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「ジジイ、アオモスキダッタ。アオイオハナナイカナー」
「あお…みずいろ、これはちがう?」
「ミズイロデモイイ」
ふりふりと尾を揺らめかせながら、ロンの家の庭先でお花を積んで回る。
ナナシがお手伝いで芋を取りに行ったときにアリシアにお願いをしておいたのだ。
たいせつなひとにあげるおはなほしい。とっていい?
アリシアはそれを聞いて快く許してくれたので、朝食後に時間をもらってギンイロと二人で裏の畑でお花を摘むことにしたのである。
なんの花だかわからないが、小さく可愛らしいものが多い。ギンイロは花を踏みつけないように小さくなって、その背の高い花の間をちょこまかと動いては、あぐりと器用に噛み付いて引き抜く。根元のほうがよだれと牙のせいでくちゃっとしているが、高さを整えるときに切れば問題なさそうだった。
「レイガンとアロンダート、おそとだいじょうぶかなあ。」
ナナシはちょっとした束になったそれを胸に抱くと、心配そうに呟いた。
エルマーたちが見回りに行くよりも前に、空を飛べるアロンダートが偵察をかって出てくれたのだ。サジも行きたがったが、傷のこともあり今回はお留守番である。
レイガンたちが戻ってきたら、ナナシはエルマーとギンイロと一緒に、チベットとスーマのお墓を掘りに行く約束をしていた。
「フニュフニュフニュ」
口にたくさんのお花を咥えたギンイロが、ちょこんとおすわりをしてナナシを見上げていた。
ナナシは主に白いお花をメインに摘み、ギンイロは青い色のお花を摘んでいた。
口に加えたそれらを落とさないようにしながら呼んだので、なんだか妙な声色で鳴く羽目になったらしい。
「ギンイロ、たくさん!ふわあ、きれいね」
「ナナシモキレイ、オハナ、ヨロコブカナー」
「よろこぶ、サジにおねだりしよう。おはなげんきにしてっていおう」
ふりふりと尾を振りながら、お花を抱いてロンの家の軒先に椅子をおいて、座っているサジのところに向かった。
お花をきれいに整えることをサジがやってやると言ってくれたのだ。
ナナシはギンイロと一緒に摘んだそれらを、サジの前に差し出すと、おやまあといった顔でサジがわらった。
「また随分と摘んできたものである。ほら、貸してみろ。」
「サジ、おなかへーき?ナナシ、ちゆできるよう?」
「なんの。アロンダートに魔力を分けてもらったからなあ。もういらぬ。あとは大気中の魔素を体が取り込むだけよ。光合成のようにな。」
「はわ、すごい」
コウゴウセイが何なのかはわからないが、サジが不遜な態度で言うものだから、きっとなにかすごいことなのだろうということだけはわかった。実際口だけなのだが、サジの自信家な発言に毎度ナナシは勘違いをする。
サジによって裁ち鋏できれいに整えて貰い、根本に軽い治癒をかけると完成だ。これをすることで、花が持つらしい。ナナシの知らないことをたくさん知っているサジはすごい。
きらきらした目でサジを見つめるナナシの頭をわしゃりと人撫ですると、サジが空を見上げた。
「帰ってきたな。」
「はわ、レイガン、アロンダート!」
ナナシが二人に向かってゆるゆると手をふると、レイガンも手を上げて答えてくれた。
アロンダートの背から、レイガンが飛び降りる。危なげなく着地をすると、今度は転化したアロンダートが人に戻りながら地面に降り立った。
