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探偵と刑事と賭け・二△

 地下鉄の電車の中で、ウィルクスはハイドの言葉の通り、頑張っていた。  ハイドが「家を出るときに挿入を終わらせていること」という条件を出したので、ウィルクスの闘いは家を出るときからはじまっていた。体内に入っているだけでは単なる異物のはずなのに……。彼は体内を圧迫するあらゆるものに対して、いつの間にか激しい興奮を感じるようになっていた。いつものようにきびきび歩くこともできなくて、かたつむりのようにのろのろ歩いた。誰かに背中を小突かれて、思わず体がのけぞることもある。それでも、我慢できている。ウィルクスはそう感じていた。  ホームの黒いベンチにハイドが座っていた。彼は顔を上げて、「大丈夫?」と尋ねた。ウィルクスも笑顔を浮かべて、「大丈夫です」と答える。背中と脇にじっとり汗をかいていた。  二人は電車に乗り込み、ドアのそばのシートに腰を下ろした。ハイドがトートバッグの中に手を入れて、リモコンになっているローターの電源を入れた。隣でウィルクスはぶるっと震える。振動音は静かで、だれの注意も引かなかった。  彼は長身の背を丸めて、唇を噛んで震える呼吸を殺した。全身に力が入っているのを見て、ハイドはわざと彼の右肩に手をまわす。ウィルクスは明らかにびくっとした。尻の奥から振動が伝わって、直腸が溶けそうだ。むず痒い快感のせいで背骨が緩む感じがする。  肩に手をまわしたまま、「大丈夫?」とハイドが穏やかに尋ねた。ウィルクスはうなずいて、体を固くする。シートのそばに立ってスマートフォンを覗いていた若い女が、二人のことをちらっと見た。彼女は次の駅で降りていった。  賭けの時間は目的地に着くまでの二十三分。きっと大丈夫だとウィルクスは思った。すでに、公衆の真ん中でこんな賭けをしていることに後悔していた。もしばれたらと思うと、羞恥と罪悪感と恐怖が込みあげる。それでも、彼はどうしようもなく興奮していた。  ウィルクスの膝の上に、ハイドは自分のバッグを置いた。そうしておけば、ウィルクスがどんなに反応したところで周りからはわからないだろうと考えたのだ。ハイドはパンツの尻ポケットからスマートフォンを出して、メモに素早くこう打った。 『きみは変態だな』  ウィルクスは目を伏せて首を横に振る。真っ赤になった耳を見て、ハイドは噛みたくなる衝動をこらえた。 『だめならすぐに言うんだよ』  今さら優しさを見せるのかと思うと、ウィルクスは意地になった。「大丈夫です」とつぶやく。 「なら、いいよ」  ハイドはあっさりそう言って、ウィルクスからやや体を離すとバッグに手を入れ、書店のカバーがかかった本を読みはじめた。  いますぐ犯してほしいと、ウィルクスは切なくなるほど求めた。よっぽど隣の男の耳に唇を押しつけて、そうささやこうかと思ったが、できなかった。体に力を入れると中に入ったものの振動を強く感じてしまう。全身を汗びっしょりにしながら、ウィルクスは目を伏せた。心なしか、家を出たときより玩具が上に上がっている気がして焦る。立っている人間も多いが、それでも混んではいない車内で、耳鳴りがしはじめた。  想定外だったのは、人身事故で止まった列車を捨てた人々が地下鉄に乗りこんできて、電車が一気に混みだしたこと、そしてハイドが痴漢をつかまえたことだった。  だんだん人が増えていって、駅についても乗り降りがスムーズにできないほどだった。ハイドがぴったりウィルクスのほうに体を寄せる。ふと見ると、パートナーの青年はうるんだ薄目を開けて、ひたすら口が開きかけたバッグの中を見るともなく見ていた。  ハイドは視線をふと斜めに向けた。そのとき彼は痴漢を見つけた。警官のウィルクスも通勤時に何度か痴漢を見つけて、駅長室や警察に引っぱっていくことがあった。ハイドも彼に倣うことにした。 「痴漢がいたよ。次の駅で降りる。きみは目的地まで行って、待っててくれ」  そう小声で話しかけられても、ウィルクスの意識は朦朧としていた。