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再びの苦労人(結婚編)エルマー×ナナシ
結果的に言うと、プシュケーバタフライの繭は無事にゲット出来た。
誤算だったのは、ナルキシスが泉の辺りで水浴びをしているのにナナシが気づき、かあいい。などといって手を振ってしまうものだから、知能のあるナルキシス自身もまさかそんなことをされるとは思わずに仰天して、思わずチャームを使う暇なく手を振りかえしたことである。
「ナルキシス、べつに言うほど綺麗じゃねえな。」
そしてエルマーがナルキシスをみてそんなことを言うもんだから、百戦錬磨のナルキシスは更に仰天して、自身のプライドを傷つけられたナルキシスがエルマーに泣かされるという自体に陥った。
「える、ナルキシスないてた。いじわる、わるいこ」
「俺悪くねえもん、だってお前のが何倍も可愛いだろう。俺の感覚ではナルキシスは大したことねえってだけだもん。」
「むむ…うぬう…」
「おい、尻尾揺れてんぞナナシィ。」
エルマーの言葉に嬉しいやら、でも今は怒ってるんだぞという態度を崩さないようにと、小難しい顔をしてはいるものの、素直な尻尾は嬉しそうにパタパタ揺れる。
葉が尾に弾かれ雫を撒き散らしながら、きらきらと輝いては地面へと吸い込まれていく。
ナナシは木にぶら下がって虹色の光沢を放っていた繭を抱きしめながら、ふんふんと匂いを嗅いでいた。
「おさとうみたいなにおいする」
「食うなよ?」
「……うん?」
「…やっぱそれ俺が持つわ。」
「やだあー、ナナシがもつだのですよ!」
「だのですよ…ぶふ、」
ぎゅう、と抱きしめながら慌ててエルマーに背を向ける。だってこれ、大きさ的には赤ちゃんくらいはあると思うのだ。そしたら今からだっこの練習をするのにも丁度いい。
もにもにとふかふかのそれを抱きしめながら、ふさふさと尾を揺らして調子っぱずれの鼻歌を歌う。時折ふんふんと鼻を効かせ、こっち!とエルマーの手を引いて歩みを進める。
セフィラストスが纏う花の香をたどりながら、迷ってしまいそうな大森林を迷いなく進む。
エルマーは時折あたりを警戒はするが、先程襲いかかってきたマンティスは、緑色の蔓で縛り上げられて放り投げられていた。
あれは絶対にセフィラストスの仕業だ。
「もうすぐ、つくねえ。」
「お、道が開けてきたな。レイガンとこよるか?」
「よる!」
といっても場所はわからない。まあ一先ずの入国手続きをしなくてはなと、二人仲良く繋いだ手を揺らしながら、苔むした道から開けた石まじりの街道に出た。
なるほど、ここを出るとあの水路の真上に来るらしい。下にはエルマーがジルガスタントに向かうために走り抜けた大きな水路があり、治水庫近くの開けた場所に出ると、筏作りの橋の先に船着き場が見えた。
「お、あっこから舟出てんじゃねえか。のる?」
「がにめでよぶ?」
「お前あの幽霊船すきだなあ。」
さすがにガニメデを呼べばこの筏の橋は流されるだろうと苦笑いすると、ナナシはなるほどと頷いた。
「ほら、手ぇ捕まんな。」
「うん、」
ぷかぷかと浮かぶ橋をゆっくりと渡りながら、エルマーもナナシの歩みに合わせて渡りきる。硬い地面とは違う心もとない足場にどきどきはしたが、尾でバランスを取ることを覚えることができた。
なんだかんだ、もうすぐ日暮れだ。入国は出来るだろうが、船は出してもらえるかは微妙な所だ。
船頭はもう引っ込んでいるようだし、まあここからあそこまでの距離なら飛べなくもないかと目視確認をする。
「ナナシ、ちょっと捕まってな。」
「う?」
