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第2話
「はぁっ!?なんだよ!?何泣いてんだ!今泣くとこじゃねぇだろ!」
「すんません・・・何か当時のヒロキさんに感情移入しちゃったのかな・・・」
「いや、当時の俺は泣かなかったし、映画とか見てる時しか基本泣かねぇし。」
「そもそも、男なんだからふつうそんな号泣することもねぇだろ?」
そう言っても目の前のガキはしばらく嗚咽交じりに言葉を繰り返すばかりだった。
「すんません・・・すんません・・・すんません・・・」
「あぁもう!オメェがこういう店初めてって言って、男も未経験で、男同士の恋愛について知りてぇって言ったから話してやってんだろ!オラさっさと続き話すぞ。」
「グスッ・・・はい・・・」
思い返せば、俺は昔から自分の感情を表に出すのが苦手だった。
まぁ、苦手ってことは苦手なことも意識することができないってことで、自分の言葉で相手から思わぬ返事が返ってきたこともあったし、そういった時それがどうしてなのか理解することも言葉にすることもできなかった。
前置きはそれぐらいで、さっき話したファーストキスからしばらくして俺は音楽にはまった。
特に、自分の喉を酷使して声を張り上げるボーカルが好きだった。
音楽の専門学校に通ってバンドを組んで、そんでそこで彼女も作った。
その子とはキスもしたし初めてのセックスもした。その子と会うたびにキスをしてセックスをしてお互いに気持ちよくなれるよう頑張ってた。
その専門学校でアイツと仲良くなった。
俺はそのころV系やらデスメタルみたいな音楽にはまってて、アイツもそうで、すげぇ話が合った。
彼女といる時間以外はほとんどアイツと一緒だったし、同じコース取ってたってのもあって授業中なんかも隣にはアイツがいた。
アイツには悪りぃことしたって思う。
当時の彼女に最初に興味を持ったのはアイツで、あの子ちょっと気になるんだよなって言ったアイツを俺は応援するって言った。
ちょっと困った顔してたっけなアイツ。
それからどうしてか俺も彼女が気になって目で追うようになった。
目で追うようになって気付いたが、彼女は俺に気があるらしい。
アイツには何も言わず彼女に告って、OKもらって付き合った。
そのことをアイツには直接言わなかったし、アイツからも何も言われなかった。
けど、彼女と一緒に教室に入ってアイツと目が合った時のアイツの顔。
多分、一生忘れねぇな。
そんな無神経なことをした俺にアイツは今まで通り接してくれて、距離感が変わることはなかった。
なんか嬉しかったのを覚えてる。
彼女といるときはキモチイイ。
アイツといるときは心地いい。
そんな満足できる環境だったけど、俺は専門を中退した。
きっかけは、アイツのレコーディングを見てた時のこと。
アイツはベースボーカルをやってたから、同じボーカルだった俺とは別のバンドを組んでた。
アイツから今やってる曲がイイ感じになったから聞いてくれって言われて、スタジオのアイツの前に座って聞いてた。
曲が始まって、アイツがベースを弾き始めて、アンプからアイツの指の動きに合わせてビリビリと振動が伝わってくる。
俺の座っている床から、アイツの指の振動が伝わってくる。
その揺れは俺の全身を駆け巡って、下っ腹を揺らしてきたんだ。
そしたら何故か腹の奥のほうがカッって熱くなって、体が震えてきた。
アイツが歌いだして、アイツの声が頭に入り込んでくる、頭が熱をもって何も考えられなくなる。
アイツの声の振動も合わさって俺を揺らす。
ワケがわかんなかった、なんで俺は勃ってんだ?
