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*おしらせ【短編集】Sample*

探偵と刑事シリーズの、本編には組みこんでいない、掌編を集めたページをつくりました。 よろしければどうぞ、というお知らせです。 だいたいにおいて糖度高めで、探偵と刑事がいちゃいちゃえっちなことをしているお話がメインです。 雰囲気的には、以下のような感じです。 (このお知らせページに置いたお話は、のちに【短編集】ページに移動させる可能性があります) ☆○☆○☆○☆○☆○☆ Ⅰ・「自分の心に忠実になる話」 「シド、おれ……謝らなくちゃいけないことがあります」  その声にハイドがソファの中を覗きこむと、真っ赤な顔をした同性の結婚相手が目を閉じている。彼は五分ほど前、酔ってソファの中に倒れこんでいた。仕事帰りに犯罪捜査部の同僚と飲み、そういう場合にはめずらしく深酒して、スーツを着たまま伸びている。タイを外し、ワイシャツの喉元のボタンを一つ開けて力尽きた。眠そうに薄目を開け、目を擦って長身の背中を丸める。  ハイドは気にしていないというふうにパートナーの膝を軽く叩くと、にっこりして尋ねた。 「謝らなくちゃ、とは?」  ウィルクスはむにゃむにゃ言って、唐突にこう言った。 「きのう、一人でエッチしてしまいました……」  一瞬の沈黙ののち、ハイドはまじまじと年下の青年の顔を見つめる。ウィルクスはさらに体を丸めた。下りそうになったまぶたと長い睫毛の奥の瞳はどんよりしていた。  なんて忠実な子なんだろう、とハイドは思う。もう一度ウィルクスの膝を叩いて、優しくささやいた。 「ぼくに断らなくていいんだよ。きみは若い男の子だし、健康だから肉体の欲望だって旺盛な――」 「シャツ」  ウィルクスがつぶやいて、ハイドはまばたきする。そっと身を乗りだしてパートナーの顔を覗きこむと、ウィルクスははにかむようにちょっと微笑んだ(ふだんは照れたり恥ずかしがると怒った顔になるけど、やっぱり酔っているとガードが緩くなるんだなあとハイドは思った)。 「シャツがどうしたんだ?」  ハイドが尋ねるとウィルクスはますます背を丸めて、どろりとした目を上向ける。 「シャツ、あの……よ、汚して……」 「ああ」ハイドは思いいたって笑った。「きみが気を利かせて洗濯機に入れてくれたのかと思ってたが、おかずにしたんだな」  ぷるっと震えてウィルクスは目を伏せた。アルコールですでに上気した頬はほとんど変わらなかったが、耳が赤くなる。眉がつりあがり、背中を丸めて無言になった。 「きみはぼくの匂いが好きだからな」  ハイドはにこにこしてソファの端に腰掛け、ウィルクスの膝に片手を乗せた。そのぬくもりと重みは酔っていても彼に伝わった。ウィルクスが脚を縮めるとハイドは身を乗りだす。 「謝らなくていいんだよ。シャツは干すとき見たがきれいだったし。さっきも言ったが、きみは健康な男の子だ。うれしいよ。きみの中に満ちているのがぼくだとわかって。ぼくだって、ときどきするときはきみで――」  そこでハイドは口を閉じる。ウィルクスはぱっちり目を開き、焦げ茶色の瞳がきらきら光った。パートナーの頭についている見えない犬の耳がぴくぴく動き、振っている尻尾はぱさぱさ音を立てる。ハイドの目にはそれが見えた気がした。  しかし、ウィルクスはふたたびどろりとした目になる。唇に微笑を浮かべて「え?」とつぶやいた。ハイドはパートナーの頭を大きな手で撫でると、わざと重々しい口調でささやく。 「そう、ぼくだって一人でするときは、ときどきはきみでなくちゃと思う」 「ときどきは、ですか……」  かすかな微笑みを口元に浮かべてつぶやいたウィルクスを見て、ハイドは思う。自分がよその家にやられることを、言葉はわからないのに飼い主の気配で知っている仔犬のようだ。ハイドはその目を見つめてささやく。 「きみだってぼくのことばかり考えているわけじゃないだろう?」 「残念ながら……」ウィルクスは体を丸めてつぶやいた。「あなたのことばかり考えています」  そんなはずはないだろう、とハイドは思った。しかし口には出さなかった。にっこり笑ってウィルクスの頭を撫でる。 「目が覚めて元気が出たら、しようね」 「……もう、朝まで寝ます。あした仕事で早いんですよ。あとゴミ出さなくちゃ」  手の中に顔を埋め、閉じかけたまぶたの奥から焦点の合わない目をパートナーに向けたあと、ウィルクスは目を閉じた。  