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グレイシスたちは、そろそろ王城についた頃だろうか。 エルマー達は刺客をそのまま城に連れ込むわけにも行かず、一先ずアロンダートの隠れ家に身を寄せていた。 ちろちろとランプの炎が居心地が悪そうに泳ぐ。その揺らぐ光に照らされた石造りの冷たい半地下に、エルマーは拘束した男と二人で向かい合っていた。 「ぐ、…っ…」 「すげぇなお前、なんかそういう訓練でも受けてるわけ?」 両手の親指のみを拘束した状態で、地べたに転がした男の肩を踏みつけて見下ろす。 男は、さんざん痛めつけられているというのに鋭い目の光は消えずにいた。そして念のためにと探ったところ、驚いたのは歯の奥に隠していた服毒用のカプセルを仕込んでいたことだった。 薄水色のそれは小さい。無理やり口を開けた状態で手を突っ込んで引き抜いた。奥歯に被せるようにして隠されたそれを、エルマーは光にかざすようにして見せつける。 「なんの成分だこりゃ。見たことねえ色した毒だな。」 「何も変わらんさ。ただゆるやかに俗世から離れる。死ぬときくらいは穏やかに行きたいだろう。」 年かさはエルマーよりもやや若そうだ。不思議な紫の瞳は、まるで射殺さんとばかりにエルマーを見る。 「お前、ジルガスタントの回しもんだろう。あんな多勢に奇襲かけるなんて、頭が足りねえのか。」 「俺は国を持たない。それに数だけの木偶に俺が負けるとも思わなかったしな。計算外だったのは、お前がいたことだ。」 「奇襲かけといて下調べ怠ってんじゃ世話ねえなあ。お前一体なにがしてえの。」 「ある男を殺す。」 「てめえまさかグレイシスとか言うんじゃねえだろうな。」 「たかだか一国の王子になんか興味を持つものか。それよりももっと、手強い獲物だ。」 クツクツと拘束をされながら楽しそうに笑う。頭のネジが外れているのか、簡単に自分に課せられた仕事を言い放つ眼の前の男に、エルマーは心底面倒くさそうな顔をした。 「こうして素直に話して、時間稼ぎか。黙りこくるよりも意識を散らせるから、たしかにいいかもなあ。」 「…やはりお前はずる賢いな。俺と同じ匂いがする。」 エルマーは後ろから襲いかかろうとした蛇をがしりと掴むと、筋を引き伸ばすようにして始末する。なんの言葉も使わずに蛇を召喚した男が何者かはわからない。おそらくだが、ニアと名を呼ぶのがブラフなのだろう。 「トリックはテメェの紫眼か。」 「そこまで気づかれたのは初めてだよ、エルマー。」 がしりと髪を掴んで顔を挙げさせる。エルマーには聞きたいことが山ほどあった。 「てめえが正直者なら命の期限は伸びる。捻くれ者なら好きにくたばれ。」 「良いだろう。俺だってことを成さねば死ねない。好きに聞け。」 エルマーは椅子を引き寄せると男を座らせた。親指の拘束を解くと、かわりに男の瞳に黒い布を巻き付けた。 「俺はお前の拘束を解く。だが紫眼は使うな。飯も食わせるし、それなりの対応もしてやろうじゃねえか。代わりに全て話せ。質問はたった一つだけだ。」 「面白い。なら俺もお前を殺さない。目の事も良いだろう。このやり取りが実りのあるものと判断したら、俺はお前の下につこう。」 「皇国は、何をしようとしている。」 背もたれに背を預け、堂々としていた男の表情が消える。エルマーのその質問が、男の想像を超えたものだったのが理由だ。 「もう一度聞く。皇国は、何をしようとしている。言え。」 「…お前は、皇国側の人間ではないのか。」 「俺は国を持たねえ主義だ。てめえと同じだぁな。この国も、好きでいるわけじゃねえ。」 「…………。」 エルマーは真っ直ぐに見つめた。男の表情からは動揺やら焦りは見受けられない。半地下の狭く暗い空間を沈黙が支配した。恐らく、この男は頭がいい。ナナシにしたことは許せないが、こうして違和感なく国内に入るという算段だったのだろう。 「ダラスを襲ったのは、まずは俺という存在を認識させるためだ。そして、俺がこうしてお前たちを襲ったのは、国の王子に危機感を持たせるためだ。」 「ジルガスタントが刺客を送ってきたと?」 「その前提が、そもそも誤りだ。」 男は、小さくため息をつくと足を組んだ。エルマーはボリボリと頭を掻くと、心底面倒だという顔をした。 