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グレイシスの部隊と合流したまではいいが、随分と大所帯になってしまった。エルマーは疲れ切った顔をしながらナナシの手を握りつつ、馬鹿みたいにでかい鍋で野営用の飯を作っていた。
なんで自分がという顔である。くつくつと煮立つ鍋の中身はボアのジャーキーとサジのキノコと香辛料、そしてそこらへんの野鳥の巣から拝借してきた卵などが溶かれて混ぜられており、ナナシは目をキラキラさせながら瓶の中を覗き込んでは、うきうきとした顔でエルマーに抱きついた。
「あぶねぇって、ほら。」
「あう、おいしそうなにおいする」
「そら俺が作ってンからなあ。まさかだぁれも料理出来ねえとは思わなかったケド。」
耳が痛いという顔で引きつり笑みを浮かべたのはマルクスだ。グレイシスはというと、いわく、余が女の仕事をするとでも?と宣っていた。
「ほ、ほら…ほとんどが貴族ばかりだから、使用人にやってもらうことのほうが多いんだよ…」
「じゃあダラスにでもやらせりゃあいいだろ。」
「彼は、調べ物があるとかで先に王城に戻ったよ。」
「サジぃ!」
「香辛料をちょいたしする係である。」
何を言ってるんだという顔で思わず見ると、にこにこしながら胡椒をぶちこまれた。いや、いいのだけど。
「それにしたって炊事も出来ねえ木偶野郎共は何してんだ。」
「何もすることがないからと言って椅子を作るのだと。」
グレイシスの部隊は何故か樵になっている。すぱすぱと木を切っていたので何してんだとてんだとおもったら、なるほど椅子らしい。
体力を持て余しているのは何よりだが、翌朝には王城に向けて出発するというのをわかっているとだろうか。
「ふむ、貴様が飯炊きができるとは思わなかった。」
「えるすごい、さかなもやけるんだよう」
「魚くらい俺も焼けるが。」
「張り合ってくんなジルバ。てめえも暇なら肉でも焼いてくんねえ?」
コンコンとお玉で縁を叩いて量を調整すると、それをナナシの前に差し出した。キョトンとした顔で首を傾げているので、エルマーがぱかりと口を開けると、ナナシも真似っ子をする。その下唇にそっとお玉をあててスープを飲ませると、熱かったらしい。口を抑えてあわあわしていた。
「んん、んぅー‥!」
「あ、やべ熱かった?冷ましてねえわ、悪い。」
「ふあ、びっくしした…した、あちち…」
「あちちかわいいな。どれ、」
可哀想なことをした。若干涙目で飲み込んだナナシは、ぱかっとエルマーに舌を見せるように口を開ける。確かに赤くなっていた。ナナシが治癒を使ったのか、なんだか口の中がほのかに煌めく。それが面白くて、エルマーはぱくんとナナシの舌に吸い付いた。
「ンふ、っ…むー‥!」
「ん、ふは。っ、いってえ!」
「俺の目の前でいちゃつくな馬鹿者が。」
火傷とはまた違った意味での真っ赤な顔をしたナナシを堪能するまでもなく、パコンとお玉で後頭部を叩かれた。
確かに周りの目を気にしなさすぎた。なんだか羨ましいような目線が投げかけられている気がするが、そんなもん知るかである。
「ったく、おら配給ーーー!!てめえら飯だああーー!!」
カンカンと鍋の縁をお玉で叩きながら叫ぶと、余程腹が減ってたらしい。にこにこした食べざかりの男共がナナシの前におりこうに一列に並んだ。
サジとナナシの綺麗どころからよそってもらいたい。一人の兵士がそんなことを漏らしたおかげで、あれよあれよと勝手に決まった配給係だ。
なぜかナナシはやる気を見せている。まあちょっかいかけられなければなんでもいいかと立ちっぱなしだったエルマーはどしりと地べたに座って一息ついた。
「ほれ、器を受け取ったら注いでやるがいい。」
「お、お願いします!」
「はあい、えるのごはんですよう」
サジに言われるがままに、若い兵士が渡してきたお椀を両手で受け取ると、下手っぴながら零さないようにスープを注ぐ。なんだかその一生懸命な姿が可愛いらしく、熱心に視線を送られているのに気づきもせずににこにこである。
「どおぞ…」
「あ、ありがたきしあわせ!!」
