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「はああああ!?!?」 ギルドの中で、エルマーの声が響いた。 予選に参加する人数がきわめて少なかったらしい。無理もない、本戦である魔物がデュラハンで誰も勝ち進んでいないと聞けば、皆挑むだけ無駄だと思ったとのこと。どうやら人数の関係で、今回の予選は観客を巻き込んでの防衛戦が行われるときいて、エルマーが声を上げたのだ。 「だからって、観客巻き込むかよ普通。」 「エルマー、忘れてたけどここに出る人って土地もほしいけど結婚したい人もいるんだわ。」 「もしかして定住してもらうために…」 「まあ、婚活も兼ねてる的な?だから僕だって入れ喰いだっていったじゃん。」 開放的すぎんだろ!!エルマーのがなる声にレイガンも同調する。どうやら今回の予選は対人スキルに加えて護衛スキルも問われるらしく、連れの一人を同時参加させて守る様子も見られるらしい。 ちなみに連れがいない場合はギルド側が事前に配った観戦チケットの通し番号からランダムに選ばれる。 エルマーはおそらくナナシだろう。レイガンはくるりとユミルを見ると、がしりと手を掴んだ。 「守られてくれ。」 「なにそのプロポーズじみた言葉!」 もしやとは思っていたが、こうしてレイガンに改めて指名をされると気恥ずかしくて仕方がない。 どうやら選ばれる人は誇らしいらしく、すでに何組かカップルが出来上がっていた。 ユミルだって何度か経験はある。だから守られ方なども理解しているつもりだ。だけとレイガンにまっすぐ見つめられるとなんとも居心地が悪いのだ。 じわじわと顔を赤くするするユミルに鈍感なレイガンは気づくわけもない。 それはそれで悔しい気がするとむすくれると、仕方なくといった空気を出して了承した。 「ユミル、おかおあかいね」 「ああ、あいつ惚れっぽいからなあ。」 ナナシの手を握りながら、ツンデレのように振る舞うユミルをみていたエルマーは言う。ナナシは、ユミルが自分と同じ感情をレイガンに向けているのだと気づくと、何が刺さったのかぶんぶんと尾を振り回す。 「こい?ユミルこいした?はわあ…はじめてみた」 どうやらナナシも他人の恋路には興味があるようだ。にこにこする隣の嫁の頭を撫でると、国を出たらどうすんだろうなあと、ひとりそんな現実じみたことを思っていた。 「いっけええガス!!お前の底力観衆に見せつけてやれエエエ!!」 「うおおおおお!!」 土煙が上がる中、観衆は大いに沸き立っていた。 まさか初戦でガス&デールの試合を見られるとは思わなかったからである。 ガスと呼ばれる大男は、牛の獣人だ。その整った顔立ちと男なら憧れるであろう見事な筋肉の鎧を惜しげも無く晒すと、引き千切ったシャツを高々に投げ捨てた。 「ほしい!あの後ろの獣人!ガス、赤毛を倒したら、あいつをうちのもんにしよう!」 「主がそういうんならそうしよう!聞いたか赤毛!!お前の後ろの雌は、このデール様のものにする!!」 びしりと指を指した先にいたのは、砂埃が目に入ったらしいエルマーだ。丁度その獣人呼ばわりされたナナシに左目を確認してもらっている最中だったので、あの見事なパフォーマンスだって見ていなかった。 「んー、おめめごろごろへいき?」 「あの馬鹿が砂嵐なんて呼び寄せっからよお。ナナシは平気か?」 「ナナシはいたくないよう」 「そりゃなによりだあ」 全く意に介さずといった具合に無視を決め込むエルマーに、ガスがぶるぶると顔を赤くする。こいつ、この闘技場でのパフォーマンスの意味を知らないのかとさえ思っていた。 ガスとデールは強い、そしてなによりも観光客に金を落としてもらうための見世物だということもしっかり理解していた、最初に勝ち進んで土地を賜った元冒険者であり、パフォーマーでもあったのだ。 