2 / 6

繰り返される運命

俺を憎んでいた目がなくなる。 希望に満ち溢れ、期待に胸を躍らせている。 そんな様子が伺えた。 タイムリープ。 時間を遡ること。 きっと世界は良い方へ向かっていく。 そんなことは一切ない。 聖女として召喚された俺は無能だった。願っても願っても叶わない。世界は救われない。どう足掻いても意味がない。分かったのはそれだけだ。 回らない世界。 進まない世界。 俺だけが同じ時間をぐるぐると回っている。 最終的には真の聖女が現れ、俺は殺される。そんな世界だ。無意味な世界だ。神は俺を嫌っている。 「聖女様。お目覚めですか。」 いつもの騎士だ。勇ましい顔で、優しい声で、気遣ってくれる。無能と知った時こいつが一番豹変した。嫌いだ。大っ嫌いだ。 「私の名は…。」 「いい。祈ればいいんだろ。」 いつものように祈るだけ。 どうせまた同じ未来が待ってるのなら、まともに死にたい。 処刑でも毒殺でもなんでもいい。 殴り殺しだけは嫌だ。 痛いのも苦しいのも嫌だけど、一瞬で死ねる死に方がいい。 冷たい川。 「水死は嫌だな。凍死も寒いなぁ…。」 目を瞑り、指を絡める。 「あと何回死ねばあの世に連れていってくれますか。ねぇ、神様。あなたの怒りはどれ程で治りますか。まさか一生なんて言わないでよ。お願いだからさ。ねぇ、神様。」 死にたいよ。 地獄でもいいからどこかこの世界じゃない遠くに連れて行って。 「聖女様、何故祈りの方法を知っていたのです。」 「何度もしてきたからだよ。」 「異世界にもこのような祈りがあるのですね。」 「…。」 「文献には無知な人間だと書かれていましたが。」 「文献…?そんなものが。」 「ええ。ご覧になられますか?」 「見たい!」 「分かりました。」 ここに来て、そんなものが出てくるなんて。何か手掛かりがあるかもしれない。そう期待して、文献に手をかけた。しかし、結論から言って手掛かりなど見つけられなかった。がっかりして、文献を放り投げる。 「本に八つ当たりしても仕方がない…か。」 文献を拾おうとした時、たまたま開いたページが目に入った。 『聖女と悪魔。世界を滅ぼさんとする悪魔が聖女を攫い、喰ったという伝説がある。騎士が悪魔を倒したことで、聖女の力は地に帰り、瞬く間に厄災はなくなった。しかし、悪魔が聖女を喰らったことで、被害が拡大し、騎士がいなければこの世界は滅びていただろう。その為、悪魔から聖女を護るために騎士が必ず側にいなければならない。』 よくある伝説で、騎士が側にいる理由を聞いた時こんな話をしていたことがある。 「悪魔。そっか悪魔か。」 神の敵。 神から逸脱した存在。 ゴクリと唾を飲み込んだ。 悪魔を探そう。 どこにいる。 図書室に行こう。 その場を走り出す。 「聖女様、どちらにいくのですか。こちらに来たばかりなのです。あまり歩かれてはお身体に触ります。」 「…この国のことを知りたいんだ。図書室に行きたい。早くこの国を救うために。」 大嘘をついて、図書室に連れてきてもらった。気になる本、主に魔術についての本を取っていく。あの騎士は俺が何を読もうとどうでもいいはずだ。早く早く。 『黒魔術』 そう書かれた本を手に取った。 『目次:壱)蘇生術 弐)遡行術 参)悪魔召喚』 主にこの3つの題が並んでいた。目次に従って、362ページを開いた。悪魔召喚と大々的に書かれている。胡散臭い。だが、それでいい。 『悪魔を呼び起こすことは禁忌に触れると呼ばれている。だが、古来より神に逆らうものとして讃えられてきたのも事実である。私は、その悪魔を呼び起こす魔術をついに見つけ出した。先に述べてきた2つの魔術は残念ながら研究途中となってしまったが、悪魔召喚は行うことができる。