腹の奥が気持ちよくて、奥のビリビリが背骨を伝って脳味噌まで届く。
アイツの声で脳味噌が溶かされて、頭ン中がふわふわして何も考えられなくなる。
アイツの声が、奏でる振動が、心地よくてキモチイイ。
演奏が終わって、アイツが感想を聞いてきたから俺はとっさに股間を隠してその場から逃げちまった。
アイツは純粋に演奏を聴いてほしかっただけで、そんなアイツに俺は興奮しちまって、羞恥なのか罪悪感なのか、なんだかよくわからない感情が渦巻いてその場にいることができなかった。
それ以来、アイツにも彼女にも連絡は取ってない。
きっとアイツへ抱いていたのは恋愛感情で、あの時感じた気持ちはアイツへの劣情で、アイツの演奏を聴く行為はセックスだった。
「あれから10年以上たった今でもアイツといるときほど心地いいと思ったこともなかったし、いろんな男に抱かれてきたけどアイツの演奏ほど気持ちイイモンはなかったなぁ。」
「生身のセックスでもねぇし付き合ったわけでもねぇけど、俺の中ではアレが初体験。実際の男との初セックスなんてハッテン場の暗がりで顔も分かんねぇヤツだったしな。」
「結局、男は性欲第一だからな。だからこそハッテン場なんてもんがあるし、そこでは初対面の奴らが日夜セックス三昧ってわけだ。」
そう話を終えて目の前のガキを見る。
どうせまた泣いてるんじゃねぇかと思ってみると、どこか戸惑ったような、恥ずかしいことを聞いたようなよく分からねぇ照れ顔だった。
「ヒロキさんって繊細っていうか、なんていうか乙女なんすね。オレ、そういうの何かスゲェいいなって思います。」
と、突拍子もないことを言い始めた。
「はぁ!?お前話聞いてたか!?今のは好きな男を好きだって自覚もせず、好きな男の女を横取りして、自分の気持ち優先で結局全部から逃げ出した無様な俺の話をしてんだよ!結局アイツの気持ちも考えてやれず、確かめもせず、男同士の恋愛なんて成立しねぇってそういう話を・・・」
「でもヒロキさん後悔してんでしょ?」
「いや、してるっちゃあしてるんかな?」
「悪いことしたって言ってた。」
「あぁもういいよそれで!もういいこの話は終わりだ。てか、乙女ってなんだ乙女って!」
「え?今の話って好きな男の相手に嫉妬しちゃったり、彼といるのが楽しくって、彼のカッコイイところを知ってエッチな気分になっちゃったって話しっすよね?そんで彼とのエッチを妄想しちゃったっていう話すよね。彼の演奏がセックスって・・・なんて言うんすか?詩的?めちゃくちゃ乙女じゃないすか!」
は?嫉妬?エッチな気分?妄想?何言ってんだコイツ?
「・・・オメェ、頭沸いてんのか・・・よ・・・」
目の前の”クソガキ”はさらによく分かんねぇことを言い始める。
「ヒロキさん、分かってます?今、スゲェ顔真っ赤。図星って事っすよね?」
とっさに俺は腕で顔を庇ってしまって思わず舌打ちをする。
何だ、俺は今何を言われてる?
顔が赤い?図星?そんな訳ねぇ。
俺はもともと無表情で、感情表現が希薄で、セックスの時も穴を締めるだけのマグロで、喘いだりとか顔を赤くするとかそんな事なんてあったこともなくって・・・
いつになくごちゃごちゃ考えてたら、腕の下から見えるクソガキの体が近づいてくる。
「ヒロキさんって可愛い男 なんすね。オレ、ヒロキさんの顔もっと見たい・・・」
気配で分かる。このクソガキ、俺の腕を掴もうとしてやがる。ヤバイ、カウンターの端だから逃げ場がねぇ・・・
今までに感じたことのない焦りとさっきのコイツの言葉で頭ン中ぐちゃぐちゃになってたら、10年近く聞きなれた野太いオネェの声に俺は助けられた。
「ちょっとヒロキ!そろそろ店閉めたいんだけど?いつまでもイチャイチャしてんじゃないわよ!」
「それとユウ君だっけ?このお店は出会いをする場所で、過度の接触は禁止してんの。初めてだから今回は目をつぶるし、はた目から見てイチャイチャしてるようにしか見えなかったからいいけど、今後気をつけなさいよ?」
そういわれて見渡すと、確かに店内は俺らだけだったし、時計の針はもうすぐ午前4時を指すところだった。
そのままバーのママ、茂美さんに店を追い出される。
冷え切った外の空気で幾分冷静になったのかクソガキが声をかけてきた。
「オレ、ヒロキさんとこのまま別れるのはイヤっす。よかったらID交換しないすか?また話したいす。」
「うるせぇ。オメェとはこれっきりだよ。もう全部話しただろ?」
これ以上面倒なのはごめんだ、そう思って答えたら後ろのオネェがありえねぇ馬鹿力で引っ張ってきて邪魔しやがった。そうだ、茂美さん柔道の有段者だったな・・・
「ちょっとあんた。いい機会だから交換しちゃいなさいよ。今まで店に来て時間を忘れて一人の男と話したことあんの?10年の付き合いだけど今まであんたがこんなに感情を出したのなんて初めてでしょ?いいきっかけじゃない。はい!さっさと交換する!」
「さすがママっす!男も惚れるいいオンナ!」
何だこのクソガキ・・・イライラすること言いやがって・・・
「交換すんならさっさとしろ!言っとくがお前からの連絡は認めねぇからな!?連絡する場合は俺からするし、お前から連絡が来たら即効ブロックしてやる!」
そう吐き捨てて俺は二人の前から離れた。
何故か無性に腹立たしい。
むしゃくしゃしながら歩いていたらビルの隙間から朝日が差し込んでくる。
まぶしい光に目を細めつつおれは気が付いた。
今日は男と寝てねぇ。
いつもこの時間は路地裏の川べりにあるハッテン場で、湿ったドブ川の匂いを嗅いでる時間なのに。
繁華街に差した日の光はコンクリートの歩道を白く染め、早朝の街の空気はキンと澄んで乾いていた。
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