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level.7

 ライブが近付くにつれ、峯の機嫌が日に日に良くなるのを桐谷は肌で感じていたし、どんな鈍感な人間が見てもすぐわかるほど峯の態度はあからさまだった。  何かをするたび揚々と鼻歌を歌い、スマホを見ながら常にニヤニヤしている。 「陰キャきも」と桐谷に吐き捨てられても、耳にタコが出来た峯には最早なんの攻撃にもならない。すでに軽い挨拶くらいのレベルだろう。  そういう姿の峯を見るのは、桐谷的にハッキリ言って面白くなかった──。  自分からの嫌味に顔を赤くして拗ねて怒る仕草が桐谷のお気に入りのひとつだったのに──最近の峯には全くもってそれがない。 「つまんねぇの」そんな本心がついつい悪態と共に口をつく。 「なにが?」 「可愛げのないお前が」 「だから始めから可愛くなんてないって言ってるじゃん」  そしてなぜか今や桐谷自身が拗ねてる始末だ──。 「ねぇ、虎羽お願いがあるんだけど」 「嫌だ、断る」 「まだ何も言ってないんですけどぉ?」  プイッと峯から露骨に顔を逸らした桐谷に、峯は眉間に皺を寄せ、困惑した表情を浮かべる。 「土曜空いてる?」  峯からのお誘いに桐谷は素直に驚いた。いつもは学校帰り、当たり前みたいに落ち合って、今日はどこへ行こうかとだらだら決めながら寄り道して、最後は峯の家でゴロゴロするのがここ最近の二人の日課だった。  そして土日は峯が朝から晩までキッチリとバイトをしていたので今まで会っていなかった──。 「空いてる──けど、柚莉愛なら行かないからな」 「違うってぱ、ライブはその翌日。だからね、ライブに着ていく服を買いに行きたくって〜、付き合ってよ、虎羽」  ふにゃふにゃした隙だらけの笑顔で峯は甘えるが、結局中身は柚莉愛絡みだったので桐谷は複雑な気持ちでしかなかった。  内心それがムカついたので断ってやろうかとも思ったが、理由はなんであれ初めて峯が自分を誘ったのだ。なんとなく無碍にも出来なくて、桐谷は条件付きでオッケーを出した。 「金曜から続けてなら付き合う。金曜の放課後、土曜に俺と会う服を買え。それが条件」 「え〜、そんなお金ないよ〜」 「柚莉愛にはそれの使い回しで行け。二日くらい同じ服着てても行き先が違うならどうってことないだろ」 「でも、俺金曜は美容院に行く予定だったんだけど……」 「お前本当に柚莉愛と俺との扱いの差が酷いね!! 俺、もうショックで泣いちゃうっ!!」  冗談ぽく大袈裟に桐谷は言い放ち、嘘泣きして見せたが、心の中では相当頭に来ていた。  桐谷がもし峯と付き合っている彼女だったのなら、アイドルに夢中の峯にビンタを食らわすレベルだろう──だが出来るわけがなかった──。 ──俺はこいつにとって単なる親しい友人の延長線でしかないのだから──。  その夜、峯の部屋にある台所のまな板の上には、切られるのを放置された人参が包丁と並んで静かに転がっていた──。  その静寂に反して、ベッドの上では細い足がジタバタと暴れている。 「んっ、だめ、虎羽……っ、まだ夕飯の支度終わってない……っ」 「うるさい。俺に意地悪した罰のが先」  さっさと脱がされた峯の胸を桐谷は何度も苛めた。 「やっ、意地悪なんか、してなっい……」 「嘘つき──」 「俺……意地悪した? わかんない、傷付けたのならごめんなさい。言って、俺ちゃんと反省するから、ね? 虎羽、言ってよ」  それ以上にワガママな男に簡単に全裸にされながらも、峯は素直に自分の非を詫びようと桐谷に訴えかけている。  どうしていつもそんな真っ直ぐなんだろうかと、桐谷は胸がジリジリと痛んだ。なぜだか妙に悔しくて涙が出そうな感覚にも襲われる。 「──金曜……美容院行っていいよ」  桐谷はぽそりと峯の腕の中で溢した。 「──どうして? だって、その日は買い物行くって……」 「お前ずっと楽しみにしてたろ、ライプ。綺麗にして行きたいのはファンとして当たり前だよ。俺とは毎日学校で会ってるんだし……本当の意地悪は俺だよ──。ごめんな」  いつも意地悪でワガママで、でも本当は優しくて──捉えどころのない桐谷のまた新しい姿を見せられて峯はひどく動揺しながらも、自分がますます彼を苛めているような気がして眉を下げた。 「虎羽……本当は俺のせいで傷付いたんだろ? 俺、鈍感だし、無神経だし……。だから本当のこと言ってよ……俺、気をつけるから……」    峯は桐谷の身体を一生懸命抱き締めた。そして、その手は震えていて、桐谷は思わず顔を上げる。  今にも泣きそうな峯と目があって、桐谷はますます胸が痛んだ。 「違うから、俺が勝手に拗ねただけだよ。柚莉愛のが先約だろ? だからそんな顔すんなって」  桐谷は微笑みながら峯の頬を撫で、黒い髪を掬う。その手に縋るように峯は頬を添えた。 「あのね、金曜の美容院はね、土曜に会う虎羽を驚かせるためだったんだよ……」  峯は潤んだ瞳で照れ臭そうに桐谷を見た。 「え?」 「俺さ、ずっと真っ黒な髪のままだったから、少し色を変えたり、髪型ももう少しおしゃれにしたら虎羽どんな顔するかなって……だって、俺いつもは美容院なんて行かないもん。千円カットだよ?」  峯は自虐ネタで誤魔化しながらも、ピンク色の頬が全てを物語っている秘められた可愛い真実を告白する。  桐谷は大きな瞳をいつも以上に大きく開いて、桜色の峯をじっと眺めた。 「もー! 恥ずかしいなっ! 黙ってないでなんか言ってよ! そもそもお前が美容院なんてキャラじゃないだろーとか、それこそ金の無駄だろーっとか、いつもの減らず口はどうしたのっ」 「──言わない……」  桐谷は薄く笑うと峯の腕の中からその身体を抱きしめて、愛しそうに吐息を深くゆっくりと落とした。 ──ああ、クソ…… 「嬉しい」と、頭で考えるより先に桐谷は口から溢す。 「──ほんと?」 「うん……」  抱き締めた峯の心臓が少しずつ早くなるのを直接肌で感じながら桐谷はうっとりと瞼を閉じた。 「よ、よかった……。虎羽が嬉しいなら、良かった……」  峯の指は子供でもあやすみたいに、腕の中にある桐谷の髪を何度もすいてゆく。 「でも俺、黒い髪の凛好きだよ。ツヤツヤでサラサラしてて──すげぇ"オタクの鑑"って感じするから」 「もうっ!!」  いつもの減らず口に峯は逆にホッとして、ハーっと大きなため息をついた。そんな素直すぎる峯に桐谷は腕の中で再び大きく微笑みながら緊張が解けた白い肌にたくさんキスで攻撃を仕掛けた。 「もっ、ばかっ、だめ……っ、だめぇ!」 ──この(身体)を落城させるのはいとも容易い。己の身体一つあれば事足りるのだ。  桐谷は満足そうに素直で可愛い身体を抱き締めた。

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