「ガス、ガスやい。あいつギルドランクFらしいから手加減してやんな。ほんで勝ったとしても、あの雌を傷つけるな。ああいうこは酷い目に合うほうが金儲けになるけれど、実際にやっちまったら可愛そうだろう。」 「デール、でもいいのか?あいつの雌、すげえ上等だぜ?きっとパフォーマンスで酷いことしても、後で事情を話せば許してくれるだろう。優しそうだし。」 パフォーマーである二人は、最近盛り下がってきた初戦を盛り上げさせるために出演が決まったのだ。いわゆる悪役パフォーマーである。 こてんぱんに負かすことはするが、あとからギルド側から事情が説明されるし、なによりガスとデールだって悪役であって本気で悪いわけではない。 痛めつけた側にも謝るし、捉えた雌だって酷いことはしない。きちんとお土産を渡して返す、実にホワイトなものたちだった。 「おいガス、あとで雌にはあやまるとして、もういっちょ煽ってやってくれ。このままじゃ観客が白けちまうよ。」 「おうよ、いっちょぶっぱなすぞデール。…おおい!!怖気づいたか赤毛ェ!!お前の雌奪い取って、てめえの首をキーホルダーにしてやるか、」 ら。と全て言い切ることは出来なかった。 守りの対象であるナナシがちょこんと座っていただけだったからだ。 ガスは大慌てで赤毛を探そうと見回したとき、ワッと観客が騒ぎ出した。 ふ、と黒い影が指したかと思うと、ガスの頭上に高く飛び上がったエルマーが体を捻りながらガスに向けて足を振り上げたのだ。 「ガス、防御!!」 「うわあ!!!」 咄嗟に太い筋肉に包まれた腕で繰り出された踵落としを防ぐと、骨身にズシンと重く響くような鈍痛が走った。 ばかじゃないのかこいつ、と思うくらいには痛かったらしい。ガスは慌ててエルマーを腕で弾くようにして遠ざけると、軽やかな足取りでナナシの前に陣取った。 「お、おまえ急にそれはねえだろう!!」 「あ?なんでよ。闘技だろうが。俺ルールとか知んねえもん。」 デールが腕に治癒を施すのを見ると、守られる側がフォローするのはありなのかとナナシが尾を振る。 エルマーの腕を持ち上げて頭に載せると、ここが定位置と言わんばかりにぎゅうっと腰に抱きついた。 「ナナシもやりたい、」 「だめだあ。お前やると酩酊させて一発だろう」 「はわぁ…」 しょんもりと耳を下げると、小さく唇を突き出してむすくれた。 デールはなんだかよくわからないが、初戦から偉いのとぶつかったと少しだけ焦りを見せる。ガスが顔を叩いてやる気を見せると、ぺたりとその体に手を添えて魔力を与えた。 「まじかよ!!!デールお前、それは久しぶりすぎる!!」 「こうなったらこっちも手加減はナシだあ!!好きなだけやれガス!!」 デールがガスに施したのは、ガスの強すぎる力を制御するための箍を外す行為だ。最初の優勝のときにこれをしていたせいで、あまりにあっけなく勝ち上がってしまってからは、話し合って自制をきめたのだ。 「ったく人の嫁を雌メスいいくさってよぉ。」 「赤毛ェ!!今度は簡単にはいかんぞ!!男なら正面切って俺の突進を受け止めてみな!!」 「ナナシはただの雌じゃねえんだよ。」 「うおおおおおおくらえええ!!!」 びしりとガスの両足がついていた地面が地鳴りとともに割れていく。土魔法を使ったらしい。 その亀裂が勢いよくナナシとエルマーの元へと向かう。ガスは一息に飛び上がると、目を輝かせながら拳を振り上げた。 「うはははは!!上はガスだし下は地割れ!!どうするう!!どこへ逃げるう!!」 エルマーは逃げない。面倒くさいといった具合にそのまま突っ立っていただけだった。 地割れが突然エルマーの手前で止まったと同時に、何かが強くぶつかるような音が会場に響いた。 