あれは嘘だよ、いつもきみのことを考えているよ。そう言ったら喜ぶかなとハイドは思ったが、結局言わなかった。静かな寝息を立てて眠るウィルクスを眺めながら頭を撫で、一途な人間は苦労が多いんだなと思う。  自分で自分の首を絞めているように見える。愛おしいと思いながらも、同時にそんな姿をじっと見ていたくなる。  そう、ときどきは。  眠る男の顔を見ながら、ハイドは思った。 Ⅱ・「キューピッドは嘘をつく」 「もしもし、シドか? 具合はどうだ?」  スマートフォンの向こうから聞こえてきた陽気な声に、シドニー・C・ハイドはこみあげてくる咳をこらえた。彼は探偵事務所兼居間のソファに腰掛け、テーブルに置いたティッシュペーパーのボックスからティッシュを一枚引きぬいた。鼻に押し当て、くぐもった声で「いいよ」と言った。 「ウィルクスさんには言わないから、本当のことを言えよ」  声をひそめたイヴ・ド・ユベールがささやくと、ハイドは黒々とした眉を心持ち下げていた。 「……やや、熱っぽい」  低い声で正直につぶやくと、ユベールは「ははあ」と大仰にうなずく。膝の上に乗せた、つい二週間前に刊行されたばかりの自著を腰掛けているソファの脇に置く。表紙はジャクソン・ポロックの作品だ。ウィルクスにあげようと思って本棚から取り出していた。  本を手で撫でながら、ユベールは電話からも伝わるにやにや笑いを口元に浮かべる。 「きみは本当にウィルクスさんが好きだな。心配させるようなことは言わないから、遠慮するな。あと、おれはきみが例え死にかけていようと気にしない」 「ああ、わかっているよ」そう言ってハイドは咳きこんだ。「熱は八度二分と七度九分を行ったり来たりだ。でも、朝からは下がった」 「病院は?」 「きのう行ったから、今日は行ってない」 「どうだ? しんどいか?」 「しんどいよ。頭がぼーっとする。でも食事はちゃんと摂ってるし、大丈夫だから。ウィルクス君にもし訊かれたら、大丈夫と伝えてくれ。いいね」  了解、とユベールは言った。彼は脚を組み、スマートフォンを耳に当てたままブロンドの髪を撫でつけた。作家であり、ハイドの大学時代の先輩で、パリのサン=ルイ島に暮らすイヴ・ド・ユベールのところへ泊りがけで遊びに行こう、と提案したのはハイドだった。彼の結婚相手である刑事のエドワード・ウィルクスは、休みがとれるかはわかりませんが、と言いながらも四日の連休をかちとった。 「呼び出しがあればロンドンに帰らなくちゃいけません」  そう言いながらも、彼はハイドとパリに遊びに行くのを楽しみにしていた。私立探偵のハイドも仕事のスケジュールを調整して、ウィルクスと休みを合わせた。ユベールは早筆という特技を活かし、さっさと原稿を仕上げて五月いっぱいは優雅に暮らせるとうけおった。みんな楽しみにしていたが、少し気温の下がった夜、激務に追われるウィルクスではなくハイドが体調を崩したのだった。 「四十一にもなると、これまで通りにはいかないのかもしれないな」  真剣な口調でつぶやいたハイドに、一つ年かさのユベールは眉を上げる。 「それにしたって、きみは頑丈なのにめずらしいな。薄着してたのか?」 「ウィルクス君とセックスしたあと裸で寝てた。彼に毛布をとられたんだよ」 「幸せの代償だな」  神妙な声で言ったユベールを無視して、ハイドはティッシュで鼻をぬぐう。元気を出そうとして尋ねた。 「ウィルクス君は元気か?」 「ああ、元気にしてるよ。今日はいっしょに、おれがときどき仕事をしているミステリ関係の出版社に行った。ウィルクスさんは本が大好きなんだな。資料で置いてある、シャーロック・ホームズとかブラウン神父もの、ジョン・ディクスン・カーのフランス語版稀覯本をきらきらした目で見てたよ。モデルみたいなきれいな体型であんなに美青年なのに、読書が好きで静かで内向的な人なんだな。すごく可愛らしい。そんな一面にもそそられたよ」  さらりと言ったユベールにハイドは眉を上げた。咳をしたあと、スマートフォンを耳に当てたまま大柄な体を前かがみにする。ユベールは同性愛者だ。大学時代に彼に告白され、すげなく断わったハイドは、ユベールの関心が自分に向かい続けているあいだは、そのこと自体はなんとも思っていなかった。  前かがみになったまま、ハイドは低い声になる。 「いいかイヴ、ウィルクス君に手を出すんじゃないぞ」  警告するような口調をユベールはさらりと流した。グラスに入ったロックのウィスキーを一口飲み、義眼の左目を細めてにこやかだ。 「手を出す、なんて下世話な言い方だな。