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エルマーが聞いたら、絶対に指を指して笑うだろうな。ユミルはそんなことを思う。
結局あの後レイガンは、わかった、わかったからとりあえず待て。とか生真面目さに焦りを含ませながら言うと、アロンダート達を引き止めるまもなく捨て置かれ、行き場のない手をしばらく虚空に彷徨わせていた。
レイガンは、本当に苦渋の決断であるといった顔でユミルを見ると、先に家にいけと言う。ユミルはなんだか突き放された気がしたし、レイガンがこのまま来ないんじゃないだろうかとドキドキをしたまま、とぼとぼと一人でうちに帰った。
家はわかるだろう。だから恐らく、行こうと思えばこれる。それでも、やはりユミルは怖かったのだ。
「嫌われたんかな。」
寄る辺ない不安を抱えながら、その気を紛らわすかのようにして家事をする。一人暮らしをして長い。ここに男を連れ込んだことだって少なくはない。心の空白を埋めるかのようにして他人の体温に身を寄せたいくつもの夜は、ユミルにとって自己肯定感を高めるだけの行為でしかなかった。
あの昼間のやり取りから、既に数時間が経った。カストールの街は夕焼けに包まれている。
エルマーは大丈夫だろうか。無事だと思うが、もし少しでも大怪我などをしていたら、ユミルはすまないとあやまったほうがいいのだろう、そんなことを思いながら、小さく笑う。エルマーがまた皮肉っぽく嫌味を言う姿が容易に想像できたのだ。
「…虚しくなってきたべ。シャワー浴びんのも準備してますって感じになるしなあ…。」
やばい、こんなに行為をすることについて悩んだのなんて久しぶり過ぎて、ちょっとどうしていいかわからない。
それでも、抱かれなくては収まらない。もうユミルの体の中の雌の部分が疼いているのは明白で、しかしながら年下で抱えているものが多いレイガンに対して、ユミルの思いまで抱えてもらうのは何かが違う気がした。
こつり、とテーブルに突っ伏す。冷たいそれが気持ちいい。それでもすぐにユミルの体温が移ってしまって、すぐに温くなる。
まだ、こないなあ。ああ、いやだなあ。寂しいなあ。
ユミルがエルマー位強ければ、ついていくことを許されただろうか。
棒切の一本位、子供の頃に振り回しておけばよかった。
後悔先に立たずとはよく行ったもので、大人になってからブチ当たる後悔の壁ほど乗り越え辛い物はない。
レイガン、レイガン、なんだか怖くなってきた。なんで僕、お前みたいなやつを好きになっちゃったんだろう。
年下で、面倒くさい境遇のエルマーの仲間。ユミルが出会わなかった可能性の方がずっと大きかった男。
「やだぁ…めんどくせ…」
「失礼なやつだな。」
「…れ、」
いつのまに。ユミルが驚愕している顔を見たレイガンが、やれやれという具合に小さくため息を漏らす。
「シャワーがどうとか言っているあたりで、もう敷居は跨いでた。」
「ノックしてよ…」
「したさ。」
ぐすんと鼻を啜りながら、ユミルがレイガンの視線から逃げるようにして額をテーブルにつける。
レイガンは椅子を引くとユミルの前にその席をずらして陣どった。やっぱり面倒くさいやつだ。そう思いながら、無骨な指先でユミルの髪をひと掬い耳にかけてやる。赤く染まった耳朶をゆるりと指先で挟むように撫でてやれば、少しだけ顔をずらして涙目でレイガンを見つめてくる。
「おい、顔を上げてこっちにこい。何を拗ねている。」
「うるさいレイガン。僕はいま机が気持ちくて堪能してるんだ。」
「そんなとこに突っ伏してたら、口付けすらできないな。」
「くちづ、っ…」
昼間のことを思い出し、ユミルの小さな身体がぴくんと跳ねた。
レイガンは耳を撫でていた手の平をスルリと机と首の隙間に忍ばせると、まるで猫の子をあやす様にしてこしこしと擽る。
レイガンに、明確な欲を持って触られている。その事実にふるりと身を震わす。どうしよう、嬉しい。嬉しいのに、なんか泣きそうだ。
「お前、ほんと泣いてばかりだな…」
レイガンの呆れたような声が上から降ってくる。頬を伝う涙はテーブルの上に溜まる雫となっていた。撫でていた手のひらをするりと襟元に滑らせる。細い首筋を覆うようにひと撫ですると、ユミルの心臓の鼓動が激しいことに気付いた。
「ユミル、」
「なんだよ」
「…キレるな」
「キレてねえべや」
棘を含んだ声色に、思わず触れていた指先が引く。そうすると口元をきゅうと引き結んで泣くのを堪えるみたいな顔をするから始末に負えない。
レイガンはたっぷり5分ほど黙りこくると、よし。といって立ち上がった。
