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グレイシスは王に変わり宴を取り仕切る。今夜は各国から多くの貴族を招くような大規模なものでもない。身内だけのささやかなものだと事前に伝えていた。
カストール共和国には良い印象を覚えて帰ってもらいたい。身内だけとはいったが、この日のために準備をした宴は、大広間を使い踊り子や城勤めの貴族の同伴者を招いてのものとなり、その貴族のなかにはカストール共和国に是非紹介したいと申し出た自国の産業を担う者たちもいた。
そして、本命である第二王子もだ。
「アロンダート…、来たのだな。」
「勿論。国のためとあらば、ですよ兄上。」
「ふん…、また随分とつれてきたな。」
「彼らは僕の研究には欠かせないサポートをしてくれている者たちです。なに、護衛も兼ねておりますので。」
アロンダートの後ろに控えていたのは、赤髪の男だ。グレイシスは訝しげな顔で見つめていると、パチリと目が合う。見覚えのある金色の瞳はスッと細まり、先日あった男にかすかな面影を見出した。
あまりの変わりように目を見開く。その男の横にいる随伴者は、どこの令嬢だかわからない。
しかしアロンダートの連れてきた者たちは皆一様に見目がよく、その場にいた貴族や、カストール共和国の使者の目をも奪っていた。
「アロンダート、お前はこちらだ。まずは使者殿に挨拶をせねば。」
「エルダ、君はどうする。」
「アロンダート様のお邪魔は致しませぬ。」
エルダと呼ばれた中性的な美貌の麗人は、その美しいラブラドライトの瞳でちらりとグレイシスを見つめる。
なんとも迫力のある美人だ。グレイシスは苦々しい顔はしたものの、邪魔はしないと言うならと渋々頷いた。
エルマーと、連れの令嬢は挨拶に向かう彼らとは別行動らしく、令嬢はその愛らしい顔立ちにゆるく笑みを浮かべてそっとエルマーに寄り添う。
「ナナ、疲れていないかい。」
「だいじょうぶです。」
「ならいい。」
エルマーは敬語はできないと言っていたが、思いの外いつもの乱暴な口調は出ずにいた。トッドから、不良みたいな話し方じゃなく、嫌味な紳士の真似をしろと言われたのだ。
人を煽るのが大得意なエルマーは、それならば面白そうだと嬉々として了承した。
ナナシもサジも、宴では偽名を名乗るように言われている。サジはエルダ。ナナシはナナだ。
「える、おなかすいたよう」
「なら何かつまもうか。ナナは甘いものがいいかな?」
「んん、えるとおなじのがいい。」
「了解した。おいで、」
ナナシの手を取ると、面倒くさそうな貴族の視線からナナシを守るように抱き寄せてその場を離れる。
護衛と言ってもサジもいる。エルマーが気にすることはアロンダートの腹に収まった薬をつかうタイミングだけだ。
エルマーが皿にナナシが食べたことのない華やかなカップケーキをいくつか乗せると、頬を薔薇色に染めながら目を輝かす愛らしい様子に、表には出さないが内心で大層悶ながら見つめる。いささか熱が籠もっていたらしい、目があうと薄赤に色づいた唇が照れたようにもにょ、とうごく。
「える、…」
「ナナのことも食べてしまいたいね。」
割と真顔で言った。側にいた給仕係に扮したアランの鋭い咳払いのせいでナナシには聞こえず、キョトンとした顔で見上げられたが。
エルマーはにこりと微笑んで誤魔化すと、その笑みがいけなかったらしい。照れたナナシが耳まで赤く染めてうつむいた。
「君の隣にいる可憐な少女は妹さんかな?」
「あ?ん、ん゛っ、…」
思わず柄の悪い声が出るエルマーの手を、慌ててナナシが握る。なんとか取り繕うように数度咳をすると、突然声をかけてきた不届き者に向き直った。
「やあ、僕は父がこの城に努めている関係でお呼ばれされてね、規模の小さい宴だとは聞いていたが…部外者も呼ばれるのかい?」
金髪を内巻きにした妙な髪型の男だ。おそらく貴族なのだろうが、名乗りもしないやつに挨拶する気もない。エルマーはにこやかに嫌味を言う男を無視すると、皿を片手にナナシを抱き寄せてバルコニーに向かう。
「んなっ、」
まさかそんな風に無視をされるとは思わなかったのか、男はムッとした様子で追いかけてくる。後ろを気にするナナシの頭を撫でると、ついに我慢ならなかったのか、男はとうとうバルコニーまで着いてきた。
