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黄金の卵(結婚編)エルマー×ナナシ

トッドにきっちりと耳揃えて金貨7枚を支払った後日、エルマーは今までサジが見たことの無いようなホクホクとした顔で言った。 「サジちゃんよ、虫とりに行かね?」 「断固拒否!!!!!」 寄りにも寄ってなぜ虫をサジに!そんな具合に、とんでもないことを言うエルマーを信じられない目で見つめた。 ナナシはエルマーに買ってもらったらしい帽子に、お腹を冷やさない為の腹巻き、そして壊れた大鎌の柄に網を取り付けたお手性の虫取り網片手にウキウキとした様子で尻尾を振り回している。 城のサロンの一室。サジが勝手に調度品の壺の中にシンディを根付かせている。一体いくらする鉢植えだ。持って帰るつもりなのかこいつ。 エルマーはそんなことを思いながら、横にいたアロンダートを見た。 「僕は構わないが、虫取り網までつくって…エルマー、そんなキャラじゃないだろう。」 「ナナシのベール作りてえんだ。プシュケーバタフライ採りに行きてえ。」 「ちょうちょ!」 「うん、ナナシがおもっているサイズ感ではないぞ。」 サジがようやく合点がいったとばかりに頷くと、でもなあ…と渋い顔をする。 「プシュケーバタフライだろう?いくならエルフの森だなあ。しかし糸なら繭か…うえっきもちわるっ」 「いつでも取れるものなのか?羽化の時期とか、そう言うのはいいのか?」 「ああ、希少種だからな、羽化できないものもいるんだ。10年かけて羽化するから、まだあると思うぞ。繁殖には積極的な種類だしな。」 「サジー、行こうぜエルフの森!周辺で取れればすぐ帰るからよー!」 「むしさん、かあいい」 「全然かわいくなどないわ!」 ぎゃいぎゃいとやかましいサジの横で、ドレスを買ったことを聞いていたアロンダートは、もしかしたらベールの為だろうかと思い至った。 雄が求婚の際に雌に獲物を持ってくるというのは魔物も人間もかわらない。しかしナナシの様子を見るに本人も行く気満々のようである。 なんだその虫取り網は、エルマーが作ったのだろうか。 「エルマー、その虫とりにナナシもつれていくのか…?」 「あ?そのつもりだけど。」 「婚姻用の捧げ物は、基本的に雄が取りに行って雌に捧げるものだからな。」 「あー‥」 確かに言われてみればそうである。 エルマーはどうやらナナシも連れて行く満々だったようである。しかし、ナナシ自身もアロンダートの一言で雲行きが怪しくなってきたのを察したのか、ぎゅうっとお手製の網の柄を握りしめると、まあるいお目々でじっとアロンダートを見上げる。 「サジと留守番せぬか?」 「やだ」 「た、端的…」 こちらもこちらで断固拒否らしい。ととと、とエルマーの後ろに回ると、連れてけという意思表示だろうか。ぎゅっとエルマーの服の裾を握り締める。 「いくもん。ナナシのなのに、ナナシなかまはずれ、だめだのですね?」 「アロンダート、お前のせいでナナシが怒ったぞ。」 「え、これおこってるのか…?」 なんとも言えないような顔で、アロンダートが覗き込む。ナナシはじとっと見つめると、ふいっと顔を背ける。これにはさすがのアロンダートも驚いた。あの素直なナナシが、そっぽを向く所なんて初めて見たし、なによりその対象が己だったのだ。 成程、これが反抗期。少なからずショックを受けたアロンダートが僅かによろめくと、わしりとナナシの頭を撫でたエルマーが苦笑いする。 「色々終わって、安心したんだろうよ。よーやっときた反抗期だぁな。まあ甘えてくれてんだと思えば可愛いだろ?」 「成程、自我が出てきたと。まあ…体は大人でも、中身が子供だものな…」 「こどもじゃないもん。おとなだもん。」 「ナナシに子供発言は地雷だぞアロンダート。」 「お前どんどん踏み抜くなあ…」 ぎゅううとエルマーに抱きつきながらついにはアロンダートの目に入らないようにとエルマーごと移動させて隠れる始末。 サジは面白そうににやにやとしているが、ずっと子供のように扱ってきたアロンダートは大慌てだ。 「ままだもん、こどもじゃないもん。ふんだ」 「だそうで。」 「え、エルマー‥。取り持ってくれないのか…」 「おもろいしな。やだね。」 ヘッと意地悪く笑う様子に、こいつこんなに意地悪だったかとアロンダートの口元が引きつった。 いやしかし、プシュケーバタフライは希少種であり猛毒を持つのだ。だからこそ危険だから付いてくるのは駄目だと遠回しに言っていたのだが、どうやらただしく伝わったのはエルマーだけのようである。 「でもよおナナシ、毒持ちだぜ?きれいなのは怖いんだぜ?ついてくんの?」 