「ユミル。俺には時間がない。ずっとその態度で居るつもりなら俺は別で宿を取る。」
「っぅー‥」
ため息一つ、埒が明かない。レイガンはそのままなにも変わらなさそうなユミルに背を向けると、入ってきたドアに向かって歩き出した時だった。
「っ、…!」
ひう、と喉が鳴った。自分が捻くれているなんて誰よりもわかっている。体裁をかなぐり捨て、慌てて追いすがろうとした時だった。
レイガンの座っていた椅子に足を引っ掛けて、それはもう盛大にずっこけた。
ドガシャン!椅子とユミルが絡まって転んだ音に、帰ろうとしていたレイガンの体はビクリとはねる。
それくらい大き音だったのだ。
恐る恐る後ろを振り向く。床に突っ伏して顔からコケたであろうユミルが、両手を前に投げ出してこけたまま固まっていた。
「ぐ、…んン……っ。」
レイガンの口元がピクリと引きつる。そのままぷるぷるしている様子に笑いそうになるのを噛み殺して近づいた。
「何してんだ全く…。」
「う、…」
両手をユミルの脇にいれて持ち上げる。めそめそと泣いているユミルの顔が面白くて、レイガンはそのままそっと床におろしてやると、カサついた親指でユミルの目元を拭った。
「おわ、っ」
どん、とユミルの細腕がレイガンの腰に回る。正面から抱きついてきたユミルの頭は、レイガンの鎖骨のあたりであった。
「…ユミル。」
「い、いっちゃ…やだ…」
「…はあ」
ぽすんと小柄なユミルの頭の上に手を置く。まさか自分がそんなことを言われることになるなんて思いもよらなかった。
エルマーやナナシのように、互いを思い合う関係に憧れがなかったわけではない。それでも、まさかこんな離れた場所で出会うなんて思っていなかった。
小さい体で必死にしがみつくユミルの背に、レイガンは手をまわす。包むようにしてきつく抱きしめてやれば、なるほどどうしてかしっくりと来た。
ユミルの背中から、ばくばくと鼓動の音が感じ取られる。初めてではないだろうに、ガチガチの様子が少しだけ心配になる。
レイガンはそっとユミルの頬に手を添えて顔を挙げさせると、その噛み締められていた唇を撫でた。
「やめろ、傷つくぞ。血が出てもいいのか。」
「れ、レイガン…や、やっぱぼくも…」
「ついてくるのは許さない。」
「っ、んん…」
くち、と音を立てて親指をユミルの口の中に差し入れた。薄く開いたその口の中、慎ましく縮こまる赤い舌を甘やかすようにして親指で擦ってやると、くふんと甘い吐息を漏らす。
「死なない、まあ、どうにかして戻ってくる。お前はここで待っていろ。」
「ん、んう…っ」
「俺には帰る国がない。だから、全部終わったら帰ってくる場所に、お前がなれ。」
「れ、ぃあ…」
んく、と飲み込みきれなかった唾液が口端から溢れた。顔を赤くして見上げてくるユミルの腰を引き寄せると、ぎゅぅっと目をつむる瞼にそっと口付ける。
「行ってくると言って、結局どうにも出来なかった。こんな情けない男の帰る場所に、お前がなってくれると言うならだけどな。」
「んぅ、…っ、」
そっと眉間にも唇が降ってくる。レイガンはユミルの輪郭を確かめるかのように体を撫でながら、少しだけ気恥かしそうに呟いた。
その顔はずるい。ユミルは照れたような顔をしたレイガンが、年相応に見えたのだ。そっとレイガンの頬に触れると、待ちきれなくて背伸びをした。ほんの少しだけ掠めた唇にレイガンはきょとんとすると、くすりと笑って屈むようにユミルの唇を奪った。
「れ、れぃあ、ん…ふぅ、っ…」
「ん、…?」
「あ、あし…っ、ンん…っ、!」
レイガンに腰を支えられたまま、ユミルは仰け反るような形で深く唇を奪われる。爪先立ちになりかけた所で抱えあげられると、そっとテーブルの上に降ろされた。
「ふ、う…」
ぬるりと舌を舐められ、唾液をこそげ取るようにしてレイガンの匠な口付けがユミルを翻弄する。
すごい、こんなキス初めてだ。
ユミルだってそれなりに経験はある。それでも、舌先に気持ちを乗せるような、そんな丁寧なキスは知らなかった。じんわりと滲んだ涙が睫毛を濡らす。
体の芯にからじんわりとレイガンが侵食していくような不思議な感覚に、ついていくのにやっとだった。
「んは、っ…わ、や、やだまって…」
「ここに来て、お預けか?」
「しゃ、シャワー浴びてないもん…っ、ひぅ…っ!」
「ああ、気にするな。」
というか、お前そんなこと気にするのか。レイガンの甘い声が、少しだけ誂い混じりに囁く。ユミルの着ていたシャツはいつのまにか裾を抜き出され、無骨な手のひらが感触を楽しむようにして腹をなで上げる。
ふる、とぺたんこの腹がひくついた。少しだけ冷やこいレイガンの手のひらに、自分の高い体温がバレてしまう。