まったくなんとも平和な時間である。気づけばアロンダートものしのしと近付いてきたかと思うと、その体をエルマーの後ろに伏せた。背もたれをかって出てくれるらしい。元第二王子の背もたれとはなんとも贅沢なことだ。
「オーオー、嫁がモテるとたいへんだねえ。」
「ウグルルルル…」
「お前まじで人間だってこと忘れてねえよな?」
「うグッ…」
妙な声の詰まり方をした。どうやら魔獣の姿が楽すぎて満喫しているらしい。アロンダートと名前を呼ぶのもまずいかと、エルマーはダートと呼ぶのだが、サジは気にせずアロンダートと呼ぶ。グレイシスがいてもお構いなしなのでひやひやである。本人はそうでもなさそうだが。
「あ、あいつサジの手ェ握ってら」
「ぐう…」
「おわ、っと…羽逆立てんなって。まあ気持ちはわからないでもな、オイコラクソガキナナシの手ぇ握ってんじゃねえ殺すぞ!」
「……………。」
うがあ!と立ち上がろうとしたエルマーの外套をばくりと咥えて阻止をする。お前も人のこと言えないという目で見られるのがなんとも居心地が悪い。
あらかた配給も終えたらしい、ナナシが頬を染めながら駆け寄ってきたのを両手を広げて迎い入れた。
「える、ナナシできた。えらい?」
「えらいえらい、熊見てえなやつ相手によく頑張ったなあ。」
「これえるの、おひざでたべてい?」
「おう勿論。」
サジもでかい器に注いだスープをどしんとアロンダートの目の前に置く。まじで犬猫扱いだ。いいのかそれでと思わなくもない。
「くふ、アロンダート。お前のご飯はサジと食べよう。まて、まてだぞー。」
キュルンとした目でサジを見つめる。おりこうに伏せをして上目遣いで飾り羽を伏せながら、じっと待っている姿は健気な犬だ。ちらりとグレイシスをみたが、あちらはあちらでジルバに抱きかかえられており楽しそうだ。本人は嫌そうだが。
「えるのごはんすき、ふうふうしてえ」
「甘えただなあ、ほら口開けな。」
「はあい、」
「よーしよしよしよし、いいこだアロンダートきちんとマテができるいいオスだなあおまえはよしよしよしよし」
小さな口にスープを食べさせてやる。隣は隣でサジが頭に抱きついて撫でくりまわしては、アロンダートの尾羽根がブンブンと振り回されて風が立っていた。
「ンー、イイニオイ。」
気づいたらギンイロまでもがふにゃふにゃ言いながらエルマーの膝に足をかけて口を開けている。
まさかの一人と一匹に食事の介添えをする羽目になるとは。こちらはこちらでなんだか忙しない。
「アグ、ングー‥、ンミャア!」
「何語だそれ。ギンイロは鱒やる。」
「マスーマスカク」
「お前それ下ネタだかんな。」
「ンミャア」
また変な言葉を覚えているギンイロに鱒を食わせながら、もきゅもきゅと口を動かしているナナシの頭を撫でる。下手くそながらナナシが口に運んでくれたスープを食べながら、まあこんな時間も悪くはないかと思った。
食事後、兵士の中にいた属性持ちが地べたに大穴を開けて固めたあと、水魔法と炎魔法で即席の温泉を作ってくれた。それはもうものすごいやる気を見せたので、一気に20人位は入れそうな規模だ。お前ら野営にはしゃぎ過ぎだろうと思ったが、まあ汗も流したいのでありがたくいただくことにはするが。
「ささ、グレイシス殿下の後はサジ殿とナナシ殿がごゆるりとお過ごしされるとよい!ええ、それはもうしっぽりと!」
満面の笑みでそう言ってきたのは大穴を開けた土属性持ちの大男である。それはわかりやすく鼻の下を伸ばしているので、覗きたいだけだろうとも思うが。
「エルマー殿とジルバ殿は男性ですので、我々と共に是非」
「いやナナシもサジもチンコついてっから俺もこっちで。」
「なにをおっしゃいますか!!あなたやらしいことするに違いないでしょう!?そんなうらやまし、公序良俗に反することを我々が許すとでも!?!?」
「うわうるっせえこいつ」
ちょっとデブのこの兵士は、つばを撒き散らしながら熱く語る。絶対に童貞に違いない。ジルバはというと、平気で無視してグレイシスを抱き上げて脱衣用に建てられた簡易な衝立の奥に消えていく。
「なら俺はダートと入るからよ、っと」
「やだあ、えるも」
お座りをして欠伸をしていたアロンダートの元に行こうとすると、その腕にナナシか抱きついてきた。
どうやら会えない時間がよほど寂しかったらしく、ここのところナナシはひどく甘えただった。