膝が震え、体の奥の柔らかな部分に居座っている小さなものが溢れるような快感を生んでいる。頭がおかしくなりそうだった。  自分の言ったことをパートナーが理解したかどうか、ハイドは心配だった。それでも、静かに立ちあがって人混みを掻き分ける。罵声ともめる声がしたが、駅に着くと、大柄で逞しいハイドはスーツ姿の男の腕をつかんで、彼を引きずりだすように電車から降りた。  まだ車内がざわついているなか、ウィルクスはハイドのバッグを抱いてじっとしていた。目の前のサラリーマン風の男が、控えめな口調で「大丈夫ですか?」と訊いてくる。朦朧としたままうなずきながら、なんでこんなことになったのだろうとウィルクスは思っていた。痛みが走るほど脚のあいだは身をもたげ、全身がじっとり濡れ、吐く息がますます熱くなる。  サラリーマンの手がなにかのはずみで肩に触れる。 「っあ……」  ウィルクスはかすかにうめいて、自分が出した声に全身が燃えた。 「ほんとに大丈夫?」  優しく尋ねてくる男の顔を見上げて、彼は涙を流しそうな顔で微笑みを浮かべることしかできなかった。口の端が震え、ウィルクスは頭を垂れた。舐めるような視線を感じて、尻の奥がむず痒く脈動した。  それでも、彼はなんとか耐えた。目的の駅で降りるとき、目の前に立っていたサラリーマン風の男も降りようとしたので、なんだか怖かった。身の危険を感じるよりも、この男でもいいんだと思う自分が怖かった。膝をがくがくさせながらなんとかホームに降りて、駅の隅のベンチを目指した。途中で膝をつきそうになっていたので、ホームですれちがう人はみんな彼を見た。それでも、無関心な顔を装って通り過ぎていく。  やっとベンチを見つけて、ウィルクスはくずおれるように腰を下ろした。その動作にすら感じる。口の中が渇ききって、半開きになった口からはあはあ上擦った息が漏れる。全身、濡れていないところがないほど汗をかき、興奮していた。スキニーパンツの上から勃ちあがった脚のあいだに指先で触れる。 「っ……ふう……っ」  押し殺した声が漏れ、目の奥がちかちかするような快感が走った。さっきまでいっしょだったサラリーマン風の男がウィルクスのいるベンチに向かって歩いてきていた。  あの男でもいい……。ウィルクスは朦朧とした頭と飢えた肉体を抱えて、そう思った。  突然背後から肩をつかまれて、息ができなくなるほど驚いた。びくっとして振り返ると、そこにいたのはハイドだった。 「よかった、ちゃんとここで降りられたんだな」  ほっとしたように言ったハイドの顔を見上げ、ウィルクスは視線をあたりに巡らせる。こちらに歩いてきていたサラリーマンは背を向けて歩き去っていた。大きく震える息を吐いて、ウィルクスはパートナーを見上げた。 「よしよし」優しい声でそう言って、ハイドは彼の頭を撫でた。「止めた?」 「え?」  ウィルクスの弛緩した顔に戸惑いが浮かぶ。ハイドは彼にあずけたバッグの中に手を入れてリモコンを探りだした。 「オンになってるじゃないか。リモコンを置いていったの、気づいてなかったんだな」  ウィルクスの体が軽く跳ねる。ハイドはそれをちらりと見て、電源を切った。パートナーの隣に腰を下ろし、虚ろな目に汗で濡れた横顔を見つめる。 「もう、何回かイったのか?」 「い……いいえ……」  なんとか首を振ったが、じつは嘘だった。この駅の二つ手前ですでに下着の中で射精していて、次の波が来ていた。 「もっと遅くなると思ったか? 引き渡しがうまくいってね。じつはタクシーでここまで来たんだ」  ハイドはそう言って、ウィルクスの肩に手をまわした。肩が跳ね、ウィルクスは膝に載せたバッグを抱える。彼はそうしたまま、すすり泣くような声で言った。 「抱いて」  ハイドは黙って肩を抱いている。ウィルクスは崩れた顔を向けて、すがりつくように訴えた。 「し、して。してください……っ、こ、ここで、い、いいから……!」 「ここじゃだめだよ。みんな見てるから」  ウィルクスはハイドの首にすがりつきそうなほど体を寄せて、熱い息を吐きながら欲情の熱にただれた目で訴えた。 