32 / 163

31

ギルドについて、まずエルマーがしたことは達成報告だ。以前担当してくれていた利発そうな男性スタッフは、扉を開けて入ってきた三人をみると、立ち上がって出迎えた。 「随分遅い報告ですが、何かございましたか?ダラス様から依頼はなされたとご報告がなければ忘れているところでした。」 ニッコリと嫌味を言うと、ムスッとした顔でサジが前に出る。エルマーは苦笑いしながらその手首を取り後ろに下がらせると、身構えた受付の男は腰に指した獲物から手を離した。 「すまん、熱出て寝込んでたんだわ。」 「熱…それは、なんとも。」 まさか達成報告ができなかった理由が風邪だったとは。たしかに内面の病気はよほどの治癒術者でないと治らない。バツが悪そうに眼鏡のブリッジを上げると、なんとも言えない顔をした。 「ナナシのかぜ、えるがもらってくれたの。だからおこるならナナシにしてぇ…」 「風邪をもらう?」 「よーしよしよしナナシはそれ以上言わんでいいからなあ。うん、ほら討伐した部位もあるから裏側いこう。でけえんだわ。」 がしりと肩をつかむと、そのまま背を押してギルドの買い取りカウンター横にある裏口に向かう。押されるがままに無理やり連れてこられた男は、むすくれながらも依頼書を取り出した。 エルマーにしっかりと掴まれた肩が痛い。一体どんな力だと思いながら振り払うと、取り繕うように肩の埃を払う。 「ええ、まず討伐した証明に部位の掲示を。この魔物は大きいものなので、その一部で構いません。首のない魔物なので足でも尾でも。」 「おう、なら顔で。」 顔?と訝しげに見つめた。だって首がないと言っているのに、なんで顔が出てくるんだ。口にはしないがそう思っているというわかりやすい表情で見つめると、おもむろにインペントリから取り出した四つ切の肉塊に目を見開いた。 「ひ、っ…う、うわああ!!」 「うわうるせえ、びびんなっての。もう死んでんだからよ。」 ズルリと取り出した四つ切のそれは、結局顔もでか過ぎて入らなかったからとエルマーが切断したものだった。日の当たるところで見るとたしかに不気味だ。緑色の鱗状のなにかに覆われた皮膚がとくに。 エルマーは四つ切のそれをきちんと顔に見えるように並べると、インベントリから魔石だった石を取り出した。 「な、な、なんですかそのグロいのは!!」 「だからあ、あの化け物だって。首の根本らへんに顔が生えてたんだよ。あと、これ火葬してやれ。」 「か、火葬…?」 「ダラスんとこの孤児がひとりいなくなったらしい。多分こいつだから。」 エルマーは読めない表情で言うと、腰に抱きついて顔を脇腹に埋めているナナシの頭を撫でた。 ジルバの言う魔女の人体実験の犠牲者だ。なんの罪のない孤児が巻き込まれ、仕方ないとはいえ手を下したエルマーは、少なからず思うところがあったらしい。 男は慌てて捜索依頼の控えのページをめくると、たしかにダラスが管理する孤児院に在籍する男の子の捜索依頼が出されていた。 「魔物になった人間は、もう戻れません。今回は討伐依頼と捜索依頼。その2つで受理します。ちなみにその魔物が孤児院の子だという証明はありますか。」 「無い。けどその魔物の皮膚片調べりゃでてくるだろ。まあ、ジルバが言ってたっつー方が的確?」 「ああ、ジルバ…影の魔女ですか。たしかに…」 ジルバは、末路を見る事もできるのだ。死期の近いもののその末路を。影の魔女として名前持ちとなったジルバが守る神は夜の女王だ。冥府を司る彼女は、半魔のジルバをその配下に置くことで、その力を与えた。 ジルバがもつ本は、末路がきまっている善良な者たちには安らかな眠りを、業が深い者はその手で苦しみを与えるためのリストが載っている。 魔女の中でもサジと対をなすジルバは、執行人として多くの同胞から恐れられている。人間にも魔物にも、魔女にもだ。 まあ本人は楽でいいと言ってはいたが、彼なりの苦労もあったに違いない。だからあんな性格になったのだろう。 「そういえば、そのジルバさんからあなたあての指名依頼が来ています。」 「あー、やらないっつっといて。」 「残念ですがやるようにと。そしてエルマーならやるというからと代筆で受理がなされてます。ジルバ氏の先見でしょうか。」 「そんな先見あってたまるかァ!!