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「っ、だぁあ!!んなもん使ってくんじゃねえ!!!」 ザイークに近づこうとする度に、鎧の隙間からおびただしい数の職手が吹き上がるようにしてエルマーに襲い掛かる。殴打するつもりで近づこうとして、打撃無効の魔物が飛んでくるのだから始末に悪い。エルマーはキレながらそれらを器用に避けていく。 横目でレイガンを見やる、魔力の質を水から氷へと変えたレイガンは、スッと目を開くと、その手に長剣を構えた。 「エルマー、飛べ」 「ああ!?っ、」 なんだか嫌な予感がして、エルマーが慌てて飛び上がる。それを追いかけるように触手がその身を拗らせながらエルマーに肉薄したその一瞬、パキリと音がしたかと思うと、氷の彫像が出来上がった。 「っしゃあ喰らえエロトラップやろおおおお!!!」 氷の円柱のようになったのを見届けたエルマーが、ニヤリと笑って身体をひねる。遠心力をつけて体制を変えたエルマーの拳がするどく空を切る。 思い切りその頂点にたたきつけると、ピシリと勢いよく縦にヒビが入った。 「あア!!俺のショくしゅ!!」 「やべっ、」 ザイークがその身に紫の炎を纏う。勢いよく氷を包み込んで蒸発させたが、触手は冷気にやられたのかどす黒く縮こまりへなへなと地べたへと崩れていく。エルマーが着地と同時に腹に向けて思いきり一発を叩き込む。まるで空洞を叩いているような感覚だ。僅かな振動がユミルに伝わり、ぴくんと反応する。 「っと、レイガン!触手じゃ意味ねえぞ!」 「きついな、全く泣けてくる。」 レイガンの手のひらから氷の礫がキラキラと光を反射させて輝く。すっと差し出した指先を追うように、真っ直ぐにザイークの体にそれらが張り付いた。 「燃やせ、バイイだろウ!」 「燃やす前にやんだよ!」 「ッウわ」 ぱきき、と鎧の表面を氷が張っていく。つるりとした透明感乗る表面に、ザイークがわずかに狼狽えたのをエルマーは見逃さなかった。 魔力を重ねて、思いきり振り下ろす。渾身の一打を氷を叩き割るようにしてエルマーが繰り出した。炎が表面を舐める前に、思いきり打ち込む。ザイークの体はがくりとくの字に曲がると、鎧の隙間からごぱりと赤黒い触手が僅かにこぼれた。 ユミルと触手の間にかすかな空間ができる。エルマーは襟元をがしりと掴むと、引きずり出すようにしてユミルの身体を持ち上げようとした。 「ぐあ、や、ヤメろおおお!!!」 「っあ、ぢぃっ」 ぼわりとエルマーの身体を炎が包む。紫のそれがユミルに燃え移る前に手を離すと、慌ててザイークから身を引いた。 「レイガン!!!!」 「まかせろ。」 パチンと指を鳴らし、エルマーにばしゃりと水をかけた。所々焦げはしたが、髪は無事だ。長髪の先が少し燃えたが、悲しい結果にはならなかった。 ナナシが慌てて飛んでくると、火傷を追ったエルマーの体にそっと触れた。 「える!!へーき!?」 「んで毛が燃える匂いってこんなクッセェんだあ…」 燃えた衣服を剥ぎ取りながら、ナナシが体に治癒を施す。エルマーは疲労の色をみせたまま、恨めしそうにザイークを見つめる。 あと少しでユミルを引きずり出せたのに、あの触手と炎が酷く厄介だ。会場を見渡すと、命知らずがチラホラとまだ席に残っている。その中に見知った顔を見つけると、エルマーの額に血管が浮かんだ。 「傍観してンじゃねえぞサジぃ!!!」 「おっと、サジは無理だぞ。火属性は相性が最悪だからな。」 ふっ、と真横にサジが降り立つと、腕を組んでふんぞり返る。エルマーだってそんなことはわかっているが、なんだか高みの見物のようで嫌だったのだ。 「アロンダートは。」 「探っている。おそらくザイークとやらをああいうふうにした黒幕がいるだろう。サジもこうみえて真面目に仕事中なんだがなあ、うわっ」 会話の途中で伸びてきた触手をエルマーが払う。サジは心底気持ちが悪いといった顔でナナシの後ろに隠れると、レイガンに向けていった。 「おい!おまえ水使えるんだから早くなんとかしろ!デュラハンの戦い方など、一つしかないのだから!」 「なら教えてくれ!あいにく俺にはお前のような知識が、ないものでな!」 無駄だと理解してガントレットから毒針を放つ。