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マスタードのアレ(結婚編) エルマー×ナナシ

「うえええくっせええふっざけんなよ!もっとましなお土産もってこいよばか!!」 「おーおー、ご挨拶だなオイ。あ、結婚おめっと。」 「ありがと!!コブダイだけもらっとくわ!」 レイガンに手続きしてもらって入国したエルマー達は、さっそくユミルとレイガンの住む家に遊びに来ていた。 扉を開けたユミルの顔と言ったら、それはもう目を丸くして仰天していた。まったくもって満足のいく反応である。 まあ、土産に渡したヤシガニは大不評だったが。 「ユミル!およめさんなるのう?レイガン、だんなさん。おめでと!」 「ああナナシー!!なんかお腹育ってる…ええー!!まじでママじゃん!!しっかりしろよエルマーのバカ!!」 「いってえ!!!」 レイガンは逃げ出したヤシガニのあとを追いかけてリビングへと消えていった。ギンイロは猫の大きさに収まると、へっへっへと笑うような息遣いでぱたぱたと尻尾をふる。ニアはユミルと仲良しらしく、しゅるりとその首に巻き付くと、ようこそ我が家へー。と家主のようなことをのたまった。 「あー、だからレイガン突然消えたんだ…。てか3人共シャワー浴びてきなって。着替え出しとくからさ 。」 「ユミル、ヤシガニどうしよう。」 「そんなもん庭にすててきなさいっ!」 どうやら兄さん女房をやっているらしい。レイガンはひょこひょこと庭に出ると、早速言われた通りにヤシガニを離していた。 エルマーはユミルに急かされるようにして浴室に向かうと、ナナシともども着替えを押し付けてカーテンを締めた。 ユミルとレイガンの家の浴室は、シャンプーやらリンスやらは種類が別れており、ユミルのはなんだか少しだけお高そうなものであった。 レイガンはこだわりが無いらしく、寧ろ小さな桶にニアと彫られた専用の風呂があった。 ここではニアも大切にされているらしい。エルマーとナナシは、ユミルの洗剤は使うと怒られるぞというレイガンのアドバイスにのっとり、有り難くレイガンのを使わせてもらった。 「レイガン、ユミルとなかよし。いいねー」 「おー、まあクッションになってるらしいけどな。何だかんだ満更でもなさそうだ。」 「トッド、いつくるかなあ。カストールまで、ユミルにあうしにいくだって。」 「ああ、寸法図るって言ってたもんな。まあ、俺らもここに行くって言ったからそのうち来るだろ。」 猫脚の広いバスタブの中で、エルマーを背もたれにしてナナシが甘える。 ニアのお風呂にはちまこくなったギンイロが微睡むようにして浸かっており、ナナシは濡れて細くなった尻尾をもにもにと揉みながら、きょろりとエルマーを見る。 「ユミルのとこ、とまるのう?」 「…いや。ホテルとる。」 「ナナシ、ユミルとねたい」 「俺はナナシと寝てえ。」 寝たい意味はちがうのだが。 それにレイガンだってユミルと一つのベッドで寝ているのだ。泊まるとなっても部屋はあってもベッドは無い。だとしたらしばらくここに滞在するにしてもどこがしかの宿で連泊するのもいいだろう。 というか、エルマーはエルフの森で抱こうと決めていたので、もう予定の中にそれが組み込まれてしまっている。 ちなみにカストールにいる間はレイガンに付き合ってもらって荒稼ぎをするつもりだ。ナナシはユミルにあずけておけばいいし、レイガンだって体がなまって仕方がないと言っていた。結婚資金稼ぎ、付き合ってもらうしかないだろう。 「となると、レイガンに交渉だな。」 「う?」 髪をかきあげて仰ぐように肩まで浸かりながら、エルマーがそんなことを言う。 ナナシはきょとんとしていたが、まあエルマーのやることなら間違いもないだろうとのんきなことを思っていた。 「のった。」 「おっしゃあ!!」 エルマーの結婚資金稼ぎうんぬんの話を風呂上がりにしたところ、レイガンは二つ返事で了承した。ガシリと硬く握り交わした手に、ユミルがナナシの髪を乾かしながら白い目で見ていた。 「僕は構わないけどさ、レイガン。明日の朝の配達は手伝ってくれるって言ってたべ。」 「ウッ」 「あー。明後日からでいいぜ?明日は一日ナナシとしけ込むから。」 「しけこむってなあに?」 「ナナシ、いやなことはいやってちゃんというんだよ?」 エルマーの言葉に下心を敏感にキャッチしたらしい。きょとんとするナナシを抱きしめると、汚物を見るような目でエルマーを見つめてくる。仮にも幼馴染だというのに酷い扱いである。 