「サジもおなじだもん。」 「あ!?お前サジのこと毒虫だと言ってるのかはっ倒すぞ!」 「ひう、やー!!こあい!」 「まてまてまてまてあいてっ」 べちりとサジの平手を受けたのは盾にされたエルマーである。さすがに面白すぎるだろうと2発目を手で止めると、涙目のナナシがむすくれたまま背中で愚図る。 「ちあうもん…きれいでこあいの、さじもだもん。へいきだもん、うあー‥」 「せめて花に例えろ!虫は天敵だばかもの!」  「まぁまぁ落ち着け、アロンダートフォローしてやれ。」 「ナナシが許してくれるなら」 「お前もまだ引きずってんのか…」 げんなりしたエルマーは、なんだか面倒くさくなってきた。泣き虫ナナシとキレ芸のサジ。そこにさらに落ち込みやすいアロンダートときた。こんな中でツッコミ役に回っていたレイガンが、なんだか今更になって苦労かけたなあとしみじみとした。 「行くのは構わん。だけど入口は都度変わるぞ。今はどこにあるかわからん。」 「セフィーにきくもん」 「大手出してきやがった…まあ確実か…」 確かにセフィラストスに聞けば間違いないだろう。しかしあのサジの神は、なんというかサジよりも、さらに面倒くさいのだ。アロンダートは可愛がられているらしいが、エルマーは少々苦手意識がある。というか丁寧に言ってはいるが、嫌いが正しい。 うげえという顔をしている旦那など知らず、ナナシは目を輝かせて何かを思いついたらしい。声を出して御名を言った。 「ユルグガング·セフィラストス」 「はあ!?」 成程セフィラストスに道を開いてもらえば後戻りはできないと考えたらしい。頭がいいが、その賢さはエルマー譲りだろう。吹き出しているエルマーの横で、サジは大慌てでソファーの影に隠れる。毎回セフィラストスに子猫のように扱われるのが嫌らしい。 「サジ、俺の愛し子。隠れんぼは俺は好まぬよ。」 ぶわりとサロンの中を花吹雪が舞ったかと思えば、窮屈そうに身を屈めながら現れたセフィラストスが、サジを小脇に抱えている。 相変わらずにでかい。空間に合わせて体の大きさを変えられるらしいが、自己顕示欲が強すぎるせいでサロンの天井に上半身があたっている。しゃがみ込むようにして現れた神の一柱は、流れるような銀髪の隙間からナナシを見つめた。 「御使い様、出来れば外で呼び出していただきたい。少々こちらは手狭で困る故。」 「セフィー、エルフのもりのみち、あけて」 「む、俺の住まう森にお越しいただけると。歓待しよう、しばし待たれよ。」 セフィラストスは肩にシャンデリアを引っ掛けたまま、前屈みでアロンダートも引き寄せる。指先で空間を切り取るようにして時空を歪ませると、その形通りに拓けた場所には、青霧が漂う深い森と繋がっていた。 「はあ、まじでスゲえな神さん。」 「セフィラストス様、おろして頂きたく…」 「寝起きに連れてこられたのだ。お前たち二匹には俺を癒やさねばならぬ義務がある。子猫、諦めろ。」 「える、むしさんとりいこ」 「アロンダートまで猫扱いされてんのやべえな。」 エルマーが引きつった笑みで抱き寄せられたサジとアロンダートをみていると、ナナシに手を引かれるままにその森へと入る。 サジは余程虫がいやなのか、セフィラストスの髪の中に隠れるようにすると、何故かそれに満足そうに頷く神に、アロンダートはこちらもなかなかに過保護だなあと思った。 「嫌です、虫はまじで嫌です。うわああ木に変なのがいるううセフィラストス様あー!!」 「夜光虫だ。落ち着くが良い。道を照らしてくれる良きものだ、あるき辛いぞサジ。」 「セフィラストス様、僕は下ろしていただけませぬか…」 「ならぬ。二匹とも侍っていろ。」 ご機嫌なナナシはギンイロを呼び出して跨ると、セフィラストスはアロンダートよりも少し高いくらいまでの体躯に変化する。両脇に二人を抱えるのは決定事項らしく、サジは慣れてこそいれど、アロンダートはまさかこの歳になってから片腕で抱き上げられるとは思わなかったらしい。顔を青ざめさせながらかかえられていた。 「プシュケーバタフライの繭玉か…それなら西の方のナルキシスの泉の畔にある。赤毛、そこに行くなら小奴らはおいていけ。何、きちんと返すさ。娯楽に付き合ってもらう。」 「あ?いいぜ。」 「エルマー?」 サジの顔が、断ればかものとデカデカと書いている。しかし、レイガンも言っていただろう。他の神の願いを断るのは己の神の神格を落とすと。 面白そうだからというのもあるが、エルマーの快諾にアロンダートもサジも、神の前だからこそ激しく断れとは言わなかったが、内心はふざけんなである。 「価値ある犠牲ってやつだあな。神の施しには対価が必要だろう。んで、ここどこ。」 