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37.探偵と刑事と執着・一

 ウィルクスは夫と相談して、心を決めた。  ウィルクスは自分が誘拐されたこと、そのいきさつやラルフの外見を、同僚の刑事たちに尋ねられるままに聞かせたが、ラルフとしたこと、そしてベルジュラックのことは言わなかった。  怖かったのだ。自分がしたことを語るのが。  恥ずかしかったし、屈辱的だった。それにウィルクスは罪悪感ではちきれそうだった。ハイドの病室で彼に責められ、口淫をしてからあと、病室の外に刑事が誰もないことを確認してから、ウィルクスはハイドにすべて告白した。  いったい誘拐されてからなにがあったのか。ラルフとなにがあり、ベルジュラックともなにがあったのか。  ウィルクスは蒼白のまま、ぽつりぽつりとハイドに語ったが、泣くことはなかった。ハイドの無表情な顔を見ていると泣けなかった。語り終えると、夫は彼を見て、「ちゃんと治療すべきだよ」と言った。 「依存症は脳の病気なんだ。意志でやめられるものではない。きみは淫乱だが、それが今は病的になっている。もう一度、ちゃんと精神科に行こう。場合によっては仕事を休んで、施設に入って治療したり、セルフ・ヘルプグループに参加したほうがいいかもしれない」 「でも、おれ……」  ウィルクスはぼそぼそとつぶやいた。ハイドの目から目を逸らし、目じりに涙がにじむ。 「おれが悪いんです。ちゃんとできないから。屑だから」 「きみは悪くないよ。言っただろう? 病気だって」 「してると、幸せなんです。だからすぐしたくなってしまう。だ、誰とでも……。我慢できなくなってしまうんです。現実を見るのが怖い。だからそうなると、しちゃうんです、すぐに」 「病気なんだよ、エド」ハイドは彼の目を見て手を握った。「自分の力が足りないから、甘えているから、しっかりしていないから、そうなってしまうわけじゃないんだ。いっしょに治療しよう。ぼくもできるだけ、きみの力になるから」 「ごめんなさい……」ウィルクスはハイドの手に額を擦りつけて泣いた。 「捨てないで、シド」 「捨てないよ」  ハイドの手が彼の頭を撫でる。ウィルクスが顔を押しつけているほうの手は生ぬるい涙でぐっしょり濡れていた。 「きみがいなくなれば、ぼくはどうなるかわからない。大丈夫だよ、エド。悪いのはそれにつけこんだベルジュラックだ」 「彼のこと、まだ刑事たちに言えていないんです。彼があの廃屋にいたことも言えなかったし、あのとき、なにがあったか」  顔を上げ、真っ赤な目で見つめてくるウィルクスの手を握り、ハイドは励ますように手の甲を撫でた。 「言わないほうがいい。きみがしたことを話さなくてはならなくなる」 「でも、ベルジュラックはおれが誘拐された件に噛んでる。ストライカーから聞きました。ベルジュラックは空港で行方不明になったって。刑事たちは彼を追っている。おれのところに現れたことも突きとめるかもしれない」 「もし突きとめたら、そのとき話せばいい」  そこでハイドは口をつぐんだが、ややあって、静かな目でウィルクスを見て言った。 「きみはラルフに写真を撮られたと言ったね?」  ウィルクスの顔が青ざめる。胸がむかついて、吐きそうだった。うなずくと、ハイドは言った。 「ベルジュラックは、写真の件は任せろと言ったんだろう? 彼が写真を自由にできるかぎり、出過ぎた真似はしないほうがいい」 「でも、もしベルジュラックがサー・ジャックの件にも関わっていたら、おれが黙っていることで、罪が見逃されるんじゃ……」  ハイドはウィルクスの体をぎゅっと抱きしめた。つかのま、ウィルクスの体から力が抜ける。彼は夫の腕に身を任せた。 「エド」ハイドはささやいた。 「今はいいんだよ。きみが悪を逃さないようにと頑張っている姿は、立派だよ。警官として正しい。だが、今は抵抗しないほうがいい。ベルジュラックの出方を待つんだ。もしことが明るみに出たら、きみは警察にはいられなくなる。耐えるんだ」  ウィルクスの目から涙が一筋流れた。抱きしめられて、いいんだよと言われて、汚れた肉体が透きとおったような心地になった。  二人は嘘をつくことに決めた。ベルジュラックがあの場所に現れたことは、今の段階では話さない。もちろん、ウィルクスとのあいだで起こったことも。  抱きしめていた体を離すと、ハイドは笑いかけた。深く疲れてはいたが、優しい微笑だった。 「さあエド、シャワーをして、髭を剃っておいで。看護師さんが、バスルームを使ってもいいって。服はぼくの着替えを貸すよ。それで、また男前になって戻っておいで」  はい、とウィルクスは答えた。唇に微笑が浮かび、ちぎれんばかりに尻尾を振っていた。ハイドに撫でられ、頭を擦りつける。茶色い短髪は汗や埃でべたついていたが、ハイドは丁寧に指で梳いた。ウィルクスは体を起こした。膝の関節が乾いた音を立てる。目を合わせて、「シャワーしてきます」と言った。  場所は病室で、お互いぼろぼろなのに、日常が戻ってきたみたいだ。ウィルクスはそう感じた。 ○  広いバスタブと、介助用の器具があるバスルームの中で、ウィルクスはゆっくりシャワーを浴びた。彼は体を念入りに洗った。体のどこにも、自分の精液もベルジュラックの精液も残っていなかった。性器を洗い、後孔も念入りに洗う。指に泡立てた石鹸をつけて、中に指を入れて、自分を罰するように洗浄した。  洗っているだけというつもりでも、中に入れると反応してしまう。ウィルクスは急いで指を引き抜いた。おれは屑だと自分を蔑んだ。脚のあいだに冷たい水を掛け、頭からも浴びて、すぐに浴室から出る。  髭を剃り、ハイドに借りたシャツを羽織って、その上から黒のパーカーを羽織る。体が冷えていた。夫の病室に戻ると、彼は眠っていた。

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