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探偵と刑事と墜落・二△

 もしかしたら、ベルジュラックと。そう思って怯えていた。しかしまさか、この男となんて。  ウィルクスはがくがく震えながら手洗いから出た。ラルフがびっくりした顔をしている。 「どうした、ミスター・ウィルクス? 吐いたのか?」  ウィルクスは答えなかった。椅子に座りこみ、熱い息を吐く。ラルフが拳銃を構えたまま寄ってきた。そして、座りこむ彼を見て「あ」と言った。 「あんた、タイをしたままなんだね。苦しいだろ」  そう言って、ウィルクスのタイの結び目に片手をやった。刑事は視線を上向ける。欲情の熱に潤んだ目がラルフを見つめた。たっぷり数秒は見つめあった。男はかすかに口の端で笑った。 「あんた、わかりやすいな。兄さん」  ラルフのごつごつした指がウィルクスの頬骨を撫でた。胸を上下させ、上擦った呼吸をして、ウィルクスは男を見上げる。訴えるように見つめると、涙が目じりから一筋流れて落ちた。 「つまみ食いについては、なにも言われてないんだ」  男は気楽に言って、ウィルクスの顎を掴んだ。ウィルクスはびくっとしたが、瞳の中を覗きこまれただけで頭の中が真っ白になった。淫乱なくせに経験に乏しく、彼は男のその目の強さに、抗うすべを剥ぎとられていた。 「サービスで、楽にしてやろうか?」  ラルフはそう言ったが、拳銃で狙いをつけたままだった。片手で無遠慮に、スーツのパンツの上からウィルクスの股間を触る。その瞬間、彼は陥落した。椅子に座ったまま脚を開いて、飢えた目で男を見上げる。 「おれは両利きなんだ。こういうときには、それも便利だね」  そう言って、ラルフは左手でウィルクスのものを掴んだ。手の中で、それは信じられないほど硬くなっている。彼はウィルクスの目を見つめたままささやいた。 「自分で脱ぎな。できるね?」  ウィルクスはのろのろとベルトに手を掛けた。手が震えて、なかなか外せない。ラルフは黙って待っている。その影が黒くウィルクスの上にのしかかっていた。  ベルトが外せると、ウィルクスは涙が溜まった目のまま、がくがく震えながらスーツのパンツを足首まで下ろした。ボクサーパンツは中心が張って、無残に盛りあがっている。自分ではわかっていなかったが、我慢を重ねてきたせいで、中心は先走りでシミができていた。それを目にした途端、ウィルクスは首筋まで真っ赤になった。泣きだしたかったのに涙が出てこない。ウエストのゴムをつかんで、下着を膝まで下ろす。  身をもたげた分身は痛々しいほどそそり勃っていた。硬く凝固し、先走りを漏らしている。ラルフはまじまじと見た。 「いいんだね?」と言った。  優しくしないでくれとウィルクスは思った。首が痛くなる角度でぎこちなくうなずく。ラルフは笑わなかった。黙って片手をウィルクスの牡に絡みつかせる。 「ひ」という声が彼の口から出る。直接性器に触れられて、激しい快感に貫かれた。息ができなくなるほど興奮する。ラルフは手を上下に動かせた。あたたかく、肉厚の手のひらが性器に吸いつき、上下に扱いている。 「うあ、あ……っ」  ウィルクスの口からすすり泣きのような声が漏れる。足の指が反って、目の奥がちかちかする。睾丸が熱く燃え、切なく、激しく疼く。頭の中が真っ白になり、性に堕ちた。  ハイドとすれちがい、彼が怪我をして、繋がれなかった肉体が激しく性の快楽を求めていた。満たされたいと思うよりもなお激しく、狂ったように犯されることを切望していた。  熱い息が漏れる。ウィルクスは膝頭を震わせ、足の指を靴の中で突っ張りながら、だらだら涙を流した。男の親指の腹が、ぐっと裏筋を押しあげる。 「ひ、ひっ」  体を痙攣させ、ウィルクスは背をのけぞらせた。熱い手が律動するのに任せて身をよじる。男の手は彼を包みこみ、絶妙なタイミングで圧迫し、締めつけ、上下に扱いていた。