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ちゃぷんと水の揺蕩う音がして、そっと光を反射する。薄暗い室内の中、聖水で満たしたバスタブに身を浸す痩身の男は、その冷えた水を撫でつけるかのようにして腕に手を滑らした。 亜麻色の長い髪が素肌に張り付く。なんの光も映さないその瞳が、まるで作業のように肌を摩る。   「ダラス様。」   そっと声をかけた男は、虚なダラスの様子を見つめると、その華奢な体を抱き寄せるようにしてバスタブから抱え上げた。 「また考え事ですか。だめですよお、風邪をお召しになっちゃいますよお?」 「…どうせ、風邪などひかないさ。」 「普通の人は引きますがねえ。」   抱き上げたダラスを、そっと備え付けのベンチに座らせる。薄い体を包み込むようにしてタオルで体を包み込むと、下ろしていたダラスの両手を掬い上げるようにして握りしめた。 男はダラスの前でひざまづくようにしてチラリと目線を向ける。小さく吐息を漏らすような笑みを溢すと、ダラスの腕に走った大きな傷に手を這わせる。   「なかなか治りませんねえ。せっかく綺麗な体なのに。」   傷口は、随分と前から、ずっと消えないままだった。まるで皮膚が内側から破られるように入った亀裂の痕に、そっと唇を滑らせる。この肉体は、本当ならすでに朽ち果てているものだった。 傷口に甘く歯を立てる。ひく、とダラスの指先が反応すると、咎めるように男の頭を引き剥がした。   「よせ。そこまでは許してはいない。」 その柳眉が歪む。ダラスは汚れを拭うようにして唇が触れた場所を擦ると、先ほどの虚な様子はなりを潜めて立ち上がる。   「ちょっと流石に傷つきましたあ。いいじゃないですか別に…あんただって好き勝手してるくせに。」 「俺のものだぞ。」 「おおこわ。…あんだけ贅沢に聖水風呂に浸かってたくせに、呪いは消えてないようですねえ。」 「くそ、忌々しくて叶わない。」   ダラスは左腕に走った傷を押さえると、小さく舌打ちをした。   この傷は、貴重な龍眼を使って龍を復活させるときにできた傷だった。 聖遺物を使っての構築は非常に厳しく、力の強いものを生み出そうとしたダラスは、新しく生を受けた人外に対してやり場のない憤りを感じた。  先見の瞳の力は、引き継がれてはいなかったからだ。  失敗は、恐らく片目のみで行ったからに違いない。肝心の左眼は機能していないように濁っており、苦労の先で得た結果がこれとは、完璧主義のダラスにとってはひどく侮辱をされた気分だった。   「お前の報告通り、どうやらあの子供は生き汚くその生を汚しているようですね。」   あの時、この手で殺した感触は残っていた。そして、それは体にも刻まれている。 つい、失念していた。龍のもつ特殊な魂のことを。 それは、あれは死ぬたびに呪いを振り撒くということだ。 一度目、それは人間たちによって起こされた聖遺物を求めた愚かな争いで、大地は火の海となった。各地の火種は大きくなり、これによってダラスは親友を亡くした。 二度目は、その地獄の歴史から何十年も後だ。体感で言えば最近と言ってもいい。 血肉の染み込んだ土を使って蘇らせた。あの時、勢い余ってこの手で処理した時に、この身に呪いを受けたのだ。ダラスは今、こうして聖水に浸からねば体が持たなくなっていた。 ダラスからしてみれば、この体で誤魔化し生きてきた年月はそれくらい長い。だからこそこの状況はまずかった。 そして三度目。死体処理を任せたこのバカがやらかしたのだ。   「人外とバカにしていたダラス様の方が、余程人外ですねえ。」 「黙れジクボルト。あの時貴様が奴隷商などに売らなければ、このような面倒など起きはしなかった。」 「くふ、まさか僕もこんな楽しいことになるだなんて思わなかったよ!」   まさか生きていたなんて!ジクボルトは、まるで舞台の演者のように大袈裟に両手を広げた。ジクボルトは、死体愛好家だ。せっかく玩具をもらったと喜んでいたのに、急に息を吹き返したから驚いたのだ。 