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「ジルガスタントから領土を取り返す。グレイシス、お前にはその先陣を切ってもらいたい。」
事後、寝具の上でその白い体を投げ出したグレイシスは、父王の言葉に口を噤んだ。
とろとろと尻のあわいから白濁を零しながら、散々に弄ばれたその体をいやらしく手慰みに撫でる父王の言葉が、グレイシスには信じられなかったのだ。
「たみ、が…」
「なんだ、グレイシス。民の心配をしておるのか。お前は優しい子だね。」
「戦火は、…いけません、多くの民が悲しみます。せっかく…、ここまで立て直したのに…あ、っ」
茂みに手を這わせ、成人の割に小ぶりな性器を翫ぶ。ふにふにと揉みしだきながら、時折皮を伸ばすようにして刺激をした。
「い、いけませぬ…もう、あ、あ、」
「グレイシス、安心しなさい。今回は巻き込まないよ。おびき寄せるのだ、あの呪われた大地に。」
父王の目尻のシワが深く刻み込まれる。筆でひいたような細い目を緩ませて、茂みから薄い筋肉のついた腹を辿るようになであげていく。
この人は、城が民を守っていると思っている。
本当は、皇国に住む人々の努力が国を立て直したのに、それを知ろうともせずにこうして玉座を汚すのだ。
細い首筋が晒される。この端ない体は、10年の月日で簡単に快楽を得るように育てられてしまっていた。こんなに嫌悪をしているのに、まるで頭にもやがかかったかのように流される。
助けてほしかった。本当はアロンダートに、自分のことを助けてほしかったのだ。
「互いに知ろうともしなかった、から」
お互いを遠ざけた。そのきっかけを作った自分が、不遇の扱いを受けた弟に許しを請うのは間違っている。独りよがりの寂しい愛だ、本当に、笑えるほどに情けない。
「なにかいったかい、グレイシス」
「いえ…、…はぁ…っ、」
そのすえた臭いのする口が、胸の飾りを口に含む。まるで女のようにふくりと育ってしまったそこを、王は気に入っていた。
こんなにはしたない体で、皇后はグレイシスに女を抱けという。
女よりも余程感じやすいだろうこの身体で。
「気持ちが良いかグレイシス、ほうら、もっといじってや、」
ふつりと声が途切れた。
下りと体を投げ出していたグレイシスは、恐る恐る顔をあげると、父王が微笑みながら突起を齧ろうとしている状態で固まっていた。
「…え、」
まるで、そこだけ時間が止まっているようだった。
グレイシスはそっと体を起こすと、その父王の身体から伸びている影が消えていることに気がついた。
顔の前で数度手を揺らす。うつろな目で微笑んだまま動かないその姿の異様さに、ごくりと喉が鳴る。
おかしい。あきらかにおかしい。
こんなの、まるで誰かに影を取られたような…と震える唇を隠すようにして手で覆うと、突然グレイシスの背後から真っ黒な腕が顔の両脇から現れた。
「ーーーーーーっ!!」
「シー‥、シー‥」
「っ、…!」
その黒い手に口を塞がれ、片腕は腹を抱えるようにして身を抱きしめる。
グレイシスは気配なくあらわれた訳のわからない闖入者に、心臓がせわしなく胸の内側で暴れるのを感じた。
なんだ、一体…。震えながら、その宝石のような緑の瞳を動かして確認する。グレイシスが大人しくなったのを確認したのか、複音の不思議な声色で言った。
「そう、大人しくしていろ。なあに、取って食ったりはしないさ。」
「……、」
カサ、と何かかすかな音が聞こえる。小さく震える手をそっとシーツの上において、抵抗をしないと意思表示をした。
「良い子、」
耳朶を掠める声が、徐々に明瞭になっていく。どくどくとなる心臓の早鐘を確かめるかのように、その黒く染まった手が平らな胸を撫でた。
「お前は、」
「質問は許していない。しかしそうだな、うむ、告げてやろう。」
「………、」
「父王は愚かだ。本質を見ていない。己のプライドと国宝を天秤にかけるような男だしなあ。ときを待たずして、崩御するだろう。」
「国宝…、まさか、」
「おや。実父の死に関しては興味はないと。」