「いいなそれ。俺もしけ込みたい。」 「お前ってそういう話結構すんのか?」 「するぞ。なんなら酒が入ればもっとする。」 「レイガン余計なこと言ったら禁欲させるかんね。」 「なん、だと…」 鋭いユミルの一言に、信じられないという顔をする。旅のときには知らなかったレイガンの一面がこんなにも面白い。やはり、こういう面が安心して出せるからこそ平和というのだろう。 ぐぬぬという顔をしながら牛乳を飲むレイガンに、こいつも牛乳なんて飲むんだなあと思った。 「あ、そうだ。泊まってく?もしそうならレイガンはエルマーとリビングな。」 「はあ!?」 「妊婦床で寝させるわけにはいかんでしょ。」 「いいよ、俺ら宿とるしな。シャワー助かったぜ。」 ユミルと寝る気だったらしいナナシが、えーっと声を上げた。 「ナナシ、ユミルとがいい!おはなしするもん!」 「んなの明後日しこたますりゃあいい。ナナシ、新婚の夜をレイガンから奪っちまうのは可哀想だろう。」 というのは建前。本音はエルマーがナナシとしけ込むつもり満々の為、ここでお預けはよしてくれという意味なのだが、ナナシはエルマーの言い分に一理あると納得したらしい。 「ユミル、あさっていっしょおひるねしようね」 「ん、いーよ。シーツ換えとく。」 ぎゅうぎゅうとユミルに抱きついて別れを惜しむのは大変に可愛く目の保養なのだが、明後日もまた会うのだ。 レイガンはエルマーの肩にがしりと腕を回すと、ユミルたちに背を向けて囁くように言った。 「エルマー、お前ナナシの悪阻はもういいのか。」 「気にしてるつもりなんだけどよ。据え膳目の前にすると、まあ自制が効かねえのなんのって。」 外に出す暇もねえわと言うと、レイガンもわかると頷いた。レイガンもつい中に出してはユミルに怒られるのだ。この間は寝落ちしてしまって昼過ぎまで口を聞いてもらえなかった。 夜の褥事情。同じ悩みを持つ同士として、レイガンはまるで賄賂を渡すように真顔でとあるものを差し出した。 「やる。」 「あ?…あ!?」 カサリとしたフィルムを手に載せられて、つい素っ頓狂な声を出した。それはエルマーが久しく見ていなかった避妊具である。というよりも、使ったのなんて若さゆえの好奇心で数度だけ。それも途中から面倒くさくなって使わなくなったのだが、ナナシ相手には使ったことがないせいか、すっかりとその存在を忘れていたのだ。 「なんでおまえこんなっ、もらうけどよ!」 「ここは一応リゾートだぞ。泊まった部屋にも避妊具があったの覚えてるか?」 「…あったわ、何だお前、あん時くすねてきたのか?ユミルとヤる気満々だったんじゃねえか。」 「ちがう。これはユミルと夜をともにすることになってから買ったんだ。土産物屋で。」 「土産物屋で。」 さすが、奔放な国カストール。エルマーが男の本能に正直ですけべなのも絶対に国民性であると自分で信じている。レイガンもどうやら毒され始めているらしいが、単純に中に出すなら避妊しろと言われたらし。いわく、孕まないけど気持ち的にはして欲しいと言われたらしい。 「ダース買いするか。」 「やめとけ、どうせ使わなくなりそうだ。」 とにかくまあ試してみろと握らされたそれをポケットに突っ込む。持つべきものは友である。極めて薄く作られたそれに職人の意地が見え隠れする。 「お前、明後日買った場所つれてけよ。」 「わかった。」 がしりと手を握り頷いた。レイガンがそんなものを律儀に買ったのも笑えるが、なるほど確かにこれなら悪阻の心配もなさそうだ。 エルマーは光明見つけたりと言わんばかりに眠そうなナナシに向き直ると、よいせっと抱き上げた。 「じゃあまたなお前等。明後日またくる。」 「レイガン、ユミルまたね」 エルマーの首にだきついたナナシが、眠たそうにふにゃふにゃという。 ユミルはなんとなく察しているらしい。ほどほどにね、などと宣うと、ゆるゆると眠そうに手をふるナナシに挨拶を返した。 ふたりの家を出て、それから二人はお世話になったあの宿でここでの日々を過ごすことにした。 エルマー達が結婚式を行うなら、サリーのいる大聖堂だろう。まさか地元で式を上げるなんて思わなかったが。 お世話になった宿にひょこりと顔を出したエルマーに、カウンターにいた支配人は名簿を落とすくらい驚いた。 支配人からしたら、ついにあの主人のところから麗人を拐かしてきたのかといった顔をするので、エルマーが思わず吹き出すと、眠そうなナナシが弁解してくれた。 「える、ナナシのだんなさんになるよう。