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第7話

「おはよう、ミネット」 「……おはよう、スーナ」 「昨日はちゃんとナカでイケて、えらかったね」  惨めさと恥ずかしさにミネットはスーナから顔をそむけた。 「お客さんは、その日限りの恋人だと思って。そうしたら、少しは大事に抱いてもらえるさ」  頭を優しく撫でられながらそう諭されるとミネットもおとなしく「うん」と言わざるを得ない。  朝はスーナに倣ってコーヒーを飲む。ふたりでコーヒーを飲みながら雑音交じりのラジオを聴く。 「そういえば隣町の広場にサーカスが来ているらしいよ。今日は仕事がないから、行ってみようか」 「サーカス……行く!」  スーナに手を引かれてやってきた広場には大きな黄色のテントが張られていた。  棒付きのキャンディを貰い、それを舐めながら綱渡りや空中ブランコを観る。ミネットが素敵だと思ったのはサーカス犬の出し物だった。  小さくて可愛い犬たちが輪をくぐったり、きちんと整列したり、なかでも白に黒の斑模様の入ったサーカス犬のパピヨンはすごかった。並んだ柱の上をぴょこぴょこと渡る。その姿がかわいくて、あのパピヨンを飼いたいとスーナにねだったが「飼えないよ」とだけ言われた。  でもそのパピヨンが綱渡りをしたとき、パピヨンは綱から落ちた。でも何事もなくサーカスは進行してミネットらは最後までサーカスを見て客席を立つ。 帰り道テントの裏をスーナと歩いていると先ほど失敗した黒斑のパピヨンが鞭打たれているのを見た。キャンキャンと小さく鳴くパピヨンにミネットは『自分ならそんなひどいことはしないのに』と思い駆け寄ろうとしたが、ミネットの手を握ったスーナに阻まれその場をあとにした。 「次は映画をみよう」 「映画?」 「そう、映画」  スーナが大好きだという古い映画だった。醜い男が美しく心優しい娘に恋焦がれて命をとして守り、最後はその娘の幸せを祝福する話だった。ミネットにはその気持ちは分からなかったが、こっそりスーナの顔を覗き見ると、スーナは真っ直ぐにスクリーンを見つめながら泣いている。  映画のあとはご飯を食べて家に帰った。その日は夜を迎えてもスーナは優しいままだった。  その翌朝、ザァザァと響くシャワーの音でミネットは目が覚めた。  横で寝ていたはずのスーナがいない。ただ水の流れる音しかしないシャワー室に気味の悪さを感じる。  そろそろとシャワー室に向かえば腕から真っ赤な血を流しながら青白くなったスーナがシャワーの水に打たれながら倒れていた。 「スーナ!」  ミネットが慌ててシャワーの水を止めてスーナを抱き起す。スーナの体は冷たくなっていた。 「お前が嫌いだったよ。きれいで、素直で、優しいお前が。ああ、嫉妬だったのかなあ」  ミネットの腕のなかでスーナは声を絞り出すようにそう呟く。 「お前って、言わないでよスーナ。ミネットって呼んでよ。スーナがつけてくれたんじゃないか」 「お前はバカだからさ、やっぱりこの仕事しかできないだろうけど……お前はお前だけのものだから、他人に自分を委ねたらいけない。他人に自分を委ねたら、俺みたいになっちまう」  そう言ってスーナは死んだ。娼夫の仲間が簡単な葬儀をしてしまうとミネットはまたひとりぼっちになった。  それからミネットは寂しさを紛らわすように仕事をした。それにスーナの言う通り仕事をしないと生きていけないからだ。  それでも寂しくなるとスーナと出会ったごみ捨て場へ足を運ぶ。  スーナのことを酷い人だと思うこともあったが、結局のところ生きるすべを教えてくれていたのだろう。  ミネットはごみ捨て場でぼんやりとスーナの言葉を思い返していたときだった。変な音が聞こえる。  音の鳴る方へ歩いていくと、小さな男の子が倒れていた。  色が白く、黒い髪は昔スーナが気まぐれで連れていってくれたサーカスに出てきた柱渡りと綱渡りをするパピヨンに似ている気がする。  ヒュウヒュウと苦しそうに聞いたこともない呼吸を繰り返す男の子はそこに置いておけば勝手に死んでいくだろう。あの時のパピヨンはどうなったのだろうか。あのまま殺されてしまったのだろうか。  たまらずミネットは倒れている男の子に駆け寄り、大丈夫と繰り返して最近エンドムーン街の浮浪児たちの噂になっているトラップの病院へ運び込んだ。  男の子は喘息の発作を起こしていたらしい。男の子が回復するとミネットはその男の子を自分の家に引き取った。  男の子はジュンと名乗り、ミネットをお兄ちゃんと慕いいつも笑顔をミネットに向けている。  ミネットはジュンを愛していた。  どんなに仕事で疲れ果てても朝になればジュンの笑顔で起きることができる。  ジュンがいれば朝がやってくるのだ。

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