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白蛇の策略(結婚編) レイガン×ユミル 

「あんたたち揃いも揃っていい加減にしなさいよ。」 メジャーを首にかけたトッドがこめかみに青筋を立てながら微笑んだ。 昼過ぎ、定刻通りにレイガン達の家に招かれたトッドは、エルマー達が共にいることに驚きはしたものの、これはこれで助かると頷くと、約束の通りにユミルのドレスのフィッティングにかかった。のだが、 「別にヤるななんて一言も言ってないわ。だけどね、前にエルマーたちにも言った通り、ドレスは白いの。だから野暮な赤い痕が残っていたりすると気が散って全体のバランスが見られないのよ。」 「ナナシちゆするねえ」 「あら気が利く子。治癒するなら自分の首も含めてお願いね。」 はわわ、と頬を染めながら照れる。ユミルだけだと思ったら、どうやら矛先はナナシにも向いていたらしい。昨晩の営みを思い出してか、そそくさと誤魔化すようにユミルに近づくと、ぺたりと首元に手を当てた。 「ごめんね、こんなくだらない事に魔力使わせて…」 「ううん、レイガンにいじわるさりた?ナナシめってしてあげるよう?」 「めってして。具体的には立ち上がれないくらい魔力酩酊させてほしい。」 「はわぁ…ユミル、そんなぷんぷんなのう…」 二人のやり取りを渋い顔で聞いていた旦那二人は、トッドに言いつけられてちまちまと先に完成したベールの刺繍糸の処理を行っていた。 無骨な指で刺繍から飛び出た裏糸をギリギリの際で切るように命じられ、繊細な魔力操作はできてもこういった細かいことが不得手な旦那共は、その体躯を小さくしながら緊張感に包まれる指先で糸先をつまみ、糸切りバサミでパチパチと切りそろえる。 「あんたたち、それしくじったら嫁のベールはないと思いなさい。」 「イエスマム」 「イエッサーじゃね?」 「こういうときは空気を読むんだエルマー‥」 レイガンが小声で嗜める。いつもこの二人は一言二言多いのだ。トッドはビーズの仕分けも命じようかしらとおもったが、既に目をしょぼしょぼさせながら慎重に行っている。繊細で美しいベールに対して、まるで爆弾処理をするような厳しく強張った顔で糸切りハサミを操るものだから、トッドはなんとも言えない顔をする。 「はあ、ありがとうナナシ…なんで僕のドレスこんなふわふわなんだろうね?」 「ユミルにあう、とてもかあいいですね?」 ふんふんとナナシが何故か着替え終えたユミルをみて嬉しそうに尾を降る。まるで床をこするようにパタパタと揺らすものだから、先程からナナシの尻尾には絡まった糸くずがめちゃくちゃについている。 旦那が散らした処理済みの糸をまとめてくれるのはいいのだが、本人は気がついていないところが少しだけおかしい。 「レイガン、ユミルの分のベールは終わったのかしら?」 「まて、今話しかけないでくれ、もうまもなくだから。」 まるで敵に気づかれないように囁くと、最後の一本を震える手で処理をした。 重いため息をつく。ようやっと終わったそれは、レイガンにとって一番の難敵であった。これが罰ならコロシアムでのグール相手の持久戦のほうが余程いい。 ちらりとエルマーを見ると、眉間を揉みながら人でも殺しそうな目でこちらも最後の処理を終えていた。 「はあ、まったく。そんな怨嗟込めたみたいな目で見るのはやめてよ。これ、あんたたちの嫁の頭につけるんだからね?」 「わかってる。このベールすら愛おしい。」 「こんなべっぴんなベール見たことねえや。さぞ似合っちまうんだろうなあ。」 「現金な奴等ね…」 陽にかざすようにして広げたベールを、二人して褒め称える。たった一時間ほど集中してやらせていただけだと言うのに、3日ほど徹夜したのかと思うくらいの顔のこけかただ。 