おれがきみの大事なパートナーを磨いてやるよ。ベッドで」 「そっちのほうが下世話だよ。ウィルクス君はきみに強姦されても絶対にぼくに貞節を尽くす。そういう子なんだ」 「おれはプレイボーイであって強姦魔じゃない。間違えてもらっちゃ困るな。それにしてもたいした自信じゃないか」 「彼はそういう子なんだよ」ハイドは咳をこらえながらぼそぼそ言った。「一途な自分自身のせいで苦労してるんだ。だからぼくがこの前、見知らぬ相手という設定で擬似痴漢プレイをしてみたときも、泣きながら『シドがいい』って言うような子で……」 「そんなプレイしてるのか? 意外とハードでマニアックだな」  心から驚いて眉を上げ、次いで「うらやましい」とつぶやくユベールの声を聞き、ハイドはくしゅくしゅ鼻を鳴らした。 「だから、彼にいらないプレッシャーを与えないでくれ。純情で、それなりに助平な子なんだからね。ぼくに忠節を尽くそうという心に一途になることで、スキモノの心を殺そうと日々頑張ってる子なんだ」  沈黙が落ちた。  ハイドは咳をして、つぶやいた。 「いま言ったことは忘れてくれ。彼の内面に深入りしたことを話しすぎた」 「ウィルクスさんがど助平でもおれは驚かないけどね」ユベールが優しく言う。「むしろ、可愛いじゃないか」  ハイドはまた沈黙し、それから言った。 「ありがとう、イヴ。ウィルクス君がフランスを出るまでは、彼をよろしく頼むよ。ぼくから離れて、のびのびさせてあげてほしい」 「言うまでもなく、ウィルクスさんは一人で愉しそうだよ」 「なら、よかった。じゃあ、これで。悪寒がしてきた。もう寝るよ。ウィルクス君によろしく。おやすみ、イヴ」 「ああ、おやすみ」  ユベールがスマートフォンを耳から離すと、通話は切れていた。彼は酒の入ったグラスに手を伸ばし、一口飲んでスマートフォンを本の上に置く。しばし物思いに耽っていると、扉にノックの音がした。 「ユベールさん、風呂、ありがとうございました」  頭を覗かせたウィルクスは白いTシャツを着て、グレーのスウェットパンツと素足にはスリッパを履いている。首からタオルをかけ、茶色の短髪はまだ湿っていた。家の主人はにこやかに両手を広げた。 「おかえり、ウィルクスさん。ビールを出そうか。それともコーラ? ミネラルウォーターも冷えてるよ」 「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて、水をいただけませんか?」  ユベールはうなずき、ソファから腰を上げた。 「休みの日も相変わらず、きびきびしてるな。さすがヤードの刑事さん。かっこいいね」  ウィルクスはからかわれていると思ったらしい。片眉を上げ、「ありがとうございます」と言った。ユベールは微笑んで、ソファを指す。 「わたしももう一杯飲むよ。窓を開けてるからね。夜風で涼んでいくといい。――シドから電話があったよ」  ぴくっと肩が跳ね、ウィルクスは微笑みを浮かべる。 「なにか言ってましたか? 風邪の具合は?」 「ああ、よくなってきたらしい。心配いらないって」 「よかった」 「もう寝るって言っていたよ」 「風邪は、栄養を摂って寝るのがいちばんですからね」  ユベールはうなずき、空になったグラスを手に扉のほうに歩いていった。ウィルクスが部屋の中に入って道を譲ると、年上の男は洗練された色香の匂う微笑みを向ける。ウィルクスは目を逸らした。 「ウィルクスさん」ユベールは穏やかに言った。「シドが、あなたのことが大好きだって言っていたよ」  ウィルクスは目を丸くして、すぐに伏せた。眉が吊りあがり、怒った顔になる。それからユベールの目を凛々しい眼差しで見つめた。 「あなたにそんなこと言ったんですか?」 「まあ、許してやってくれ。四十にして最愛の人間に出会ったんだから、愚かになったように見えるのは仕方ない」 「ほんとに言ったんですか?」  ユベールは微笑んだ。 「ああ、言ってたよ」  そうですか、とつぶやき、ウィルクスははにかむように笑った。ユベールはグラスを手に廊下へ出た。振り返って見ると、ウィルクスは髪をタオルで拭きながらたたずんでいた。  扉を閉め、ユベールは首を回す。  キューピッドはその使命のために、ときどきは嘘をつく。おれも慣れたもんだと彼は微笑む。  それから、いつの間にか高嶺の花になっていたなと思うのだった。

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