クツクツと、喉奥で愉快そうに笑う。グレイシスの唇をそっと指先で触れると、まるでその輪郭を確かめるかのようにしてグレイシスの顔に手のひらを這わせた。
「もう随分と古い話だ。文献にも残っているかどうか。」
「それは、ヒントか…っ、」
「質問は、許していない。」
ぐに、と胸の突起を強く摘まれて肩をはねさせる。クスクス笑いながら、グレイシスの項に舌が這わされた。
ひくんと揺れる肩に口付けると、がじがじと甘噛みをしながらきつく抱きしめられる。
後ろから体温を分け合うように身を寄せる謎の男の素肌は、弟と同じ褐色だった。
アロンダート…、グレイシスはアロンダートに抱かれているような錯覚に陥った。こくりと喉が鳴る。泣きたくないのに涙が滲んで、唇をふにりと翫ぶ悪戯なその指先に甘えるように、得体のしれない半魔の男の指先を口に含んだ。
ぐち、と、まるで褒めるようにグレイシスの舌の上を愛撫するように指先が蠢く。にやついたまま、まるで時が止まったかのように動きを止められた父王の目の前で、グレイシスは知らない男に性的な触れ方をされるのだ。
この手がアロンダートなら。なんて、背徳的な考えが過ぎった。
「身を委ねよグレイシス、素直になれ。」
「す、なお…」
まただ。
グレイシスは、素直になれずにしくじった。そのちいさな禍根が、ずっとその心を蝕んできた。
褐色の悪魔は甘く囁く。
「お前のすべてを、曝け出すのだ。」
乾いた喉を潤すように、エルマーは度数の強い酒を煽った。まるでやってられないと言うように、その不機嫌な顔は口にせずともすべてを語っていた。
あのあと、アロンダートの私室から秘密の通路を通って城下へ降りた。このまま、はいそうですかと戦火に参加するつもりはなかったためである。
全く手間だったが、貰えるもんはやはり貰いたい。辺境伯が死した今、争いごとを起こす軍隊を指揮するのは、気の弱そうな息子しかいなかったのだ。
アロンダートの知り合いで、戦争に参加していたトッドとも既知だ。ならば、この戦火に飛び込んで道を切り開いてくれるのではないか。そんな、期待を込めた眼差しに捕まったエルマーは、まるで日陰で育ったエノキのように白く細長い男を見て、終ぞ辺境伯の息子だとは思わなかったのである。
まさか、あの禿狸の一人息子がこれでは、辺境伯も気が気ではなかっただろう。
さて朝飯でもとナナシたちと廊下に出たところを助けてくれと取り縋られたのだ。今振り返っても腹が立つ。なにがって、見抜けなかった自分にである。
だから腹いせにギルドに指名依頼を出せといったのだ。そして出された指名依頼を引き受けに城を出ると、とたんに面倒くさくなったのだ。
「ちょっと、アンタ飲み過ぎよ。吐いても知らないからね?」
「胃の腑に強化魔法かけてっから平気。」
「…あんたそれ飲む意味あるの?」
「味が好きなんだあ。」
けぷっ、と横でナナシがしゃっくりをあげる。エルマーが散々っぱらおかわりをしていた葡萄酒が、どれだけ美味しいのかといたずらをしてしまったようだった。
「ひっく、」
「あ゛!?ばっかやろ、おま、アルコールはまだ早いっつの!」
「あらやだ!ちょっと、おやじお水ー!!」
「はぅ、ひっく、んん、える、ひぅー‥ひゃっ、んく、っ…」
顔を赤らめながら、なんだかふわふわとした不思議な心地だ。こてんとエルマーの肩に寄りかかると、すりすりと猫のように甘える。
とろりとしたトパーズの瞳がちこちこと目の前の光の明滅を追うように彷徨わせる。トッドが手渡してくれた水をナナシの唇に当てると、むぐっと口をつぐんでいやいやと首を降った。
「んん、やらよう、ひっく、ふあふあ、うふふ…」
「あらあ、そんなに飲んでたかしら…エルマーも注意しておかないと!全く困った子ねえ…」
「いやじゃねえんだってば、ほら、冷たくて気持ちいぞ?飲めって。」
「んく、っ‥ひぅっ、く、…やら、えるいじわるするもん…ふぇ、っく…ちぅしてくれたら、のむよう。」
「小悪魔!!!」
エルマーの腕に抱きつきながら、ひっくひっくと酔に任せてふにゃふにゃ喋る。トッドの手を握ったかと思えば、まるで誘導するように自身の頭に乗せる。ぐりぐりと手のひらに頭を擦り付けてなでてもらうと、何が楽しいのかくふくふ笑った。
