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翌日、ギルドへの討伐報告に向かう為に、朝からエルマーは一苦労していた。 「イク。」 「だから、お前がついていくとややこしくなんだよ。」 「ナナシ、イッショイク!イクー!」 「イクイクうるせ、うわばかやめろいだだだだ」 ガジガジとスーマ2号に頭を丸かじりにされながら、長い尾を引っ張って引き剥がそうとする。ナナシはせっかくベッドで気持ちよく寝ていたのに、なんだか二人が騒がしくて起きてしまった。 「んんう…ふあ、」 なんだか面白いことになっている。ぽやぽやする思考で声のする方を見やると、エルマーとスーマ2号がドッキングしていた。 「ちょ、ナナシ…これ、これとって。まじ、頭かじられたまま行けねえから。」 「オシャレ」 「んなわけあるかァ!」 「おいで、」 ぐぱっとエルマー頭から口を離す。おかげで髪はよだれまみれである。エルマーは手でその不快な粘液を拭うと、げんなりしながら浴室に向かっていく。もう一度シャワーを浴びるためだ。 「んんん、んー、」 「イッショイタイ。」 「んー、なまえ、なまえ」 「ナマエ!!」 ナナシの膝の上に大人しく座りながら、その丸いうつくしい瞳を潤ませてナナシを上目に見つめる。 スーマと親の名前で呼ばれると、別にいいのだが物足りない。そう訴えるような目で見つめていると、ナナシが銀色の毛並みを撫でながらふにゃりと笑った。 「ぎんいろ、ぎんいろ!」 「ギンイロ、ギンイロ!」 毛並みの色に沿ってつけた安直な名前だが、ギンイロは気に入ったようでぺろぺろとナナシの顔を舐めた。 「んと、あげれるもの、ない…」 「ナマエダケ、イイヨ」 「いいの?」 「ナナシ、ギンイロカラキタ。イイヨ、」 通常はテイムした魔物に名前と私物を与えることで従魔になる。だが従魔になる前段階の契約を行わず、ギンイロの意思でそばにいるといった。 普通ならあり得ないことだ。ギンイロは精霊に分類されるのだが、妖精や精霊に名前をつけるということも普通なら許されない。何にも縛られない自由な存在として、身近に隠れるように潜んでいるからだ。 ギンイロがそれを理解しているのかは知らないが、ナナシはギンイロが好きなようにするのがいい。そう思って深く考えずにうなずいた。 今日は晴れである。ナナシは寝起きにギンイロと一緒に昨日の残りの果実水を分け合うと、宿の窓から青空を見上げてくふんとわらった。 ぺしょぺしょとナナシからもらった果実水をのむギンイロの毛並みを撫でていると、浴室からエルマーの雄叫びが聞こえてきた。ナナシとギンイロはお互い顔を見合わせると、とたとたと浴室に駆け込んだ。 「えるまー?」 「ばかばかくんなっ」 「2日ぶりだなあエルマー!!!ちんこよこせっ!!」 「だああ!!てめえは穴の休む日をつくりやがれ!!」 バタン!と扉が開いてころげでてきたのは、裸のエルマーの腰に抱きついたサジだった。 シャワーの最中に突然現れたらしく、エルマーいわく下半身に違和感を感じたと思ったらそこにいたとのことだ。 おかげでサジもびしょ濡れだ。ナナシは2日ぶりのサジを見ると、慌てて駆け寄って抱きついた。 「さじ!!」 「む。」 「ナナシは濡れるからあっちいってろって、おわあ!!」 二人分の体重を支えきれずにべシャリとコケる。後頭部をぶつけたのか、のたうち回っているエルマーをそのままに、ナナシはサジの腰にしがみついたままご機嫌に頬擦りした。 「おやあ、なんだかやけに懐くじゃないか。なんだどうした。サジにでもくらがえするきかあ?」 「サジ、ぶじでよかた。おかえり!」 「そんな穏やかに腰の心配をされるとは。うふふ、繁殖してきただけである。まあ動けなかったのも事実だが。」 エルマーを踏んづけて起き上がると、ナナシの両脇に手を入れてサジが持ち上げる。すかさずギンイロがナナシの体を駆け上がって頭の上を陣取ると、ギザ歯を見せつけてブンブンとしっぽを振った。 「何だこの毛むくじゃら。」 「ギンイロ!ナナシのおともだち。」 