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ミスティアリオスは歌が好きだった。
いつも秘密の箱庭で、ミスティアリオスの魔力を分け与えた株分けした植物の魔物達に歌を歌っては、穏やかなひとときを過ごしていた。
彼の株分けした魔物達は、実に魔物らしくない。ミスティアリオスがその庭に訪れれば、白い足のような根をいっぱいに広げて喜ぶものもいれば、食肉草はその美しい花を咲かせて歓迎する。
木の魔物はその身から樹液を出し、珍しい蝶を誘い、ミスティアリオスの目を楽しませる。
その箱庭の魔物は、皆魔物らしい見た目をしていたが、けして裏切ることはなく、皆彼のことを好いていた。
「可愛い僕の子供達、いつも土からしか養分を与えてあげられなくてすまないね。」
ミスティアリオスは自身の魔力を土への栄養として与えていた。血を好むものには自らの血を与えることもあったが、皆そのような者たちは奪いすぎることもなく、負担が盛らないようにと少量のみ。逆にミスティアリオスが心配するといった形が多かった。
「ナターシャ、君、少し葉の艶がよくないね、僕の魔力を多めにあげよう。」
ナターシャとよばれた青い花を咲かせる食肉植物は、その葉に手を重ねられるとみるみるうちに葉艶を良くし、その花弁を模した口からぽこんと種を掃き出した。
「ええ!君、孕んでいたのか。おめでとう。この子はきみのそばに植えようか。」
粘液にまみれた種子も厭わずに微笑むと、ナターシャのそばの土に触れた。ここでいいか確認するように見上げると、シュルリと伸びた蔓で手前に誘導されたので、ミスティアリオスは小さく笑って好きにさせた。
狭い箱庭だ。産み落とした種子が壊されることも、奪われることもない。ナターシャもそれがわかっているからそばに植えてほしいのだと、正しく理解した。
マンドラゴラのライスに手伝ってもらって水を汲みに行く。ナターシャは素質のせいか、無精なところがあった。根を動かして歩けるはずなのに、移動が出来ないふりをして甘やかされるのが好きだった。
ミスティアリオスは手のかかる彼らが可愛く、こういうおめでたいことがあれば、こうして二人で近くの川辺まで水を取りに行っていた。
エルフの住まう幻惑の森に流れる小川は細い。普段ならそれでも事足りるのだが、先日降った雨で少しばかし濁っていた。
せっかくあげるなら綺麗な水がいいよね、そう言うと、森の入口に近い川辺りまで歩いた。
コロコロとした石が可愛い。ライスは小さな手に小石を載せながら、ひょこひょことついていく。まるで小さい子のような身長のライスは、マンドラゴラだというのに叫ぶこともせずにおとなしい。
「ライス、次の子の名前はどうしよう。花の色を見て決めたほうがいいかな。」
その野菜のような葉を震わして飛び跳ねる。意思の疎通はできなくても、話しかけられることが好きなのだ。その根菜のような頭を撫でてやると、桶に水を汲んで来た道を戻ろうとした、その時だった。
「う、っ」
かくんとミスティアリオスの体が崩折れた。ライスに覆いかぶさるようにして川辺に倒れ込むと、持っていた桶からは汲んだ水が溢れる。
一体何が起きたのだ。ミスティアリオスは突如脇腹を襲った痛みに呻くようにして身を縮こませた。
ライスがもぞもぞとミスティアリオスの下から這い出る。その白い体に付着した赤い血液に目を見開くと、恐る恐る脇腹に触れた。
「え、っ…」
「見つけた!!エルフだ!!」
「っ、」
ミスティアリオスはあわててライスを抱き込んだ。自分なんかよりも、マンドラゴラであるライスが攻撃されて、人を殺してしまうことを恐れたのだ。その脇腹を貫いた鏃に、その美しい顔を歪める。粗野な声とともに川をバシャバシャと渡ってきた野蛮な男たちに身を震わすと、抱き込んだライスに言い聞かせた。
「おねがい、僕の下から土に潜って、箱庭へ帰って。君が捕まらないためにも、お願い!」
その白い手で腹の下の小石を掻き分け土を露出させると、ライスは葉擦れを起こしながらもあわててその身を土中に潜り込ませた。