全く器用なものである。アロンダートは首をストレッチするかのように伸ばすと、マントの中から野ウサギを数匹取り出した。
「一宿一飯の恩に、肉を取ってきた。」
「律儀よな。まあ、サジも薬草を生やしたが。」
ほれ、と指をさすと、畑の一部に珍しい薬草が生えていた。市場にはなかなか出回らないそれは、身体機能を高める効能を持つ。小さな紫色の花が萎んだら実をつけるので、その実を乾燥させ薬にするのだ。売っても価値は高いので、手間を惜しむなら売ればいいと思ったのだ。金よりも良いだろう。
「紫綬草か、珍しいものをもっていたな。」
「インペントリの中で腐らせておくよりもいいだろう。」
「たしかにな。きっと喜ぶ。」
アロンダートは微笑むと、サジが面映そうにした。自分なりの感謝の気持を差し出せるようになったのは、アロンダートとそういう関係になってからだった。
レイガンもナナシも、なんだか二人がいい雰囲気で口を挟める空気ではないなあと思いながら、せめて二人のやり取りが終わるまではと大人しくした。
クシュン!と、下からくしゃみの音が聞こえたので、その時間もすぐに終わりを告げたが。
「ナナシ、イツイク。モウイキタイ、ギンイロハ、ハヤクイキタイ」
「わかった、えるよんでくるよう。ふたりでいくの、やだなんだって」
くしゃみの犯人であるギンイロが、ナナシの足に前足をかけて二本足で立つ。ぴろぴろと尾を振りながらおねだりする姿は、まるで猫のようだ。
本性はあんなに大きな狼のような姿になるのに、なぜかちんまいときは猫のような姿をとる歪な精霊は、相変わらずへっへっへと笑い声のような息遣いをしていた。
「一先ず町を一周したが、もう魔物はいなかった。ギルドから出てきた町人が幾人かいたんだが、まあ…」
「歓迎はされていない。ここのご家族に迷惑がかかる前に、早く出たほうがいいだろう。」
アロンダートは、石を投げられたことは伏せてそう告げると、ナナシは少しだけ悲しそうな顔をした。ナナシは敏い。含みのある言葉だけで何があったかはだいたい理解したらしい。
「サジは悪いが、治るまではあまり早くは歩けぬ。出ていくならギンイロに乗せてくれぬか。」
「イイヨ。」
「僕でも構わないが。」
「アロンダートは怖がられるだろう。六脚の姿は流石にまずい。」
「テイムしたことにすればいいのでは。サジの私物を僕の首に巻くといい。」
「んと、ならくびわすればいいとおもう」
ああ、なるほど。とその場にいたものが思う。
たしかに、魔獣の見た目でも首輪をしていれば視覚的にもわかりやすい。サジはいい顔をしなかったが、アロンダートは光明が見えたと言わんばかりに頷いた。どうやらギンイロといえど、己以外の雄に跨がらせるのは嫌らしい。ギンイロがオスかどうかは別としてだが。
「じゃあそれで、」
とアロンダートが言ったのと同時に、屋根からエルマーが飛び降りてきた。金槌片手にシャツの腕をまくりあげ、小脇に板を抱えてあらわれたエルマーは、まるで大工のように口に釘を咥えていた。
「君は、本当になんでもやるな…」
「んあ?あー、ちっくと直しただけだあ。だれだって出来らあ。」
どうやら金槌と釘は私物だったらしい。背負っていたインペントリにそれらを突っ込むと、おはなもいれて、とナナシから受け取った野花の花束もそこに収める。
「もう出てったほうがいいな。町の奴らがここにいるの嗅ぎつけると、ロンたちに迷惑がかかんだろ。」
