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24.探偵と刑事とパリから来た男・一

 パートナーのエドワード・ウィルクスと別れたあと、ブルーム警部と会うまでまだ時間があった。そこで、シドニー・C・ハイドは警視庁の玄関の脇で煙草を吸うことにした。携帯用の灰皿があることも確認し、バッグから煙草の箱を取りだして一本引き抜く。  口にくわえてライターで火をつけようとしたとき、目の前の道路にタクシーが横付けになった。中から出てきた二つの人影に、ハイドの視線は奪われた。  初めは奥の扉から出てきた男に注意が向いていた。フランスから来た記者、ジャン・ベルジュラック。しかし次の瞬間、ハイドの視線は手前のドアから出てきた男の上に留まった。  エドに似ている。  ハイドはそのときそう思った。なぜなのかはわからなかった。ウィルクスのような美男でもないし、彼ほど背が高くもない。ただ、痩せてすらりとしているところは同じだ。男は中背で、やや波打っている金色の髪を短く切り、鋭い灰色の目をしていた。  その凛々しい立ち姿、自分を追いこみそうに見える、まじめな雰囲気が似ていると思わせたのかもしれない。彼も王に仕える騎士のようだった。その雰囲気のせいで、美男ではないが精悍に見える面立ちをしている。  左手の薬指に指輪がはまっていた。  ハイドと目が合った瞬間、ダークグレーのスーツを一分の隙もなく身につけたこの若い男は、どこか少し驚いた顔をした。ロンドンという慣れぬ地で、自分がここまで注目されていたことを意外に思ったからだ。  彼は後ろを振り向いた。ベルジュラックがやってくるとタクシーは走り去る。スーツの男は記者を見て、なにか言った。  そのときにはもう、ハイドの視線はベルジュラックの上に動いていた。 「ミスター・ハイド、こんにちは」  そう言いながらベルジュラックが歩いてくる。そうしながら、連れの男の肩にそっと触れた。二人とも同じくらいの身長だが、スーツの男のほうが少し高い。彼はベルジュラックを見て、フランス語でなにか言った。  ベルジュラックはうなずいてハイドのほうに向かう。探偵は煙草を吸うのを諦めて、箱に戻した。バッグの中につっこみながら「こんにちは」と返す。あとからついてきたスーツの男は、ふたたび凛々しい顔つきに戻っていた。  エドもそうだったな、とハイドはぼんやり思った。初めてウィルクスと会ったとき、その鋭い目が印象的だった。なにも見逃さないという気迫に満ちていた。ハイドが「警官にふさわしいね」と言って褒めたら、彼は少し照れていた。鋭い眼差しのまま目を伏せて、「ありがとうございます」と言った。 「そちらの方は?」  ハイドが尋ねるとベルジュラックは笑顔になる。少し遅れてやってきた男のほうを振り向いて、「ぼくの友人のヴィクトル・ラクロワです」と言った。 「パリ警視庁の刑事なんです」  ラクロワはハイドの目を見た。灰色の瞳はいつも少し涙ぐんでいるように見える。ハイドはそのときそう思った。ベルジュラックはすぐに探偵のことも紹介した。 「ヴィクトル、この方は私立探偵のシドニー・C・ハイドさん。きみも知ってるだろう? あのバルドー事件で、容疑者と言われていた男の無実を証明した人だ。ハイドさん、ラクロワは」  ベルジュラックは輝く目で熱心に言った。 「ラクロワは、パリでエクス・エクスの事件の捜査に関わっている刑事なんです。ぼくがブルーム警部に言って、きっと力になるからと呼んでもらったんです」 「ええ、警部から聞いていますよ。初めまして、ムッシュー・ラクロワ」  ハイドが微笑んで手を差し出すと、ラクロワはにこっと笑った。やや強面の相貌からは予想できないような、人懐っこい笑顔だった。彼はハイドの手をしっかり握った。 「初めまして、ミスター・ハイド。バルドー事件のことは知っています。あなたはすごく優秀な探偵ですね」 「あなたは当時も警察に? 八年前のことになりますが」 「いえ、わたしはまだ学生でした。今、二十九なんです」  そうですか、と言ってハイドは握った手を離す。好感のもてる人物だと思った。若いのにしっかりしている。笑顔がチャーミングだ。どうしてこんなにエドに似ているように見えるんだろう、とハイドは思った。 「今日はミスター・ハイドとラクロワ、それからブルーム警部とぼくでエクス・エクスについて話をすることになっているんです。ご存知ですよね」  ベルジュラックに問われて、ハイドはうなずく。本当は、ベルジュラックのことは知らなかった。直接彼と顔を合わせて、ハイドは疑問に思った。おれは果たしてこの男を憎んでいるのだろうか?  わからなかったが、パブの薄汚いトイレでベルジュラックの股間に貪りついていたウィルクスを想像すると、心が冷えた。ハイドは知っていた。憎まずとも、嫌わずとも――そこに感情が介入しなくても、不都合な人間を「処理」することはできる。  ハイドは記者とパリから来た男に笑いかけた。そして、「行きましょうか」と言った。 ○  ブルーム警部とは応接室で話をした。ベルジュラックもラクロワも真剣だった。ベルジュラックは相変わらず快活だったが、無言で考えこんでいるときも多かった。ラクロワは静かに話を聞いた。ヤードの刑事とハイドから情報を集め、自分の知っている情報を提供する。目まぐるしい速さで頭を回転させていることがハイドにはよくわかった。  エクス・エクスについて、めぼしい容疑者はいないのかという話になった。  エクス・エクスが起こした九つの事件のうち、付近に共通して出没が確認された人物はいないのか。結論はどうしても「わからない」になる。 「エクス・エクスが現れるのは、寒村ではありません」ラクロワが資料を見ながら言う。「ミステリーに出てくるような孤立した館でも、吹雪でストップしている列車の中でもない。常に開かれた場所、白昼のときもあり、衆人環視の中の犯行と言ってもいい。それなのに容疑者一人まともに絞り込めないのは情けないことですが」  淡々と言うラクロワに、ブルーム警部もうなずく。 「今回のリージェント街の犯行にしても、目撃証言がないのです。八件はフランスで起こり、今度の一件はロンドンで起こった。フランスに居住する人物が犯人、と言っていいかもしれないが、それだけじゃあなんの手がかりもないのと同じだ」 「ぼくのような人間が犯人でしょうね」ベルジュラックはまばたきしながら言った。「ぼくは八件の事件があったとき、パリにいた。そして九件目の事件が起こったとき、ロンドンにいる」  ブルーム警部はちらっと記者を見た。牡牛のような顔にかすかな笑みを浮かべる。 「そうですね。ただ、そういう人間はあなた一人じゃない。なんにせよ、手際が見事だ。プロの犯行ですよ。エクス・エクスと名乗ってはいるが、犯罪グループの犯行だということも考えられる。その可能性が高いですよ。一人であんな真似ができますかね? ――パリではめぼしい犯罪シンジケートを洗ってみましたか?」  ラクロワはうなずいた。

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