数本が触手に突き刺さったが、器用にその部分だけ壊死させて侵食を止める。まったく頭のいい生き物である。 ごぽ、とユミルの口から血が溢れる。時間があまりない、レイガンは拳を握りしめると再び氷の礫を纏う。 「コンプレックスを刺激しろ!嫌なとこを突け!こんなコンプレックスの塊の泣き所など1つしかないだろう!」 「レイガン!鎧に張り付いたときの氷にビビってた!俺はわかんねえけどなんとかしろ!!」 なんだそのヒント!レイガンは額に青筋を立てると、もぞりと懐が動いて寝ぼけた顔のニアが首に絡みついてきた。 「ふあー…騒がしくていけない。さむいし、レイガンが氷なんて、随分珍しいなー」 「ニア、悪いが知恵をくれ。あいつを倒したい。」 ザイークが触手を使い身体を持ち上げると、まるで地面を滑るようにして近付く。慌ててエルマーがサジとナナシを抱えて飛び上がると、ニアはぱかりと口を開けて驚いた。 「首無し騎士かー。馬がいないなら、もう決着は直ぐだろー。なんで映さないんだー。」 「映す…あ、コンプレックス…」 まるで氷の上を滑るかのようなスピードで剣を振り回しながら暴れるザイークに、二人を抱えて避けるエルマーの顔が切羽詰まったものになる。 レイガンは引き付けてくれているのだと理解すると、小さくやってみるかと呟いた。 「距離を取れエルマー!ナナシ、結界で引き離せ!」 「はぁい!」 「っおせえ!!はやく仕込めレイガン!」 ぶわりと結界を展開すると、そのまま押し込むようにしてザイークから距離を取る。エルマーが地面に降り立つと、二人を抱えて走り回ったせいでどしゃりとその場に転げた。息切れがひどい、成人二人を抱えるのはもうやらん。そうしかと心に誓った。 レイガンの紫の瞳が輝く。ニアが嬉しそうに鎌首を擡げると、何も言わずともわかると言わんばかりに闘技場一面に霧雨を降らした。 「俺のヒは消えナイ!悪アが、きだ!」 「消すつもりなんてないさ。」 ぼわりと炎をまとう。ザイークの振り払う手の動きに合わせるように扇状に広がった触手がレイガンを襲う。 ニアはぶわりと体躯をふくらませると、がぶりとそれに食らいついた。触手を辿る炎がニアを包み込むが、まるで効いていない。ザイークが狼狽えた僅かな隙を、レイガンは待っていたかのように両手で円を作った。 「水鏡、氷結。」 手で囲うようにザイークを捉えた瞬間、ザイークの目の前におおきな水の渦が現れた。それは囲むようにしてその周りを覆うと、滑らかな氷の鏡となって檻のように四角く囲んだ。 四面に、首のないザイークの歪な姿が映り込む。 「ひ、い…!!!!や、やめ、やめろおおお!!うつ、スなあ、ああア!!」 くるりと回転するように、氷で来た鏡がゆっくりとザイークの廻りを回転する。断末魔のような叫びと、藻掻き苦しむのたうち回る音が氷の檻の中から響く。 やがてバキリとひびが入り、映したザイークの体ごと氷が砕けると、まるで糸が切れたかのようにがシャリと硬質な音を立てて鎧が崩れ落ちた。 「なるほど、魔物になった自分を見たくなかったのだな。」 レイガンが疲れたように脆く崩れていく鎧に近付く。溢れ出した赤黒い触手が鎌首を擡げようとしたとき、ぐしゃりとエルマーが踏み潰した。 「覚えた。デュラハンは鏡が弱点な。手鏡しかねえけどいけるんか?」 「それは流石には無理だと思うぞ…ユミル、起きれるか…」 そっと倒れているユミルを抱き起こす。ナナシが駆け寄り、そっと胸元に触れるとふわりと治癒を施した。 暖かく、乳白色の柔らかな光が細い体包み込む。レイガンの腕の中で微かに身じろいだユミルが、ゆっくりと瞼を開けた。 「ユミル、すまない…守れなかったな。」 「レ…、ガン…」 エルマーがインペントリから取り出したポーションをレイガンに渡す。魔力が枯渇しているユミルには、とにかく応急処置が必要だったからだ。 「聞いて、…っ…」 「とりあえず、飲めユミル。」 「み、ゅくし…るさま…が、っ…」 細い手のひらが、レイガンのポーションを持つ手を止める。青ざめた顔でレイガンを見つめると、震える唇で言葉を紡いだ。 「あいつ、が…よびだし…たん、だ…」 「よびだした…?」 「ぐー、ルが…っ…ひと、が…」 グールとポツリと呟いたユミルが、こほりと空咳をする。