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「ほら!!しゃんとしなさい!!コルセットが締めれないでしょうが!!」 「おえええっや、やめろおおしぬうう!!」 「腹掻っ捌かれた奴がこれくらいで死ぬわけないじゃない!!エルマー、あんた顔だけはいいんだから活かしなさいな!!」 「うぐぇっ!」 なにがなんだか。レイガンがげんなりとした顔で椅子に縛り上げられていた。今目の前で、あのエルマーがトッドにコルセットで腹を締め上げられていた。 顔を真っ青にしながら、コルセットについているカップのようなところに肌色の丸いブヨブヨを挟まれている。エルマーの男性らしい美しい体に無理やり作られた括れとニセ乳。そう、二人はジルバによってお膳立てされ、あろうことか女装をする羽目になったのだ。 「絶対おかしいだろうが!!なんで俺なんだあ!!ナナシもサジもいるだろうが!!」 「サジは一度女装して正体明かしちゃったし、ナナシちゃんはほわほわしてて癒やし要員すぎるのよ!お茶会ならまだしも、潜入ならある程度取り繕えるずる賢さが必要よっと!」 「おげぇっ!!やめ、腰にそんなひらひらっ、」 「それに、殿下にお会いするのにうら若き乙女なんて連れてけないわ!だからアタシの店の子から女装子2名つれていくから間違いもないですってジルバ様がお膳立てしてくれたのよっ!」 「おのれジルバアアアアア!!!」 ナナシはぽかんという顔をして、どんどん女性になっていくエルマーをみていた。まあ、女装なのだが、女性と間違えなくもないだろうが体つきは変えられない。無理くり履かされた控えめなパニエに下肢を隠され、ニセ乳を挟んだコルセットの上からパフスリーブのシンプルなドレスを着せつけられた。お針子とわかるようにエプロンまで付けられると、ぐったりしたエルマーの長い赤髪をくるくるとシニヨンにして髪の色を変えるリボンで留めた。 「んもおおおお顔ー!!いつの間に傷なんて作ってんのよ!!ナナシちゃあん!!こいつの左目の痣を治してあげてえ!」 「はわ…はあい!」 「いい!!ぜんっぜんこまってねえからこれでいい!」 あわあわと顔に手を添えようとしたらエルマーにとめられた。どうしようとトッドを見上げると、ニッコリと満面の笑みで微笑まれる。ナナシの中の天秤が、エルマーの言うことを聞くことよりも、トッドが怒るとエルマーがえらいことになるというほうにガタンと傾いた。 よし、とうなずくと、エルマーの顔を両手で包んで治癒をかけた。 「えええ…」 「だめ!トッドのがえるよりもつおい。」 「いやそれ、筋肉量では確かに強えけ、どっ!」 ゴンッと、トッドに頭を殴られる。筋肉量と言われてむすくれたのだ。トッドいわく、好きでついているわけではないらしい。乙女心がわからないなんて!と怒っていた。 「もおおまた縛るううう!!!」 「あんたはひとまずおしまい、つぎレイガンね。」 「俺もか…」 椅子に縛られジタバタするエルマーを、サジが指さして笑う。アロンダートはなんだか楽しそうにしながらトッドのメイク道具をいじっていた。 レイガンはちらりとエルマーを見た。たしかに男性が女の服を着ているというのは分かるが、赤髪から焦げ茶の髪になるだけで随分と印象がかわる。肩幅はパフスリーブで誤魔化されているが、トッドの趣味なのかニセ乳は結構な豊満具合だ。 まあ似合ってはいる。変な男の性癖は刺激しそうだ。 「アレになるのか…」 「レイガンてめえ一蓮托生だかんな。お前も逃げらンねえんだよお!!」 「セリフが悪役じみているぞエルマー‥」 ギャン!と吠えているが、その格好で威張らないでほしい。 レイガンは覚悟を決めると、スッとトッドを見つめた。 「俺も男だ。よし、こい!」 「潔い男は嫌いじゃないわ…うふふ。いい顔、腕がなるわあ…」 あ、やっぱなしで。と思い直すくらいに、捗ったトッドは顔が怖かった。ゴキゴキと指を鳴らした後、ブチンと素手だけで縄を引き千切る。 ぎょっとしたレイガンの服も、ボタンごと引き千切ると、エルマーがまるで恐ろしいものを見るかのように慌てて顔を背けた。 「さあ、あなたはさらに特別コースよ。」 「え、あ、ちょ、ま」 上半身を裸に剝かれたレイガンが、肩に担がれて部屋の奥に連れて行かれる。