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第2.5話(ユウと茂美の裏話)

「ねぇ茂美さん。最後ヒロキさん、茂美さんに嫉妬して機嫌悪くなってたすよね?」 「いきなりイライラし始めたから、そうともとれるわね。というか、あの子がイライラしてるのなんて初めて見たわ。」 「どうやってあの仏頂面の鉄仮面を引きはがしたのよ?さっきも言った通り、10年ママと客の関係続けてるけどあんな可愛い顔したの初めてよ?」 「そうなんすか?オレは何もしたつもりねぇんすけど・・・あと、一応ゆっときますけど!ヒロキさんのこと、初めて見た時から可愛いと思ってましたから!なんすか仏頂面の鉄仮面って!」 「ちょ、ちょっと怒んないでよ。悪かったわ。でもねぇ初めてウチの店に来た時も、アンタと話し始めた時も変わらず同じ顔だったけどねぇ。どこが可愛いって思ったの?確かに途中のテレ顔は可愛かったけど。」 「そうすね・・・」そう言ってオレは今日の出来事を思い出す。 人生初めてのゲイバーで、すっげぇ緊張して入ったら何か別世界があった。テレビで見たようなオネェさんがいて、見たこともない酒のグラスが所狭しと並んでて、スタッフも客も含めて店内には男しかいない。 「アンタ、ウチは初めて?」ってさっきのオネェさんに声かけられて、茂美さんって名乗られてオレもユウって答えて。そんでもってゲイバー自体が初めてって答えたら何故か店内から歓声が聞こえた。 カウンターは1席しか空いてないからか、奥のボックスって席に通されて少し茂美さんと話をした。 少し前から女以外に男にも興味があることに気付いたこと。ちょうど彼女がいない時期でもあったし、人生経験の一つとしてゲイバーに行くことを決心したこと。 「ふぅんわかったわ。じゃあユウちゃんのことも分かってきたし、良かったらカウンターで他のお客さんとも話さない?」 茂美さんにつられてオレもカウンターをぐるっと見て。 一瞬で目を奪われた。 カウンターの右端に座ってグラスを片手にしたその人は店内で明らかに浮いていた。 切れ長の目、きれいなストレートで少し不揃いな毛先の髪、シュッとした中にも少し丸みのある中性的な顔。 事前に聞いていた、ゲイにもてる男性像とは明らかに違っていて繊細とういう言葉がすごく似合う。 そんな人だった。 オレが若干見とれていると、茂美さんが注意をしてくる。 「一応いっとくわね。アンタが今日ここに男とセックスするために来たのなら何も言わない。ただ、セックスが目的じゃない、恋人とかゲイの友達を作りたいって話ならヒロキとは関わらないこと。今空いてる席はあそこしかないけど、ウチの暗黙の了解ってやつで本来はヒロキとヤリたいって人の専用席なのよ。それで、ヒロキもそれをわかっててあそこにいるの。あの子は今日の寝る相手を探しにウチに来てるから。」 びっくりした。客なのに暗黙の了解?あんなきれいな人がセックスをする?セックスが目的? 何よりびっくりしたのはセックスの相手を探しているはずのその人の表情だった。 何も期待していないと言っているような無機質な感情のない目をしていて、性欲という感情とは無縁に思えた。 その無機質な目が伏せられ、グラスを口に傾けるヒロキさんを見ているとお酒を飲み込むときにヒロキさんの表情が崩れるのがわかった。 眉が寄って少しの皺を刻み、目じりが僅かに下がって小刻みに震えている。 口元はきゅっと引き締まり、飲み込むときのクセなのか、顔を少し上向きにしていた。 コクンッ・・・って音がここまで聞こえたような気がした。 その時の表情はどこか叶わぬものを追い求めて諦めた時のような、どこか覚えのある表情だった。 あぁ、中学の時に告白してくれたあの子に似てるんだ、そう思った。 その子は男の子で、オレも男で、必死に言葉を選びながらオレに思いを伝えてくれた。 当時のオレはまだ自覚がなく、よくわかんないって答えるのが精いっぱいで。 ごめんねって返した時のあの子の顔。その表情にそっくりだった。その子はきっといろいろ考えて、悩んで、それでも気持ちを伝えたくて、一縷の望みをかけて告白してくれたんだ。 ごめんねって言った時にその子の顔がくしゃっと歪んで、必死に涙をこらえてる表情から一途な思いだけはしっかりと伝わってきたから、その時オレは”可愛いな”って思ったんだ。 だから、ヒロキさんのその表情を見た時に”可愛い”って思ったのはやっぱり当然のことで、セックスを、性欲という欲望を求めているには不釣り合いなその表情にオレは興味をそそられた。 ねぇ、ヒロキさん。 貴方は何をあきらめたの? 貴方は何をそんなに求めているの? 貴方は何でそんな悲しい表情をしているの? 気が付いたらオレはヒロキさんの隣に立って、ヒロキさんに話しかけていた。 「こんばんは。オレはユウっていいます。最近男もイケるってわかったばっかりで、こういう店も初めてで、もちろん男も未経験で、男同士の恋愛ってどうやるんすか?ヒロキさんのこととか、教えてくれないすか?」 そう言ったら、ヒロキさんは少し目を見開いてぽかんとした表情をした後、めんどくさそうな顔をしてツンと横を向きながら、 「男同士で恋愛なんてねぇよ。セックスするだけ。期待すんな。」 そういったヒロキさんの表情にはさっきまでの無機質な表情も、さみしそうな感情も見えなかった。 そしてオレはそんなヒロキさんの表情を見て、もう一度”可愛いな”って思ったんだ。 だからオレはそのまま席に腰を掛け、ヒロキさんに言葉を続けた・・・・・・

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