「はえ、」 デールが呆気にとられて見上げた先に、ガスが空中で張り付いていた。まるで浮いているようにもみえるその状態に、デールの理解が及ばなかったのだ。 まるでガラスの上を滑るかのような不快な音を立ててガスの体がべしょりと地面に落ちる。 ぱたぱたと尾を揺らすナナシがエルマーを見上げると、その大きな耳ごと小さな頭をワシワシと撫でた。 「守られる側のサポートはありなんだってなあ?なら結界もありだろう。」 「け、結界!?うそだろ!!ガスの突進は結界を破るんだぞ!?」 「突進だったらな。だけどお前らが地割れして道塞いでんじゃねえか。」 「あ、」 ぶるぶると頭を振ってガスが起き上がる。随分と頑丈な男である。エルマーは感心したように見上げると、ナナシがぺたりとガスの体に手を触れた。 「あたまごちんして、いたかった?へいき?」 「へ、へいき…おれ、うしだし…」 「うしさん、ナナシ、うしさんかわいくてすき」 へにゃへにゃとごきげんに微笑みながらガスの額に背伸びして触れる。ふわりと柔らかなぬくもりがガスの体を包んだかと思うと、じわじわと澄みきった魔力がガスのダメージを消した。 このこ、俺と赤毛が戦っていることを知ってるのかなあ。そんなことを思いながらも、別嬪さんにかわいいといわれると思わず照れてしまう。ガスは男臭い顔をしながらも素直な尾を振り回していると、デールが慌てて指示をだす。 「ガス!ガスやい!いまがそのときなんじゃねえのかい!?」 「はっ、そうだった!!」 そうである、勝敗は守りきれるかなのである。 ガスはほんわかした気持ちを叱咤してナナシに向き直ると、この雌に暴力を振るうのはちっとばかし心が痛むなあと思い、逃げ切れる余韻を残すべく両手を顔の前に持ち上げて思い切り脅かすことにした。 「うがあ!!襲っちまうぞ!!」 「ひぅ、」 どうやらガスの威嚇に驚いたらしい、小さくナナシが身をすくませた瞬間、ガスー!!と悲鳴を上げるデールの声が聞こえた。 「で、デール!!ああっ!」 なんだとガスが振り向いた時には、もうその体は地面に突っ伏していた。まさか一瞬で地面とキスするとは思わなかったらしい、ガスが首を動かして自分の背中に足を乗せるエルマーを見上げると、デールを片腕で背負うように持ち上げながら、まるで覗き込むような至近距離に真顔でガスを見つめていた。 「ひえっ」 金眼は感情を灯さず、開いた瞳孔で無言で見つめられると冷や汗が吹き出す。さっきまでは感じなかった恐ろしい気迫が、ガスとデールを包み込む。 「体の内側から壊死させてやろうか。」 なにそれ怖い。ガスもデールも、ぶわっと吹き出した冷や汗をそのままに、ぶんぶんと首を振ると、慌てて大声で叫んだ。 「こ、降参んんんん!!!」 もはやこんな怖い想いをしてまでこの試合を続けるのは、二人のメンタル的に無理であった。後でギルド長からは怒られるだろうが、ギルド長よりも目の前の赤毛のほうが怖い。 このまま続けていると人としての尊厳が保てないとばかりに叫ぶと、審判も慌ててエルマーたちの勝ちだと叫んだ。 「はい、ごめんなさい。復唱。」 「ごめんなさい!!!」 「ゴメンナサイ!!!」 大の大人が二人揃ってナナシの目の前で土下座である。くすんと涙目でエルマーの後ろからちろりと見つめると、いいよぅ、とぽそりといった。 どうやら自分たちはこの男の地雷を踏み抜いたらしい。なんとおそろしい。そんな起爆装置みたいな相手と知っていれば、バディを組む前からやめてくれと手を回したというのに。 「ガス、まだ終わりじゃねえ。ほら、あれ言わねえと。」 「はっ、そ、そうだった。」 「あん?」 「あっ、そこにいてくれていいんで…」 睨みつけてくるエルマーを、まるで猛獣かのごとく慎重に見つめたままゆるゆると後ずさりで闘技場の中央まで向かう。 