「ヘッヘッヘ」 息遣いとも笑い声とも付かぬ声を上げたサジを見つめるまんまる一つ目の精霊にサジが目を丸くすると、思わず驚きすぎてパッと手を離した。 「なんと、精霊!」 「うわっ、」 「ぐへぇっ!」 起き上がろうとしたエルマーの上にナナシが落ちてくる。エルマーはナナシの体に腕を回すと、何なんださっきからと、すでにぐったりしていた。 小さい背についた羽をパタパタさせながら、ひょろ長い猫のようなギンイロは、ふんふんとサジの匂いを嗅ぐ。サジはギンイロの好きなようにさせながら、頬を染めておとなしくしている。なんだかサジらしくない光景に、エルマーは起き上がって訝しげな顔をした。 「あ?なんだその面は。」 「エルマー、」 「サジ、かおまっか。」 ナナシを腹に載せたまま起き上がると、へなへなと座り込んだサジをみて首を傾げる。まるで頬を少女のように染めながら、戸惑ったような目でギンイロを見つめた。 「精霊は、だめだ。サジは神使だぞ、こんな淫らな格好を見られるのは恥じるべきことである!」 わたわたと立ち上がったかと思うと、呆気にとられたエルマーの目の前で姿を消すこと数分後、普段のだらしない胸元が空いた服から首元の詰まった正装で現れた。というか、エルマーからしてみたらそんな服持ってたのか。とか、なんだその杖は。という長い付き合いながら初めて見る格好だ。 きちんとした白いローブを着て金の刺繍が施された詰め襟のシャツを着込んだサジは、ボトムが裾広がりの美しいスカートのようになっており、腰には上品な金色の巻布を巻いていた。 「ふわあ、サジ、きれい!」 「へえ、馬子にも衣装とはこのことだぁな。」 「ふん、サジだってやろうと思えばこれくらいは出来る。」 ニヤリと不敵に笑ってギザ歯を見せつけると、サジはギンイロに向かってそれはもう見事に90度のお辞儀をかました。 「サジが性的に社交的だということを上に報告しないでくださいっ!!」 「えええええ。」 サラリと枯葉色の髪を垂れさせながら、きゅっと口を真一文字に引き結んでおねだりをする。まさかのサジがきちんと敬語をつかうのも始めてみたし、まさかのギンイロに向かってのおねだりだ。 エルマーもナナシも、意味が分からなさすぎてどうしていいのかわからない。ギンイロはパタパタと飛びながら、ピギッと鳴く。 「オヤカタサマ、ヒミツ?」 「ひ、秘密で…」 「アイヨ」 ピギャピギャと楽しそうに笑うと、機嫌よくナナシの頭の上に戻る。サジは心底ホッとしたといった顔でへなへなと座り込むと、大きな溜息を吐いた。 「まさかこんなところに精霊がいるとは。驚きすぎて死ぬかと思ったわ。」 「まで、説明をしろ。オヤカタって誰だ。神使ってなんだ。」 「む、オヤカタサマとはサジが身を捧げる大樹の神のことである。エルフの森を守っておられる。」 「は?まてまて、サジってエルフ?」 「今更である!まあ、ハーフエルフだなあ。」 エルフといえば、もっと禁欲的なイメージが強い。まさかサジが半分その血が流れているだとは知らず、開いた口が塞がらない。確かに身なりを整え、伝統的なハーフアップのヘアスタイルで現れたサジはそう見えなくもない。ナナシはエルフを知らないらしく、ゆるゆると首を傾げた。 「我らこの地に根付く妖精族よりも、こうして獣の姿をとった妖精や精霊のほうが徳が高いのだぞ。力の強さではない、サジたちは彼らを守るためにいる。」 「あー、神使…ああ、そういう…ギンイロの親は元イビルアイだぞ。」 「魔物から転化したものを親にもつだと!?ならば新たに生まれた精霊ではないかっ!くそう、属性が気になるところだ。」 サジは目を輝かせながらギンイロを見る。オヤカタサマといわれる大樹の神は男神だ。人形を取ることもあるが、その木の枝から成る実から生まれ落ちた妖精は、自由気ままに、気まぐれに人と接触する。そしてゆっくりと力を蓄えて精霊へと転じる。魔女はその妖精や、精霊の力を借りて属性魔法を放つ。もちろんエルマーのような冒険者などを生業にする者たちも魔法は使えるが、彼らが見えるか見えないかでは出せる威力が違うという。 