「君!名も名乗りもせず、そして淑女の髪に許可なく触れるなど不躾だとはおもわないのかね!!僕はギルバート!!この城で外務大臣を努めているフローレンス·アルバート伯爵の一人息子である、ギルバートだ!!!」
従者は彼を見失っていたらしい。ズカズカとエルマーがナナシと二人でゆっくりしようとしていたところに踏み込んでくると、真っ青な顔をしたギルバートの従者が駆け込んできた。
どうやら彼はエルマーがアロンダートの友人だということを知っていたらしく、どこかの名のある貴族だと勘違いしてくれていた。
アランはというと、お前やらかすなよという鬼のような目線をエルマーになげかけてきた。
期待に答えねばなるまいと微笑むと、そうじゃないと顔を青ざめさせた。
「その可憐な女性から手を引くがいい!君には不相応だ!!」
「…………。」
エルマーはバルコニーに備え付けられていた席に腰掛けると、まるでギルバートなど見えていないというように戸惑うナナシの腰を抱き寄せた。
エルマーに促されるままに、ナナシはその膝に横向きに腰掛けると、まるで恋人のような振る舞いの二人にギルバートが物怖じした。
「な、ま、まて…はしたないぞ貴様!じょ、女性を膝にのせるなどっ、」
「妹とおっしゃいましたが、ちがいますよぉ。」
間延びした口調でエルマーが言う。背もたれに腕をかけ、片手でナナシの腰を抱き寄せると胸に持たれかからせる。ギルバートは人目につかなくなった瞬間、ガラの悪くなった眼の前の男に目を丸くした。
「歳が離れてても、互いが好きあっていれば問題は無いでしょう。…ナナ。」
「ひぅ…、える…やだよぅ。」
ギルバートに見えるようにするりとナナシのスカートの中に手を滑らす。その薄い唇で首筋をなぞると、ナナシは顔を赤らめながら涙目でエルマーを見た。
「な、な、な、な!!」
「無粋ですねえ。みたいので?」
「こ、このような場で!!問題にしたいのか!?」
「ギルバート様がでけえ声出さなきゃあ平気でしょう。ここは静かだしなあ。」
顔を真っ赤にしながら、エルマーの手に釘付けになる。生地がたくし上げられ、細く白い足が顕になる。ゴクリと喉を鳴らしたギルバートの様子を見たエルマーは、ニヤリと笑う。
指先をくい、とギルバートに向かって曲げれば、ふらふらと意思に反して足は動いた。
エルマーの頭の中にはトッドの言葉がリフレインしていた。
『いい、金髪のフローレンス家の者には注意して、彼は宴でカストール共和国に近づいて、恐らくアロンダート様を自国のパイプ役として婚約者に名乗りを上げさせるに違いないわ。』
『もしそうなったとしたら、アロンダート様はいよいよ王族からは抜け出せなくなる。外務大臣のその行動を阻止するにはただ1つ。』
『息子に問題を起こさせて、その機会を奪うこと。』
『エルマー、どんな手を使ってもいい。外務大臣が宴に到着する前に、息子を捕まえてなんでもいいから問題をおこさせて!!』
きらりと金色の目が光る。ナナシにこのことは言っていない。初な反応こそが童貞を釣るにはもってこいだからだ。
人気のないバルコニーで、ギルバートが戸惑いながら歩み寄る。エルマーの無属性魔法の一つに、精神に作用するものがある。至って簡単で、素直にさせることができるそれは、戦争では拷問に役だって来たものだった。
「える、えるっ…」
「ナナはいいこだなあ。もう少し我慢しててくれ。」
ボソリと耳元で囁く。人間は性欲を前にすると馬鹿になる。それが童貞ならなおさら自分の欲を曝け出すだろう。ましてやボンボンだ、甘やかされて育ってきた奴ほど、薄っぺらい正義の裏側で自己顕示欲を高めたがっている。
ナナシはきゅっとエルマーの首に腕を絡ませると、小さくうなずいた。何をしたいのかわからないが、必要だからするのだろうと思ったのだ。
エルマーの手が、ナナシのストッキングを止めていたガーターベルトの紐の下に入る。太ももの柔らかな肉をもみながら、後頭部を支えて見せつけるように深く口づけた。
ぴり、とギルバートの目の前が明滅した。ぶわりと頭の中に流れ込んできたのは、目の前で行なわれていることを、自分の視点から見た景色だ。
感覚の共有。視覚の共有。エルマーがもっとも得意とするそれは、使い方一つで人を狂わせることができる。ありもしない、してもいない記憶を植え付ける。最も難しく、繊細な魔力操作が出来なければ脳を焼いてしまうことだってある。
「一緒にどうですか?」
クスリと笑う。その言葉が呼び水となって、ギルバートは立ち尽くした。
