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「すまない…そ、それでも、情けない話だけど、今の僕達には君がいないと困るんだ。」 「うー‥」 マルクスは、取りすがるようにしてエルマーにお願いする自分が、情けなくなってしまった。 ナナシに涙目で睨まれると、なんだか悲しくなってきた。まるで幼子のような彼は、純粋に思ったことを口にしたのだろう。周りから見ても、自分たちがどれだけ負担をかけていたのかということが丸わかりということだ。 道中、道は分かりやすく刈り取られた草地をたどるだけで済んだのだ。 途中に骨と虫のような何かと戦ったのか、甲虫の殻のようなものが何枚も落ちていておどろいた。 溶解液に焼かれた草原と、ボロボロの布と杖。魔女ですら朽ちる魔物の出る森なのに、マルクス達はそういったものに出くわすことはなかった。それは、ひとえにエルマーが文句を言いながらも仕事をした証だった。 「君に甘えてばかりで済まない、仲間と合流できたなら、今日くらい休んでくれ。今晩は僕達が頑張る番だ。」 「マルクス、おまえ大人になったな…」 「茶化すなサリバン!いや、うん…ナナシくんもごめんな…」 はぐ、とエルマーの腕の中で、ナナシが服に噛みつく。不安だったり、なんとなくもやもやしているときにやる癖は抜けないらしい。エルマーはその頭を撫でてなだめてやると、溜息ひとつしてから言った。 「別に、大した魔物もでねえだろ。俺は寝る。お前らに任せた。」 「サジもアロンダートと抜けさせてもらうぞ。せっかくだ、少し散策したい。」 「勝手にしろ。」 なんともマイペースに言う。これはもしかして許してくれたのだろうか。マルクスは分かりやすくホッとした顔でエルマーを見上げた。 「テントん中、覗いたやつの首を刈るからな。」 「アッハイ」 真顔だ。 エルマーの鋭い金目が茶化す空気を打ち消した。ナナシとテントに入るのだ、もしかして…と男なら仕方のない想像をしてしまったのは確かにあるが、その言葉と背負っている大鎌、そしてその先にぶら下がる外殻を見てハッとした。 もしかしてあの大きな戦いの痕跡が残るあの場所で、魔物と刺客相手に大立ち回りをして勝利を収めてきたのかと誰もが思ったのだ。あの白骨は、エルマーに絡んできた刺客だということをを正しく理解したらしい。 びしりと背筋をのばした粗野な男たちが、言外に次はお前らと言われているような気がしてのだ。 触らぬ神に祟りなし、恐ろしすぎて真面目に職務を全うするしかない。 ナナシの持っていたインペントリから取り出したテントを見て、なるほど軍にいたことがあるから強いのかとも思ったが、それも違う気がした。 とにかく怖いので何もきかないでおこう。その場にいた者たちの心は、たしかに一つになったのだった。 「える、」 慣れたテントの中、ナナシはフカフカのクッションやらもこもこのタオルケットを敷き詰めた上に座りながら、エルマーを抱きしめて眉を下げていた。 このクッションやらタオルケットは、アロンダートから充てがわれた部屋にあったものを、エルマーが勝手にもらってきたものだった。ナナシはテントを張ったあとにズルズルとインペントリからそれらを取り出したエルマーを呆気にとられて見つめた。まさか自分のためにインペントリの一部をそれらで埋めるとは思っていなかったからだ。 「える、へーき?」 ナナシは困った。もう一度名前を呼ぶと、くぐもった声で、無理だと呟かれた。なにが無理なのか、さっぱりわからない。この姿も受け入れてくれたエルマーのことだ、自分の見た目が大きく変わってしまったことに対しての無理ではないということだけは、なんとなく理解している。 「…なんでこんな、細くなっちまってるんだ。」 「う?」 ようやくナナシの肩口から顔を上げたエルマーは、向かい合うような形でナナシの体に纏っていた服を剥くと、その白くなめらかな体の線が、更に細くなっていることに瞳を揺らした。 大人しくエルマーの好きにさせていたナナシはというと、キョトンとした顔の後、その薄く骨の浮いた体を隠すようにしてタオルケットを引き寄せる。 「…何があったんだよ、俺がいないとこで。」 「んと…、」 おずおずとタオルケットを身体に巻き付けると、逃さないとばかりにエルマーの足の間に横抱きで抱え上げられた。 こころなしか頬の肉もこけている。