「冷たかったか、すまない。」
「ぁ、いい…へーき、…」
レイガンは、なんというか、すごく照れてしまうようなことをする。
ユミルの背に大きな手のひらを添えて、優しくその身を反らさせたとおもったら、お伺いをするように頬に口付けられる。胸元をそっと撫で、触っていい?と聞くようにして甘く頬をついばまれるから、ユミルは答える代わりに首に腕を回した。
照れてしまう。なんだか、自分が特別と言われているようでユミルは呼吸の仕方も忘れそうになる。
反らした胸の中心に、レイガンが口付けた。触れる前に口付けられると、大切にされているような気さえする。ユミルは期待に蕩けた目でレイガンのつめたい冬の空のような、不思議な銀の髪をそっと撫でた。
「なんだか少し、面映いな。」
「ん、…っ…うん、…」
小さく微笑むと、形のいい唇が柔らかくユミルの胸の突起を挟む。唇で柔らかく刺激しながら、時折熱い舌で舐めあげられると堪らなく気持ちが良くて、つい無意識にひくんと跳ねた腰を誤魔化すようにして膝を擦り合わせた。
「っあ、」
ゴリ、とユミルの膝がレイガンの中心にあたる。
そこは、しっかりと主張していた。
レイガン、僕で勃つんだ。コクリと小さな喉仏が動く。レイガンはまるでそこから気を逸らすかのようにユミルに覆いかぶさると、そっとボトムスの中に手を入れた。
「俺のことは気にかけなくていい、まずはお前が気持ちよくなれ。」
「あ、あっや、ンんっ…!」
「ん、いい声だ。」
にゅく、と先走りを塗り込むかのようにしてレイガンの大きな手のひらが性器を握り込む。ボトムの中にレイガンの手のひらが侵入しているという視覚的効果ですら駄目なのに、こうして筒状にした手のひらで粗野に触れられると、もうたまらない。
レイガンも、自分でするときはここがいいのかな。なんて余計なことを考えて、自分で自分を追い詰める。揺らめく腰が余計に感度を追うようにしてレイガンの手のひらに擦りつけてしまう。
「ゃ、やあ、だ、だめぁ、っ…手、あつ…っ、」
「ああ、気持ちいいな。上手に腰が揺れている。ほら、俺にイく所を見せてみろ。」
「はぁ、あ、っぁ、れ、ぃぁんっ…!や、い、イぅ、あ、ぁー‥」
ぷぴゅ、びゅく、っと小さな破裂音のようなものを出しながら、ユミルはだらし無く射精をする。そのイく瞬間の濡れた顔を、レイガンはユミルの髪を梳きながら見つめるものだから、その紫の瞳の奥に灯った欲の炎が自分に向けられているのだとわかると、なんだかひどく気恥ずかしい。
思わず目を伏せて顔を反らそうとしたが、レイガンがそれを許さず、頬を撫でるようにして深く唇が合わさる。
ぷつ、ぷつ、というレイガンがシャツのボタンを外す音がやけに鮮明だ。精液は、ユミルの尻に丁寧に塗り込まれた後、まるで邪魔だと言わんばかりにボトムズを下着ごと奪われた。
ユミルの足を開かせ、その間をレイガンが陣取る。戦う者のしなやかな筋肉を纏ったレイガンの男の体がユミルの前に晒されると、下腹部に向けて走る太い血管を辿るようにユミルの白い手が伸ばされた。
「っ、…」
「ん、なんだ。」
好きだ。そういってもいいだろうか。それを、3文字の音としてレイガンに向けたら重いだろうか。
薄緑の涙目は、まるで宝石のような輝きを放つ。ユミルは、この年下の男が自分のものになればいいのにと思っていた。
「れい、がん…っ、…」
「…怖いか?」
「ちが、くて…」
キスをして、抱きしめてくれた。だからきっと、そういう意味での期待として捉えてもいいのだろう。それでも、レイガンはユミルの前から消えるのだ。いつ帰ってくるのかはわからない、もしかしたらユミルの知らないところで死んでしまう危うさだって孕んでいる。
好きだと口にしないのは、期待をさせないためだ。そして、名残惜しさを引きずらないため。
「ひ、ぅ…」
「何故泣く…」
「ごめ、ぁ…ふぇ、っ…」
それでも、この年下のクソ真面目な男がそう決めていたとしても、ユミルは形が欲しかった。
「ここじゃ、やだ…ベッドつれてって」
「ん、わかった。」
レイガンは泣いているユミルを優しく抱き上げた。ベッドの場所は知っている。キシリと音を立ててにそっとシーツに横たえると、レイガンは泣いているユミルの頭を撫でた。
「お前、また面倒なことを考えているだろう。」
「ごめん、…ね…」
「…いや、構わない。俺も大概毒されてきているな。」
お前のその性格は、…といいかけて、口を噤む。柄じゃない。なんとなく気恥ずかしくなってごまかそうとすると、ユミルの目からぼろりと涙が溢れた。
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