周りから見たら、ただ立っているだけだ。しかし、もうすでに共有は成された。ギルバートの瞳は光を失い、口からは興奮したような息遣いが漏れる。
ここまで来たら、エルマーはナナシと遊ぶだけだ。
くふん、と鼻にかかった甘えた吐息を漏らす。ナナシの震える舌は、たどたどしくエルマーの舌を舐める。ちゅう、と甘く吸い付くと、小さく身を震わして抱きつく力を強める。
「いい夢見してやろうなあ、ナナシぃ。」
「は、ぁい…っ、」
ぬる、と下着の中に手を入れる。そっと慎ましい蕾に触れると、とろりとした金色の瞳が期待するようにゆれた。すりすりとそこを撫でながら、再び深く口付ける。ちゅぷ、と水音を響かせながら舌を絡ませると、がくんとギルバートが膝から崩れ落ちた。
エルマーはナナシの下着から手を抜くと、そっと瞼に口付ける。
「ざーんねん、おわっちまった。」
「ふぁ、…?」
「どうやら余程刺激が強かったらしいなあ。」
くすくすと楽しそうにエルマーが笑う。まるでご褒美を与えるように、ナナシの口にカップケーキを運ぶ。未だ燻る仄かな熱を持て余しながら、はむ、とケーキを小さなひと口で味わった。エルマーはというと、ナナシの頭をひと無でしてから崩れたギルバートの元へと向かった。
コツコツと靴音を響かせてそばまで行くと、片膝をついてギルバートを抱き起こした。
「ギルバート様、ご気分いかがあ?」
「っ…、あ、ああ…なんと、甘美な…」
「おやまあ。」
はあはあと興奮したような呼吸を繰り返す。どうやらまだ術の中にいるらしい。下肢を見ると射精したのか濡れそぼっている。なるほど耐性が無い為に思った以上に効きすぎたらしい。
「んー、やらかしてもらうんだっけか。」
未だエルマーの腕の中で腰を揺らめかせて興奮しているギルバートは、だらしなく口端から唾液を零す。ならば爪痕を残させてやるかと、悪い笑みを浮かべた。
ギルバートの記憶には、今はナナシの快感に震えた表情が刻まれている。前後不覚になる程興奮しているのなら、相手がエルマーに変わってもいいはずだ。むしろ、ナナシを襲わせるわけにはいかない。
エルマーは胸元のシャツを緩めて胸板を晒すと、ギルバートの手をシャツの隙間から差し入れた。
「ああ、っ…なんと小悪魔な…!!」
「おっとぉ、ふはっ」
従者が慌てて駆け寄る気配がしたが、ギルバートは止まらなかった。目の前には白い肌で、金色の目の美しい美少年が快感に震えている映像が流れ込んできている。まさか自分が真逆の男に襲いかかっているとは思わずに。
ガバリとエルマーを組み敷くと、ボタンを弾け飛ばすようにして胸板を晒した。ナナシはエルマーが押し倒されたのを見てカップケーキを落とすくらい目を丸くしたが、なんだか様子がおかしい。いつもなら簡単に返り討ちにするエルマーが、緩い抵抗しかしていなかったのだ。
「ギルバート様、お戯れはおやめくださぁい。」
「ぼくの、僕のエンジェルよ…!!!」
間延びした、なんとも余裕の声である。ギルバートはわけのわからないことを言ってきた為あやうく大笑いしかけたが、なんとかこらえてとどまった。
まるで唇を擦り付ける様にして胸板に顔を埋めてきたギルバートに引きつり笑みは浮かべたものの、真っ青な顔をした従者がとりすがるようにしてギルバートを引剥したので、ベロベロ舐められることにはならなかった。
「ギルバート様!!!!おやめください!!!」
従者は可哀想なほど真っ青になっていた。エルマーは胸元を抑えて表情を作ると、軽蔑をした顔で一瞥をした。
「っ、随分と乱暴な殿方だ。僕の恋人だけでは飽き足らず、見境なく襲いかかってくるとは。」
「も、申し訳ございません…!!申し訳ございません!!」
「もう良い、すまないが気分が悪い。サロンへ案内してくれないか。」
「は、はあ…すぐにでも!!」
まるで人が変わったようにギルバートはエルマーに手を伸ばす。ナナシを抱き上げると、エルマーは給仕係のアランの先導で休憩室として使われるサロンへと向かった。
「まってくれたまえ!!まだ、まだ最後まで契ってはいないだろう!?!?」
「ギルバート様!!もうおやめください!!お父上にこれ以上ご迷惑はかけてはなりませぬ!!」
悲鳴のような従者の声を聞きながら、エルマーは心底楽しいといった悪い笑みを仄かに浮かべる。作戦とはいえ、エルマーの悪魔の所業に先導するアランは引きつり笑みしか浮かばなかった。
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