だから売った。言葉も通じない、目も見えないという白痴の化け物を連れていくのは面倒くさかったのだ。殺してしまおうかとも思った。それをしなかったのは、それを行ったダラスが呪いを受けたからだ。   「血肉が腐る呪いを受けたところで、君の体じゃないじゃないか。腐って溶けたら、また新しい体に入れ替えればいいのに…。」   ジクボルトはダラスの体を掴むと、壁に縫い付けるようにして抑えつけた。興奮しているせいで、平静を装えない。気がつけばわざとらしい敬語すらも抜け、その淀んだ瞳で嬉しそうにダラスを見つめる。   「出来ぞこないを買った牧場主も、内側から腐って死んでいたよ。龍は、残り一つの魂だけだ。」 「やめろ。そこを掴むな…‼︎」   ぐ、と握りしめたダラスの細い手首の皮膚の内側で、蕩けた肉が流動的に動く。皮膚が裂かれたそこは、すでに呪いに侵食されていた。 痛みはない。ただ不快感だけが鮮明だった。 「そんなにこの体が大切?弟だから、愛着でも湧いているのかな?」 「黙れ。」 「ねえダラス様、もう一度抱かせてくれないか。崩れたら、また補修してあげる。ねえ、いいでしょう…?」   ジクボルトの大きな体に覆い被さられる。ギチリと握られた腕の形はすでに崩れ、ダラスは面倒くさそうに舌打ちをした。   「ご褒美くれてもいいんじゃない?それなりの働きはしたよ?」   ざらりとした肉厚な舌が、細い首筋に這わされる。ジクボルトは、勃起した性器を腹部に押し付けると、蕩けた瞳でダラスを見つめた。   「龍玉は、取り込ませた。着実に力を取り戻しつつある。君の願いも間も無くだ。」 「…お前の誇るべき部分は、仕事ができるところだなあジクボルト…。」 「残りの土は、きちんと魔女たちに与えたよ。あいつらが暴れてくれれば、いずれ出来ぞこないの龍が力を取り戻す…。」   ジクボルトは、実に頭のいい男だ。ちまちまと聖遺物を集めるよりも、ずっと効率のいい方法があると、ダラスに進言していた。 それは、龍玉をナナシに取り込ませること。 国宝を盗まれたと大騒ぎをして火種をばら撒き、その龍玉を取り込ませてナナシに力を取り戻させた。あの時、サジの手の中で消えたそれは、ただ外殻を崩しただけだったのだ。   力は、ナナシの中に戻っている。ジクボルトは唇を小ぶりな耳に掠めるようにして触れさせると、甘く囁いた。   「物事は、効率だよ祭祀。あの人外は頭が悪い。連れの男を人質にとれば、きっと言いなりになるに違いない。」 「…エルマーか。」 「あいつの左眼は、そこでまた抉って仕舞えばいい。全て取り戻したら、もう一度構築しよう。愛する弟に、また会いたいでしょう?」   ルキーノ…  ダラスはすがるような思いでジクボルトの背に手を回した。 己の手で殺した。あの時の体温は、決して忘れることはできない。幼い頃から、ずっとそばに居た、たった一人の弟だ。 あんな人外と関わらなければ、歪むことはなかったのに…。 ダラスは、この世を憎んでいた。祭祀となって城に向かうこととなった弟を殺したのは、己が成り代わって皇国を先導し、龍を甦らすことで先見の瞳を得ることだった。そうすれば、もう歪み切った道筋を歩むことはなく、正しい未来へと導くことができるからだ。   「言っていただろう、正しい未来で、今度こそ幸せにしたいと。」 「ルキーノ…。そうだ…僕は、」 「ダラス、君は何も間違ってはいない。なんの隔たりもない平和な世界をとりどして、君は弟と幸せになるべきだ。」   優しく包み込むように、ジクボルトがその身を抱きしめる。毒のような睦言を吐きながら、何もおかしくはないと囁くのだ。 ダラスには夢があった。それは、己が修羅とし歩むと決めたこの道筋の途中で気づいたことだった。 弟を殺したのは、あの純粋な瞳にこれ以上腐った世界を映したくなかったから。 まるで縋るように、自身でそれを理由付けにした。 この世界は間違っている。ルキーノの瞳に映すのは、綺麗なものだけがいい。ならば兄として、その世界を作ってやることが愛情だった。   「弟を甦らすんだろう、なら僕の協力が必要なはずだ。