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探偵と刑事と二十・二△
黒く輝く瞳に見据えられ、ウィルクスは言葉が出なかった。かすかに触れているだけの手が重く、振り払うことができない。悪の呪いに魅入られたように、彼はベルジュラックの黒い目と唇から覗く白い歯から目が逸らせなかった。
ベルジュラックは低く深い声でささやいた。
「あの人を守るためなら、なんでもしますか? そこまでして彼をかばう理由はありますか?」
「あります」ウィルクスはつぶやいた。「あの人はいつもおれの味方をしてくれる。あの人が不幸せなんて、つらいんです」
「いいですか、ウィルクスさん。よく聞いてください。ぼくは彼を破滅させる”手”を持っている。手の内はさらしませんよ。気になるならミスター・ハイドに聞いてください。でも、これだけは言っておきます。ぼくの持っている爆弾はでかいですよ。あの人を足元から吹き飛ばせる。事務所だってがれきの山だ。それが我慢できないなら、ぼくを止めてみるといい」
「脅しですか? 挑戦?」
「どちらでもありません。提案です。彼を守りたいなら、それなりの代償を払ってもらいたい。これは駆け引きです。守りたいか、守りたくないか? 守りたいなら、ぼくの手をとってください」
それに、あなたはそもそもそういうことが好きなんでしょう?
今夜、ベルジュラックはそこまでは言わなかった。言えばウィルクスが頑なになるのは目に見えていた。もっとも、それでも提案を呑むことはわかっていたが。少しいじめてやりたいと思ったが、それはまだ先にしよう。
今夜のベルジュラックはスポーツマンのように紳士的だった。ウィルクスは手の甲に乗せられた手を振り払うことができなかった。彼はベルジュラックの目を見た。その目の輝きに照らされて肉体が溶けていきそうになる。
ベルジュラックの魔力にどうしても抗えなかったのは、ウィルクスも飢えていたからだった。
このとき以来ずっと、思い返して彼は何度も自分を責めた。ベルジュラックについていったのはハイドを守るためではない。ウィルクスにはそれがわかっていた。もし本気でベルジュラックの攻撃から彼を守りたいなら、少なくともベルジュラックの脅しにどれほどの信憑性と力があるのか、まず確かめなければならない。
ウィルクスはそれをしなかった。ただ欲望のためについていった。
刑事がほんのわずかに首を前に傾けると、ベルジュラックは微笑んだ。彼は素早くバーテンダーに目配せした。黒髪を撫でつけた、浅黒い肌の中年のバーテンダーは流し目でそれに応えた。ベルジュラックが先にスツールから降り、ウィルクスも降りた。彼らは連れ立って手洗いへ向かった。
小さなパブの手洗いは意外に清潔だったが、それでもきれいとは言えなかった。ベルジュラックは二つある個室のうち、奥の個室にウィルクスを押し込んだ。彼は抗うそぶりをしたが、ベルジュラックが鍵をかけるのを見て両腕をだらりと垂らした。
それからの行為に言葉はなかった。ウィルクスの心臓は肋骨がばらばらになりそうなほど激しく打って、そのせいでむせ返りそうになっていた。息苦しく、耳まで赤くなって、全身に汗が噴き出した。それなのに一言も言えなかった。
ベルジュラックに首筋を舌で舐められ、ウィルクスの頭はのけぞった。舌は燃えるなめくじのように首筋をゆっくり這った。気持ち悪い。それなのに彼は激しく興奮した。首筋を舐められ、Tシャツの裾から中に入った手の指先で乳首を潰すように捏ね回されたとき、ウィルクスは腰が砕けそうだった。
ベルジュラックの手がゆっくり這って、ウィルクスのチノパンツのボタンを外し、ジッパーを下ろした。
そしてベルジュラックは比翼のあいだから覗く、ネイビーのボクサーパンツをちらりと見下ろした。中心は無残に膨れあがり、生地が伸びそうなほど張っている。チノパンツもボクサーパンツも下ろさないまま中に手を入れて、彼はウィルクスの性器の裏側を人差し指でなぞりあげた。刑事はびくっとして、すでに昂っていた男根は弾けるようにたやすく外に出てきた。ベルジュラックが手のひらで包んで上下に擦ると、濃い露がみるみるうちに頭に滲んだ。
ウィルクスは胸までたくしあげられた自分のTシャツの裾を両手で握って、呆然としていた。強弱をつけて性器を上下にしごかれると彼は口をぱくぱく開けた。酸欠の金魚のようだった。唇にキスをされ、中に入りこんできた舌に絡みつかれて、膝から力が抜けそうになる。
ベルジュラックのキスは巧かった。ウィルクスはハイドとするキスをいつでも愛している。ハイドは上手というよりかは思いやりがあって、丁寧で、相手を気持ちよくさせてあげたいという心が伝わってくる。いつも的確で、ウィルクスのして欲しいことがちゃんとわかっている。ベルジュラックのキスはもっと強引だった。ただとても巧く、ウィルクスは絶望的に興奮した。
舌を絡めあい、舌先を吸ったり噛んだりしながら唾液を舐めているあいだに、ベルジュラックの手は自らのコットンパンツの前を開き、男根を手にしていた。