「して、掘ってほしい、お願い……」  急にハイドが腕を伸ばし、ウィルクスの体を抱えあげた。首筋に顔をうずめて、彼は年上の男の香りをかいだ。そのためにますます肉体がとろけた。 「バッグを持ってて。きのう、車を近くに置いて帰ったんだ。そこまで待って。いい子だね」  壊れた人形のようにうなずきながら、ウィルクスは目を閉じた。逞しい腕に抱かれて、もう大丈夫だと思った。大柄な男が長身の青年を抱きあげて歩いていく姿は人目を引いたが、ハイドは意に介さなかった。 ○  地下駐車場は車があまり停められておらず、ひとけもなかった。コンクリートが打ちっぱなしの壁や床に、LEDの白い光が反射している。ハイドはパートナーを車の後部座席に押し込むと、扉を閉めた。ウィルクスは自分から後ろを向いて四つん這いになり、腰を揺らした。狭いため二人の体はよけいに密着した。  ハイドがウィルクスのスキニーパンツを下ろす。汗でひっついているため少し時間がかかった。下着も汗で湿っている。丁寧に脱がし、膝まで下着を下ろすと、ボクサーパンツの前面はどろどろに濡れていた。べったりと白い糸が引き、汚れている。ハイドはそれについては触れず、いきなりローターを引き抜いた。 「う、あ……っ」  ウィルクスは低い声でうめいて、秘所をぎゅっと締める。淡いピンクのローターはローションと内部の液で濡れ、光っていた。菊座もまた濡れている。ハイドが指先でくすぐるとウィルクスはびくびく跳ねて、腰を淫らに揺らした。 「きみは本当に……淫乱で、変態だな」  ハイドの低い声に、ウィルクスの体はますます痙攣した。真っ赤になった耳に唇を寄せ、ハイドは優しくささやいた。 「人目がある電車の中で射精して、車の中で犯されるのを待ってる。いつからこんなに淫らな子になったんだ?」  ウィルクスはすすり泣いた。ごめんなさいと言って、それでも尻を揺らす。 「犯してほしいのか?」  ハイドが尋ねると、青年はうなずいた。 「お、犯して……ほ、ほしいです……いっぱいファックして」必死に訴える。「いっぱいして……っ、ち、ちんこ、欲しい……」 「自分が淫乱だって、認めるか?」 「み、認めます……おれは、い、淫乱です。救いようのない……ご、ごめんなさい、でも、でかいの、ほ、欲しい……っ」 「ぼくが救ってあげるよ」  低い声でハイドがささやいた。  バッグの中にはローションもコンドームも入っていて、挿入は容易にできた。ハイドが指で慣らそうとすると、ウィルクスは大丈夫だと訴えた。そして実際、ローターのおかげか、中は緊張もなくとろけるように柔らかかった。  ハイドも興奮していたが、それは主にウィルクスに痴態を見せつけられたからだ。ステーキ肉がじっくり焼かれるように、この青年の乱れた姿はハイドの肉体を生々しく焼いた。  前戯はなかった。彼は自らの性器に手を添えて、鋭く持ちあがった頭を強くねじ込み、肥え太った肉茎を奥の方までゆっくり埋めた。ウィルクスは「うぅぅ……っ」とうめいて息を吐いた。中はじっとりと熱く、よく動いて柔らかい。ハイドは念入りに奥まで穿つと、ゆっくりピストンをはじめた。 「っあ……ああ……っ」  窓ガラスに額を押しつけるようにして、ウィルクスはくぐもった声をあげる。吐く息で窓が曇る。ハイドは彼の背中に覆いかぶさるようにして、腰を擦りつけるように突き上げを深くした。中がぎゅっと締まり、襞が怒張に絡みついてくる。 「前と後ろ、どっちが好きなんだ?」  ピストンを繰り返しながら上擦った声でハイドが尋ねると、ウィルクスはひいひい喉を鳴らした。急に激しく突きあげられ、体内を掻き回されて、狭い車内に乾いた音と粘膜が擦れる卑猥な水音が響く。リズミカルなその音に、ウィルクスは気が狂わんばかりだった。 「どっち?」  ハイドに優しくささやかれて、ウィルクスは痙攣しながら告白した。 「う、う、後ろ……っ」 「尻を犯されるのが好きなのか?」  ウィルクスはがくがく首を振ってうなずいた。全身が真っ赤になり、呼吸困難のように息を吸ったり吐いたりする。ハイドの片手が前に伸び、尖った乳首をつまんで捻った。それだけで前後の性器に電流が走り、ウィルクスはすすり泣いた。