よかった、これで彼は人を殺さない。ホッとしたのもつかの間で、枯葉色の美しい髪を乱暴に鷲掴まれて無理矢理に顔を挙げさせられた。
ミスティアリオスのラブラドライトの瞳が揺れる。なんだこれ、と。
フッ、とよぎった既知感がなんだかはわからない。ミスティアリオスの顔を見た男はにたりと笑うと、まるで、功績は己のものと言うように声たかだかに叫んだ。
「捕まえたぞ!!これで賞金は俺のものだ!!」
「なんの、こと…」
「知らんのか、なら教えてやろう!エルフの血は妙薬でなあ、死んだものでも蘇らすことができるんだよ!!」
愚かな。小さく呟いた。ミスティアリオスは、その話を知っていた。エルフはその年を取らぬ容姿から、不死の妙薬としてその体が有効であるという、眉唾物の話が出回っていることを耳にしていたのだ。
それでも、同じ姿形をしたものを食べる文化はないに決まっている。そんな、倫理に反することなど起こるわけがない。ミスティアリオスはずっとそう信じてきた。しかし、今まさに覆されようとしてきた。エルフ狩りが起こるだなんて、思いもよらなかったのだ。
「や、め…!!」
粗暴な男の手が、ミスティアリオスの口を塞ぐ。その瞳を見開くと、男はニヤつきながら河原の砂利の上、叩きつけるかのようにして組み敷いた。
「ああ、きれいだなあ。エルフってえのはみんなこうなのか?殺すんなら、試してからだっていいよなあ。」
「血だけ貰うなら殺さなくてもいいんじゃねえか?飼うってのもできんだろう。」
「何いってんだ。血だけが価値じゃねえ。こいつのモツ抜いて、剥製にしたいっつー変態貴族もいるんだぞ。なんにせよ、金のなる木にはちげえねえ。」
「ああ、なるほど。そりゃあ確かに死ななきゃむりだなあ。」
何を言っているのかわからない。剥製?あまりの言葉の数々に、理解したくないとゆるゆると首を振る。男はその怯えた様子に満足したのか、ミスティアリオスの細い手首をきつく縛ると、もうひとりの男がその腕を抑えるように跨いで座る。その手が躊躇なく着ていたチュニックの裾をまくりあげると、もうひとりの男は楽しそうに足の間に腰を勧めた。
「や、やめ…や、っ…」
「別に逃げたっていいんだぜ?だがな、俺はお前のことを追いかけるぞ。血を辿ってな。そうしたら、俺は里のものを殺す。」
「出来はしない…!!僕らの森は悪意を拒む、お前たちが入ることなんてできない!」
「く、はは、あっははは!!」
ミスティアリオスの言葉に、声を出して大笑いをする。目の前の男が突然笑いだしたことに困惑すると、後ろで押さえつけていた男が優しく囁く。
「なあ、知ってるか。エルフの森には一箇所だけゆらぎのある場所がある。知っているか坊や。」
「ゆらぎ…?」
「一箇所。そこには魔物の吹き溜まりのような場所があってなあ。そこの結界が緩んでるんだよ。」
「え、…っ?」
ミスティアリオスの頬を包み込みながら、心底愉快だとくすくす笑う。魔物の吹き溜まり、それは、もしかして箱庭のことか。全身の血が引いていく。いくら理性のある魔物だとしても、エルフの住む幻惑の森を守っているのは聖属性の結界だ。
相対する魔物をその内側に招き入れ、愛しみ育んできたミスティアリオスの手によって、その結界の一部が歪んでいるというのだ。
「そ、んな…ば、ばかな…」
「ああ、お馬鹿な奴がいるよなあ。お陰様で俺たちがこうして招き入れられる。任務としてな。」
「にん、む…」
「ああ、魔物によって緩んだ結界の修復及び討伐。きちんとギルド宛に届いた正式依頼だ。ほうら、」
かさりと音を立てて、依頼書を取り出す。確かに男の行った通りの内容が書かれていた。
そして、その依頼者の名前にはミスティアリオスの父親の名前が書かれていた。
「父さま、っ…!!」
「なんだ、肉親に裏切られたのか。可哀想に、慰めてやろうなあ…」
「ひ、い、いやだ、あ、あにうえ!!あにうえたすけてええ!!」
悲鳴を上げ、身をよじりながら抵抗する。しかし体格差があまりにも違いすぎた。
河原のほとりで、砂利をその身に擦り付けるようにしながら暴れる。大きな手の平が口を覆うと、まるで貪るかのように薄い胸に吸い付かれる。見開いた目から涙がこぼれた。乱暴に衣服を剝かれたせいで、ミスティアリオスの白い太腿に赤い線が走る。
