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こんなに満たされたのは初めてかもしれない。 アロンダートはサジの肢体を抱き込みながら、事後の気だるく甘い余韻に浸っていた。 ずっとこの人を抱きしめて眠りたい。すべて嫌なことから目をそらして、閉じこもってしまいたい。 この人と暮らせるだけの小さな家でいい。こんな寂しいだけの広い部屋よりも、今はこの狭いベッドの上がアロンダートの幸せだった。 「…アロン、ダート。」 「サジ様、その…」 「よい、うふふ。…まるで捨てられた犬の様な顔をする。」 腕の中のサジが、アロンダートの褐色の美しい肌に手を滑らせる。そっと唇をなぞるように触れられて、堪らずにその手を握りしめて薄い唇に吸いついた。 「っ、ん、ふふ、戯れるな。まだ何も解決していない。」 「わかっています。が、まだ貴方とのひと時を浸っていたい。」 「アロンダートはサジのものだ。不安にならずとも、もう印をつけたしなあ。」 アロンダートの首筋に擦り寄り、そっと背中に腕を回される。行為中、縋り付くようにして爪をたてられた背中には、甘美な痺れがまだ残る。 王族の御体に物理的に爪痕を立てるなどあってはならないと怒るべきなのが通常だ。 しかしアロンダートにとって、その身に刻まれたサジの爪痕はこの上ない喜びだった。 「サジの魔力が宿っているな。お前の2本目の腕が浮かび上がっている。」 「これは、っ…」 背中に回された腕が、腰のあたりをひと撫でして腹に回る。サジの手の動きに合わせるように視線を下げると、確かに腰のあたりから下腹部にかけて猛禽類の足を思わせる鋭い鉤爪を纏った腕が入れ墨のように浮かび上がっていた。 「っ、」 「アロンダート。半魔の母から産まれた子よ。お前は先祖返りをしたのだな。 王の持つ聖属性と交わったことで、歪なお前が生まれた。」 「先祖、返り…?」 半魔の母は、話によれば本性は猛禽の魔物を父に持っていたという。 アロンダートは自身の禍々しい姿を思い出す。眉間に寄せた皺にサジの唇が触れる。たとえどんなに醜い姿でも、目の前の男のために使えるのなら受け入れられると思った。 「お前は強い。聖獣のように気高く生きろ。」 「聖獣などと、」 「魔物は元々精霊が侵されて転じる。魔獣とて同じよ。災い転じれば福をなす。先人の言葉はすべてを語る。お前はサジだけの聖獣になればいい。」 黒い毛皮の聖なるもの。サジに言われた言葉にじわりと涙が滲んだ。サジは理性ある魔物を使役する。種子の魔女は、こうして転じたものを掬い上げるのだ。 この人はどうして、ほしい言葉をくれるのだろうか。 サジの言葉に、アロンダートは答えなかった。その華奢な体を腕の中に閉じ込めながら、答える代わりにその頭に鼻先を擦り寄せた。 翌日のことである。 ガタン、という音に反応したアロンダートは、枕の中に隠していた短剣を片手に飛び起きた。 寝込みを襲われないようにと常日頃から意識してきたせいか、隣に寝ていたサジがその勢いで起きたらしい。もぞもぞとアロンダートの引き締まった腹に腕を回すと、ボサボサの髪の毛の隙間から寝ぼけ眼でアロンダートをみつめた。 「うう、なんだというのだ…」 「サジ様、すみません。」 「くぁ、ふ…」 ぎゅうと抱きついてくるサジの髪の毛を整える。あの後もまた少しだけ盛ってしまい、気絶したサジに回復魔法をかけたのだ。白い肢体に散らされた噛み跡に、やり過ぎたと少しだけ落ち込んだ。 しかし今はそれどころではない。何も見えないが何かの気配を感じる。 敵意は無く、ただ観察しているようなその視線。 エルマーたちが消えていった隣のドアが独りでに開くと、その隙間を縫うようにして気配が遠ざかり、ぱたんと扉が締まった。 「…なんだ、」 「んん、ギンイロだ。…サジたちが終わったかな、と見に来たのだろう。」 ギンイロ?と聞き返そうとしたとき、それはもう蹴り開けたといってもいいくらいの勢いで扉がひらいた。 おもわずびくりと肩を跳ね上げて扉の方をみやると、腰にアランを纏わりつかせたエルマーが、それはもう不機嫌ですといった顔で仁王立ちしていた。 「おはようクソ野郎。サジ!テメェ途中で空間遮蔽解いてんじゃねえよ!!あんあんあんあんくっっそやかましい!ナナシに聞かせねえようにすんの大変だったんだからなァ!?」 「おはよう御座います殿下。おい!おまえのご挨拶は乱暴すぎる!!あれほど僕は空気を読めと言っただろう!!」 「やかましい!てめぇもいつまで腰に引っ付いてんだ!いい加減離れろってんだこんにゃろ、っ」 くぎぎ、とアランの頭を掴んで無理やり引き剥がすと、ひらいた扉から顔を赤らめたトッドと耳栓をしたナナシがひょこりと顔を出す。 アロンダートは、ひとまずサジの身体にシーツをかけてやると、申し訳無さそうに頭を掻いた。 どうやら行為がおわるまで随分と待たせたらしい。 アロンダート自身も、初めての行為に舞い上がっていた分サジには随分と無理をさせたような気がする。 しかし声まで漏れ出ていたとは。 「すまない、その…」 「い、いえ…無事成されたようで何よりですわ…」 トッドはそう言うと、準備をしていたのかお湯を入れた桶とタオルを持ってくる。呑気なサジは優雅に枕にもたれかかると、足を組んでエルマーを見た。 「おやまあ、空間遮蔽がきれておったとは。サジをそこまで翻弄させるとはなかなかやりよる。