「間違ってるっつーとよう、皇国のやろうとしてることはなんだってぇ話になるわけだな。ああ、また面倒くせえことに首突っ込んでたのか俺は。」 「難儀なやつだなお前。もうあとに引き返せないところまで来てから気づくなど。」 「んなこと俺が一番わかってらァ!」 そもそも、エルマーはアロンダートを取り返したらおわりだと思っていたのだ。それがどう言うわけかこうして戦場に身を投じるハメになったのは、ジルバのせいにほかならない。しかしこうも仕組まれたような道をたどると、腹だって立つのだ。愚痴くらいは吐きたい。 「金眼を探している。」 「…龍のか。」 「ああ、皇国の城に保管されていたものはレプリカだ。愚鈍な王はそれに気付きもせずに後生大事にし過ぎている。」 「龍玉は。」 「言わずもがな。しかしそれの場所はすでにわかっている。」 得意げにひけらかす訳でもなく、ただ淡々と事実を述べる。この男の言い分だと、皇国が国宝として大切に管理していた聖遺物は盗まれ、それを気づかずにいた愚かな国ということで笑い者になるだろう。言葉通りに笑い者だけで済めばいいが、愚鈍な国というレッテルは国の発展にダイレクトに影響する。ようするに培ってきたパイプは外され、名のある者達は恐らく他国へとうつるだろう。愛想をつかされるという、最も情けない理由で。 そうなると、この国は一気に廃れる。簡単に移動ができない者たちだけが残り、税が高まり、この国自体が大規模なスラムと化すのも必然だ。そして王族殺しの暴動が起こるに違いない。 エルマーは眉間にシワを寄せながら、頭が痛そうにこめかみを揉んだ。 「まずジルガスタントに奇襲をかける話だが、それは合図があったからだ。皇国は、というよりも…ある男が領土拡大に乗じて探していたのが金眼だ。」 「ジルガスタントはついでか。」 「いや、奴はジルガスタントの保有する頭蓋と牙を奪おうとしていた。だが、なぜそれを知っているのか、それが俺にはわからない。」 「わからない?」 何を言っているのかわからない。というより、わからない訳はないだろう。皇国ですら聖遺物として祀られているのに、ジルガスタントがそれをしないわけがないと思ったからだ。 余程のことがない限り、そう、たとえば 「知らないのだからな。」 「は?」 聞き取れなかったからではない。あまりにもありえないことを言うので、思わずエルマーは聞き返してしまったのだ。 「だから、ジルガスタントにはそんなものは無い。それが国としての認識だからだ。」 「………まて、ありえるのか。」 「あり得るのか、ではない。恐らく、最初から、そう仕向けられたのだ。」 エルマーは底しれぬ恐怖を覚えた。ぞわりとしたのだ。見えない悪意が、まるで国を騙しながら滅びの道へと手引をしているようなきがした。最初から。最初とは、いったいいつの時代のことなのだ。 ごくりと喉が鳴る。 「俺が探している奴は、死んでいるのか、死んでいたのか。」 「おい、気持ちの悪いこと言うな。」 「エルマー、この話は残念ながらリアルだ。俺は、自分の任務を遂行するために潜入した。今度はお前がジルガスタントにこい。」 黒い布で目を覆い隠しているはずなのに、まるで射抜かれるように見つめられる。エルマーは飲み込みきれない気持ち悪さに胸元を抑えた。 ふと感じた嫌な予感が、あざ笑うかのように背筋を撫でている様だった。 「なあ、合図ってなんだ。」 「捜し物が一つ見つかったら、次を探すだろう。」 「…くだらねえ事聞くが、目玉は2つあったのか。」 「勿論。そして、一つは既に無い。残りの一つを、守らなくてはいけない。」 ああ、最悪だ。と黙りこくる。エルマーは以前ジルガスタントと戦った。その時には既に術中の中だったのだ。金眼はどうやって皇国に戻ってきたのか。人知れず、刺客にも会わずに、安全で危険も少ない方法だ。 「エルマー、もう一度言う。お前はジルガスタントにこい。」 「俺は、はなっから巻き込まれてたってェことか。」 乾いた笑いが漏れた。してやられた。まさかそんなこと、まんまと一杯食わされたというやつだ。 「消えた龍の金眼は、俺の左目で間違いねえな。」 「ああ。」 たった二文字の肯定だ。エルマーは、人知れず運び屋として入国し、そして戦火の合図となった。