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探偵と刑事とパリから来た男・二
「どうも、どこかの犯罪シンジケートの犯行とは思えないんです。そういったグループの内情を知っている人間に話を聞いたり、金の動きを見張っているんですが、どれも外れでした」
「すべて同一人物の犯行なんでしょうか?」
それまで黙って話を聞いていたハイドが尋ねると、三人は顔を上げた。ハイドは彼らの視線を意識することなく話す。応接室が禁煙なら、やっぱり外で吸ってきたらよかったと思いながら。
「いちばん初めの犯行では、犯人はエクス・エクスと名乗っていない。三か月後に起きた盗難事件のとき、初めて犯人が自らをエクス・エクスと呼ぶ声明を出し、三か月前の盗難事件も自分のしわざだと発表した。だから、必ずしも最初からすべてが同一犯であると言えるでしょうか?」
「最初の事件の犯人は別にいると?」ブルーム警部が目をぎょろぎょろさせて身を乗りだす。「もしそうなら……話はどう転ぶんです?」
「いちばん最初の事件に焦点を当てて探ってみてもいいかと。もしかしたら、なにか新たなことがわかるかもしれない」
「その手はやってみましたよ」
無表情にも見える顔でラクロワが言った。彼はハイドの目をまっすぐに見つめた。
「わたしたちもそう考えたんです。ただ、第一の事件がまた不可解でして。行き詰ってしまったんです。でも」
若い刑事はハイドの目を見て、落ち着いた口調で言った。
「あなたは優れた探偵だと聞いています。もちろん、ブルーム警部、あなたもそうだ。スコットランド・ヤードは優秀な警察機構です。だから、もう一度第一の事件について検討してみてもいいと思います」
それがいい、とブルーム警部も力強くうなずいた。ハイドもうなずく。ラクロワは言った。
「フランスで、あの悪党が幅をきかせていること自体が許せないことです。それが、まさかイギリスでも同じことが起こるなんて。フランス警察の怠慢と非難されても仕方がないことです。わたしは情けないと思う。早く捕まえなければ」
そう言ったラクロワの顔は青ざめていた。灰色の切れ長の瞳がハイドを見据えている。若い刑事の唇は震え、両手をぎゅっと握りしめた。ハイドが見返すと、横からベルジュラックが言った。
「あまり自分を責めるなよ、ヴィクトル。きみも警察も最善のことをしてると思う」
「ありがとう、ジャン」ラクロワは隣を向いてかすかに微笑んだ。
「きみはいつもそう言ってくれるよな。エクス・エクスの記事を書くときも、警察への非難だけで終わらせない。いつも、こっちのやってることを正当に評価しようとしてくれてる」
当然のことだよ、とベルジュラックが言った。ラクロワに見せる彼の態度のすべてが、その日のハイドの胸に印象深く残った。
○
ベルジュラックとブルーム警部が資料を探しに行くため部屋から離れたとき、ハイドは目の前に座ってノートパソコンのキーボードをたたいているラクロワに尋ねてみた。
「ムッシュー・ラクロワ、あなたのご友人のベルジュラックさんはどんな方ですか?」
ラクロワは驚いたように顔をあげた。どんな? と目を細めて、「自信家ですね」と言った。
「頭がよくて、大胆で、困難に挑戦するのが大好きな男です。変わってますよ」
「昔からのお友達なのですか?」
「いや、ぼくが警察に勤めるようになってからです。彼とは四つ違います。兄弟みたいに気が合いましてね」
「確かにムッシュー・ベルジュラックは頭がいい方です。それに、大胆だ。明るい方ですね。光を放つ太陽みたいな。それに、あなたのことをとても気にかけている」
「ええ」ラクロワは笑った。
「彼はぼくのことをよく気にかけてくれます。いや、最初は妻のことを気にかけてくれてたんです。ぼくの妻ですが。警官になって一年目で結婚しましてね。彼女は病弱というか、体があまり強くなくって。大変な病にかかっているというわけではないんですが、よく調子を崩すんです。子どもも望めないそうです。それはわかっているから気にしていません。ベルジュラックは妻のことをすごく気にかけてくれる。でも、ある日わかったんです」
斜め前に置かれたコーヒーカップに手を伸ばしながら、ラクロワは微笑んだ。
「ベルジュラックは、ほんとうはぼくの妻よりぼくのことを気にかけている。妻に優しくすることで、ぼくを喜ばせたいみたいに。そうなのかって訊いたら、そうだよって言ってた。ぼくはきみが大好きだからって。彼はきっと、純粋なところがあるんでしょうね」
そう言って微笑むラクロワはハイドの目に、とても幸福そうに見えた。刑事ははっとした顔つきになった。ちょっとばつが悪そうに、「なんだか話しすぎたようですね」と言った。
「ハイドさん、あなたは落ち着いていて穏やかで、黙って話を聞いてくれる。さすが探偵だ。初対面なのに、思わずいろいろ話してしまいました」
ハイドは微笑んだ。そう言って照れたようににこっとしたラクロワの姿が、彼の目にウィルクスと重なる。
そのとき、ハイドは思った。
人間はとり戻そうとすることがある。酒を飲んで暴れる父親をもった娘が大人になって、酒飲みで暴力をふるってしまう男と結婚することがあるように。自分の手でなんとかしたかったという過去の思いが現在にリンクして、あのときできなかったことをとり返そうとする。「今の」夫を自分の手でなんとかできたら、過去さえ変わると心は思う。あのときの自分を救えるように思う。
ラクロワへの思慕が、ベルジュラックをウィルクスへと駆り立てるのか?
ハイドはその考えを頭の隅に留め置いた。「不愉快な思いをさせませんでしたか?」と尋ねると、ラクロワは「ちっとも」と答えた。
それからブルーム警部とベルジュラックが戻ってきて、話はふたたびエクス・エクスのことになった。
○
「ブルーム警部とベルジュラック、それからパリ警視庁から来たラクロワ刑事と話をしたよ。エクス・エクスの第一の犯行について、またムッシュー・ラクロワと話をすることになった」
ヤードから家に帰ってきたウィルクスにハイドがそう言うと、年下のパートナーは目を伏せた。
「ベルジュラックも来たんですね」と言うので、ハイドは仕事机から立ちあがって、居間に入ったところでたたずんでいるウィルクスのそばに歩み寄る。
「大丈夫だよ、エド。きみのことはなにも言ってなかった。心配しないで」
ウィルクスは顔を上げてはにかむように笑った。ハイドは目を細める。
「ムッシュー・ラクロワは、なんだかきみに似ていたよ。なんというか、雰囲気とか人柄がね」
ウィルクスはちょっとためらった。
「それならおれは同族嫌悪を起こしてしまうかもしれない。……自分のこと、あんまり好きじゃないから」
「それは残念だな。きみも彼も、まじめで優しくて、とても素敵な青年なのに」
「嫉妬しますよ」
わざと不機嫌そうに言ったウィルクスに笑って、ハイドは彼を抱き寄せた。ウィルクスは目を伏せてハイドの首筋に顔をうずめる。心が平らになって、体から力が抜ける。頭からつま先まであたたかいものに包まれた。思わずつぶやく。
「シド、おれの……」
おれのことだけ見ててください。ウィルクスはそう言いたかったが、自分に言う資格はないような気がして黙った。ハイドは彼の体を抱き寄せて、髪にそっとキスをした。
そうしているうちに、ラクロワを見つめたベルジュラックの祈るような目を思いだす。すると、ハイドはそれほど幸福には包まれなかった。
○
その日の夜、バルドー事件についてユベールから電話が掛かってきた。
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