てかなんで俺だぁ、あー、あ。もしかして土か?」 素材接ぎ専門のスタッフが真っ青な顔して討伐部位を運ぶ中、エルマーは男が持っていた依頼を横からかっさらった。 それはやはり予想通りの例の土の出処について調べてほしいとの依頼がなされている。勿論同胞狩りはジルバがするだろう。となればエルマーは残されたゴーレムを狩ればいいのか。 エルマーは眉間にシワを寄せながら読み込んでいくと、出立前に必ず住処へ立ち寄るようにと書いてある。心底面倒くさい。報酬は応相談と書かれている。よくこんなんで依頼を出したなと思ったが、まあ今更やる事もない、気は乗らないが仕方なく、本当に不本意にその依頼を受けることにした。 「なんだ、結局受けるのか。」 「まあな。まあ暇つぶしに。」 「ふふ、まさかあのジルバが応相談とは。よほど無理じゃなければ受けてくれるぞ。」 「無理ってなんだよ。死んだら生き返らせるとかか?」 「サジはあいつがどこまでできるのかはしらんが、仮死薬なら暇つぶしに作っていたぞ。」 やりかねん。あいつなら遊び半分で恐ろしい薬を作りそうだと引きつり笑みを浮かべる。男はムスッとしながら腕を組んで見つめていた。やるのかやらないのか、はっきりしろという目だ。どうしてこう、エルマーを担当する奴らは後も揃って無愛想なのか。 「はぁ。ジルバんとこいってくる。」 「では、そのように。報酬は」 「あーいらね、その金で弔ってやってくれ。」 「…承りました。」 エルマーが手を振りあしらうと、男が素材接ぎ専門のスタッフを呼び戻して手配をすすめる。 ナナシはなんだか先程から大人しく、エルマーの腰に抱きついたまましょんもりとしていた。 売られて奴隷落ちをした自分と、年かさの変わらない犠牲者の孤児。顔は知らないが、心無い大人達から怖い目にあってきたナナシは、そんな死に方があるということに衝撃を受けていた。 「ナナシ?」 「うぅ、」 ナナシをくっつけたまま、エルマーは歩きにくそうにはするが、引き剥がそうとはしない。その優しさに甘えて、自分の中の気持ちの整理に必死になってしまう。 エルマーとサジは戦争で沢山の可哀想な子供も見てきた。だからこそこういったものは仕方がないで割り切る。大人になったともいう。 ナナシはだめだった。消化しきれなくて、自分がそんな目にあったらと考えて、その孤児に対して比較してしまった自身のやましさに気づいてまた落ち込んだ。 結局、エルマーは何も聞かずにナナシを抱きあげると、あやす様に背中を撫でた。 しがみつくエルマーの首筋に擦り寄りながら、突然いなくなる死という可能性に怯える。 いやだった。想像して、ぐすりと鼻を啜る。 ギンイロがぺしょぺしょとナナシの顔を舐めるのをそのままに、ちょっとだけ泣いた。 「きたか。」 相変わらず染みだらけの砂壁に体を突っ込むという、すこしだけ微妙な気持ちになる行為をしなくてはならない。エルマーは、こいつの人を不快にさせる嫌がらせは、もはや趣味の範囲だと思う。 「気分的にさあ、すげえやなんだけどぉ。」 「魔女らしくていいだろう。それに、お前が嫌がっていたんだぞ。墓に入るというのを。」 そうだった。 以前ジルバと知り合った時は、入り口が自分の名前を刻まれた墓のようなモニュメントだったのだ。 殺害予告かと身構えたが、笑顔で嫌がらせだと言われてシンプルにキレたのを思い出す。 まあそれと比べるとたしかにマシだが、比べるものがアレでは比較にもならない気がするが。 「何だ、お前の大切はご機嫌ななめか。」 「そっとしといてくれ。なんか落ち込んでんだわ。」 ジルバがエルマーの首にしがみつくナナシを見て眉を上げる。サジは頭の上に同じく落ち込んだギンイロをのせたまま、ムスッとした顔で腕を組んでいた。 「おい、いつまで落ち込んでいる。何が嫌なのかはっきりしろ。ナナシがエルマーに泣き付くから、サジが絡めないではないか!」 「お前のがお兄ちゃんなんだから我慢しろよなぁ。」 「うむ、我欲を優先させるその魔女らしきふてぶてしさは相変わらずだな。」 サジの声に余計にしがみつく力を強めたナナシの背を撫でながら、エルマーはため息一つ。最近はため息しか吐いていなさすぎて幸せが逃げそうだなと考えながら、本題に入れとジルバに依頼を受けた証の書類を見せつけた。 