113 / 163

112

エルマーが無事に予選を進んだのを見ていて思ったのだが、あれ程目立ちたくないと言っておきながら目立ちまくっていたせいで、控え室にいた男やその連れはちょっと沸き立っていた。 やはり雌を守る雄というのは国は違えど万国共通で男らしいと取られる。その雌が見目の美しいナナシなら尚更だ。 「れ、レイガン。僕緊張してきた。ナナシみたいにフォロー出来ないけど平気?」 「魔法はつかえるのか?」 「風魔法なら、でもあんなふうに防御はできないよ。」 「まあ、お前に危害が加わらないようにする。大人しくしておけ。」 レイガンは緊張するユミルの背中をなだめるように撫でると、呼び出しの鐘が響いた。自分の番だと言うことはわかっていたのでユミルとともに控え室を出ると、そのまま闘技場まで向かう。 エルマーが戦っていたのでわかっていたが、ここの地面は乾いていて砂埃が立ちやすい。風属性のユミルには目くらまし代わりに相手に砂をぶつけてもらうかと考えて、後ろを振り返った。 「おいユミル、…おい?」 ユミルは、顔を青褪めさせていた。口を覆い、ふるふると首を振る様子に異常を感じてそばに行くと、本当に小さな声でか細く答えた。 「れ、レイガン…やばい、あの男…なんか様子が…」 「様子?」 小さく震える声に促されるように後ろを振り返ると、まるで前屈をするような体制でうなだれている剣士の男がいた。 もしかして、こいつもパフォーマーだろうか。ブツブツと低い声で何かをつぶやき続けている男の後ろで、顔色の悪い女が膝を抱えて震えていた。 「れ、レイガン…」 「ユミル、できるだけ後ろに行っておけ。」 「うん…、気をつけてな。」 ユミルがふわりと風を纏う。危なくなったら逃げやすくするためだ。レイガンはユミルの気遣いに小さくうなずくと、真っ直ぐに男を見つめた。 たしか、相手の守っているやつをコチラ側に引き寄せるか、戦意喪失させるのが勝ちだったな。 腰に差していた長剣にふれる。相手が同じ獲物を使うなら、邪魔にしかならなさそうだ。レイガンは身軽な方がこの広い闘技場では動きやすいかと判断すると、その腰に差した剣をユミルの方に投げた。 「どわっ!」 「預かっておけ!」 「ええ!?」 そう言うと、レイガンは駆け出した。うなだれているままの相手がどのような動きをするかわからない。しかし待つのも面倒だった。 「ならば、攻撃は最大の防御だろう!」 一息にその身に近付く。項垂れたままの頭を鷲掴むと、そのまま後ろに引き倒した。 軽い、手応えがなさすぎる。レイガンは引き倒した男の顔を見ると、灰色の顔色でにたりとわらう。 怖気の走る微笑みに、直ぐに体を離した。 「え、え、えへ、は、あは、お、おま、おまえ」 「ひぃっ、ざ、ザイーク!」 酷い吃音でヘラヘラと話しだした男に、縮こまっていた女が短い悲鳴を上げる。男は、ザイークというらしい。ムクリと起き上がると、落ち窪んだ目で自分の指を口に突っ込んでしゃぶりだす。 「おい、お前どうしたんだその顔。」 「あ、あーは、はは、み、みゅくし、る、」 「は、早く私を捕まえて!!」 引きつり声で叫ぶのは相手側の女だ。レイガンの方に向かって手を伸ばすと、敵側であるはずなのに縋るようにして防衛線からはみ出した。 「まて、それならば降参と…」 審判が笛を吹きながら近づいてくる。どうやら様子がおかしい事から退場させられるらしい。 レイガンはヘラヘラ笑いながら手をしゃぶり続ける男を見ると、首のあたりに薄く線が入っていることに気がついた。 「レイガン!不戦勝ならそれでいいじゃん!なんか気味悪いし、はやくこっちに」 ユミルが声を上げた瞬間、急に目の前で赤い花が散ったのだ。 ごと、と鈍い音が足元で聞こえた。レイガンは身を翻すと、間一髪の所で長剣を避けた。 「っ、!」 「レイガン!!!」 ごろりと転がったのは、敵側の守っていたはずの女の首だ。審判もろとも切り下ろされたらしい、どさりと崩れると、ザイークは片手で長剣を担いでニッコリと笑った。 「キマッてきた。」 「っ、ユミル避けろ!」 「え、」 ユミルの真横にサクリと先程握りしめていたはずの剣が刺さる。