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36.探偵と刑事と罪△
ウィルクスが夫であるハイドの病室を訪れたのは、午後二時近くになってからだった。ヤードでの取り調べはいったん終わり、同僚のハーパー刑事に付き添われてやってきた。ウィルクスはわずかな時間帰宅したが、服装は誘拐されたときに着ていたスーツのままだ。タイはパンツのポケットにつっこまれて、だらしなく外に垂れていた。
病室に入っても、ウィルクスは夫の顔を見られなかった。ひたすらうつむき、床を見ている。ハーパーは彼の背中をそっと押すと、ベッドの中に起きあがっているハイドに言った。
「ハイドさん、ウィルクスは無事でした。お連れしましたよ。……ウィルクス、ハイドさん、心配してたぞ。顔見せてあげろよ」
いたわっているつもりだろうが、ハーパーのその能天気な物言いにウィルクスは殺意すら覚えた。そしてそんなことを思った自分を苦しくなるまで恥じた。指先が冷え、顔が真っ青で、脇に汗がにじむ。
でも、いつまでも床を見ていたら怪しまれる。おそるおそる顔を上げると、ハイドと目が合った。
その目にはなんの感情も浮かんでいない。ただ、狼のようにウィルクスのことを凝視していた。
背中を冷たい汗が流れ落ちた。ウィルクスは無意識に笑顔をつくっていた。
「シ……シド、戻りました。心配かけてすみません」
ハイドは身じろぎもせず、ウィルクスを見ていた。ハイドの開いた口から出た言葉はいつもと同じで落ち着いて、穏やかと言ってよかった。
「大丈夫か、エド。ひどいことをされなかったか?」
「は……はい」
全身が震えはじめるのを抑えようと、ウィルクスは体に力を入れる。悪寒がして、とても寒かった。自分とラルフ、そしてベルジュラックがしたことを思いだし、記憶に嬲られる。重い罪悪感と恥ずかしさと、自分自身に対する嫌悪感。頬を思い切り叩いた。
ハーパーが驚いた顔でウィルクスを振り返る。ハイドの顔色は変らなかった。
「エド、どうしてそんな遠いところにいるんだ?」ハイドは手招きした。「こっちにおいで」
ウィルクスは逃げだしたくなった。怖かった。傍目にもわかるほど震えながら、幽霊のようにハイドのそばに歩み寄る。ハイドはそっとウィルクスの手をつかんだ。ウィルクスの体がびくっと跳ねる。年上の夫は青ざめた顔で彼を見上げ、笑みを見せず、「無事ならよかった」と言った。
ウィルクスはこくりとうなずく。一度ハイドと目が合うと、逸らすことはできなかった。目が乾き、痛むほどハイドの目を見つめる。ハイドも目を逸らさない。
しかし、ウィルクスの手を握っていた手を離して、ハーパーに言った。
「ハーパーさん、ありがとうございました。二人きりにしてください」
ハーパーはうなずき、静かに部屋から出た。扉が閉まった。
沈黙が落ちた。
「エド」
ハイドの呼びかけに、ウィルクスは鳥肌が立った。その声は深い虚無の淵から聞こえてきたかのように、虚ろで厳しかった。ハイドは彼の手を握った。もの凄い力だった。
「エド。ベルジュラックとなにがあった?」
ウィルクスは顔を伏せ、黙っている。全身が震えた。ハイドは突き刺すような語調で言った。
「答えるんだ」
「な……な、なにも……」
「なかったと? 嘘をつくな」ハイドは身を乗りだし、ウィルクスの手を握る手に力を込めた。
「きみの態度が証明している。我慢できるはずがない。わかっていたよ」
ウィルクスの耳がかっと赤くなる。信用されていなかった。それがわかって胸に刺すような痛みが走った。同時に、自嘲する。シドは正しい。おれは我慢ができなかった。なんて最低で、浅ましい、もう……。
「おれ、もう、死ぬしかない」