インベントリから縄を取り出すと、ナナシは心得たとばかりにエルマーの後ろに行くと抱きついた。小さい頃にしてもらったおんぶをするのだと思ったらしい。エルマーは小さく笑うと、立膝をついてナナシをおぶる。そのまま手際よく縄で体を固定した。
「ミュクシル、出てきな」
ずるりと地面から黒いタールのような物が滲み出す。ボコボコと音を立てながら、歪な形をした金の三つ目を持つ幽鬼を出現させると、エルマーがその首に腕を回す。
ミュクシルの鎌のような腕が固定するようにその体を器用に固定すると、そのバネのある脚力で一気に跳躍した。
「ふあ、…!!」
風を切るように空が近くなる。足元には先程通ってきた道が見え、頬にはエルマーの長い髪があたる。そのまま弧を描く様にして反対側の岩場の道に飛び移ると、四足でぎゃはぎゃは言いながら駆け出した。
どうやら久しぶりに外に出てテンションが上がっているらしい。エルマーが首に巻き付けていた縄を引いて落ち着かせると、漸く冷静になったのか、黒い幽鬼はゆっくりと止まる。
「おまえテンション上げ過ぎだろう。今日は城壁は超えなくていいんだっつの。」
「える、つおい…」
「あ?そーか?」
カストールの城壁付近でミュクシルから降りると、ナナシがひょこひょこと近づく。この幽鬼の見た目はめちゃくちゃ怖いが、エルマーの魔力と、ほのかにナナシの血の匂いがする。恐らく聖石がはいってるのだろうなあと思いながら見つめていると、べろりと肉厚な舌で顔を舐められた。
「ひぅっ」
「あ!?てめえ舐めてんじゃねえ!」
ギャハ、と笑いながら土の中に消えていく。手懐けてはいるが、もともとの気質が破天荒の為か気に触ることを平気でする。エルマーがごしこしとナナシの顔を拭うと、びっくりしたらしい。ぎゅうと飛びついてきたのを背中を撫でてなだめた。
「久しぶりに、野営するか?」
「はわ…する!」
カストールへは明日の朝に入ればいいか。エルマーは嬉しそうに顔をほころばせるナナシの頭を撫でると、岩の少ない反対側の砂浜まで向かう。
さすがリゾート地。城壁の外ですらこんなに景色がいい。
ナナシが砂浜をあるく蟹を嬉しそうに追いかける様子をみながら、エルマーは流木を拾い集める。
繭はもういいらしい。エルマーがインベントリにしまったのを忘れているのかもしれないが、今は見つけた長い枝がお気に入りになったようで、枝先で砂浜に線を引きながら蟹について回る。
「ナナシー、あんまそっち行くな!俺が見えるとこまでだぞー!」
「える、かにさん!いっぱい!」
「おー。よかったなー!」
知らぬ間にギンイロも出して、一人と一匹で実に楽しそうに遊んでいる。エルマーは適当に寝床を決めると、インベントリから定番の野営用のテントを取り出して設営する。
なれた手付きで毛布やらクッションやらを放り投げるようにして入れていくと、ナナシを包む巣の出来上がりだ。
流木を適当に折ると、空魔石片手に波打ち際まで歩いていく。
海に向かってそれを投げ、爆発をさせるとぷかりと魚が浮かんできた。
あとはそれを泳いで回収しに行くだけである。
突然上がった水飛沫に、蟹を片手にナナシが振りかえる。
一緒にいたギンイロはというと、蟹を口吻で突き回したせいかハサミでガチりと挟まれていた。
「ホワアアーーーー!!!」
「あ、ギンイロ!」
「ん?…ちょ、まてまてどわあっ!!」
余程痛かったらしい。パニックになったギンイロがむちゃくちゃに暴れ回りながらエルマーに突撃してくるものだから、エルマーは勢いよく体当たりをしてきたギンイロと共に水の中に突っ込んだ。
「はわ…ナナシもやるう!」
「ブハッ!ゲヘッウェホッカニーーー!!」
「ぶぁっか、おまえ突然つっこん、ナナシぃば、がぼっ!」