レイガンはげっそり顔で振り向くと、そのベールをトッドに渡そうとして固まった。 「…なにみてんだべ。」 「ユミル、レイガンのおかおへんだねえ」 ナナシに失礼なことを言われながら、レイガンは目の前のユミルの白をまとった姿を見て、口を開けて固まった。 「おー、似合うじゃん。馬子にも衣装ってやつだぁな。」 「エルマー、お前いっつも一言多いよな!」 むっと唇を突き出してむくれるユミルは、レイガンの見立て通りに最高に天使であった。 滑らかな肌は鎖骨を晒し、少し膨らんだ胸元からウエストにかけて違和感なくつながるように見事な切り替えで体のラインに沿っている。前が少し短いフィッシュテールのそれに合わせたショートパンツはオーバーニーソックスをガーターで繋げ、その縁は肌の色に馴染むように徐々に薄く繊細なレースの縁取りがされている。細いユミルの体は少しだけふわりとした裾にカバーされ、レイガンはここに天使が降りてきたのかと思うくらいには動揺した。 だって、自分の思っていた以上にユミルが似合いすぎる。これはえらいことである。 蹌踉めきながら後ずさると、ニヤつくエルマーの顔をぺちんと叩く。 「いって!は!?なんで俺叩かれた!?」 「夢ではない?」 「てめぇ永遠の眠りにつかせてやろうか…」 なんで俺で夢かどうかを確認する!エルマーはそう憤慨すると、がしりとレイガンの肩を掴んで再びユミルに向き直らせた。 「目ん玉腐ってんのか!立体だろ立体!」 「信じられない、おまえそんな可愛くてよく生きてこれたな!?」 「どうしようレイガンが馬鹿になっちゃった…」 再び視界に入れたレイガンが、目を見開いて声を張る。ジルガスタントで合流したときに切羽詰まった声で叫んだときと同じくらいの声の大きさだ。 ようするに感情の振り幅がめちゃくちゃであった。 わなわなとするくらい感動してくれたのは嬉しいが、もうなんというか顔が怖い。 ナナシはレイガンの知らぬ様子に怯えると、ユミルの後ろに隠れる。 「レイガン、あたまへん…なんか、へんだよう…おかおへん…」 「ぶふっ、な、ナナシやめろ…お前のそれは面白すぎる…」 いつもと違うレイガンの様子に怯えるナナシがおもしろい。レイガンはトッドに言われてユミルの頭にそっとベールを乗せると、キュッと口を引き結んだかと思えば、ちょっと走ってくると訳のわからないことをのたまって止めるまもなく窓から外に飛び出していった。 最高に意味がわからない。レイガンの例を見ないほどの取り乱しざまに、エルマーは腹を抱えるほど大爆笑をしたが、ユミルはユミルでぽかんとしていた。 「はわあ…」 「きっと興奮しすぎてランニングして落ち着かすんだろ。よかったじゃねえかユミル。」 「あんな反応されるといたたまれないわ!」 レイガンの照れから来る動揺に顔を赤くしたのはユミルも同じようであった。エルマーからしてみれば若いなと上から目線の感想であったが、トッドが持ってきたナナシの分の衣装を見る、びしりと固まった。 「もうできてんのか!?」 「お腹膨らむこと想定してゆとりも作ったわ。まあ、このくらいの膨らみならカバーできるわね。」 「ユミル、俺ちょっとレイガン捕まえてくるわ。」 「結局お前も走るのかよ!」 エルマーまでもが無様を晒す前にと窓枠に足をかける。ナナシは漸く尻尾のゴミに気づいたらしい。はわぁ…となりながらちまちまとゴミ箱の上でとっていた。 まったくもって忙しない。エルマーもレイガンも、走らねばならぬ理由は股間の高ぶりを鎮めるためだと言うのを誤魔化さなくてはいけなかった。 それに気づいたトッドに、ランニングから戻ってきた二人は揃ってゴミを見るかのような目で見られるのだが、エルマーはエルマーでドレスのフィッティングをしたまま待っていたナナシに出迎えられて悲鳴を上げてぶっ倒れていた。 