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土曜の朝、約束した時間に駅前に現れた峯の顔を見て、桐谷は小さくショックを受けていた。 「何、その顔。そんな変?」  昨日切ったばかりの髪を触りながら峯は不安げな表情を浮かべる。  昨日までの峯は、まさに伸びたら切るの繰り返しの、名称を付けるのも難しい、一度も染めたことのない黒い髪を真ん中で分けて、伸びてくればそれを耳にかけるだけの、本当にただのショートヘアだった。  なのに今は同じ黒髪なのに、前髪をかなり増やし重くして、全体的に真ん中に流したような、よくある男子大学生の量産型マッシュへと変身していた。  その上前髪を完全に下ろしたせいで、峯の童顔にはますます磨きが掛かっている。 「──子犬みてぇ」 「こ、いぬ……」  "可愛い"の代表例として褒めたつもりだったが、峯の引き攣った顔のリアクションからして相手にとってはそうでなかったことを桐谷は知り、少々反省した。  だか、明らかに前より垢抜けてしまったことに対して、桐谷は全くもって面白くなかったのであえて誤解を解かずに棒立ちになった峯の肩に腕を掛け、強引に駅ビルへと前進した。  明日は柚莉愛に明け渡してやるのだからこれくらい痛み分けだろうと、桐谷はワガママな自己解釈で自身を納得させた──。  普通に変な服を選んでやればよかった──と、心の中で桐谷は悪態をつく自分と徒党を組みながら試着室の前でキラキラと照れ臭そうに笑う峯を眺めた。  いつもは無地のパーカか、スウェットシャツといった峯は今、地はベージュに近い茶色に、淡いパステルピンク色の大きなダイヤ柄の薄手のオーバーニットのカーディガンを着ていて、いつもより襟の空いた白のインナーシャツで一気に顔まわりが明るく見えた。  初々しくて、純粋で──店員に褒められ素直に喜ぶ峯が悔しいくらいに── 「可愛いよ」  そう微笑む桐谷に一瞬言葉を失い峯は真っ赤な顔で「褒め言葉じゃないってば!」とカーテンを勢いよく閉めた。 ──今のは本当に褒めたのになぁ、と桐谷は首を傾げた。  そして、峯は買ったばかりの服のタグを店員に切ってもらい、それに着替えると嬉しそうに桐谷と並んで歩いた。 「明日着るんじゃなかったのか?」 「なんで? 虎羽が言ったんじゃん。土曜に会う服を買えって」 「いや、だってそれは……」  峯が桐谷の袖の裾を摘んで引っ張り、わざと軽く肩をぶつけた。 「俺がこうしたかったんだ。だから叶って良かった」  少し赤くなった頬をした峯がわざと桐谷から視線を外しながら照れ臭そうに笑う。  その赤くなった耳たぶをいますぐ齧ってやりたい衝動に駆られながら、桐谷は眩しそうに峯の小さな後頭部を眺めた。 「ねぇ、虎羽は何か買いたいモノとかないの? それかお茶する?」 「行きたいところならあるよ」 「えっどこ?」  桐谷が峯の耳元ギリギリまで口を寄せて小さく囁くと、峯は一気に赤くした顔のまま頬を膨らませ、呆れるように桐谷を睨んだ。 「虎羽って折角の土曜の太陽に対して悪いとか思わないわけ?」 「インドア陰キャのくせによく言う」 「っとに、減らず口!」

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