ここ、とまりたい」 「え、あ、あか、かし、かしこまりました!これは、おめでとうございます!」 「おー、ちょっと連泊。部屋空けられるか?」 「もちろんでございます、前回と同じ部屋出よろしいですか?」 「むしろそこ使っていいんだ?」 「それはもう、ごゆるりと!」 ぶんぶんと首を振る支配人に、やはり心象はよかったらしい。換金しないとなあと思いながら、エルマーがインベントリをあさっていると、ナナシがぽやぽやした顔でポシェットから金の魔石を取り出した。 「これ、あげるう…」 「あ、ばかやろ。換金してねえんだって。」 コロンと転がったそれを、慌てて支配人が受け取ると、真っ青な顔で首を振られた。 連泊が一体いつまでかはわからないが、支配人が以前ナナシからもらったそれをギルドに持っていったところ、むしろ金額がここではまとめて出せないと断られた程のものだった。ギルドがまとまった金額で即金で個人に出せるのが大金貨5枚まで。 その時の一粒よりも大きいそれの価値は、このカストールで土地が買えてしまうほどだろう。 「むしろ、こちらでこの石を頂いてもお釣りが出せません…換金もギルドでは難しいでしょう…日にちをいただければ可能とのことでしたが、城の財務職員に直接交渉する時間をくれと以前断られまして、」 「まじでか。ならそれやるから連泊できるか?おつり出るならそのままやるし、はみ出るなら払うからよ。」 「こっ、れを…いただけるので!?」 「あげる…う、ねむいぃ…」 エルマーの肩口に顔を押し付けてぐずるナナシをなだめると、支配人は大慌てで裏に引っ込んで行ったかと思えば連泊用の書類をもってきた。 こんなものお釣りどころか臨時ボーナスだってくばれるだろう。太客を逃すよりも融通を効かせて顧客にするのが間違いない。 変わり身の速さに思わず笑ったが、提供できるサービスは全てさせていただきますと心強いことを言われたので、エルマーとしてもありがたい。 空魔石があれば作れるが、他にはない魔石と言うことで価値が爆上がりしている。それはそうだろう、これ一つ湖に放り投げるだけで聖水が出来上がるほどの質の良さである。エルマーたちは知らないが。 「おし、ナナシ、ありがとうございますっていえ」 「うー‥ありぁと…ござます…ふやぁ…」 「滅相もありません、ベッドの用意はできております、一応スタッフにいってバスタブにもお湯を蓄えて置きましたので、どうぞごゆるりとお休みくださいませ。」 ぺこぺこお辞儀をしながら案内してくれる支配人が、ナナシのなりたい大人と言ったら笑うだろうか。欠伸するくらい眠たいはずなのに、その敬語は覚えたいらしく、ぴくぴくとお耳を欹てているのが面白い。 やはり質のいい宿というのは長く愛される理由がある。この支配人もその一人だろう。 通された部屋は、二人ではやはり広い。ご友人も是非と許してもらえたので、レイガン達が遊びに来るのもいいらしい。まあ、まずはトッドが使うだろうが。 「めっしょ…んんう、」 「滅相もありませんってえのは、自分が遠慮する言葉の丁寧なやつだ。」 「めっそうもありまてん…おぼえた」 「惜しいんだよなあー」 部屋についてナナシをおろしてやると、ふらふらしながらベッドに向かう。ぼすんと体を横たえたかと思うと、喃語のような言葉を言いながら寝息を立て始める。 「風呂入んねえの?俺先入ってきていいか?」 「んんぅ、やー‥いっしょ、ねる…」 「えー。じゃあ寝てていいぜ。」 レイガンのところで風呂を借りたが、寝る前に体は温めたい。仕方なくナナシの服をむきむきと剥いでいくことにしたのだが、まあ笑えるくらいに警戒心というものがない。シャツを脱がし、ボトムスを引き抜いて、さあ据え膳とニコニコしながら下着であるタンクトップを脱がせて吹き出した。 「ぶふっ…、は、腹巻き…」 マスタード色のそれは、ロンの家でもらった腹巻きだ。妊娠しているなら腹を冷やすなと言われていたせいか、律儀に巻いているのが可愛い。しかし、ナナシの見た目でこの腹巻きはもはや面白くて仕方がない。なんというおじいちゃんだ。 結局寝込みを襲う気も薄れ、膨れた腹に口付けをおくると、エルマーも服を豪快に脱いでから隣に潜り込んだ。一眠りして、起きたら風呂に入ればいい。 髪を撫で、抱き込み、そっと腹を撫でた。 日を重ねるごとに膨らむそこが愛おしい。 3人で寝る日も、そう遠くはないのかもしれない。

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