その声を上げた気持ちは痛いほどレイガンにはわかる。もはや嫁が綺麗すぎて、自分の命日がついに来たかと思うのだ。 レイガンの本番まもなくだというのに、もうすでに死にそうだ。数日後には、名実ともに自分のものになるのだからしっかりせねばならないのに。 なるほどこれが幸福か、レイガンは顔を染め上げた情けない面を見られたくなくて、久しぶりに仮面をつけた。 「なんだこのどでかい花!!うははは!!なかなかにやりよる!これはアロンダートの采配か!?」 「僕のではなくて兄上のだな。個人で送ったらしいが、まあやりすぎ感はあるな。」 アロンダートとサジは、カストールの大聖堂のエントランスにドカンとおいてあるでか過ぎる花瓶を前にして、さすが規模が違うと感心していた。 流石にグレイシスが一般人ということになっているレイガンとユミルの式に顔を出すことはしなかったが、3日後にはナナシとエルマーの式もあるということで、それはもうバカでかい祝の花を飾ったそれを使いのものに運ばせた。 「これが来たときは、さすがの僕も死ぬかと思いました…。」 大きな花瓶一つでもいくらするか想像もつかないのに、更に大きな白いカサブランカは祝福を意味する。 こんなに神聖な立派な花を、運んできたのは恐ろしい人であったが。 「慎ましく行うと聞いていたのでな。グレイシスからの贈り物で彩りを添えてやろうと思ったのさ。」 「ぐえー!!でたなジルバ!おまえ相変わらず偏屈そうな面をしやがって、それが祝いに来たものの面か!」 「相変わらず騒がしい男だ。ほら、神の御前だ静かにしろ。」 黒の正装できたジルバがニヤリと笑う。祭祀はサッと顔を青褪めさせたが、さすがは数多くの婚礼を請け負ってきただけある。直ぐに表情を取り繕うと、中にはいるように促した。 「サジ!アロンダート!まってた!」 「蜘蛛までいやがる。」 礼拝堂のベンチにだらしなく腰掛けたエルマーは、トッドによって整えられた服を着崩してげんなりとした顔をする。 ナナシがぶんぶんと尾を振りながらサジに抱きつくと、頭に乗っかっていたギンイロがにぱりとわらった。 「サジゴハン!」 「なんだ開口一番に。お前まさかシンディの実をねだってるのか?やらんぞたわけ!」 「エルマー、式のときくらいきちんと服を着ろ。レイガンとユミルのための時間だぞ。」 「タイ外していいならきちんとするわ。息苦しくって叶わねえ。」 銀色のそれを外すと、ナナシの尻尾の根元に結びつける。突然飾られたそこにきょとんとはしたが、特に気にすることは辞めたらしい。嬉しそうにサジに抱きつくナナシを片手であやしたサジは、そそくさと壇上に上がったサリーを見て、席につくように促した。 「ほら、まもなくである。お前ら席につけ。なんでサジがこんなこと言わにゃいけんのだ。」 「ジルバ、ナナシとえるとすわろ!おいでー!」 「不本意甚だしいが致し方あるまい。もちろんお前が真ん中だな?」 「そいつはおいでしなくていい!」 ほかの衆人といえば、サリーの大聖堂に自生するシロの愉快な家族たちである。 サジが繰り出したシンディやマイコまでもがベンチにこしかけており、結婚式のマナーであるメインの二人以外は白をまとうのはしてはならないという決まり事も、もはや意味を成さないほどの色合いだ。 トッドによって整えられたレイガンが押し出されるように飛び込んでくると、揃い踏みのメンツを見て目を丸くした。 「サジとアロンダート…と、ジルバまでいるな…」 「顔色悪いな、なんだどうした。」 「いや、ニアに吸われた…」 どうやらポーションで補ってきたらしい。レイガンが空壜をインベントリに仕舞うと、緊張したような面持ちで壇上に立つ。 