ウィルクスは目を逸らしたままつぶやいた。ハイドは微動だにしなかった。
「死ぬ? いや、きみは死なない。死なせないよ。なにがあったか、言うんだ」
つかまれた手が痛かった。ウィルクスは身じろぎした。頬に熱いものを感じる。それは自分の目から流れた大粒の涙だった。
「お、おれ、ごめんなさい……」
しゃべるたび、涙があとからあとから溢れだした。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、し、し、して、してしまいました……」
「なにをしたんだ?」
ウィルクスは顔を背けたまま黙る。ハイドは厳しく命令した。
「言うんだ」
ぶるっと震え、ウィルクスは口を開いた。ハイドのことが恐ろしすぎて、そして自分の罪の重荷に、言わずにはいられなかった。ウィルクスは泣きながら白状した。
「ベ、ベルジュラックと、し、して、しまいました、入れられました」
「レイプされたのか?」
「い、い、いいえ。お、おれが、じ、自分から……!」
ハイドが手を握る。ウィルクスはあまりの痛みに、上体をびくんと反らせた。
「自分がなにをしたかわかっているのか、エド。答えるんだ。わかっているのか?」
「わ、わかっています、ご、ごめんなさ……ごめんなさい……っ!」
「いいや。許さないよ」
ハイドはきつくウィルクスの腕を引いた。バランスを崩して倒れかかってきた彼の頭をつかみ、毛布を跳ねのけ、自分の脚のあいだに顔を持っていく。
「するんだ」
ウィルクスはぼろぼろ泣きながらハイドを見上げた。その焦げ茶色の目には、苦痛と恐怖と懇願が絡みあって溢れ出ていた。彼は過呼吸になったかのように胸を波打たせ、口を開けっ放しにして荒い息をついた。
ハイドの手がウィルクスの頭を押さえつける。ウィルクスは震えて、パジャマに包まれたハイドの脚のあいだに顔を埋めた。
「シ……シド、だめ、できない……っ」
「するんだ」
「ハ、ハーパーが、そ、外に……!」
「だからなんだ? するんだ、エド。しろ」
すくみあがり、ウィルクスはもうハイドの顔を見ることができなかった。優しい夫の声は裁きを告げる非情な声に変わっていた。そこには救いというものがなかった。でも、しかたない。ウィルクスはがくがく震えながら胸の中で叫んだ。おれはそれだけのことをしてしまったんだ。
ハイドに頭を押しつけられ、ウィルクスは泣きながら夫のパジャマのパンツを下ろした。下着をずらすと、萎えた分身がぽろりとこぼれ出てくる。独特のにおいが、この日はさらに濃く鼻をついた。けがのため、風呂に入るのを控えていたからだ。
夫の男根を見て、ウィルクスは戻しそうになった。数時間前に見たベルジュラックの性器を思いだすからだ。あのときの光景と、体を深く貫く怒張の感触を思いだし、ショックでぐちゃぐちゃになる。
そして同時に、興奮していた。
おれは救いようのない屑だと思った。しゃくりあげながら夫のペニスを口に入れる。
やはり、においと味が濃い。口に入れたのはいいが、いつものように口淫ができなくて、咥えたまま固まる。口の中のものは反応しない。ハイドの手が頭をつかんだ。
「ちゃんとするんだ」
低い声で命じられ、ウィルクスは頭が真っ白のまま、咥えたものに舌を這わせた。肉の棒はぐったりしているが、ウィルクスの口の中の熱と、必死でねぶる舌に次第に力を逞しくしていった。硬く勃起し、ウィルクスを罰するように口の中を刺し貫く。
ハイドはウィルクスの頭をつかみ、前後に動かした。
「んぶっ!」
ウィルクスは目を白黒させ、むせる。鼻から鼻水とカウパーが逆流し、口の端からだらだら涎れが垂れた。もがき、ハイドの腰にしがみつく。彼は容赦しない。ウィルクスの頭をつかみ、そそり勃つ怒張で口の中を擦り、喉に向かって突き上げた。
