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探偵と刑事と飢えた男・二△

 最初は、もしかして本当に、ただいっしょに入るだけかもしれないとウィルクスは思った。  膝を立てて二人が座ると、バスタブの中はいっぱいでほとんど身動きできない。二人とも長身で、そのうえハイドは体格もいい。この家の浴室は昔ながらのイギリス式で、白い猫脚のバスタブが浴室の片隅に置かれ、そこにシャワーや蛇口がついているものの、床には中国にあるような竹のカーペットが敷かれている。部屋の隅には籐椅子やカウチが置かれていて、シャワーだけですませるタイプとは違い、バスルーム自体を濡らすようにはなっていない。つまり、体を洗うのもシャワーをするのもバスタブの中だけですませないといけない。  厚みのある大きな手が泡をすくって、ウィルクスの胸に手のひらを擦りつける。ボディソープでぬるつく手は熱く、自在に動いて、刑事は身をすくめる。薄い胸板を撫でられ、指先が乳首に擦れる。それだけで、脚のあいだでぼこぼこと泡が立つ。沸騰しはじめた水が底から気泡をわかせるように、欲情がこみあげる。ウィルクスは唇を噛んで、ハイドにも同じことをしようとする。彼の胸は厚くて、小さな乳首に触れてもあまり反応しない。それがウィルクスには悔しく、恥ずかしかった。  ハイドの手が首筋を這い、肩に触れ、脇腹を撫でて、腰まですべりおりる。手は燃えるように熱く、泡が膜を張った指先はなめらかだ。かすかに触れられるだけで、ウィルクスの皮膚には湿疹の斑点が浮かびあがるように、快感の斑点が浮かびあがる。それはじわじわと、素早く、毒素がまわるように全身にまわる。ハイドの胸に手を押し当てて、ウィルクスは下に視線を向ける。石鹸で濁った湯で腰から下は見えないが、縦に長い、清潔な臍は見えた。その隣のほくろが彼は好きだった。  いつのまにかキスをしていた。顔を近づけ、ハイドが恋人の上唇にかかった湯を舐める。唇を重ねて、ハイドの舌は相手の口の奥のほうに入りこんだ。穴の中に縮こまっている獲物を引きずり出すように、舌を絡める。  ウィルクスは怖かった。喉の奥が熱くなり、夢中で舌を擦りあわせていると、快感と興奮で顎の骨が緩み、外れそうな感覚に襲われる。貪りついてくるハイドの舌は柔らかく、よく動いて、ウィルクスは我を忘れて恋人に吸いつく。唾液がわいてきて、下半身がぬくもっていることもあり、頭が朦朧としてくる。興奮のあまり、淫らな欲望に突き動かされて、二人はわざと卑猥な音を立ててキスを繰り返した。互いの口の中をまさぐると唾液が顎に垂れてくる。脚のあいだに痛みを覚え、ウィルクスは両方の膝頭を閉じるように縮めた。  前をわざと避けて、ハイドの手がウィルクスの後ろに伸びる。腰を抱き寄せると、青年は小さく身震いした。彼は息苦しいのにキスを止められず、年上の男の胸にもたれかかった。広い背中に腕を回して、急にとてもほっとした。痛いほどの欲情が込みあげる。  ハイドの人差し指と中指が尻の割れ目のすぐ上、骨の形を調べるようにそこをなぞった。ウィルクスは恋人の胸に抱きついて、肩口に顔を寄せた。ぎゅっと抱きしめると、ハイドも同じように片手で抱きしめ返す。そして、利き手の指二本を尻の奥の唇にそっともぐりこませた。  そときの感覚を予測してはいたが、ウィルクスの肉体に走った衝撃は思い出よりも激しかった。体格に見合う長い指が中にもぐりこみ、ゴムのような筒に吸いつかれながら屈せず手前を擦りあげる。ウィルクスはびくっと跳ね、ハイドに体をあずけて尻を突き出すような格好になる。年下の恋人の性感のポイントがどこにあるのか、ハイドはほとんど正確に把握していた。まず手前。それから前立腺を押しあげて、ずっと深く、奥だ。「開発された」という言い方は下世話だが、ウィルクスはそう言うしかない段階に到達していた。 「きみも、慣れたな」  直腸の手前の部分を、段階を踏んでそうするように擦りあげながらハイドがささやいた。彼の顔も上気して、薄青い瞳は据わりかけている。恋人は欲情が自分の許容量を上回ると、目が据わる癖がある。ウィルクスはそれを知っていて、うれしかった。ほとんどくずおれるようにハイドに体をあずけ、責めを受け入れる。低い声のささやきを否定できず、湯気と共に頭の中が蒸発しそうになった。  ウィルクスはハイドとこんな関係になるまでは、他人と性交渉をもったことがなかった。かつて、女の恋人と愛撫を交わすことはあったが、そこまでだった。まして相手が男となると、キスをしたことも、手を繋いだことさえなかった。ウィルクスは自分がバイセクシャルであることを、誰にも打ち明けてこなかった。