なんて楽しそうなことをしているのだ!そんな具合に尻尾をぶんぶんと振り回しながら、ナナシも波打ち際まで駆け寄ると、顔を出したエルマーに向かってギンイロもろとも抱き込むように飛び込んだ。
先程よりも大きな水飛沫と、水面から放り投げられた蟹がぽちゃんと海に帰っていく。エルマーもギンイロも、大慌てで水面まで上がると、ナナシの体を抱き寄せて海から顔を出した。
「ぐぇへっ!は、鼻に入った…しょっぺ、お"ぅえっ」
「ナナシオヨゲナイデショ!!!バカ!!」
「ふわあ、たのひい。」
「おま、ばかやろ…あーあー濡鼠になっちまって…」
二人と一匹で海面から顔を出す。エルマーがギンイロの体にナナシを跨がらせると、ナナシはギンイロの口吻にそっと触れて挟まれたところを治癒した。
「とりあえずレイガンとこの土産もこれでいいやな。よいせっと。」
「おっきい!」
エルマーは波打ち際に放り投げていたシャツを片手に、ナナシの腕ほどの大きさの魚を担いで海から上がる。ギンイロはというと、口の中に三匹ほど咥えたまま犬かきで陸地まで上がると、んべっとそれを砂浜に吐き出した。
赤青紫の宝石のような南国の魚は、このカストールの名産でもある。
エルマーが担いできたリーゼントのような頭を持つ魚は目の覚めるような水色で、食べる気がしない。とりあえず捕まえたんだからと血抜きだけすると、それをインベントリに突っ込んだ。わけのわからん魚はレイガンとユミルにやる。そう決めたらしい。
「える、かにたべれる?」
「食う。って、そらヤドカリ…でっか。」
「ひろった!」
ふにゅふにゅ笑いながら、椰子の実に擬態していた巨大なヤシガニの殻をナナシが両手で持っている。大きなハサミをワキワキとさせるので、ついそこらへんにあった棒を挟ませるとスパンと切られた。
ゾットするほどの切れ味だ。
「…まあ、蟹っちゃ蟹だしな。食うか。」
もはや、黑蜥蜴の素焼きを口にしてしまえば何も怖いものはない。
エルマーはナナシにそのまま持っているように頼むと、水性スライムの残りを鍋に入れて水を沸かし、その中にヤシガニを入れた。
「…まあ、見れば見るほど食う気が失せる見た目してんなあ。くっせえ!!おえっ!」
赤く茹で上がったそれをトングで挟むと、試しに甲羅を剥がしてみた。
ギンイロはあまりの臭気にすぐに飛び立ち、ナナシはナナシでばたばたと遠くに逃げていく。嘘だろ、お前らが拾ってきたんじゃん。エルマーは短刀でえづきながら甲羅を切り離し、足だけをもう一度湯で洗うと、おえっと言いながら身だけ剥く。
「える、くさい。ぽいする?」
「甲羅は食えねえな…埋めるか。」
うっぷと口を抑えながら、木の根元にとりあえず埋める。どうぞ栄養になってくれとそんな願いを込めながら。
ギンイロはひょこひょことナナシとともに戻ってくると、別で焼いていた魚を棒ごとばくんと食らいつく。別にいいのだが、なんでゲテモノ担当がエルマーになっているのかが腑に落ちない。一番何でも食う癖に。
「うえー、くちゃ。」
「うーん、大味すぎてなんとも…まあ、珍味っちゃあ珍味だけどよ…」
殻を剥いてその味に食らいついたが、まあ秘境で出されたら当たりという感じだ。うまくはない。
ナナシは黒蜥蜴も食うくせに、ふんふんとその身に鼻先を近づけると、くしゅんとくしゃみがとまらなくなったらしい。わかる、謎の発酵臭がするのだ。
それらは取ってきたナナシとギンイロが食べないので、本当に仕方なくエルマーが香辛料をバカほどかけて平らげた。もう二度と相まみえたくない料理であった。これも経験か。
「ちょっと面白そうだからレイガンたちにヤシガニ持ってってやろーぜ。ナナシ、もう一匹探すぞ。」
「はあい!」
「ウエエー!」