なあ、アロンダートよ。」 「恐れ入ります…といえばいいのですか?」 戸惑いながら顔を赤らめるアロンダートの様子に、エルマーは疲れたようなため息を吐く。そりゃ初めての男がサジならえらいことになっただろう。労るような目で見つめると、困ったように苦笑いされる。 「んで、回復したのか。」 「ああ、そうだな…今はすごく、満たされている気分だ。」 「まる1日ヤッてりゃそうなるだろうよ。で、腰のそれ何。」 「…済まない、というか君は誰だ。」 エルマーの問いに質問で返したのは忍びないが、アロンダートは元の姿に戻ったあとには気絶してしまったので、エルマーもナナシも知らなかった。 恐らくトッド達が連れてきたサジの連れなのだろうが、それにしても説明が欲しかった。 ボカンという顔をしたエルマーは、そういえば一方的に知っていただけだったと思い至る。まさかサジとの穴兄弟ですというわけにもいかず、少しだけ迷った挙げ句、ナナシを抱き寄せた。 「安心しろ、俺にはナナシがいるからよ。」 「んえ、あい。ナナシです。」 ギンイロを抱えていたナナシは、トッド達が準備する朝ごはんにきゅるきゅると可愛らしい腹の音を響かせている。食事に気を取られており、あまり話を聞いていなかったのだろう。自己紹介をするのかと元気よくご挨拶をしたが、多少ずれていた。 アロンダートは困ったように「なるほど…」曖昧に言うと、助けを求めるようにサジをみた。 「んん?まあ、エルマーには使役してもらってる関係だ。」 「使役…ですか。」 「思い詰めんでもよい。サジはこの通り好きにさせてもらっている。何かあれば力を貸す以外は自由だ。」 「そーそー、毎日一緒にいるわけじゃねえしな。」 「ふふ、そうだなあ。サジは根無し草よ、安心しろ。」 少しだけもやりとした気持ちを察されたのだろう、ニヤリと笑われて少しだけ尻の座りが悪い。 結局エルマーの自己紹介は至って端的であった。 「エルマーだ。悪いやつじゃねえ、多分。」 「それって自分で言うことじゃないと思うわよ。」 呆れた声でトッドに水を差される。話を聞きながら体の清拭をサジの分まで甲斐甲斐しくおわらせたアロンダートは、トッドが用意してくれていたガウンを羽織る。 もの言いたげなトッド達の目が腰から腹にかけて刻まれた入れ墨のような模様に注がれる。 そんなに見られたってアロンダートだって説明できない。突然現れたのだから。 「んで、どうすんだこれから。」 トッドとアランが用意してくれた人数分の食事を囲みながら、フォークにウィンナーをさしたエルマーが言う。アランは態度を変えないエルマーにタコの魔物のように顔を赤くして怒っているが、不思議な魅力のある男だ。アロンダートはとくに腹に据えかねると言うこともなく、そうだなとかえした。 「そもそも呪いを解けって話だったろ。なら解いた今俺らは用済み、見たところ土も関係ねえし。」 「その土が何を指すのかはわからないが、僕を心配してくれてありがとう、二人共。」 「お礼など不要ですわ。ただ、アタシたちの主を無くしたくなかった。それだけのエゴですもの。」 「トッドは優しい。僕はお前たちに甘えてばかりだな。」 優しい目で微笑むアロンダートは、確かに王子の器だ。まあ、エルマーは第一王子がどのようなやつだかわからないので、あくまで一個人としての意見だが。 「というか、アロンダートはもうサジのものだ。王族をやめたいのならサジが手伝ってやるぞ。」 もきゅ、とパンを齧りながらサジが言う。なんならサジの子として養子に貰ってもいいぞとまで言いのけた。エルマーはナナシに出された魚の骨を取ってやりながら、またこいつは周りを振り回すことを言うと頭の痛い思いである。 「何度も言ってるけど、そう簡単に王族からは抜けられないの。ここから出るには、死ぬか結婚のときくらいしかないもの。 穏便に王族を抜けるだなんて…リアルじゃないわ。」 「そうだな、やはり…僕が市井に出る術は。」 「なら死ねばいいだろ。殺されたことにすりゃあいい。」 もしゃもしゃとサラダを食べていたエルマーのあり得ない発言に、ナナシはぽかんとした顔で見上げる。 「える!だめ!ひどいこという、わるいこ!」 「いや。サジもそう言おうと思っていた。」 「貴方までですか…」 こうしてすべてを見られ、埋まらない隙間を埋めてくれたサジまでもがそんなことを言うのだ。アロンダートは動揺で瞳を揺らしながらサジを見る。 アランもトッドも酷くうろたえながらも、まるで守るかのようにアロンダートの前に立つ。 こんな姿を見られても忠義を尽くす彼らに、少しだけ泣きそうになった。 「まって、そんな発言許されないわ。」 「そうだ!殿下は僕らの主だぞ!?あまり舐めた真似をしてくれるなよ!?」 悪気なく、不敬極まりない発言を口にしたエルマーとサジはお互いに顔を見わせた。二人だけ、なんで怒られているのかがわからないといった具合に。 アロンダートが悲しそうにうつむくのを見て、ようやくエルマーは合点がいった。 毎回あとになって気がつくが、エルマーは説明を省く節がある。サジはじとりとエルマーに目配せをすると、何故か舌打ちで返された。解せぬ。 そして、もう一度端的に、今度こそきちんとわかりやすくこう言った。 「だから、あるじゃん。仮死薬。」

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