どしゃりと腰を抜かしたユミルにレイガンは小さく舌打ちをすると、騒ぎ出した観客の騒ぎ声に興奮したのか、ザイークは地団駄を踏む。 「くうううううああこれだああああ!!」 口からよだれを垂らしながら歓声を受ける演者のように両腕を広げると、まるでもったいぶるかのように自らの首に手を添える。 「みたい?みたい?」 「キチガイめ…」 「そんなみたいならみせてあげるううううう!!!」 ぐりん、と両手であらぬ方向へ首を曲げたかと思うと、そのまま防具を外すように頭を首から持ち上げた。ありえないその光景に悲鳴が響くと、その首のつげ目から真紫の炎がぶわりとふくらみ男の全身を包み込む。 レイガンはじりじりと後退りをすると、太ももに仕込んでいたクナイを取り出した。 「貧乏籤ばかり引く、全く嫌な人生だ。」 「レイガン、っ!」 「ユミル、悪いがエルマーを呼んできてくれ。俺ひとりじゃ荷が重い。」 「わ、わかった…!!」 男の転化は炎の消失とともに収まった。紫を帯びた漆黒の鎧をまとい、黒馬に乗った巨大な首のない亡霊は、まるで笑う様な馬のいななきとともにレイガンに向けてその切っ先を振り下ろす。 ユミルが大慌てで闘技場を抜けていくのを見送ったレイガンは、その身を横に避けて剣を躱した。 「でかいから、攻撃は大振り。なるほど、馬の嘶きには恐怖の状態異常つきか。」 パチンと小さな音をたてて、術を弾く。レイガンの持つニアの加護がその呪いをはらったのだ。 そっと、懐のニアに触れる。本性を表してから溜め込んだ魔力を回復するかのように眠ることが増えたニアは、まだこの異変には気づいていないようだった。 「まさか、これが本戦か?俺はまだ予選をクリアしていないのだが、っ」 「くハァーーーー!!顔がイイオトコは、ざいークはキライダヨ!!」 「褒めてくれるのか。なら、命も助けてほしいものだ、」 振り下ろされた長剣を足場に飛び上がる。レイガンは空中で体をひねりながら暗器を取り出すと、そのがらんどうな襟元に叩き込む様にしてクナイを投げた。 鋼鉄だろうか、鎧の中で金属がぶつかる音がする。なるほど中身らどうやら空らしい。すとんと軽い音を立てて着地をした場所に、女から溢れたであろう血が溢れている。じわりと侵食する地面を避けるようにレイガンが飛び退ると、元いた場所に馬の魔物の恐ろしい脚力から繰り出された一発が壁に穴を開けた。 さてどうするか、レイガンは一定の距離を取りながら、攻撃を躱しつつ様子をうかがう。 アンデット種に物理は非効率である。しかしニアが休んでいる以上聖水は作れない。せめてもの救いは、客席にまでその攻撃が及ばない事である。 「んぐ、…っ!!」 かくんと膝が崩れた。そのまま無防備にも地べたに手を付くと、その隙を逃さなかったザイークが馬の嘶きとともに大きく振りかぶる。 レイガンの瞳に馬の硬い蹄が鋭く空を切り、襲いかかろうとする瞬間を捉えたその時だった。 「へたってんじゃねえ!!」 「っ、エルマー、」 「おらうちの嫁の結界はどうだコラァ!!!」 まるで思い切り鈍器を弾き返すような音がしたかと思うと、レイガンの目にはデュラハンに向かって中指を突き立てているエルマーと、両手を掲げたナナシの姿があった。 あの一撃を食らっていたら、死んでいたかもしれない。レイガンはふるりと身を震わすと、ぎり、と音がするくらい地べたの土を握り締める。 「んだぁ?びびってんのかレイガン。」 「これは、…」 胡乱げにみたエルマーの後ろで、ナナシが結界の範囲を広げてデュラハンの体制を崩す。馬の手綱を引きながら慌てて体制を取り直す様子を見、レイガンの口元がにやりと笑った。 「びびってなどいない、これは武者震いだ!」 「ナナシ、」 「はぁい!」 エルマーによって投げ渡された長剣に、ナナシが聖属性の付与をする。乳白色の温かみのある光が剣に宿るのを見届けると、一息に駆け出した。 「える、」 「ん?」 再び結界を展開したナナシが、困った顔でエルマーを見上げた。耳をしょんもりとさせ、ちろりと首のない亡骸を見つめる。 「あのね、レイガンのおひざ、なおしたけどね…」 レイガンの長剣が流れるような剣筋でデュラハンの引く手綱を切り裂く。 