視線を落としてそれが見えたとき、ウィルクスは思わず涙ぐんだ。若々しいのに、色と形は卑猥な性器だった。鼻の奥に血のにおいを感じ、ウィルクスの視線が釘づけになる。もうやめてほしかった。それなのに、自分の性器もさらに大きさを増していく。ベルジュラックが己の性器とウィルクスのそれを重ね合わせてしごきはじめたとき、刑事は腰を突き出すようにして、快感のあまり壁にしがみついていた。
したい、したい、したい、もっとして。ウィルクスはどうしようもなく欲情し、ベルジュラックの手を求めていた。わざともどかしげにペニスを擦る手を止められたとき、内股になって腰を揺すってしまう。ベルジュラックはふたたび責めはじめ、性器と性器を両手に包んで擦り上げはじめた。
二つの頭が互いに身をすり寄せ、涎れを垂らしながらキスしあっている。ベルジュラックのものはますますそそり勃った。赤黒くなり、膨れあがっている。熱く濡れているのを感じ、ウィルクスは興奮に耐えるために後孔をきつく締めた。
ベルジュラックの指がウィルクスの口の中に入ってくる。人差し指と中指で口蓋を擦られ、ウィルクスはぴくぴく跳ねながら舌を指に絡ませていた。貝が這うようにベルジュラックの指を飲み込み、しゃぶる。唾液が口の端から泡となって垂れ、ウィルクスのシャツの襟と胸元を汚した。
彼はがっちり指を咥えこんでいた。涙を流しながら舐めまわし、しゃぶったり吸ったりする。よほど欲求不満だったのだとベルジュラックは悟る。指でこれなんだから……彼は試してみることにした。
ウィルクスの目を見つめながら、ベルジュラックは彼の頬に手を添える。指を口から引き抜いて、前かがみになった後頭部を抱えるように持ち、ウィルクスの頭を押し下げた。
彼はひざまずいてベルジュラックを見つめた。ウィルクスの頭をやや強くつかんで脚の間に顔をもってこさせると、彼は朦朧とした目でベルジュラックを見上げ、目の前のものにふらふらと視線を向けた。肥大した肉茎に鼻先をすり寄せ、頭にキスし、口に咥える。
ベルジュラックが思った以上にウィルクスは口淫が巧かった。きちんと躾けられたとわかるやり方でベルジュラックの先走りを吸い、肥大した頭に舌を這わせ、硬く張った竿を舐めあげ、根元の袋を唇で甘く噛む。ウィルクスは顔じゅう汁にまみれ、貪りつくように奉仕した。
そのあいだも、ベルジュラックは靴の爪先でウィルクスの性器を嬲っていた。ちょうど爪先の上をウィルクスがまたいでいるので、靴の先端でペニスを下から押し上げる。刑事はびくびく跳ねて、喉を鳴らしながら男根に貪りついている。
ベルジュラックは満足した。彼はなんの前触れもなくウィルクスの口から怒張を引き抜き、彼の顔に白濁を浴びせた。ウィルクスは肩で息をし、目を閉じてだらしなく口を開けたままでいる。汗と涙、唾液と精液でその顔はぐちゃぐちゃだった。
「いけましたか、ウィルクスさん?」
ベルジュラックがささやくとウィルクスは目を開け、「あ……」とつぶやいた。
「まだ?」
赤くただれた耳元でささやき、ベルジュラックは身をかがめると、床にへたりこんでいるウィルクスの脚のあいだを手で握った。優しく上下に擦るとウィルクスはすぐに出した。
ベルジュラックは彼を洗面台に連れて行った。鏡を見ようとしないウィルクスを好きなようにさせてやり、顔を洗うのを手伝った。短い前髪から水滴がしたたり落ち、水に濡れたウィルクスの顔は真っ青だった。
ベルジュラックは金を払い、バーテンダーにも握らせた。こういうことがときたま起こる店で、そういうときバーテンダーを味方につけておけば、なにも知らずに手洗いに行こうとする客を引き留めておいてくれる。
ウィルクスはよろよろと店を出た。
また会いましょうとベルジュラックに言われた気がしたが、思い出せない。ウィルクスにわかっているのは、暗い道を一人でとぼとぼと歩いていたことだ。スマートフォンに着信があって、画面に表示されたハイドの名前を見たとき、死にたくなった。震える手で電話に出ると、ハイドの緊迫した声が聞こえた。
「大丈夫か、エド? 今、どこにいるんだ? 無事か?」
喉の奥になにかが詰まった気がした。ウィルクスは胸を波打たせ、車道のほうにふらふらと寄っていった。
「あ……」
「エド? 大丈夫なのか?」
「はい。大丈夫です」
「よかった。迎えに行くよ。今、どこだ? ぼくはヤードにいるんだが」
突然つんざくようなクラクションの音がしてウィルクスは我に返った。歩道へ戻り、つぶやいた。
「大丈夫です。迎えはいりません。歩いて帰ります」
「もう家の近くなのか?」
ウィルクスはそれを確認しなかった。
「近くです。一人で帰れます」
「わかった。迎えに来てほしかったら、いつでも電話してくれ。すぐに行くからね」
この人は天使だとウィルクスは思った。彼は嗚咽がこみあげてくる前に通話を切った。
天使を裏切ってしまったら、どうなるんだろう。許してほしいとは思わなかった。思いきり殴ってほしかった。
それでも耳の奥で、ハイドの声はいつまでも優しかった。
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