「な、ならナナシ殿も我らと入りますか?」
「おいそれを俺が許すと思ってんのかデブ」
「デブではありませぬ!がっちりとしてるだけです!!!」
「サジはどっちでもいいぞ。何ならもう脱いだ。」
「おまえ、ダートに心労かけんのやめてやれよ…」
あっけらかんとのたまったサジは、裸で仁王立ちをしているのだが、アロンダートが翼を広げて隠しているのでぎりぎり見えない。気にしないふりして己の得物の手入れをしている兵もいるが、剣の反射を利用して見ようとする猛者もいた。
「あー、もうめんどくせ。入るならさっさと入るか。」
「今は殿下が入浴されておりますので、」
「関係ねえ、行くぞナナシ。」
「えるとおふろ!はあい」
「ならサジも行く。アロンダート、何ださっきから。歩きづらいぞ。」
「うぐう…」
それはもう見事にマイペースしかいないので、兵士の制止も気にせずに中に入ると、ポイポイと服を脱ぐ。衝立の向こう側ではグレイシスが入っているらしく、ジルバとの話し声が聞こえた。
「邪魔するぜ、んだあ、ハメてんのかと思った」
湯気立つ即席温泉のようなものの湯加減は丁度よい。のそのそとついてきたアロンダートは見張り番をしてくれるらしい。ついてきたギンイロを頭に乗せて入口で丸くなると、くありと欠伸をした。
「ハメ…?」
「知らないのかグレイシス、セックスのことだ。」
「んな、っ…」
エルマーの乱入にも動じずにいたグレイシスだったが、聞き慣れない言葉に首を傾げると、ジルバがにこにこと微笑みながら補足する。
「はしたないぞ貴様!!ナナシがいるなら発言を考えろ!!」
「んだ?熱くなるなんておこちゃまねえー」
「せっくすってなに」
「俺がナナシを抱くことだなあ。ほら、こないだしたやつ。」
「はわ、…あぅ、」
ぽ、と可愛らしく顔を赤らめるナナシをみて、グレイシスのの反応は余計に荒ぶった。どうやら、エルマーが手籠めにしたとでもおもっているらしい。
「だー、もうてめえの嫁御どうにかしろよ。やかましくってかなわねえ」
「可愛いだろう。褥のように普段も素直ならよいのだがなあ。」
「よ、嫁などではない!!」
「よめごってなあに」
「む、よめごかあ…妻と言ってもわからぬだろうしなあ。」
ちゃぷんとお湯の揺蕩う音がする。グレイシスやエルマーは、ナナシの知らない言葉をたくさん知っているのだ。ついつい聞いてしまうと、たまに今のサジのように悩ませてしまうこともしばしばあった。
「エルマー、嫁の説明。」
「嫁の説明…あー‥、何もなければずっと一緒にいるやつ?愛しあった二人の行き着く先の関係みてえな。」
「ふむ、この場合ハメる方を夫、ハメられる方を嫁という」
「俺の説明を一気に霞ませるようなこと言うじゃん。」
「はわ…」
愛、愛かあ。ナナシはサジの説明はともかく、愛という言葉にもじもじとした。ぽっと顔を染め、ちらりと隣のエルマーを見る。
赤毛をすべてかきあげ、造形の美しい顔を晒している。少し厚みのある唇が、ナナシの為にキスをくれて、愛をくれたのだ。
「あいの、さき…」
「ん?」
はわ…、なんて素敵な言葉なのだろう。ナナシは何だかその嫁という言葉がキラキラと輝いて聞こえた。いいなあ、嫁。ジルバはおうじさまのことを嫁御というし、そういう関係というのはなんだか羨ましい。
愛をくれたエルマーに、嫁御にしてくださいというのはよくばり過ぎだろうか。ナナシはもう一度こっそりとエルマーを見たつもりだったのに、今度はバッチリと目があってしまった。
「ぴゃ、」
「ぴゃっ、てなんだ。なあにちらちら見てんだナナシィ。」
うりうり、とエルマーの大きな手が、ナナシの髪の毛をわしゃわしゃと搔き乱す。あわわとその手から逃げるようにそそくさとサジの方に行くと、サジは無情にも暑苦しいといって押し返されてしまった。
「ふふ、エルマーも罪な男だな。」
「何笑ってんだコラ」
「うう、…」
ジルバだけは分かったふうな顔で頷くものだから、ナナシはなんだか見透かされたような気がしてしまい、恥ずかしくてお湯の中に顔の半分を沈めて誤魔化した。
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