「俺もそう思っていた。やはり、もう出立しよう。」
もともと、すぐ出れるように着の身着のままだ。ナナシも持ち物といえばポシェットとマント、そしてもらった腹巻きくらいで、それもエルマーのインペントリにいれてもらっている。
ロンの家は居心地がいい。だけど、それが当たり前ではいけないのだ。
エルマーは各自が既に準備万端だと言うことを確認すると、挨拶だけしてくらあ。といって今にいるマーチとアリシアに声をかけた。
ちょうど昼餉の準備をしていたらしい。出立することを伝えると、大層惜しまれた。もう少しゆっくりしていけというマーチにお礼を言うと、ちょっとまってろと言われて部屋に引っ込んだ小さな背を見送る。
数分後に戻ってくると、なにやら布切れのようなものを手に渡された。
「これは?」
「治癒術師がつくる、治癒布だよ。ちょっと、繊維に魔力がはいっていてね、切り傷くらいならこれを巻くだけで十分さ。」
「まじでか。」
なんだかとんでもないものを渡された。今やまともな治癒術師が少ない中、これは貴重なものである。アロンダートはもともと繊維に関する特許を持っているせいか、興味津々と言わんばかりに食いついた。
「なんと素晴らしいものだろう。エルマー、後で僕にもよく見せてくれ。」
「てか、サジの腹巻いてやればいいんじゃねえか?ばーちゃん、これまた治癒術込めりゃつかえんの?」
「そりゃあ使えるよ、ただ難点といえば、治癒を込めてるが清潔魔法はかけられないんだ。だから手洗いとかになっちゃうんだけどねえ。」
「煮沸すりゃあなんでも消毒できんだろ。わりいなばーちゃん、こんないいもんもらっちまって。」
いいんだよ、使わなければただの布切れだからねえ。と言うマーチは、受け取ってもらえてうれしそうに微笑んでいた。
アリシアも、道中食べてくださいとパンの間に料理を挟んだものを包んでくれ、それはレイガンが恐縮しながら受け取っていた。
ロンが気を使って町の出口まで送ろうかといってくれたのだが、鍛冶屋によることも考えてそれは辞退した。
気持ちだけで、もうエルマーたちはすでにお腹いっぱいである。
最後にアリシアにエルマーがこそこそとなにか食べ物について聞いていたが、アリシアが満面の笑みで応援すると、顔を赤くして吃っていた。ナナシは最後だからとアランを抱っこさせてもらっていたので、何のやり取りをしていたのかはわからなかったが、背中を叩かれ景気づけられたエルマーが、むすっとしながら照れていたのが少し気になった。
ロンの家族は、最後まで気持ちの良い人たちだった。エルマーたちが見えなくなるまで手を振ってくれ、ナナシが途中振り向いてはバイバイと手を振るので、エルマー達も最後は吊られるように手を振り別れを告げる。
ああいう人がいるだけで、心が救われる。
エルマーは口元に小さく微笑みを浮かべると、ナナシの頭を撫でるようにして引き寄せた。
「える?」
「生まれたら、子供見せに来いってよ。」
「はわ…うん!」
エルマーの言葉に頬を染めると、ナナシは嬉しそうにはにかんだ。
道中投げかけられる視線が、先程の上向いた気持ちを下げさせる。
レイガンとエルマー、ナナシは、アロンダートに騎乗したサジを囲むようにして固まって歩くと、被害にあった町人たちの囁く声を聞こえないふりをして、そのまま大通りを抜けて鍛冶屋に向かった。
ーあのう、大丈夫ですか?