「で。本題は。」 「ああ、そうだった。」 ジルバはまるで今思い出したと言うような演技じみた表情をとると、影がシュルリと伸びて一冊の本とツルリとした結晶を取り出した。 「いわずもがな。」 ことりとおいた魔石は、先日ナナシが吸収した純度の高い聖属性の魔石だ。 エルマーはそれを見て嫌な顔をする。ああなるとわかっていて敢えてナナシに手渡したそれは、無事だったとはいえエルマーにとってはトラウマもんである。 倒れたナナシに怒りが勝り、本気で殺しにかかったジルバは、まるで気にしていないという余裕すら見せつけており、そこも何だか気に食わなかったのだ。 「これは俺が手に入れた聖属性の魔石だが、これについてある実験をした。」 「実験?」 「リストに載っていた馬鹿者を一人処理したのだが、そいつはとある教会関係者でな。命乞いをしてきたから、試しにこいつを持たせてみた。」 とんとん、と魔石を指で突く。ジルバは悪行を行ったその男が聖属性を持っていると知ると、それはもう大人気なくはしゃいだという。 知ることが好きなジルバは、このわけのわからない魔石を調べるために片っ端から人体実験と称して様々な犯罪者に持たせていった。属性をもつ者に魔石を持たせて、反応が無ければ首を飛ばす。 こんな軽い石ころ一つで拘束され、瞬きの間にその生が終わるというのは、ある意味どんな死刑よりも怖いだろう。 これが自身の闇属性を打ち消したため、聖属性だということがわかってからは、ずっとその聖属性のものを探していたという。 「それで持たせた。通常なら反応するはずが、何も起きなかったのだ。」 魔石と属性は反応する。手に持たせると淡く光るのだ。それすらもなかった。 遊び半分で他属性の奴らに持たせていたのは、その魔石が虹色の光沢を持っていたからだ。 万が一すべての属性に反応するようであれば、これは大発見で、ジルバはこの魔石を表に出さずにしまい込んでしまおうと思っていたらしい。 だけれど、肝心の聖属性もちですら反応しないのだ。これではただの空魔石同然である。 そこで小耳に挟んだのが、ギルドでの一件だった。 「ナナシが聖水晶を割ったと聞いて、もしかしたらと思ってはいたのだ。まあ、こちらから出向くまでもなくサジが連れてきたのは偶然だったが。」 「テメェ、この間のは実験か?俺はまだ許してねえからな。」 「吠えるな。まあ、いいものは見られたがな。」 ニヤリと悪く微笑む。 「つまり、この魔石はナナシにしか反応しなかった。ということだな。」 「…いやだ。お前またそれをナナシに飲めって言ってんだろう。」 「おそらくこの魔石の魔力を取り込んだから大きな変化が起きたのだろう。自分が一番わかっているよな、ナナシよ。」 ぎゅう、とエルマーの服の裾を握る。あの暖かな魔力が、まるで乾いた体に浸透するかの様に内側に広がった感覚は覚えている。 ゆるゆると顔をあげると、小さくうなずく。 「おまえは、あの一つの魔石だけで治癒術を施した。あの中にある純度の高い魔力を取り込んでな。」 「そんなわけわかんねえもん、取り込まなくていい。」 「エルマー、これはもう実験ではない。取り込んで力が使えるようになったということは、いわば無くしたものが還ってきたと考えてもいい。そうだろう、ナナシ。」 ナナシの目は揺らぐ。よくわからない魔物から取れた魔石が、自分の糧になるというのは、まるで自分が人間ではないと言われたかのようだと思ったからだ。 しかし、満たされたというあの感覚を思い出す度に、たしかにナナシのその身は震えるほどに喜んだ。 「ナナシ、にんげんじゃないの…?」 「それは俺にもわからん。だが、違うとも言い切れない。人は魔石から魔力を取り込むことはないからな。」 「じゃあ、やだ。ナナシは、エルマーとおそろいがいい…」 「そうか。」 ぎゅっと抱きついたまま、悲しそうな目の色でそうつぶやく。ナナシは全部、一緒がいい。たとえこれが一種の刷り込みだとしても、エルマーと同じが良かった。 「ならば、この魔石は預けておく。いずれ使うだろうしな。」 尖った歯を見せつけて意地悪く笑うと、あの時のようにその石をふわりと浮かせる。 無言で睨みつけていたエルマーがそれを取ると、乱暴にインベントリの中に突っ込んだ。

ともだちにシェアしよう!