レイガンは無理やり口元にポーションを当てて飲ませると、難しい顔をした。 エルマーは鎧から聖石を拾い上げると、ナナシに与えた。僅かな光とともにそれを取り込むと、ナナシはすっ、と入口の方を指さした。 「える、くる…」 「おう、臭え匂いがぷんぷんしてらあ。」 サジがぶわりと足元に蔦を出現させると、勢いよく地べたを覆っていく。エルマーは体力回復用のポーションをばしゃりとレイガンにかけると、にやりと笑う。 「ちっと休んでろや。ユミルとどうぞごゆっくり。」 「お前…」 引きつり笑みを浮かべたレイガンの後ろに、バサリと羽を羽ばたかせてアロンダートが降り立った。闘技場周りを旋回して露払いをしてきたらしい。獣化した顔面でくるりとサジを見やると、慌ててその変化を解いた。 「エルマー、闘技場の観客を外に出すのは危険だ。だから守りやすいようにひと塊になってもらった。悪いがナナシは結界でそこを守ってもらいたい。良いだろうか。」 「ナナシ、俺ちっと暴れてえからいい子にしてられるか?」 「うん、まもれるよう。はやくむかえにきてね」 エルマーは小さくうなずき頭を撫でると、レイガンとユミルもナナシと結界にいけと指示をした。 「俺も出れるが。」 「やばくなったら助けてくれえ。サジが魔物を誘引してくれるらしいからよ、手っ取り早く闘技場にお越し願う。走り回んねえからラクでいーや。」 「いい準備運動になっただろうが。」 「ものは言いようだぁな。」 こきりと首を鳴らすと、エルマーはインペントリから大鎌を取り出した。ナナシのポシェットのなかにインペントリに入れておいた治癒布を入れると、ルキーノが小さく揺らいで目を覚ました。 ーなんでふか、これ 「治癒布だあ。やばくなったらユミルに使え。それとルキーノはアンデット近づいてきたら聖歌を歌え。」 ーええ!?アンデット!?いま昼ですが!! 「器用なやつがいるもんだ。アンデットは召喚すると昼夜問わずだあ。ったく、死霊術に長けた魔女はいやだねえ。」 入口の奥から、緑色の体をした魔物がよろりと姿を表した。病魔系だ、全く厄介なものを送り込んでくるとエルマーの眉間に皺が寄る。 ナナシがギンイロを呼び出すと、その体をレイガンが乗せる。ユミルを支えるようにナナシに言うと、ギンイロの尻を叩いて飛び上がらせた。 「お前もいけってば。」 「病魔系なら聖水が聞く。ニアなら大盤振る舞いできるが、いいのか。」 「おー、出血大サービスというやつだなあー。」 アロンダートが飛び上がる。口の周りに炎を纏わせると、ほえるかのようにして火を吹いた。地面を滑るようにして広がった炎は見事なコントロールで入口を焼き付くす。 「ぜってえむりすんなよ。倒れたら構いきれねえからな。」 「お前はたまに優しい。いいと思うぞ、そういうところだけは。」 「雑談している場合ではない!サジが覆ってるが地べたからも出てこようとしているぞ!どうにかしろ!」 蔦で覆われた地面が、モゾモゾと動いている。どうやらこの下からも這い出ているらしい、どうやらこの闘技場に誘引したのはいいが、予想以上に多かった。 入口から飛び出してきたトカゲのような異形のグールが、ギザ歯を見せつけるようにしてよだれを撒き散らしながら襲いかかる。 「これがまじの、定員オーバーだろうがァ!!」 踏み込んだ一歩を軸に身体をひねる。黑の軌跡を描いた大鎌の一太刀が体をきれいに切断する。 どしゃりと崩れた魔物の身体をまたぐように小型のトカゲのようなグールがわらわらと集まってくるのを、アロンダートが火炎で焼き払う。 「だああむりだ!!蔦を剥がすぞ、レイガン聖水!!」 「ニア、思い切り吐き出せ。」 サジがこれ以上抑えきれないと蔦を引き離す。溢れるように湧き出たグールに向かってニアが聖水を吐き出すと、黒い煙となってその体が溶けていく。アロンダートの脚に捕まって飛び上がったエルマーは、漸く見えた地面の僅かな違和感に気がついた。 「この闘技場全体が陣になってやがる!!生贄はさっきの触手とザイークだあ!!」 そう叫んだとほぼ同時に、ボコボコと土の中が沸き立つようにして大地が震えた。

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