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26.探偵と刑事と凶行・一
翌日の午後二時過ぎ、ジャン・ベルジュラックはシドニー・C・ハイドの探偵事務所を訪れた。
ハイドはふだん通り、落ち着いていた。ベルジュラックの顔を見るとあがるようにと言った。記者の青年は黙ってついてくるが、敵意も非難する様子も、嘲る様子もなく、おもしろいことがないから笑わないだけなのだ、という表情をしていた。
居間兼事務所に入ったハイドは、暖炉のそばの、部屋の奥になるほうの椅子をベルジュラックに勧めた。彼が腰を下ろしているあいだに、電気ケトルで湯を沸かし、礼儀で紅茶を出した。
「砂糖は?」
ハイドが尋ねると、ベルジュラックは首を横に振った。ハイドは砂糖の入った壺をケトルが置かれた机の隅に置き直した。
二人は向かいあって座った。
「バルドー事件のことを話しあいに来ました」
ベルジュラックはそう言うと、黒い目を輝かせてハイドを見た。探偵はうなずいた。闘いの鐘が鳴ることはなかった。二人はこのときを迎えるまでもなく、もう十分に、静かに、互いのことを邪魔者だと思っていた。
少なくとも、ハイドはそうだった。しかし、彼は表にあらわさなかった。
ベルジュラックは少し間をとったあと、言った。
「あなたは当時、犯人と目されていたマクシム・デリダの無実を証明してやった。デリダはバルドー家の娘クラリスと顔見知りだったこと、彼女に言い寄っていたらしいこと、事件のあった夜、勤め先を休んでいたことなどから追及を受けていた」
ベルジュラックは自分の左耳を触りながら、穏やかに言った。
「彼はアリバイがなかった。しかし――あなたはデリダのアリバイを証明してやった。彼の姿を見たという証人を二人探しだしたのです。そうですね?」
「そうです」
ハイドは腹の前で両手を組んで答えた。薄青い瞳はじっとベルジュラックを見ている。
記者は見返して、言った。
「そこに不正がある。二人の人間は、デリダを本当には見てはいない。『見た気がした』だけです。しかし、あなたに押し切られて証言を強固なものに変えた。結局、あのときあの場にいたのは『絶対にマクシム・デリダだった』と証言したのです」
「なぜそんなことが言えるのですか?」
「マクシム・デリダに聞いたんですよ」
そのとき、ハイドは目を細めた。彼は紅茶のカップが二客置かれたテーブルの上を手探りした。それから、必要かどうか少し悩んだ顔で、結局老眼鏡を手にとった。しかし、掛けることなく膝に置いてベルジュラックを見る。ハイドは尋ねた。
「デリダ本人がそう言ったんですか?」
「ええ」
「そしてあなたはその通りだと思った?」
「ええ」
「ミスター・ベルジュラック、誰の発言であれ、あなたが言われたことの表面だけを聞いてそれを真に受けるような人間だとは、わたしには思えないのですが」
ベルジュラックはかすかな笑みを浮かべた。ハイドは言った。
「あなたの言ったことに従えば、あなたはデリダの告白を信じた。実際は『見たと思った』だけの、確証がなかった二人の目撃者に、わたしが『確かにデリダを見た』と言うように強要したと」
「おそらくは金の力で」
「なぜそんなことを?」
ベルジュラックはまばたきして、カップに手を伸ばした。湯気がたちのぼっているそれに触れて、一口飲んだ。カップをソーサーに置き、ハイドを見る。
「ミスター、ベルジュラック」ハイドはどこか優しい口調で言った。「ぼくが小細工をしてデリダを助けたところで、得るものはないですよ」
「そうとは言えないでしょう」
沈黙が落ちた。
この時点で、ハイドはベルジュラックの心境が読めたが、逆は難しかった。ベルジュラックは探偵の心の動きを読めなかった。ハイドの顔は奇妙に表情がなかった。むしろ、どうでもいいことを考えているときの、上の空のような表情だった。ベルジュラックは驚きと感心を素直に顔に出した。
彼は言った。
「バルドー家の主人、シャルルはおとなしい男だった。頭がいいが、少し被害妄想気味で、嫉妬深い。妻のジゼルは美しく、朗らかで、教会のボランティアや慈善活動に熱心だった。名家の生まれだ。娘のクラリスは当時十八歳。愛らしい容姿だが、友達を多く求めるタイプではなく、内気だった。弟のガブリエルは逆に朗らかで、元気な少年だった。そして、ジゼルの実家は家名を重んじる家だった」
ハイドは黙って聞いていた。記者は続けた。
「彼女の実家、ベルモンド家は旧家で、代々政界で活躍している。ジゼルの父親も彼女の兄も共和党の議員だ。スキャンダルは許さなかった」
「あなたがどこまでご存知なのかは知らないが、お教えしますよ」
そう言ったハイドの声はどこか生き生きしていた。
「マクシム・デリダはジゼル・バルドーと不倫関係にあった。彼は初め、教会主催の慈善バザーに出席していたクラリスに心惹かれていたが、結局ジゼルと恋人同士になった。彼らは二年以上関係を続けました。そこで、話を一家惨殺の事件が起こった夜に進めます。デリダはその日、仕事を休んである場所に出かけた。匿名の手紙が届いたからです。手紙には、秘密をばらされたくなければ、指定した場所に来いと記されていた。デリダはその告発を、自分とジゼルのことだと考えた。彼は指定された場所に行きました。そして二人の人物にその姿を目撃された」
「脅迫の手紙のことを、マクシム・デリダは警察に話さなかった。いくら疑われても、あなた以外には誰にも」
「手紙を処分していたからですよ。それに、ジゼルとの関係を打ち明けるのが怖かった」
「それでも、デリダはあなたに告白した。あなたはその話を信じたということになる。薄弱な彼の話に乗って、証人を探してやった」ベルジュラックはハイドの目を見て言った。「平凡な勤め人のデリダが、あなたに十分な礼ができるとは思えない。しかし、ベルモンド家がそれに乗った。あなたに礼をすると言ったんです」
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