頭上で飛び交う心のない言葉に晒されながら、下肢に酷い圧迫感と激痛が走った。
「っーーーー!!!」
身をそらす。全身の血が引いてしまうのではないかと思う程の激しい悪寒と気持ち悪さにごぷりと胃液を零す。
「うわ、吐いちまった。お前でけえんだから慣らしてやらねえと。あーあー、かっわいそ…」
「良いんだよ、どうせ中身はこの穴から抜き出すんだ。少しくらい広げときゃ、クライアントの手間も省けんだろ。」
「う、ぉ゛ぇ…っ、」
「汚えなあ。人の服汚すんじゃねえよ。」
目の前が明滅する。下肢を割り開かれ、突然ならしもせずに挿入された。ぐったりと体を投げ出し、肩で呼吸を繰り返す。助けてほしい、だれか、助けて。
ゆらゆらと腰を揺らめかせ始めた男に合わせて、ぷらぷらと足が揺れる。鏃がささった脇腹からは、腹を突かれる度に鮮血がふき上げた。
どれくらい揺さぶられ続けていたのだろう。ミスティアリオスの体は傷だらけのまま、失血で意識を朦朧とさせていた。男たちは楽しそうにその未成熟の体を翫び、脇腹には小瓶をあてがい、何本もその血を受け止めていた。
妙薬というわりに、雑に転がされた瓶たちを横目に、ミスティアリオスの心はすでに閉じていた。
「まだ、やっとるのかね。」
その声に、乾いた心に罅が走る。少し掠れた甘い声は、間違いなく父親のものだったからだ。
「ああ、あんたか。あんたも人が悪いぜ、こんなこと俺が言うのもなんだが、なんで俺たちを手引した?」
「金が必要だと言っていたからな。それに、息子は二人もいらん。こいつを連れて帰ったのは失敗だった。お陰で俺は異端者扱いだ。」
ミスティアリオスを見る目は、侮蔑を含んだものだった。兄のサジタリウスよりも才能に恵まれたのは、半分しかエルフの血を引かない弟。妻が死んでから、父親は森を出て食い扶持を稼ぐためにとある貴族の家庭教師として雇われた。そして一夜の過ちを犯した。
「誤算だった。まさか人間があそこまで繁殖力が高いとは知らなかった。それに、サジタリウスが魔女に指名された今、もうミスティアリオスは必要ないのだ。」
「ああ、あんたの息子か。しかし可哀想になあ、実の親にそんなこと言われて…おいおい、泣きもしねえよこいつ。」
「ミスティアリオスは駄目だ。サジタリウスを誑かす。やはり高潔なるエルフに人の血が交じるのは良くないな。」
「ヤっといてよく言うぜ、あんただって孕ますくらい楽しんだのだろう?」
「所詮性欲処理程度だ。我らは血筋を重んじる。やはり連れて帰ってくるべきではなかったのだ。魔物を育てるなど、気が狂っているとしか思えんしな。」
耳の奥で、聞こえる。知らない人の声だ。
ミスティアリオスはまるで、水の中にいるようにくぐもって聞こえる大人たちの会話を、他人事のように聞いていた。
涙は出なかった。愛してくれたのは兄上だけだったからだ。
ああ、やはりそうかと納得した。サジタリウスは知らないだろう。父親の、唾棄すべきものを見る顔など。
ーサジ、
「あ、にうえ…」
かすれた声を漏らす。唇は震えていた。
サジタリウス兄上は、生きてくださいと祈るように目を瞑る。
透き通った声の主が、脳内に語りかけるように囁く愛称は、ミスティアリオスが兄に甘えるときによく使うものだった。
「じゃあ、可哀想だけーーー、」
不自然な途切れ方をしたのち、胸の上で重いなにかが弾む。なんだ、と目を開けると、ばしゃりと生ぬるい物がミスティアリオスの白磁の肌に降り注いだ。
「う、う、う、うわあああああ!!!!」
「な、なんっ…!?」
ぽたりとぬるつく雫が小さな顎から滴る。どしゃりと胸に崩れた首の無い体は、ズルリ、と引きずられるようにしてミスティアリオスの腹の上から降ろされる。
ふわりと香った甘やかな蜜の香り。腕を拘束していた男が悲鳴を上げながら持ち上げられるようにその体をどかされると、ごき、ぷちゅん、という不思議な音をさせて静かになった。
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