「サジが魔物を使役して操れるのも、大樹様がくださった種子の力で理性をもたせたものを育てているからに過ぎん。そのへんにいるものをテイムしろというのはできないからなあ。」 「てっきりテイムして調教してんのかとおもったぜ。」 「なにをばかな。」 はん。と鼻で笑うサジに若干苛立ちを感じたが、エルマーは適当に体を拭うと、ナナシを抱いて立ち上がった。 「てこたあ、こいつはそのへんの奴らにゃみえねえの?」 「見えぬ。まあ、心を許したやつか信心深いものには見えるかもしれんがな。」 「ふうん。」 ということはギンイロを連れて歩いても問題ないということだ。勝ち誇った笑みで笑っているギンイロをみて、エルマーは苦笑いひとつ。一先ずもう一度ギルドに向かう準備をするかと部屋に戻る。 「える、」 「ナナシも一緒に行くぞ、準備しな。」 「はぁい。」 エルマーはインペントリから着替えを出すと、手早く身支度を済ましてナナシと手を繋ぐ。 ここからギルドまで少しあるく。ただでさえ迷惑をかけた宿だ、少しばかし色を付けないと衛兵に突き出されかねないだろう。 キシキシと音を鳴らしながら階下へ下る。案の定ムスッとした顔の女将が居た。 「お客さん、うちもサービス業とはいえ目を瞑る限度ってもんがあるんですよねえ。」 「いや、マジで悪かった。もう出るだけだから、これで収めてくんねえか?」 エルマーは苦笑いすると、女将の手を取り金貨を握らせる。まさか手を握られるとは思わなかったのか、ぎょっとした顔でエルマーの顔を見上げると、エルマーがずいっと顔を近づけた。 「ひっ、」 「あんた、よぉくみたら良い女じゃあねえか。後10年若けりゃあお相手してもらいたかったなあ。」 「ば、ばかいうんじゃないよっ!」 顔を赤らめたまま、勢いよく手を振り上げる。待ってましたと言わんばかりに景気のいい音を立てて頬を張られると、しまったという顔でたじろいた。 エルマーの金目が色っぽく細まる。ニヤリと笑った口元に、女将の顔が引きつった。 「いってぇ、」 「ああ、っすまなかったね!つい、手が早くて申し訳ないっ、」 客商売としてやってはいけないことをしてしまったという顔で慌てる。サジはもちろん、またやってるよという顔だった。全くたちが悪い、エルマーはずる賢いし性格がよくないのだ、これで何人も毒牙にかけて、やらかしたことを有耶無耶にしてきた常習犯である。 「いーんだよ女将さァん、俺がつい迫っちまったから、びっくりしたんだよなァ?でも俺も迷惑掛けちまったからよぉ、これで相殺ってわけには行かねえか?」 頬を赤くしたまま、女将の手を握って困ったように笑う。エルマーは自分の顔面の使い方を知っている。そっとその手を腫れた頬に当てると、まるで睦言をささやくような甘い目で見つめた。 「も、もちろんさ!あ、あたしだって、悪かったね、窓の一つや2つ、直してくれたんだから許してやらなきゃねえ。」 「あ、まじ?やったあ。やっぱあんた、いー女だわ、衛兵にも突き出したりしねぇ?俺怖いおじさん駄目なんだよお。」 「なら裏口をつかいな、昨日の一件で見回りが入る予定なんだ。」 「おお!恩に着る、また近く来たら寄らせてもらうわあ!」 交渉成立、全く見事な手腕である。 ナナシはむすくれたままエルマーに手を引かれて裏口に向かう。サジも取り敢えず会釈だけはしておいた。見目のいい男達がぞろぞろと勝手口から出ていくのを女将が誇らしげな顔で見送る。全く、近ごろの若いもんはと若干頬を染めながら。 「いやあ、楽勝楽勝。」 「まったく、よく口が回る。性格良くないなあ、さすがだエルマー。」 「うー‥やだ。」 「ナナシ拗ねてんのか?なんで?」 「しらないもん。」 ふんっと顔を背けはするが、手だけはしっかりと握り締めながら一本入った道を通る。このまま真っ直ぐに進んでいけばギルドの裏側だ。 エルマーは、さっさと面倒なことを終わらせるために、少しだけ足早にその道を進んでいった。

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