「おえ、うぇえっ……!」
あまりの苦しさに吐きそうになりながら、ウィルクスは悶える。ハイドの腰をぎゅっとつかみ、ぼろぼろ泣いた。
それなのに、ウィルクスの脚のあいだは張り裂けんばかりに昂ぶっていた。腰を振り、ベッドの鉄枠に股間を擦りつける。
その姿をハイドは凍った目で見ていた。彼はウィルクスの頭をつかみ、欲望をぶつけた。舌を圧迫し、深く、喉に亀頭を咥えさせる。
「歯を立てるんじゃない。口を開けるんだ」
命令され、ウィルクスは顎が外れそうなほど口を開く。唾液がだらだら垂れる。ハイドの怒張は容赦なく喉まで突き刺し、拳のように硬くなり、肥え太って先走りを漏らしていた。ウィルクスはもがき、同時にベッドの鉄枠に昂ぶった自分を押しつけ、追い上げるように自慰を深めた。
「きみはどうしようもない人間だ」ハイドが荒い息をつき、欲望をぶつけながら押し殺した声で言った。
「どうしようもない淫乱だ。恥ずかしくないのか?」
恥ずかしいです、とウィルクスは胸の中で叫んだ。目を閉じてぼろぼろ泣き、口いっぱいに怒張を頬張ってしゃぶりながら腰を動かす。救いようがないほど発情していた。鉄枠と擦れ、性器は勃起し、下着の中はどろどろに濡れていた。
ハイドに頭を前後させられ、鼻からはとめどなく鼻水とカウパーが漏れ出てくる。しゃくりあげながら喉を締め、スーツのパンツの中で射精していた。
同時に、ハイドもウィルクスの口の中で出した。溜まっていたため、ねっとりと濃く、熱かった。喉の奥に注ぎこまれて息ができず、ウィルクスは少し戻した。吐いたものを口の中でなんとか飲みこむ。ハイドが手を離し、口から力を失いかけたペニスがずるりと出ていった。
全身から力が抜け、ウィルクスは床にくずおれた。心臓がどくどくと激しく脈打ち、脱力して床に座りこんでいた。
ふいに頭上から声が聞こえた。
「すまない、エド……」
ハイドの声だった。ウィルクスは朦朧とした目で彼がいるほうを見上げる。その顔を見て、打ちのめされた。
ハイドは泣いていた。
泣きじゃくっているわけではなかったが、涙が一筋頬に垂れていた。もう片目からも涙が落ちた。
「すまない、エド」
「どうして……」ウィルクスは呆然と夫を見上げてつぶやいた。
「どうして、謝るんですか? わ、悪いのは、お、おれなのに……」
「きみを助けられなかった」
心臓が鷲掴みされたように、音を立てて縮んだ。ウィルクスの涙は止まり、顔は土気色に青ざめた。
「あ、謝らないで、シド。悪いのはおれなんです。お、おれが……っ」
「すまない、エド。きみがいちばん苦しいんだよな」
そのときウィルクスは、自分がいちばん悪くあれないことの苦しみを知った。全身を罪悪感と後悔で責め抜かれながら、よろよろと体を起こす。ハイドと目線があうと、彼はウィルクスを抱きしめた。
「もう帰るんじゃない」
ハイドはウィルクスの体をきつく抱き、彼の腹に顔を埋めて、震える声で言った。
「行くな、エド。離れないでくれ。ぼくが目を離したら、きみは死のうとしたり、自分を傷つけたりするだろう。だから、帰らずにここにいるんだ」
おれがあなたから逃げるために、その目から逃れようと考えるとは思わないんだな。ウィルクスは弱々しい力でハイドの体に腕を回した。うわごとのようにつぶやいた。
「わかりました。どこにも行きません。離さないで」
きみこそぼくを離さないでくれ、とハイドは言った。
声は泣いていた。
ハイドの首筋に顔を埋めて、ウィルクスは脱力していた。
口の中は性器と精液の味でいっぱいだった。
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