エルマーはナナシを大切にしたいし、本音は閉じ込めて誰にも触れさせたくないくらいに愛している。エルマーの大切が、ただでさえ華奢な体を奮い立たせて頑張らなくてはいけなかった事実が、エルマーの中ではもう無理だった。 「いやなんだよ、お前がこんなふうになるの。」 エルマーの赤毛が、ナナシの灰色の髪と混じる。毛先は少しだけ黒っぽい。エルマーはその胸元まで伸びたナナシの髪に口付けると、きつく抱きしめる。 大事なものを取られたくない子供のように、全身で包むように抱きしめるものだから、ナナシはなんだか逆にときめいてしまい、ほう、と甘い息を漏らす。 嬉しい。エルマーがナナシのことを離したくないと、全身を使って教えてくれるのが嬉しい。 「むかしのこと、おもいだしたの。」 「…俺の知らねえ昔?」 「うん、えるとあうまえ。もりにいたときのと、そのあとは、んーと…いちばから?」 「奴隷のときか…」 掠れた声で、確認するように言う。エルマーは、ナナシの奴隷の頃の話も、その前の森にいた時の話も知らない。 ナナシが言いたがらなかったし、出会い方からして幸せな日常ではなかったことがわかっていたからだ。 「えるのことかんがえてた」 「おう、」 「とちゅう、わすれそうだったけど、これがおしえてくれたよう」 チャリ、と音をさせて取り出したのは、ナナシの命よりも大切にしているネックレスだ。 エルマーがナナシの為にくれた、ナナシの宝物。 幸せそうに、嬉しそうにほほえむものだから、エルマーはもう無理だと呟いてぼろりと涙を溢した。 「える、ナナシえらかった?ほめる?」 「ほめる、偉すぎて俺の語彙力じゃあ称賛の言葉のレパートリーがまったくねえ。」 「える、あたまなでてほしい。ナナシ、えるのてすき。」 ぐすぐすと鼻を啜るエルマーの大きな手をそっと掬い上げて頭に乗せる。この手がほしかった。エルマーのおひさまの顔が泣いてるのはちょっと切ないけれど、その涙が自分に向けられることの意味を正しく捉えたから、ナナシは嬉しかった。 がんばった。ナナシはがんばったのだ。 たくさん辛くて痛い思いをした。それでも、こうしてエルマーといられることを思い出したら、それがなんて贅沢で幸せなことなのだろうとおもった。 「えるのそば、ここがいい。」 「俺のそばで死んでくれ。俺も死ぬなら、ナナシのそばで死ぬ。」 「うん、うん。」 ぐりぐりと手のひらに頭を押し付ける。ナナシが好きだ。いなくならないでほしい。閉じ込めることが許されないなら、死ぬときは二人一緒が幸せ。 ナナシを拾ってから、エルマーの情緒は大忙しだ。 「おいてかないで、」 そんなことを言われて、だめだと言えるほどの余裕はもうなかった。 エルマーはその細い体を抱きしめながら少しだけカサついた唇にそっと唇を重ねた。 自分がこうして、本当の意味で気持ちを込めたキスができると教えてくれたのもナナシだ。 そっと触れるだけの、欲のないキス。今の二人にはこれで充分だった。 「え、る…っ、」 「ン、いるよ、ここに…」 「んぅ、ふ…」 ふに、と何度も下手くそに 口付けた。二人で整えた狭い寝床でお互いの体温を確かめ合いながら、指を絡め、お互い生まれたままの姿で体温を確かめ逢う。存在を確かめるように、何度も何度も互いの体を絡めあったのだ。 エルマーがナナシの細くなった体を労るように撫で、骨ばった薄い胸元にそっと口づける。 ナナシはみすぼらしくなってしまったことに気付いて、唇での愛撫を嫌がったのに、エルマーはお構いなしに全身に唇を這わして愛した。 「ひぅ、あ、や、やぁ…!」 「だぁめ、隠さねぇで、全部見して…」 「ぁう、っや、ん、ん…っ、」 ぬるりと熱い舌が、肋骨の浮いた肌を辿るようにして舌を這わされる。 こんな身体でも、エルマーは愛してくれるのだ。 ナナシが恥ずかしいのと嬉しいの、そしてすこしだけやらしい気分がないまぜになって愚図りだす。 ひん、と可愛い声が飛び出る。ちぅ、と胸の突起に吸い付かれ、思わず声が出た。 「や、ゃ…っ、そこ、っ」 細い足を抱えあげ、エルマーがこぶりな性器を口に含む。ちゅぽ、と音を立てながらにゅるにゅると舌で愛撫されながら、ぷちゅ、と情けない音をたててエルマーの口の中に射精した。 「ん、…ナナシ、」 「ひぅ、うー··っ、」 「わり、ちっとやりすぎたな…」 顔を真っ赤にして涙目で抗議するナナシが可愛い。 エルマーは固くなった性器をナナシの太腿にあてた。ナナシがその熱さにひくんと足をはねさせると、引き寄せるようにしてエルマーの首に腕を絡める。 