そうでしょう…ダラス様、」 「っ、…ぁ、」   足を抱え上げられ、下肢が触れ合う。前をくつろげたジクボルトの性器が、そっとダラスの尻の間を擦るようにして往復した。 体の内側は、どんどん腐っていく。それでもダラスは構わなかった。 己の作り上げた、綺麗な世界でルキーノが笑ってくれさえすれば、ダラスはそれで幸せなのだから。                     「ンぅ…」 ナナシが腕の中でもぞりと動いた。すよすよと寝息を立てながら眠るナナシのあどけない寝顔を見つめながら、エルマーはそっと薄い腹を撫でる。 ここに、エルマーとナナシの未来がいる。そっと髪に鼻先を埋めると、腰を引き寄せた。 孕んでから、エルマーは変わった。ナナシの一挙手一投足が気になって仕方がない。 転ばないかな、きちんとご飯食べれるかな。泣いていないかな、寂しがっていないかな、具合悪かったらどうしよう、かわいい、愛している、離れないで、ずっと笑っていてほしい。 そんな感情が入り乱れて、情緒が忙しい。 この大切が、今までこの身に受けてきた苦しみが霞んでしまうくらい、エルマーは自分の手で幸せにしたい。 サジは過保護とバカにするが、こんなの全然過保護じゃない。だって、閉じ込めていないし、きちんとナナシの尊厳を奪っていない。 エルマーは、ナナシが許してくれるなら、一生閉じ込めて、外にも出さず、排泄すらも管理して、腹が休まぬように子を孕まして、幸せな家庭を築きたい。 食事だって全て口移しで食べさせたいし、セックスだってドロドロに甘やかして、もっと抱き潰したい。なんなら、四六時中嵌めていたいくらいなのだ。   エルマーの愛情は、ちょっと、いや、かなり重い。大人だから我慢しているが、ナナシが孕んだと聞いて、名実ともに体も心も自分のものになったと知った時は、明日が自分の命日かと思った。 こんな、こんな幸福があっていいのかと思った。 もしこのエルマーの幸せが、誰かの悲しみの上に成り立っているものだとしたら、エルマーはその人にありがとうと言いたい。俺のために、その身に不幸を負ってくれて、どうもありがとう。 そんなとこまで考えて、いや、やっぱり金で感謝だなあと急に現実に戻ったが。 ともかくそんなことを思うくらいには、大人気なく燥いでしまった。 だから、ジルバが言っていたことを思い出すと、邪魔するなという気持ちが出てきてしまうのだ。   ー恐らく、ナナシの存在はバレている。俺の考えが誤りじゃなければ、命を狙われるだろう。   「……、邪魔すんな。」    音声付きの脳内再生がうざったい。ふざけるな。そんなこと、誰が許すと思っている。   「ぁ、…」   イライラして、その胸糞の悪さを紛らわせようとして、手のひらでナナシの胸元を撫でる。布越しからでもわかる突起は、ふくりと主張していた。ここも、エルマーが散々いじり倒すから性感帯になってしまった。 「あ、あ、あぁ…ぅ、ン…?」   ナナシのかわいい声が、エルマーの耳朶を擽る。夢の中にいるのに、こうして感じている。素直でやらしい体。エルマーが育てた、エルマーに大切にされる健気な嫁御。   「ん…、」 「ぁう…ン、…や、ぁー…」   細い体を腕に閉じ込めながら、もにもにと大きな手で尻を揉む。興奮して滾った性器を取り出すと、その柔らかな体をそっとうつ伏せにして跨った。 頭の中では魔力酔いからくる悪阻が可哀想だと理性が歯止めにかかる。それでも、わがままなエルマーの悪い部分が、俺の魔力を体に馴染ませようとするなんて、可愛いが過ぎると悶えて煽るのである。   「起きたら、サジに殴ってもらうからよ…」 「ひぅ、ん…」 「はぁ、…っ」   柔らかな尻肉を割り開き、縦に割れたやらしい蕾が外気に触れてヒクリと収縮する。 そのまま鼻先を尻に押し付けるかのようにして顔を埋めると、そのまろい尻肉を頬で抑えるようにしながら蕾に熱い舌を這わせた。  ぬちゅ、と粘着質な水音が、静かに室内に響く。 時折白い小ぶりな尻がひくんとはね、それの付随するかのようにナナシの薄桃色の性器がぴょこんと跳ねた。 