「出口はカストール側の森に繋がっている。日が沈むと場所がまた変わるからな。この森が夜になると、次の出口は始まりの大地の中に出る。」 「オーケー、ならさっさと終わらしてカストール側から帰るわ。」 ぱたぱたと尾を振りながら、嬉しそうにナナシがセフィラストスを見上げる。そっと膝をついてナナシを見つめたその美丈夫の頭を撫でると、セフィラストスは小さくうなずき、アロンダートとサジの声なき悲鳴と共に再び姿を消した。 「今の何だあ?」 「ごほうび」 「ごほうび…?」 ご褒美というなの祝福なのだが、エルマーはイマイチ理解していない。御使いからの覚えが目出度ければ、信仰が潰えても存在することができるのだ。 セフィラストスはサジがエルマーと契約を結んだと聞いたときは心底憤慨したが、そのエルマーがナナシの番だときくと、今度はマダム·ヘレナに抜け駆けは許さないと怒られた。 だからこそ今回の道繋ぎも後に何か言われそうなのだが、そこは平等なナナシだ。恐らくマダム·ヘレナにも何かしら頼み事をするだろう。 「ナルキシスの泉って、あのナルキシスか?」  ナルキシスとはチャームを使う美しい青年の姿を取る魔物だ。それを食らうと口付けられながら水の中に沈められ、その周辺に咲く花の養分にされるらしい。 粗野な冒険者などは己が真実の愛と勘違いし、そして文字通り溺れるのだ。ランク的にはそこまで高くないものの、討伐が難しいのはその理由がある。 然しながら対処方法は至って簡単で、ナルキシスに鏡を与えてやれば気を取られているうちに逃げることができる。美しくて倒せない。そんな理由で魔石も出回っておらず、そして鏡を渡せばほぼ無害なので倒さなくても済む。 サクサクと草叢をかきわけ、道無き道を歩み続け、そしてトードーという蛙の食用魔物が野生化したものが襲いかかってきたのをギンイロが食べながら、恐らくあれが例の泉だろうと思わしきものが見えてきたとき、ナナシの腹が鳴った。 「はう…」 「飯にすっかぁ。」 へにょんとお耳を垂れさせたナナシの頭を撫でると、エルマーは適当に転がっていた大木の上に腰掛ける。この森で火はご法度だ。ギンイロは適当に狩りをするらしく、ごハァンといって飛んでいってしまった。 「える、とかげさんがいい」 「あるけどよ、ほかのも食えな?」 「ぱん!」 「組み合わせやばくね?」 ふんふんとエルマーのインベントリを漁る腕にほっぺをくっつけながら、元気よくお返事をする。 串焼きの黒蜥蜴を口元に運ばれると、ぱくんとくわえた。 エルマーはユミルから買ったチーズと、ジャーキー状態の血抜きされたボアの肉をサラマンダーの魔石の上に軽く滑らせて焼くと、それをパンに挟んだものを二人分作った。  サラマンダーの魔石もそろそろ魔力が無くなりそうだ。ストックをみても討伐しに出たほうが良さそうである。 最後にルフと呼ばれる巨大なガチョウの卵を取り出すと、ナナシを見た。 「焼けるか?」 「ゆでれば!」 確かに。まあいつまで取っておいても仕方がないかと魔石を抜いた水性スライムを鉄鍋に入れ、サラマンダーの魔石と共にルフの卵も突っ込んだ。 鍋にぎちりとつまったルフの卵が先端だけ出ている。火がなくてもできる簡単な野営料理だ。 煮沸が終えたものを恐る恐る取り出すと、水を捨てた鍋の中に向けて殻を割った。 「ふお…すーぷ?」 「半熟だな。黄身でけえ…まあスープみてえなもんか…」 お玉で半熟のそれを崩し、ユミルのチーズと香辛料をいれて混ぜると、野営で活躍したマグにそれを注いだ。ルフの卵をまるまんま使った贅沢なものだ。高いレストランだと銀貨5枚はくだらないだろう。ぞれだけ貴重な卵をなんでエルマーがもっているかというと、インベントリを漁ったら出てきたのだ。たしか昔に商隊を護衛したときに金の代わりに貰ったそれが、使われぬまま残っていた。売れば金になるからと言われたまま忘れて放置。時を止める術がインベントリに施されていなければ食えたものじゃない。 インベントリ万歳。ナナシが嬉しそうにぺしょりとひとなめをすると、しびびびっと身を震わしてうっとりとした。 「ふわあ…おいし…」 「ぱん食えぱん。ナナシがえらんでくれたチーズ入ってるから。」 「たべう」 ぺしょぺしょと幸せそうに何度も口の周りの黄身を舐めとり、はぐはぐとパンを食べるたびに尾を振り回す。たくさん食べて腹の子が元気に育てば、エルマーだってうれしいのだ。栄養価の高いルフの卵を幸せそうに味わうナナシが今日も可愛い。 エルマーはさっさと繭を取ったら絶対に抱こうと心に決めたのであった。

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