「ん、挿れねえ。今抱いたら、お前の体が心配だあ。」 そのしょんぼり顔があまりにも情けなくて、ナナシはぷりぷりしていたはずなのにくすりと笑う。 本当はきもちよくなりたいだろうに、自分がこの顔をさせているというのが、なんだか嬉しい。 「える、わるいこもうしない?」 エルマーの腕の中で、素肌の足を絡ませながら吐精後の余韻に身を任せつつ聞いてみた。 エルマーは、それはもう自身のなさそうな顔をして眉間にシワを寄せながら言った。 「…き、」 「き?」 「きょくりょく…」 「はわ…」 くしゃっくしゃの顔でそんなことを言う。逆に正直すぎてナナシはびっくりした。 その後はもう、二人で笑ったあとに毛布にくるまって朝まで仲良く爆睡だ。 翌朝、二人の巣の中に飛び込んできたサジによって安眠を邪魔されたエルマーが、朝っぱらからサジと大立ち回りをすることになるなんて、このときはついぞ思わなかった。 朝からサジが巫山戯て奇襲をかけてきたおかげで、エルマーは下着一枚に短剣一本でサジの繰り出した触手の化け物と大乱闘した。 しかも幸せそうな寝顔が腹立つという理由だけでだ。 そんな不届きな事をしておいて、サジはケロッとした顔で会話に混じっている。 しかも、なんだか少し面倒くさい内容のようだった。 「潜入?そりゃ、構わねえけどまた突飛な話だぁな。」 「良いではないか、旅行だと思えば。サジはジルガスタント行ったことないしな。うん、良い。いこういこう、なあエルマー!」 「あたらしいばしょ?ナナシもみてみたい…」 クルルルル。アロンダートまでもが転化したまま同意する。 ジルバがうんうんと快い返事に頷いたが、そこに待ったをかけたのはやはり例にも漏れずマルクスだった。 「話が違う!!残ってくれるって言ったじゃないか!!」 「うわうるせえ。」 「潜入なんて、しかも君たちが居なくなったらどうしたらいいんだ僕は!」 「おいまたマルクスの悪い癖がでているぞ。」 うわあん!と身も蓋もなく泣きつく様子に、エルマーは何でこんなのが頭はってんだとうんざり顔だ。サジも昨日の今日ですでに嫌いになったらしく、まるでゴミを見るかのような目で見つめていた。 サリバンが苦笑いしながらマルクスをなだめて引き剥がしたが、サリバンも申し訳無さそうな顔をしているが、少しだけ不安げな色も滲む。 わかる。トップがこれでは不安なのもうなずけるからだ。 「なに、安心すればいい。グレイシスの部隊と合流してからの話だ。あちらの廃墟探索も思うように進まなかったらしくてな。」 「探索じゃねえ、せめて調査っていってやれ。」 「なにも間違ってはいないぞ。調査と銘打っただけの捜し物だからなあ。全く、何を探しているのやら。」 くつくつと不敵に笑う。ジルバは相変わらず不穏な影を背負っているものだから、マルクスの影から姿を表したときは部隊の皆が剣を構えたのだ。 しかもわざとやっているのだから質が悪い。ナナシがジルバは知り合いだと言わなければ、恐らくもっと面倒なことになっていた。 「ああ、そういえばダラスは大丈夫なのか?」 「む、ヒョロっこい身なりでよく動いている。何やら文献を読みながら険しい顔をしていたがな。」 「ふーん。」 向こうも向こうで忙しいのだろう。領地を広げるということが、言葉以上に簡単なことではないのはわかる。しかし横で争いが起きていたとしても無関心に調べ物をしていそうな感じである。エルマーは自分のことを棚に上げて、なんだか周りはマイペースしかいないのかと思った。 「なんだっていーや。とりあえず合流すりゃいいんだろ?面倒くせえからさっさとしようや。」 「まあそう急くな。グレイシスの部隊がこちらに向かっている。俺たちはここで大人しく待てばいい。」 「あ?王子さんにこさせていいのか。俺ぁてっきりこっちから出向くのかと思ってたけど。」 「まあ、こちらのほうが王城にちかいしな。グレイシスが一度城に戻ると言っていたから、ついでだそうだ。」 なるほど効率を重視する王子らしい考えだ。こういうところが柔軟なら、もっと兄弟間の確執も柔軟にしろとも思ったが。 「あ、まて。城に戻る?」 「ああ、言っただろう。兄弟が仕事をしたと。」 にやりとジルバが笑う。言葉の意味をゆっくり噛み締めると、エルマーは渋い顔をした。

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