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第3話

「で、オマエはなんでここにいるの?」 ため息が出る。 だってそうだろ?一週間のストレスを発散しつつ性欲も解消する、そんな貴重な週末が先週に引き続き同じクソガキに邪魔されているからだ。 「やだなぁヒロキさん。オレ、また話したいって言ったじゃないすか。約束通り連絡もしませんでしたよ!?オレ、ヒロキさんと話したいのめっちゃ我慢してたんすから。」 確かに連絡は来なかった。 だがそうじゃねぇだろ?連絡すんなってことは、もう話したくねぇってことだよ!分かれよ!空気読めねぇのかこのクソガキは? そんで、何でこいつは俺に懐いてんだ?こういう手合いはさっさとトラウマを植え付けるなり、幻滅させるなりしてやればさっさと追い払えるはずなのに。 だから、今まで誰にも話さなかった、思い出そうともしなかった俺の過去を話したのに。 それなのにこいつは俺の話を聞いて泣きやがった。 俺が自分でも分かってなかった、後悔してるって気持ちに気付きやがった。 そんで極めつけにはお、俺のことを か・・・かわ・・・可愛いとか・・・ あぁ!もういい!こういう奴はもっとキツく言わねぇと分からねぇんだ! 俺はクソガキの胸ぐらをつかんで顔を寄せた。 「オメェが座ってんのはな、今夜俺とセックスする奴が座る席なんだよ。でもな、オメェがいくら座ってても俺はオマエとはセックスしない。オマエの席はここじゃあない。」 はっきりと拒絶してやったのに、クソガキはぽかんとした顔で 「へ?でもこのバーは茂美さんのバーっすよね?ヒロキさんってここの経営者かなんかすか?あ、それともこの席をレンタルしてんすか?」 って言い始めた。 ああぁ!俺が言いたいのはそういうことじゃねぇ!!俺にこれ以上関わんなってことだ!なんでこの単細胞には伝わんねぇんだ!単細胞だからか!?バカって事か!? 頭ン中ごちゃごちゃになりながらクソガキの顔を見る。 なんだコイツ?目線をそらしてこっちの顔を見ようともしねぇ。 ビビってる様子じゃねぇ、店内の薄暗い照明で分かりづれぇが顔が赤くなってる。 オイオイ、なんでこのクソガキ照れてんだ?この俺が優しく脅してやってんのに、余裕たっぷりだなオイ・・・ 頭ン中でブチッって音が聞こえた。 「オメェ、先週の話忘れたとは言わせねぇぞ!これ以上言っても分かんねぇんだったらなぁ、昔の俺のツレみてぇにオマエの好きな女を横取りしてやろうか!?嫌がるオマエのチンコを無理やりしゃぶって、無理やりオマエの童貞を奪ってやってもいいんだぞ!?」 そう叫びながら、胸の奥に違和感を感じているとクソガキはさっきまで泳がせていた視線を俺に向けた。 そして俺の目をまっすぐ見つめながら頭のおかしなことを言い始めた。 「ヒロキさんの話を忘れるわけないじゃないすか。全部覚えてますよ。そんで、オレからも言わせてもらいますけど、彼から彼女のことが好きだってはっきり聞いたんすか?」 だからこの前も話したろ?彼女を気になるって言ってたって・・・ 「オレだったら自分の恋愛を友達に応援されたら嬉しいですし、好きな子を横取りされたら文句いってぶん殴ります!そんで、そんなことをした奴とは今後一切つるんだりしない!」 「・・・・・・」アイツ、応援するって言ったら困るって顔をしてたな・・・ 「彼はヒロキさんとそのまま友達だったんすよね?オレだったら自分の好きな人を奪った奴を憎んで恨みます!でも、多分違うんすよ。想像でしかねぇすけど、ヒロキさんも言ってた一生忘れねぇって彼の顔、憎いとか恨んでるなんて、そんな顔はしてなかったんじゃないすか!?」 そうだ・・・ 一生忘れねぇアイツの顔。 彼女としゃべりながら教室に入った時、アイツはほかのツレと笑ってた。 俺もバカ話で彼女と笑ってて、笑ったままアイツの顔を見て、アイツは彼女と笑っていた俺の顔を見て・・・ 今にも泣き出しそうな、悲しいって顔をしたんだ・・・ 眉をキュッと寄せて、唇を引き結んで、涙をこらえるような・・・ 俺が言葉に詰まっていると、クソガキは勝手に話を続ける。 「ヒロキさん当てちまいますよ?彼は悲しいって顔をしてたんじゃないですか?彼はきっとヒロキさんのことが大好きで、彼女のヒロキさんへの気持ちにもきっと気付いてて、わざわざ失恋のきっかけを自分で作ってしまった、自分の恋を自分で終わらせてしまったと思って悲しかったんすよ!」 「バカなオレにもそれくらいわかります。ヨシキさんに好きだって伝えることはもうできないけれど、それでも一緒にいたくって、せめて友達のままでもそばにいたいって!きっとそんな気持ちだったんすよ!!」 アイツが俺のことを好きだった? 別に彼女のことは好きじゃなかった? アイツはそれでも俺のそばにいてくれた? そうじゃねぇか、俺が音楽に、ボーカルってパートにはまったのはどうしてだった? 音楽には感情が乗る、声には心が宿る。 昔っから感情表現が苦手な俺はそんなところに、素直に感情が表現できる音楽ってものに魅かれたんじゃねぇのか? アイツの演奏は、アイツの歌はどんなだった? 俺の心をビリビリと震わせたじゃねぇか? この俺が、アイツの演奏をセックスだって表現しちまうほど俺の頭を蕩けさせたんじゃなかったのか? 確かにあの時の演奏に、音に、声に心を乗せてアイツは叫んでた。 「俺のことが好きだ!大好きだ!」って。 俺の体の深い所からワケの分かんねぇ感情がせりあがってくる。 まるで洪水だ、決壊したダムだ、濁流のように全身を駆け巡ったその感情は俺の心臓を、頭を埋め尽くす。 目頭がカッと熱くなる。 集まってきた濁流はその勢いを止めることなくそのまま流れ出した。 「ヒロキさん・・・何泣いちゃってんすか。男は泣かないんじゃなかったんすか。」 そういったコイツの胸ぐらをつかんだ俺の両手はブルブルと震え、俺はコイツの肩に頭を預けながらしばらくの間泣き続けた。 そうか、俺は今、失恋したんだ・・・

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