あのクラバットの意味は、そういう意味だったのかもしれない。 不意にダラスの顔が浮かんだ。あの男も巻き込まれたのだろうか。兄のそれを受け取って、微笑んだあの顔は嘘なのかもしれない。しかし、それにしても若すぎる。こんな壮大な計画を立てるにしても、どうにも思い至らなかった。 「お前、名前は。」 「レイガン。俺のことは、レイガンと呼べ。」 レイガンはエルマーの左目の怪我は、都合が良かったのだといった。 目をつむると思い出される。流れ着いた河原のほとりの掘っ立て小屋に、ずっと住んでいたという。小さな南町の治癒術師、彼が治療してくれた眼窩に嵌め込まれた義眼。エルマーの食費二ヶ月分。そうだ、彼は魔物に襲われ、受けた呪いでいずれ死ぬと言っていた。3年前のあのときのことがぶわりと思い浮かぶ。 下手くそに笑う男だった気がした。それなのに、何故顔が思い出せないのか。 「気持ちわりい…」 「どうした。」 「くだらねえことは出てくんのに、面が出てこねえ。クラバットを届けろって言われたんだあ。ダラスに、たしか兄とか言ってたな。…いや、そんなまさか」 「俺は疑っている。」 レイガンは真面目な声で言った。そうだとしたら、一体どんなカラクリだ。 「言ったろう。死んでいるのか、死んでいたのかと。」 半地下の暗い空間を、異様な空気が支配する。 エルマーは何も言えなかった。何も言うことが出来なかったのだ。 レイガンが話したことを、サジたちに言うか迷っていた。それは、やはりエルマーの中では半信半疑だったし、まさか自分が発端でこの戦争が起こってしまったということに対しての、やるせなさも含まれていた。 ベッドの上で、すうすうと寝息を立てるナナシの頬を撫でる。治癒術で痛みの原因を散らしたとはいえ、腹には痣が残った。レイガンいわく、恐らく突き上げたときの蛇の口吻をまともに食らったのだろうということだった。 ナナシがエルマーの大切だということを知ると、彼はただすまなかったと謝った。 「俺は、どうしたら…」 ポツリとこぼした。エルマーにしては珍しく気弱な言葉だった。 ナナシの手を取り、指を絡ませた。あのとき、初めてダラスと出会ったときは、義眼を外していた。恐らくそれが功を奏したのだ。 おそらく外していなければ、もしかしたら金眼もエルマーの命も、何かしら危ない目にあっていたに違いないと。 「わかんねえ…あいつ一体いくつだよ…」 聖遺物が祀られて百年は立つ。その計画を思い至ったのが聖遺物を手にする前だとしたら、それこそ伝説の邪龍が降りたというお伽噺が信憑性を持つ。 エルマーにとっての聖遺物とは、ちょっと珍しい魔物の遺物を格好つけてそう言っているのだと思っていた。 もしそれが本当だとしたら。そこまで考えて、呻くようにナナシの手に額をくっつけて呻いた。 あんなに弱そうな男が、そんなことするのかという疑問は、いくら拭っても錆びついた汚れのように取れない。 ただレイガンはいった。お前の左目に聖属性の魔力を流してみればいいと。 もしそれが本物の金眼だとすれば、それは透き通ったトパーズのように美しく、そして鋭い虹彩へと変わるだろうと。 きゅ、と握りしめたナナシの手が、そっと握り返される。 エルマーがもそりと顔を上げると、寝ぼけた顔のナナシが起きたところだった。 「ナナシ、腹は?」 「…ん、へいき…」 長い髪を横に流し、そっと額に口づけた。ごめんな、という意味を込めて。 くすぐったそうにしたナナシがエルマーの額の傷に触れる。治癒はしたが、エルマーの下手な治癒だと血は止まった程度だ。 ナナシが穏やかな顔でそっと額に手を添えた。エルマーの知らない表情で治癒を施したそこは、きらきらと暖かい光を帯びる。 そっとナナシの手首を掴んだ。そのまま、ナナシの聖属性の魔力をそっと、古傷ごと左目に当てたのだ。 「ふわ、える…きれい…」 「………、」 エルマーの瞼の隙間から溢れたのは、まるでプリズムのような美しい金の瞬きが乱反射した光だ。義眼はまるでその本来の姿を取り戻すかのように、金色の宝玉へと姿が変わった。その瞳の奥に星屑を散りばめ、すっと通った一本の瞳孔は、確かに鋭い獣のものだった。

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