とんでも無く不味かったのでレイガンにも食わせたくなったらしい。ものの数分で見つけると、紐でハサミを縛り上げて生きたままインベントリに突っ込んだ。訳のわからない魚と臭いヤシガニをお土産に、エルマーは謎の達成感で顔を赤らめて燥いでいるナナシの頭を撫でてやる。どうやら余程楽しかったらしい。
海水でびしょびしょなので真水が恋しい。スライムの残りはあるが、これを使ったらもうストックがない。どうすっかなあと悩むエルマーの横で、ナナシが元気よくニアを読んだ
「ニルマイア·ニルカムイ」
「あ、職権乱用。なるほど。」
元気よく尾を振り回しながら呼ぶと、遠くの方で叫び声混じりに土埃が上がる。
まるで地面に埋まったロープを勢いよく引き抜くような具合にぐんぐんと砂や小石を弾かせながら近づいてきたかと思うと、砂浜から白い柱がぐわりと現れた。
「うおぁぁあああ!!」
「あ、レイガン。」
ニアの出現の勢いと共に、しがみついていたらしいレイガンが勢いよく海の中にダイブした。
どうやら一緒に居たらしい。なるほど、まさかのレイガンごとこちらに来るとはなあとエルマーはレイガンが沈んでいった海を見やる。
「ニア!」
「ナナシ!ナナシだ!声が聞こえたんだー!レイガンと庭いじりをしていたんだ。ついでについてきたけど、レイガンどっかいったなあ。」
「ユミルげんき?」
「げんき、あいつは出来た嫁だー。まいにちニアに果物を剥いてくれる。うふふ、昨日も繁殖してたぞ。全くそちらも元気で困る。」
同じ白い者同士、この二人は仲がいい。ギンイロはニアが苦手らしいが、ニアはナナシの体にシュルリと巻き付くと、鎌首を上げてエルマーを見た。
「おや。上等な雄の匂いがしたとおもったらエルマーか!レイガンがおせわになりました?」
「おー、お前のレイガンは遠く彼方へと飛んでったけどいいのか。」
「泳げるから、大丈夫だろー。」
バチャバチャと波を叩くような音が立つ。後ろからとんでも無く殺気を放つレイガンが物凄い勢いで泳いでくる気配だ。
エルマーは、相変わらずあいつが苦労症なのは変わらないのかと呆れたため息をつくと、くるりと振り向いた。
「よっ。」
「エルマー!!!お前!!ニアの真名を教えたからと言って簡単に口にされては困る!!」
「ナナシが呼んだんだぜ?」
「よびました」
ひょこりとレイガンをエルマーの背後から見る。なるほどニアより格が上の御使いであるナナシが呼んだとなれば、たしかに断れないだろう。
耳をしょんもりさせながら、怒る?と見つめてくるナナシに、レイガンは怒る気も失せた。
「はあ、最悪だ…シャワー浴びたばっかだったのに…またユミルにどやされる…」
「おう、新婚さんだろ?おめっと。」
「ああ、まあ式はまだだが。…なんでしってる。」
「トッドんとこでドレス頼んだろ。俺も作るからよ。」
「なるほど…、エルマーが嫁か。」
「んなわけあるかバカ。」
くだらないやり取りをしながら、ニアが塩水まみれの3人にバシャリと真水を被せる。たしかにこれを求めていたのだが、相変わらずに雑であるし唐突すぎる。
レイガンもエルマーも髪をかきあげると、小さく吹き出した。
「まだ一月も立ってないのに、なぜか懐かしい。」
「おー、お前んち行っていいか?というか入国してえ。」
「構わない。というか、ユミルにはお前から説明してくれ、俺はあいつに怒られたくない。」
「尻に敷かれてんのな。」
「もはやクッションのような扱いだ。」
くすくす笑いながら、レイガンがわしりとナナシの頭を撫でる。ぱたぱた尾を振り回すながらにへらと笑うと、くちゅんとくしゃみをした。
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