頭からだらだら涎れを垂らし、ウィルクスはさらに脚を開く。  突然唇を塞がれて、目の前が真っ白になった。ラルフの唾液は煙草の味がした。手が着実に追いあげる、ある種の冷静さを帯びたものであるのに対し、キスは激しく強引だった。ウィルクスは息ができなくなる。それなのに、振り払うということは思いつかない。ラルフは片手で拳銃を握り、片手でウィルクスを責めているので、振り払うことなどたやすいのに。  ウィルクスはラルフのペースに支配されてキスを繰り返した。ねじ伏せられるように舌を絡められ、口の中を蹂躙されて、朦朧となる。血液はすべて下腹部に送られ、ウィルクスは今や性に嬲られる、ずた袋でできた人形のようなものだった。荒々しくキスをされ、的確に責められて、お漏らしをするように射精していた。  椅子の上にくずおれて、呆然とする。しばらくはなにも考えられなかった。ただ肩を上下させ、激しい脱力感と虚無感に襲われていた。  気がつくと、ラルフは部屋にいなかった。  ウィルクスは涎れを垂らし、汗だくになったまま、ふと自分の下半身を見下ろした。上は鎧のようにスーツを着込んだままなのに、下は剥きだしだ。茂みは汗で湿っている。性器は今は萎えているが、白い汚れがこびりついていた。椅子の座面に精液が散っていた。  気がつけば、ウィルクスは号泣していた。子どものように泣き、泣きやもうと努力する気すら起こらなかった。それでも、三分経つまでには泣きやもうとしていた。胸を波打たせて嗚咽を噛み殺し、シド、シドと夫の名前を呼んだ。激しい鬱と罪悪感に襲われ、死にたくなる。また裏切ったと思った。それでも今いちばん、狂ったように会いたい相手はハイドだった。  ウィルクスは嗚咽を殺し、椅子の上でしばらく固まっていた。  扉が開き、ラルフが顔を覗かせる。疲れた顔をしていた。相変わらず拳銃を持っていたが、ウィルクスを見て、手に持ったティッシュの箱を差しだした。 「拭きなよ。それから、服を着て」  ウィルクスは言われたとおりにした。性器を拭き、紙を床に捨てて、下着を履きズボンを上げる。ベルトをする気力はなかった。とても惨めだった。 「もう六時半だ」ラルフは言った。「食事をしなよ、ミスター・ウィルクス」 「食べたくない……」  震える声でつぶやくウィルクスに、ラルフは困った顔をする。 「食べなって。変なものは入ってないから」それから、思いついたように言った。 「全部食べたら、ご褒美に連絡をとらせてやるよ」  ウィルクスの表情に、かすかに生気が兆した。 ○ 「具合はどうだ、ミスター・ハイド」  病室を訪れたストライカー警部は、珍しく機嫌がよさそうだったが、それは別段サー・ジャックの事件で新しい発見があったからではない。年老いた飼い猫が今朝は元気そうだったのだ。 「最悪ですよ」  ハイドはベッドに起きあがったままつぶやいた。 「ベルジュラックに動きはない。職場に行って、下宿に戻っている」  警部の言葉に、ハイドは片眉を上げた。「驚いたか?」と警部はにやりとする。 「あんたが彼のことを気にしていたからな。尾行をつけてる。おれたちだってやるときはやるんだよ」 「エドを見つけてから言ってください」  ハイドの言葉に、ストライカーは細い眉を吊り上げた。 「なんだって?」 「エドがいなくなった」ハイドの顔は死体のようだった。 「電話に出ない。眠っているのかと思っていたが、さっき彼の上官から電話がありました。七時に登庁の予定なのに、姿を見せないそうです。今、刑事たちがぼくたちの家に向かっている」  次から次へと、とストライカーはつぶやいた。 「もし彼になにかあったら、ぼくはどうなるんでしょうね?」   まるで他人事のような口調で、ハイドはつぶやいた。

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