重い鉄の枷のように腹の底に抱いて、男相手に思わせぶりな目をしたことすらなかった。  ウィルクスの美貌に惹かれる男はいたし、彼もそれに気がつくことはあったが、本当に好きな相手でなければと思ってきた。そんなウィルクスの人生観に気がつく者は、これまで誰もいなかった。せいぜい男に興味がない、あるいは過度に奥手だと思うばかりだった。  指が奥に入ってくる。いちばん好きで、いちばん狂う部分で、ウィルクスは反射的に体に力を込める。すぐさまハイドの片手が彼の頭を撫でる。耳に触れ、軽く引っぱって、「力を抜いて」とささやいた。  硬くなった場所を擦りあげられ、快感が波のように打ち寄せる。背骨がしなるほど体を反らせて、ウィルクスはハイドに抱きついたまま目を細める。バスタブの底を足でつっぱって、親指が痛くなる。湯がぴしゃぴしゃと音を立てる。中指と人差し指を中でぐっと曲げられて、指先が突き刺さった。 「あっ」  声が漏れ、水面にさざ波がたつ。ハイドはその場所を押しあげ、柔らかな襞を荒らすように指を突き刺し、容赦なくぐりぐりと押しつけた。ウィルクスの目の奥で小さな火花が散る。 「んっ、んっ」  歯を食いしばってウィルクスが喉を鳴らすと、ハイドの手が彼の頭を抱きよせる。ウィルクスは抗わず、恋人の首筋に顔を寄せて、そこを噛む。汗と湯の味がした。  中に埋められたハイドの手つきが激しくなる。ゆっくり押しあげ、引いて、また強く押しあげる。指が当たる箇所を執拗に突きあげて擦りつけ、羽根のようにそっと撫でる。ウィルクスは息を荒らげ、ばしゃばしゃ水音を立て、しぶきを散らした。自分の性器が狂ったように肥大していることを知っていた。そして下からそれに当たる、ハイドの硬く屹立した男根の存在感を、息が止まるほど激しく感じていた。ウィルクスが体をくねらせると湯が飛び散り、泡が立ち、引き締まった肉の薄い小さな尻が水面に浮かびあがる。ハイドは指をさらに奥に突き入れた。中指でぐっと押さえるとウィルクスは海老のように跳ねる。  彼は指を入れられたまま、夢中で尻のあいだをハイドの性器に擦りつけようとしていた。水中のせいで体がうまく動かず、とてもぎこちないが、ウィルクスは恋人を抱きしめたまま腰から下を動かした。突然ハイドに唇を塞がれ、ウィルクスは犬のように舌を垂らしてキスを繰り返す。中を穿つ指の動きがリズミカルになっていく。それに伴い、ウィルクスの尻の奥で快感がスパークし、頭の中が破れた黄身のように流れ出る。 「っあ、あっ」  喘ぎを漏らしながら腰を揺すると、ハイドの手がウィルクスの尻を掴んでいた。揉むように撫でられて、指が引き抜かれる。 「ひっ」  上擦った声を漏らし身を反らせるとハイドに抱きすくめられ、ウィルクスは押しやられるようにして後ろを向かされた。バスタブのふちにすがりつき、尻を掲げる体勢になる。羞恥に首筋まで赤くなり、涙がとめどなく溢れてくる。湯も溢れて、二人が動くたび床にぶちまけられていた。尻のあいだ、柔らかい唇に押し当てられた硬い頭を感じて、ウィルクスはバスタブにすがりつく。肥え肥ったそれがゆっくり口を押し開いて入ってくると、途端に膝から力が抜けた。  半ば湯の中に浸かりながらのため、ハイドはピストンを遅くした。背後から覆いかぶさり、ゆっくり突き上げる。ゴムのような直腸が吸いついてきて、そそり勃つ男根に口づけ、揉みくちゃにするように激しくうごめく。下の口で受け入れ、中をむりやり開かれて、ウィルクスは顔を反らして口をぱくぱく開ける。唾液が垂れ、湯の中にぽつっと落ちた。ゆっくりと確実に手前から前立腺、奥にまで余すところなく太い肉棒で擦りあげられて、腹の奥が痙攣する。それと同時にウィルクスの体もびくびく痙攣した。内腿が痙攣し、足の指がつりそうになる。頑張って締めつけると、ハイドは中でますます鋭く、太く身をもたげる。すでに何度か軽いオーガズムを繰り返している恋人の堪え性のなさを罰するように、それはますます屹立してウィルクスに突き刺さった。  押しこむように、穿つように後ろからねじ込まれて叩きつけられ、ウィルクスはひいひい鳴いた。ゆっくりしたピストンは射程が長く、重い。彼は速いそれよりもゆっくりされるほうが好きだった。肥ったカリに引っ掻かれるように強く抉られ、奥まで刺し貫かれて、ウィルクスの目は上を向く。口から垂れ流されるうめき声が一気に高まった。 「っああ、あっあっ、あっ、あぅうっ」  ふり絞るように声を漏らし、喉の奥を締める。そのせいでむせ返りながら、ウィルクスは絶頂を極めた。腹の奥を強く締めつける。中のものが痙攣すると、彼は搾りとろうとするようにますますきつく締めつけた。怒張はさらに上を向いて、奥に精を吐き出したのがはっきりわかった。  