制御を失った馬に煽られるかのように落馬する本体よりも先に、暴れ馬とかした騎乗馬の魔物に剣を投げつける。 「このひと、さいしょからしんじゃってた…だから、たぶん」 「死んだあとにレイガンを襲ったってのか。」 エルマーの言葉を、馬の嘶きが被さるように響いた。レイガンの属性付与をした長剣が、その馬の魔物の核を貫いたのだ。 「あああ!!!!オレのおウマが!!」 ない頭を押さえるかのようにして、ザイークが声を上げる。叫ぶたびにガロガロと鎧の中でレイガンの放ったクナイが振動する。 「もうお前の足のみだ。逃げ切ってみせろ。」 「ク、…………ひは、」 「なにわらって、」 ひくん、とナナシの鼻が血の匂いを捉えた。慌ててレイガンとザイークの対峙するその先の通路を見つめると、ナナシが悲鳴を上げるように叫ぶ。 「レイガン、ユミルが!!」 その鼻が捉えたのは、濃厚な血の香りに混ざる、かすかなユミルの匂いだ。四角い闇を抱いたような闘技場の入口から、粘着質な水音とともにその匂いがどんどんとちかづいてくる。 レイガンがナナシの声に反応した瞬間、その四角い入口がぶわりと膨らんだように見えた、 「逃げナイヨ、殺さレなイカラ」 両手を優雅に広げた首のない騎士は、その体にふまわりと紫色の炎をまとわせたかと思うと、まるでその姿に引き寄せられるかのごとく大量の赤黒い触手がその身体を飲み込んだ。 「なにを、っ…!」 飛び退り、エルマーの横に着地したと同時にナナシが走り出した。真っ青な顔をしたそのただならぬ様子に、エルマーが止めるべくあとを追いかける。 「ナナシ、近付くんじゃねえ!!」 「ゆ、ユミル!ユミルがいるよう!」 「この中に、…あ?」 ナナシの手を引き抱き寄せる。そのまま転化をした敵から離れるようにエルマーが飛び退ると、その紫の炎が徐々に消えゆく。両手で顔を隠すように笑っているザイークの動きが止まると、まるで見せつけるようにその手を拡げた。 「こうスレバ、俺はブジ。」 触手を飲みこむようにその鎧の中に納めたザイークは、新たに取り込んた体を見せびらかすようにして恭しく一礼をした。 「ユミル!!」 レイガンの目に写ったのは、青白い顔でぐったりとしたユミルが、その体を取り込まれた姿だった。 「最悪だ、鎧の中にしまい込みやがった…。下手こけねぇぞレイガン…」 「ユミル、あかいのにせいきをすわれてる…はやくたすけなきゃ…っ」 レイガンの紫の瞳が、見開かれたまままっすぐとその体を貫く。ユミルの魔力はは触手によって脅かされ、欠乏状態にあった。その触手の魔力は、首を刈られた女のものである。 まさかもう一体を潜ませていただなんて、とレイガンは歯噛みした。 「ナナシ、鎧の内側に結界を張って、触手を弾き出すことはできるか。」 「む、むりだよう…あ、でも…よろいが、こわれれば」 「切るのは不味い、打撃だな。それか圧迫させて弾き出すか…」 「どちらにせよ、難易度は高そうだ。」 レイガンが長剣を鞘に仕舞う。打撃なら鞘ごと使えば一番効果的だからだ。 エルマーはバンテージのように取り出した布を手に巻きつけると、ナナシにその手に固定するように結界を施してもらった。  「即席グローブだあ。しかも嫁の属性付与つき。やるしかねえ。」 バン、と音を立てて拳を突き合わせる。獰猛に笑うエルマーの横で、レイガンはなにかひらめいたかのような顔をした。 「エルマー、凍らせるからそこを叩け。」 「ユミルいるんだけどお!?」 「丸ごと凍らすだなんて言ってないだろ。ほらいけ。」 「ったくよお!!」 ふわりと魔力をみなぎらせ、全身に強化魔法をかける。ナナシは魔力を練るというレイガンの前に立つと、すっと手を前に差し出す。 「すまない、頼む。」 「いいよう、」 キン、という音と共にレイガンをサポートするための結界を張る。 レイガンは目を瞑ると、集中するように魔力の質を高めていった。 水から氷へと属性を変えるのだ。まるで魔力を裏返すかのように慎重に全身に行き渡らせると、少しずつレイガンの周りにキラキラとした氷の粒子がきらめいた。

ともだちにシェアしよう!