とろみのある先走りがシーツを汚す。にゅくにゅくと自身の性器を慰めるように数度擦りあげると、びくりと血流がめぐり、張り詰めたかのように硬く反り返った。   「はー…、」    膝立ちになったエルマーは、後ろから覆い被さるようにしてナナシを隠す。猛った性器をゆっくりと挿入すると、喜ぶように収縮しながら少しずつ飲み込んでいった。   「あ、あ、あ、あ…っ?ひン…っ!」 「ン、おきた…?」 「やぁ、あー…っ…」   腹部に感じた甘い刺激と圧迫感に、ナナシが目を覚ます。覆い被さるように抱きしめられているのは嬉しいが、なんで入っているのだろうと、性感に身をとろめかせながらキョトンとしているのが可愛い。 エルマーは反り返り、傘のはった先端で引っ掛けるように前立腺を甘やかしてやると、枕に唾液を染み込ませながらひんひんとよがる。   「ひゃ、ぁう…なん、れぇ…っ?」 「わり、…シたくなった…。」 「ンぁ、…んっ、き…もひぃ…っ、」   キャンキャンと可愛らしく喘ぎながら、エルマーがシたくなっちゃったんなら、仕方がないかあと、なんともマイペースにそれを許す。 ナナシもまた、こうしてエルマーのわがままを容認して甘やかすものだから、旦那はどんどんとわがままになっていく。 がじりと甘噛みされる耳も、意地悪に引っ張られる胸の突起も、エルマーが与えてくれる刺激は全部、ナナシを馬鹿にする。   「ぇ、る…気持ち、ぃ…?ふぁ、あ、ん…」 「気持ちい…はぁ…っ、すげえ…いいよ、」 「きゃ、ン…っあ!あぁ、あー…」    まるで、マウントを取られるような強引なセックス。項を噛まれれば、ヘニョ…と耳を垂れさせながら内壁でエルマーを甘やかす。 こすこすと押し付けるような腰使いが、ナナシの柔らかな尻肉を弛ませる程小刻みなものに変わっていく。 ナナシはエルマーの手のひらに何度も精液を漏らし、奥を小突かれればふしゅりとその手のひらの白濁を流すかのように潮を吹く。 内股に伝う粘液や、膝に伝わるスプリングの軋み、二人分の体重を支えたベッドが、まるで抗議するかのようにギシギシと鳴いた。シーツに擦れる乳首が気持ちいい。ナナシは感じすぎると声が出なくなるなんて、知らなかった。   「っ…ぁ、あか、ひゃ…っ…ぉ、へや…ぁ、っ…」 「ン…?」 「も、…と、い、ぃこ…し、てぇ…っ…」   はふはふと甘い吐息を漏らしながら、エルマーに強請る。奥が気持ちいい。赤ちゃんのお部屋を、もっとよしよししてとおねだりをするのだ。    「ーーーーーっ、ばか、」 「きゃ、ぁ、あっ…あ、や、ァ、あ、いぃ、っ、え、る…える、まー…っ!」 「っぐ…、っぁ…」   ナナシの一言に、エルマーがぐる、と噛み殺すかのように唸る。 あ、と思ったときにはもう遅く、一際強く抱き込まれ、後ろからがくがくと揺さぶられた。 「ひ、ぁあっ、あ···!あ、イ、ちゃ、ん、ん、あ、あっあぁ、あー···!!」 「っ、ん、でる…、っ」 「あ、…っ…く、ふ…」 ごちんとねじ込まれた子宮は、嬉しそうにエルマーの精液をごくごくと飲み込む。 腰が蕩けて骨抜きになりそうだ。強い快感にエルマーの腰使いがぎこちなくなる頃には、ナナシは足の間から何本も水流を伝わせながら、ベットのシーツに水溜まりを広げて意識を手放していた。   「っ…ふ、…」   くたりとした体を抱きしめる。挿入したままゆっくりと横になると、エルマーは未だ張り詰める性器のじくりとした熱を散らすようにして腰を揺らめかせ、精液を塗りこむ。 ナナシは目元を赤くしたまま果てた余韻で身を震わしている。 チラリと時計を見た。日の出まで、まだ数時間はある。 金色の瞳の奥に欲の灯火をチラつかせながら、エルマーはこわれものに触れるかのような口付けを項に落とすと、意識のないナナシを抱きしめたまま、再び腰をゆらめかせた。 絶対に、この腕の中から離すものか。 このエルマーの雌の最初で最後は、自分だけでいいのだから。

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