この初戦で負けてしまったときに言う言葉があったのだ。まさか負けたことがなかった分使うとは思いも寄らない。ガスはなんとかセリフを思い出すと、大きな声でエルマーに向かって叫ぶ。 「ふ、フハハハは!!ここで終わりだと思うなよ!俺様たちは四天王の中では最弱…せいぜいつかの間の愉悦に浸っているといい!!」 「んじゃあ次はレイガンとユミルか?」 「あっ、そうですね、はい。お疲れ様でした。ってまてまてまて!」 帰ろうとするエルマーをデールが取りすがるようにして引き留めると、ポケットの中から小さなカードを取り出した。 「なにこれ。」 「勝ったやつに渡してんだ。これ結構レアなんだぜ!?」 「ブロマイド?」 どうやら予選を勝ち進んだ相手にはカストールで有名な二人のサイン入りブロマイドを渡しているらしい。しかも一度きりだがオートヒールの付与付きだというから捨てるに捨てられない。 エルマーは心底微妙な顔をしてそれを受け取ると、ナナシが嬉しそうに覗き込む。 「ふわあ、かこいい…ナナシもほしい」 「やるよ。」 「ええ、いいのう?ふへ、」 キラキラと決めポーズで光る二人の写真を握り締めると、デールもガスもにへらと笑う。純粋なファンの称賛があるからこその仕事だ。今日を思い出せば、今後の辛いことも軽減されるだろう。 赤毛は怖いが、この雌はいい子だなあと、にこにこして別のブロマイドにまでもサインまで書くものだから、控室に戻ってもテンションの上がったままのナナシがガスとデールにあそんでもらい、エルマーはこてんぱんにした相手に仲良くするナナシのマイペースさは、相変わらずだなあと妙に感心するのであった。 「お前ら実はいいやつだろ。」 控室のソファで足を組んだエルマーが、ナナシと一緒にどんぐりコマで遊んでいるガスとデールを見つめて言う。 「俺らは悪役だからなあ。ギルド長から盛り上げてくれって言われてるんだよ。たかいたかーい!」 「はわぁ、たかい!えるよりもたかい!」 「そのギルド長が怖いのなんのって、まあお前のほうが怖いけど。」 ガスがナナシを持ち上げて天井に触らせる遊びにシフトチェンジしたらしい。エルマーはナナシの細腰を掴む大きな手にムスッとはしているが、欲をはらんでいないために大目に見ている。 デールはにこにこしながらはしゃぐナナシの尾に顔をくすぐられながらそう言うと、エルマーをちらりと見つめた。 「ギルド長ってどんなやつ?」 「こええよ!魔女だし。なんか最近いっちゃってるってーかよう、なんか変なんだあ。」 「魔女…」 気難しい顔をしたデールが唸る。エルマーはぴくりと反応すると、ナナシもなんとなく気になったのか、ガスの大きな腕に小さな尻を乗っけて聞き耳を立てている。 「ミュクシル様の話か?」 「ああ、ガスがこの間怖い目にあったんだよなあ。」 「おー、そうだそうだ。パフォーマンス後で呼び出されたんだけどよう、なんか実験させてくれとか言われてよう。」 生身の体に、ドロみたいなもんを入れろって。 ガスがそう続けると、エルマーの眉間にはシワが寄った。ドロ。それってつまり、あの土を水で溶かしたものでは無いのかと。 「俺ぁドーピングはしねえって言ったんだ。だけどよう、ザイークの野郎は快く受けっちまったんだあ。」 ガスは眉を下げてそう言うと、薬は良くねえよと言う。ナナシが元気のないガスの頭をよしよしと撫でたのですぐに元気になったが、エルマーは顔をこわばらせた。 「ザイークって奴は、今日出場してんのか。」 「してるよう、ほら。あんたんとこのレイガンってやつの相手だあ。」 エルマーが息を呑む。控え室には二戦目の合図の放送が流れた。 レイガンの名とともに、ザイークの名も高々と告げて。

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