「なあ、今日はもう帰っていいか。俺明日から本気出すからよ。」
ナナシの肩を抱きながら真顔で言う。知り合ってから見たこともない真面目な顔でそんなことを言うエルマーに、トッドは呆れ半分で頷いた。
まあ流石にこの状態のナナシをこのままにしておくのも駄目だろうと思ったのだ。トッドは、の話だが。
「まあ、忙しくなってくるだろうし…息抜きするのは構わないけど、明日には城にもどってきなさいよ…」
「おう、どうせジルバだってよろしくしてンだ。こっちはこっちで好きにさせてもらうぜ。」
はむはむとエルマーの指をくわえるナナシの頭を撫でながら、トッドは疲れたような顔をした。
ー邪魔するなよ、邪魔したら手伝わん。俺は嫁御と遊んでくる。
キシリと音を立てて、何が楽しいのかやけにご機嫌でのたまっていた。思わずテンションが上がりすぎたのか、ジレを突き破ってクチクラの外骨格に覆われた節足を飛び出させるものだから、横にエルマーは慌てて避ける羽目になったのだ。
「てか嫁子って誰よ。あたしあんなイケメン蜘蛛男を彼氏に持つ人が城に居るだなんて思わないんだけど。」
トッドは後から霊廟に赴いた際、エルマーたちと共に出てきた見知らぬ人褐色の美丈夫をみて、もしやアロンダートが化けているのかと勘違いしていた。
まあ、アロンダートはあんな嫌味な笑みは浮かべないので直ぐに違うなと理解はしたが。
「あー、グレイシス。」
「は?」
「だから、多分グレイシス」
「ふぁーーー!?!?!?」
なんとも妙な声色で素っ頓狂に驚愕するトッドが余程面白かったのか、ナナシはぱちぱちと拍手するように笑う。いい加減その可愛い酔い方はやめろとばかりにエルマーが引き寄せ膝に乗せると、嬉しそうに肩口に頭をもたれさせながら、もしょりとエルマーの食べていたチーズを食べる。
「うそでしょう!?氷の彫刻が歩いてると名高い御方に!?!?」
「えるねむいよぅ、」
「おー、今日くらいは宿取ろうな。明日一日ゆっくりしてから、また仕事だあ。」
「ふぁ、はぁい…ひぅ、っく、」
「解釈違いなんですけど!?!?」
「あー、はいはい。まあ嫌でもそのうちわかんだろお。じゃあなトッド、俺はもう行く。」
パチンと音を立てて飲み屋代を置いた。トッドな聞こえてるのか聞こえていないのか、顔を色んな色にしながら、ひいはあとやかましい。
エルマーは酔っ払いのナナシの体をしがみつかせたまま立ち上がると、飲みかけだった葡萄酒を一気に煽る。
「んう、えるぅ…おしっこ、」
「あー、まだ我慢できるか?近くの宿取ってからにしねえ?」
「はぁい。」
はむはむとエルマーの肩口の生地を喰みながら、ナナシもなんだか楽しそうで何よりだ。
戦火がどのように広がるのかはわからない。エルマーは手伝いも積極的にするつもりもないし、ナナシだって危険に晒すつもりはない。
それでも、嫌でも括らねばならない腹がある。
ならせめて、一日くらいは自由にしたかった。
ジャリジャリとブーツの裏では小石がうるさい。
ナナシはエルマーの歩みに合わせるようにぷらぷらと足を揺らしながら、その背中に小さな手のひらをを回した。
「えるぅ、」
「んー?」
「ななしね、えるのことすきだよぅ。」
うとうとしながらぽそりとナナシが言う。
「ちっちゃくて、ごめんねぇ」
「…気にすんなっての。な?」
「うん、」
エルマーはまだ、ナナシのことを抱いていない。
大人なのに、たくさん我慢しているエルマーの気遣いが、嬉しい反面少しだけ寂しかったのだ。
ナナシは、これからまた戦うことになるのがいやだった。腹に傷を作ってぶっ倒れたのに、その戦でまた置いてかれるのだろうと、容易に想像できてしまったから。
「えるぅ、」
「なんだ、ねむたくねえの?」
エルマーの優しい声が大好きだ。ギュッと抱きつく力を込める。
唇が震える。でも、いまなら勇気を出して言える気がした。
「抱いて、ほし…」
エルマーの息が詰まった。ナナシはエルマーに抱きついたまま、怖くて怖くて顔を見ることができなかった。
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