小鳥なのかい!?それならば僕が囲ってしまいたかった。」
こんなに人で賑わっているのに、なんでだか二人の世界を作ってしまっている。エルマーは付き合うつもりはないとそのまま空いているテーブル席に向かうと、ナナシを隣に座らせてメニュー表を開いた。
「ナナシは鱒と果実くらいしか食ってなかったもんなあ。どうする?肉の煮込みとか食う?」
「える、とがいい。」
「俺と一緒のでいい?」
「える、と、いっひょ。」
二人でメニュー表を覗き込みながら、文字がわからないナナシにこれはこうでああだと説明をする。
首を傾げながら時折エルマーを見上げては顔色をうかがう。ナナシは基本的には一緒のものが食べたいので、エルマーは少し多めの煮込みを一つ頼んで二人で分けることにした。
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