自分が男として達したのかどうか、ウィルクスはわからなかった。吐きそうなほど動悸がして、目の前が白く、頭が痛くなる。膝から下はまったく力が入らず、バスタブのふちにつかまってなんとか体を支えていた。体の中から男根が抜け出ると大きく息をつく。ハイドが触れてこないことが、ウィルクスには寂しかった。事後の敏感なときに、触るとよけいな刺激を与えるかもしれない。そう思って気を遣っているのかもしれないが、彼は抱きしめられたかった。しかしそれもなく、ウィルクスはただ一人で背後に男の荒い息遣いを聞きながら、バスタブにしがみついて目を閉じていた。 ○  半ばのぼせて、ハイドに抱えられるようにして風呂を出たあと、ウィルクスは恋人に黒いボクサーパンツを借りた。ぼんやりしていたせいで、借りるのは悪いから自分のものでいいと言えなかった。なすがままにハイドに下着を履かせてもらう。たしかにウエストが緩かった。あとは裸のまま、ウィルクスはハイドの寝室のベッドに、彼に背を向けて横になっていた。  大きな手が年下の恋人の腹を撫でる。引き締まってはいるが薄い腹をゆっくり円を描くように撫でて、ぼんやりした目のウィルクスはくすぐったいということを言えないでいる。 「腹は、痛くない? 大丈夫か?」  後ろの男は本気で心配しているようで、ウィルクスはうれしくなる。いつも明るく快活、おおらかさゆえになんでも受け入れ動じない年上の恋人が、自分のためにしょげたり、おろおろしているのは気分がいい。  ハイドも上半身は裸で、下は濃い茶色の、ゆったりしたパジャマのパンツを履いている。今度は石鹸と肌のにおいが背後からかすかに漂ってきた。ウィルクスは警察犬のように鼻をくんくんさせて、スプリングのきいたベッドに体のすべてをあずける。 「エド。……平気か?」  ウィルクスは微笑みを浮かべ、心配そうに尋ねてくる男のほうは向かないまま、ささやいた。 「平気ですよ」 「でも声、ちょっとおかしいよ」 「……あなたが後ろからばこばこ突くからですよ」 「ごめん。腰が止まらなくなってしまって。でもきみもよがっていたよね?」  どこか飄々と言うハイドにウィルクスは眉を吊り上げる。薄い耳が内から赤くなって、まるで貝が充血したみたいだ。ハイドは後ろからそれを見てそう思った。 「きみもよかったのなら、うれしいな」  ぽつりと言ったハイドにウィルクスは目を伏せる。なぜなのか自分でもわからないまま、目のふちに涙がこみあげた。 「よかったですよ」  ウィルクスがそうつぶやいたら、ハイドは大きなあたたかい手で彼の頭を撫でた。髪をくしゃくしゃにしようとして、子ども相手にするようなことだと思い、思いとどまった。  シドだって、飢えることがある。ウィルクスは目を半ば閉じ、うつらうつらしながら考えた。今夜がそうだ。でも、それは別に異常なことじゃない。  ストライカー、おれだってわかっているよ。あの人は狼だ。でも、残忍でも貪欲でもない。ただ自由なだけだ。それだけだよ。  目を閉じると、重い眠気が脳の奥に染みこんできた。染料に染められるように、ウィルクスは眠りに意識を侵食される。口からほっと息が漏れ、すぐに眠りについていた。  彼は知らなかった。背中から彼を見つめるハイドの目に、優しい感情は微塵も浮かんでいないことを。年上の男はベッドに腰を下ろし、吟味するような目で若い恋人を見ていた。茶色い短髪、張りだした肩甲骨、背骨の緩やかな窪み。ハイドのその目は骨をも透かすようだった。  彼は今、芯から魂が飢えるのを感じた。そういう感覚にはほぼ毎日見舞われる。無視できるときもあるが、しつこく長引くときもある。なにもかもが虚しく、すべてが自分の空虚に没していって、すがりつけるものはなにもないと感じる。どこかに満たされた世界があることを夢見て、次の瞬間にその夢を全否定する。  おれは厄介な人間だからな。恋人のうなじを見ながら、ハイドは思う。きっと生まれながらに、こういう方法で呪われているのだろう。それなら仕方がない。  一度はそう思うものの、飢えはその諦念よりも凶暴だった。爪を立て、諦めの表面に食らいついて、せいぜい悟るがいい、しかしそんなものはお前の嘘だとハイドを嘲笑った。  魂を救済してくれる相手がいるなら、そこにある結びつきが恋や愛でなくてもかまわない。ハイドはそう思っている。彼は静かな寝息をたてている青年を見つめて、思った。少なくとも、彼は肉欲は満たしてくれる。だが、魂は……。ハイドにはわからなかった。  それでも、眠る恋人を見ているとひどく愛おしかった。

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