「ルキーノ、いい。きにすんな、もう慣れたぜ。」
ーはあ、いやしかし…時は流れても、得てして人はこうなのですね…
語りかけてくる声は、こころなしか弱い。ナナシは心配そうにポシェットに触れると、その大きな耳を前に下げてしょんもりした。
あれが、例の…。言葉の先を探らなくても手にとるようにわかってしまうくらい、刺の含んだ声色はナナシたちに降り注ぐ。
騎乗しているサジがいるので、おそらくどこぞの貴族に侍っていると思われているせいか、昨日のような直接的な暴力はない。
それでも、気分が悪いことには変わらないが。
ギンイロがかけ出す。鍛冶屋に近付いた為だ。
チベットとスーマの遺体の上には、エルマーがマントをかけてきた。しかし、鍛冶屋につくと様相は変わっていた。
「…うそだろ、」
「物盗りか。鍛冶屋だからな、金目の物があると思ったのだろう。町のものの仕業だ。」
エルマーが被せたマントは、靴跡によって汚されていた。
なぎ倒された棚から溢れていた道具なども一切合切なくなっており、命を失った家主の前での余りの悪戯に、エルマーの腹は沸々と煮えたぎっていった。
「こんな…、」
道中、鍛冶屋の話をしていたのだ。知り合いが亡くなったことを悼んでくれた仲間が、今荒らされた現場を見て言葉を紡ぐことができずにいる。
ひくり、と喉を震わせたナナシが、よろよろと歩み寄る。ギンイロと共に、その玄関だった敷居を跨ぎ、汚されたエルマーのマントにそっと触れる。
「焼こう、弔ってやらねば。」
「ああ、」
こんなの、2度殺されたようなものじゃないか。
エルマーは拳を握りしめると、鍛冶屋の瓦礫から天井の梁やら木っ端を片っ端から集める。
呆然としていたナナシとギンイロも、エルマーの動く姿に促されるようにしてそれらを集める。
チベットが使っていた机、割れて外れてしまった棚の残骸、寝ていたであろう寝具の羽毛、そしてスーマが寝ていた籠に、定位置だった木製の椅子。
チベットとスーマがいた証を掻き集めて、二人を弔う送り火を焚く。ゆらゆらとオレンジ色の炎が舐めるようにして、全てを飲み込んでいく。
鍛冶屋に上がった火の手に慌てた町民が、エルマーたちを見て迷惑そうに顔を歪めた。
ギンイロは、燃える炎をいつまでも見つめながら、その毛並みに炎を反射させていた。
エルマーとナナシ以外、チベットとスーマのことは知らない。それでも、二人の様子から浅い関係のものではないということだけはわかった。
ー祈っても、よろしいですか。
ルキーノがつぶやく。魂だけのものに祈りなどと笑われるかと思った。それでも、ルキーノは祭祀だった。
穏やかな声色でそう伺う。エルマーもナナシも、その言葉がありがたかった。
「頼むわ。俺は頭悪いから、こんな時なんて言ったらいいかわかんねえんだ。」
「ナナシも、いのりたい」
ルキーノは魂を震わせると、ゆっくりと歌を紡ぐようにして鎮魂の祈りを捧げる。
エルマーもナナシもギンイロも、ほかの仲間も、だた黙って聞いていた。口にはしない、しないが想っている。偲んで、安らかにと願う。
やがて炎は燻る程度になり、白く染まったその欠片を集めて土に埋めた。
ナナシとギンイロが集めた花束を添えて、鍛冶屋の看板と一緒に埋める。
目印はつけない。ギンイロが覚えているからだ。
きゅうんと甘えた鼻を鳴らすギンイロの毛並みを、整えるように撫でてやる。ここにまた来る、全部落ち着いたら、また会いに来ようという気持ちを込めて、優しく撫でてやった。
「さて、ずらかるかあ。」
「とんずら?」
「そーそー、とんずら。」
わしわしと頭を撫でながら、気持ちを切り切るようにエルマーが伸びをした。湿っぽいのはいけない、きっとチベットは丸い顔を真っ赤にして文句を言うに違いないからだ。
「カストールにゃあ、船か。」
「おふね、びんにはいってるやつ?ロンのいえにあったよう」
「おう、あれの倍でけえやつ。」
「海の上に浮いている家のようなものだと思えばいい。」
「はわ、レイガンものしり…」
ー昔と今じゃ、ちがうんでしょうねえ
「今のほうがすごいぞ。たぶんな。」
他愛のない話をしながら、ドリアズを抜ける。
ギンイロは途中、数度名残惜しそうに振り向いていたが、誰もそれを止めるわけもない。
きっと、この先も平穏とは程遠いことが起きるに決まっている。エルマーもナナシも、みんながみんな引き返せないのだ。
その足跡を辿るようにじわじわと近づいてくる悪意の形に、目をそらせないように。
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