ひあああぁああ!!という断末魔の叫びに身を震わしたエルマーを、ナナシがよしよしと抱きしめながら宥めた。 「ああ、あんなに張り切ったトッドは久しぶりだなあ。あれは痛い。確かに効くが。」 筆をもったアロンダートが音を立てて閉じられた部屋の扉を見ながら言う。 エルマーがなにそれという顔で見上げると、パレット片手に片眉を上げる。 「…ああ、全身マッサージだな。彼はがっしりしていたから、まあ要するに解される。」 と言った瞬間、まるで拷問にでもあっているのかと言わんばかりのレイガンの苦痛に叫ぶ声が聞こえてきた。 エルマーの拷問ではあんな絶叫はしていない。後学のためにも是非見てみたい気もするが、ちょっと、いやかなり恐ろしくて若干引いていた。 「おおこわ…俺体柔らかくてよかったあ…っ、て…何してんだアロンダート。」 カチャカチャと音を立てて、小瓶をテーブルの上に並べていく。なんだか楽しそうなアロンダートを見つめて、エルマーは首を傾げる。 「いやあ、僕は幽閉生活が長かったろう。だから暇を持て余していてな、色んな本を読んだんだ。」 「ああ、お前博学だもんなあ。」 「ありがとう。トッドも本をよく貸してくれたんだが、その中に女性の化粧についての本もあってな。」 「おう、読んだのか?」 「ああ、なかなかに興味深かったよ。学んだことは実践するべきだ。そうだろう、エルマー。」 くるりと振り向いて、ニコリと微笑む。なんだか嫌な予感がして、口端が引きつった。 「いや、そういうのは来たるべきときのために取っておけ。な?」 「ああ、それは今だ。」 「え。」 がしりと体を掴まれた。エルマーはアロンダートの腰から生えた腕を見て、部分的に転化出来るほど体を操っているとは流石だなあと、変な方向で感心した。 「エルマー、まずは下地からだ。」 「え、うそうそまって」 「淑女のように、嫋やかにしてやろうな。」 「なにその薄紫の!?まてまてうわっ、え、毒じゃねえンだよなあ!?え、え、あ、」 恐ろしい程の膂力で身動きが取れない。容赦なくべチャリと顔面に塗りつけられると、マッサージをするようにして顔に広げられる。 なんだか女くさい。妙な香料に顔をしかめながら、この謎の染料で病気になったら真っ先に恨むと心に決めた。 ああ、もう面倒くさい。もう好きなようにしろと言わんばかりに投げやりになる。恥はかきすて、エルマーはレイガンの無事を祈りながら、大人しくまぶたを閉じて終わるのを待った。 城の廊下に、3人の足音が木霊する。背筋をぴしりとはり、マナー教師のような真面目な顔立ちは近寄りがたさすら感じる。 比較的女性にしては、体格がいい。背丈も高く、ロングドレスの裾を捌きながら布包を抱きかかえて歩く姿をみた侍女や侍従が、皇室御用達の仕立て屋だ…と囁くと、皆羨望の眼差しを向けながら道を譲った。 市井に店を構えるそこは、逝去なされた第二王子お抱えの洋品店である。手頃な値段から、皇室に献上するような上等の生地まで幅広く取り揃えており、その上デザインも非常に洗練されていた。 貴族がこぞってデザインを買い、お抱えのお針子に頼むこともできるのだが、店主であるトッドの腕で同じものを作ると、それは雲泥の差であった。 そして、何よりも一番選ばれる理由は従業員にある。 王族に実際に会って御身に触れて採寸をするのだ。こればかりは人選はやはり厳しい。まず、婦女はだめだ。万が一があると困る。あわよくばと考え、年頃の貴族の子女がお針子になる話は多いが、実際はそんなひょいひょいと接点を得られるわけではない。 そして、貴族もだめだ。どこの貴族はよかったのに、なぜうちはだめなのか。とそういう話になってくる。そうすると、色々と面倒なのである。 なので市井で、平民で、かつ信頼の置ける人物となってくると、もと近衛のトッドが営むこの洋品店は非常に使い勝手がよかった。 本人が女装家…いや、心は女性ということもあり、気配りもできる。そして王族についてもきちんと理解をしており、何かあった際の肉の盾としても申し分ない。まあ、あってもこまるのだが。 「毎度ご贔屓にしていただきありがとうございます。こちら、私のサポートとして参りましたお針子2名でございます。」 