なんでニア?そんな具合に疑問符が入り乱れたが、その理由はすぐにわかることとなった。 「いいかー、多分もう揃ってるからあけていいぞー!」 「ちょ、ちょっとニア!こういうのは真面目な顔しないといけないやつだから黙ってて!」 扉の奥の方で、慌てたユミルの声と間延びしたニアの声がする。 まさかのヴァージンロードの新郎までの随伴をニアが申し出たらしい。エルマー達はレイガンのげんなり感を見ると、なんとなく最後まで押し問答したんだろうなあと理解した。 ドアが開き、神聖な白蛇がご機嫌にニョロリと出てきた。普通の大きさではない。ユミルを背に載せ、何ともまあ嬉しそうな顔でしゅるしゅると中に入ってくる。 ニアはニアで、ふたりのために何かしたかったようで、白蛇は縁起がいいから、ニアの背に乗せてやったんだー!などと宣いながらレイガンのもとに行く。ユミルも恥ずかしそうにしてはいるが、ニアの気持ちが嬉しいらしい。 「ほうら、旦那の元へ到着だー!虹でもかけてやろうか。今日は無礼講だって、サジもいってたぞー!」 「ニア、お前のせいで厳かな雰囲気は出せなかったがありがとう。」 髪を全て後ろに撫でつけたレイガンが、ニアの背からユミルを抱き下ろす。 エルマーもナナシも、本番なんだか余興なんだか全くわからんといった具合に面白そうに拍手をする。 サリーは苦笑いをしていたが、まあ実際に神が同席する時点でおかしいのだ。肩をすくませると、ちらりとニアに目配せをする。 そろそろ誓いをしてもいいか?という意味であったのだが、気のいい水の神は別の捉え方をしたらしい。 「エルマー!お前も一緒にやってしまえばいいだろう!」 「はあ!?いやいいよ俺らは三日目で!」 「僕は別に一緒でもいいけど?」 「ユミルもか…」 レイガンはその言葉を聞いても対して驚きはしなかった。結婚式の話をしたときに、どうせやるならまとめてやれば?と常々言っていたからだ。 仰天したのはエルマーの方である。素っ頓狂な声を上げたかと思えば、慌てて誰の入れ知恵だと後ろを振り向いた。 勢いよく顔を反らしたサジに気がつくなり、渋い顔をする。 「サジぃ…!」 「だって変わらんだろ!同じメンツで二部に分ける意味がわからん!ユミルだって一緒にやるとか言ってたからそうなのかと思ってたのだ!」 「だからって主役は、」 「主役は僕とナナシでいいでしょ。最初からそのつもりだったけどね僕は。」 「いいぞいいぞ!幸せが2倍というやつだなー!レイガン、いいだろう?」 「俺はユミルが良ければ構わん。」 壇上のレイガンまでもが手で上がるように勧めてくる。まて、話が違う。 引きつり笑みを浮かべるエルマーの肩を、がしりとトッドの手が掴む。ぎこちなく振り向くと、それはもういい笑顔で微笑んだ。 「やるわよ。」 「え、ちょ、ま」 まてえ!!というエルマーの叫びは虚しく響いた。羽交い締めにされるようにして連行されるエルマーの後を、ナナシがわたわたとついていく。 ユミルもレイガンも小さく笑うと、ニアの背を撫でた。 「あいつもすでに指輪は用意しているくせに。」 ギルドで換金後、真っ先にエルマーが向かったのはジュエリーショップだった。あんなきらびやかな所に男一人で入りたくねえと宣ったエルマーは、あのときの金で結婚指輪を買っていた。 何を選んでいいかわからんといって参っていたエルマーが、販売員に色々教えてもらって購入したそれは、言わなかったがレイガンが選んだものと色違いであった。 あのときからこうなるだろうなと予測はしていた。レイガンはやれやれとニアによりかかると、たしかに今日は無礼講だなとユミルと笑った。

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