ふと目線を上げると、窓ガラス越しに遠くに人の姿が見える。心臓が跳ね、血がどくどくと激しく巡る。ぎゅっと尻の中を締めるが、それにも屈せず力強い牡が出入りする。  腹の底を押しあげられ、擦りあげられて、ウィルクスはぼろ切れのようになった。自分から腰をくねらせ、いちばんいい場所に擦りつけようとする。奥を突きあげられ、手前を擦られて、犯されている直腸が悲鳴を上げるようにとろけはじめる。急にハイドの手がまた前に回り、ペニスに震えるローターが押しつけられた。 「ひぁ、あ……っ!」  ウィルクスは狂ったようにびくびく跳ね、前と後ろを同時に責められて、まだいきたくないと泣きながら達していた。ハイドは彼の背後でピストンを続けていた。  自分が道具のように扱われていることに気がついて、ウィルクスは無性に興奮していた。串刺しにされて中を暴かれ、絶頂を迎えた後もハイドは許す気配を見せない。自らの欲望のままに責めたてる姿に、達したばかりの体が疼いてしかたなかった。  結局、ウィルクスはもう一度ハイドの相手になった。外から覗く視線が見えた気がしたが……それにも興奮が募って、後ろを犯されながらあられもない声を上げて、狂ったようによがった。  二回終わったあと、ハイドが自分のものを中から引き抜くと、コンドームは精液でぱんぱんになっていた。 ○ 「エド、きみはちょっと、その……マゾっ気があるね」  運転用の眼鏡をかけ、ハンドルを握って車を走らせながらハイドが言った。彼はバックミラーに視線をやり、後部座席に横たわっているパートナーの顔をちらっと見た。ウィルクスは怒った顔で目を伏せている。 「ないです」とつぶやいて、彼はミラー越しにハイドの目を見た。 「あなたこそ、ちょっとサドっ気ありますね」 「そうかな。誰にも言われたことはないが」 「言われたことはなくても、自分で気づいてるんでしょう?」  ウィルクスもようやく全身のほてりがおさまってきたころで、上気した顔も元に戻りかけていた。やや強面の彼はぶすっとした顔で目を伏せた。替えの下着を持ってきていたハイドの用意のよさに恥ずかしさが募る。 「可愛かったよ」流れていく車の群れを見ながら、ハイドが言った。「いっぱいファックして、か。本当に、きみは淫らで可愛い子だ」  シートの頭の部分を後ろから拳で叩かれても、ハイドは動じなかった。ギアを操作しながら「元気が出たよ」と言った。 「これでまた明日から仕事を頑張れる」 「……なによりです」 「ビデオ、撮っておいたらよかったな」 「そこまでしたら盛りだくさんすぎますよ!」 「まあ、いいか。ぼくの下で悶えるきみの姿、しっかり覚えたから」  飄々と言ったハイドを鏡越しに睨んでウィルクスは沈黙していたが、ふいに言った。 「おれはこの先、もうあなたと離れられない気がするんです」 「セックスがいいから?」 「……そうです」 「そこに一匙の愛情。まあ、たぶんそれがいちばん幸せな結婚の形なんだろうね」  そう言って、ハイドは前を向いたまま言った。 「きみは情が濃すぎるよ、エド。ぼくにはもったいないな」 「いいんです」泣きそうな顔でウィルクスがつぶやいた。「いいんですよ」  二人を乗せた車は警視庁の方へ向かって走っていく。減速したとき、ケンジントン公園のしっとりした緑の木々が目に映った。 「いつでもおれのこと、使ってくださいね」  窓から通り過ぎていく緑と穏やかに光を反射する池を見ながら、ウィルクスはつぶやいた。 「きみのそれは、愛情で言ってるね」ハンドルを切りながらハイドは微笑んだ。「いい子だ」 「あなたのために、淫らでいい子でいますよ」  ぶすっとした顔で言ったウィルクスを鏡越しに見て、ハイドは胸に切り裂かれるような高揚を感じた。血が流れだすような生々しい興奮。彼はその高揚が泳ぎ去るに任せた。  ハイドはこの青年のことが大好きだった。そうであるはずだった。だが、なぜかときどき自分でもわからなくなる。  ただ、愛されているということはよくわかった。

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