トッドはその豊満な肉体をグレーのシンプルなドレスに包み、それは上品なカーテシーを披露した。 筋肉の収納に関しては追随を許さない。このドレスを破けば鋼の肉体が隠されていることを知っている兵士は、毎回呆気にとられた顔で見つめるのだ。 「こちら、ミシェルとランダでございます。ほら、ご挨拶なさい。」 名前を呼ばれた2人はと言うと、一人は美しい茶髪が小綺麗に纏められている。華やかさな顔立ちを黒縁の眼鏡で隠していたミシェルは、にこりと笑うと軽く膝を折って挨拶をする。 一方ランダはミルクティのような髪色をした幼顔の人物で、ハーフアップにされた長い髪の毛が美しい人。 どちらも迫力のある美人である。 護衛として同席を許された兵士も、トッドが連れている人物であるからにして、恐らく男性であろうと予想はしていても、それを口にして心象を悪くしたらと考えてしまうくらいには意識をしてしまう。 男社会であるからして、婦女との出会い自体決して多いわけではない。だからこそこうした美しく着飾った男を見てしまうと、まあ色々な妄想は掻き立てられてられてしまうわけである。 ミシェルと名付けられているのは、エルマーだ。壁際に立つジルバの目が完全に笑っているのを感じ取ってしまい、内心は先ほどからギリギリと歯噛みをしていた。いわく、笑ってんな殺すぞ。である。 ランダことレイガンは、トッドが挨拶を終え、侍従がグレイシスを呼びにいくのを見送ると、微笑みを貼りつけたまま帰りたいと泣き言を言うかのような情けない表情を顔に貼り付けた。 「ご婦人方。自己紹介をありがとう。私はじき国王グレイシスの側近であるジルバだ。彼は今忙しい。公務が終わるまで別室で待っていてくれと言付かっている。すまないが一緒にきてくれるだろうか。」 やけに真面目そうな顔を貼り付けた諸悪の根源であるジルバが、嘘臭い笑みを顔面に貼り付けながら言う。 「ジルバ様直々のご案内だなんて、恐れ多いですわ。ミシェル、ランダ。粗相の無いように頼みますよ。」 「アイヨ。う゛う゛んっ…かしこまりやした。」 「すみません姉は少々喉をやられておりまして…」 「おやそれは大変だ。後で薬湯でも運ばせよう。」 そう言うと、ジルバは片手の合図で兵士を下がらせると、トッドたちを促してサロンへと案内した。重厚な扉がエルマーたちを出迎える。 さあと促されて中に入ると、ジルバは小さくウインクをして空間遮蔽の術を使った。 キン…という空間を切り取るかのような音が静かに響く。室内のやりとりを聴かせないようにするその魔法は、秘密ごとを肩合うのに適している。 「さて、お膳立てはできた。くふ、ミシェル。中々に美人に仕上がっているじゃないか。」 「うるっせぇ殺すぞ。ったく回りくどい呼び出しのしかたをしやがって。」 「まあそう吠えるな。エルマー、ナナシはどうした。今日は居ないのか。」 「サジと市井に身を寄せている。んな危険なとこについて来させられねえわ。」 エルマーの内心は、あの時みたダラスがいるこの城に連れて来るのが嫌だった、というのが本当だ。 強いエルマーの瞳に何かを感じとったのか、ジルバは真剣な顔をすると、エルマーの前に1冊の本を差し出した。 「お前の目に入れておきたい物があってなあ。エルマー、その前にお前はどこまで知っている。」 「俺の左目が龍眼になった。」 ジルバの目を見ていったエルマーの一言に、はくりと口を震わせた。 「…成る程、焦らすのはやめろと言う意味だな。いいだろう。」 そういうと、酷く獰猛な笑みを浮かべる。ジルバは本を見やすいようにテーブルに置くと、パラパラと捲った。それはどうやら随分と古い術の指南書のようなものだったが、中には眉唾レベルに突飛な内容が、頭文字順に並べられていた。 「左眼の龍眼…っふ、灯台下暗しとはよくいう。まだそのことはばれてはいないな?」 「俺にその質問するってぇことは、黒幕の目星はついてんだよなあ。」 「証拠はないがな。しかしエルマー。お前の左眼が答えを見せてくれたろう。」 ジルバは、まるでわかっていると言わんばかりに笑いながら言った。 「エルマー。お前、亡霊を信じるか。」

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