ただし、一つの注意事項として、呼び出したら最後対価を払わなければならない。対価はそれぞれの悪魔によって異なる。私は声を差し出した。その悪魔によれば、何か願いを伝えればなんでも叶えるそうだ。もちろん、対価は大きい。それを十分理解して、悪魔召喚を行って欲しい。魔術の手順は以下の通りだ。』 「自室に戻りたい。やっぱり疲れてしまった。」 「そうですか。わかりました。」 俺の手を取って歩き出す。 あまりに優しく、紳士的だ。 「一人で眠りたいんだ。人がいると眠れない。暫く入ってこないで欲しい。」 「畏まりました。」 ホッと息を吐き、いくつか借りてきた本の中から先程の『黒魔術』と書かれた本を取り出した。ペラペラと本のページをめくり、描かれている魔法円を真似て描く。部屋に置かれた刃物で指を切り、その上に流す。ポッと光が放たれ、魔法円が起動した。 『ジュレイル アルガネロ プルートゥ ハルーサ ジャワネーロ フル トゥーサン ガルアーネ』 演唱。本の言葉をそのまま読んだ。魔法円がさらに光を放つ。そして、今度は白い煙が魔法円から放出され、あたりを飲み込んだ。瞳に悪魔が映った。 「悪魔…。」 人型だ。 でも、人とは違う。 大きなツノがついている。 「ひぇー、久々の外界だな。で?呼び出したのはお前か?」 ケケケと禍々しいオーラを放った悪魔が俺の周りを飛び回る。 「そう!俺が呼んだんだ。対価はなんでも払う。だから、俺の願いを聞いてくれ!」 「くくく、相変わらず、人間ってのは欲深いなぁ。いいぞいいぞ、なんだぁ?願いってのは。」 「俺を殺してくれ。魂ごと消滅させて、それで二度とこの世に存在出来ないようにして…。」 「ほぅ?まさか人間に殺してくれなんて言われるとはまた、酔狂な願いだ。いいないいな、俺はお前の魂が喰える。お前は死ねる。面白みにはかけるがまぁいいか。」 爪を剥き出しにした悪魔が俺の胸を切り裂こうとした。俺は両手を広げ、それを受け入れようとした。その時だ。悪魔の爪が弾け飛んだ。 「えっ…。」 「いてぇ…。なんだお前。」 壁が存在するかのように、悪魔の攻撃は一切俺に届かなかった。 「お前…、さては呪われてるな?」 「呪い…?」 確かに呪いと言われていいほど苦しい思いはしてきた。でも、神が普通人の子を呪うか? 「ケッ、こりゃ時間がかかるな。」 「えっ、今すぐ殺してくれないの?」 「今の俺には無理だな。」 「どうすれば殺してくれるんだよ。」 「呪いを解くか、俺に負の感情を与えることで呪いを上回るかだな。呪いを解くのは無理だな。お前にぬっぺりこびりついていやがる。効率的なのは、負の感情だな。」 「負の感情ならいくらでも持ってる!」 「お前の負の感情は、呪いによって俺は干渉できない。他の奴の負の感情だ。」 「それなら丁度いい。俺が役立たずと知れるのはすぐのことだ。そこら中から負の感情が溢れかえってくるはずだ。」 なんだ、そんなことなら直ぐに終わる。 俺も直ぐに解放される。 よかった。 これで俺も救われる。 よかった。 これで死ねるんだ。 「聖女様。」 どうして救われない。 どうして世界は救われない。 そう言いたそうにする騎士の姿が見えた。 俺はにこりと笑った。 「もうすぐ世界は救われるよ。」 だって俺、もう直ぐ死ねるんだ。心は今までにないくらい晴れ晴れとしていた。それに反して、世界は徐々に暗闇に支配されていく。俺への風当たりも酷くなる一方だ。 「お前、嫌われてるな。」 「そんなこと昔からだ。」 「ふーん。」 俺が呼んだ悪魔は人には見えないらしく、よく俺の周りをふよふよと飛び回っている。神官と呼ばれる人間達も見えなかった時は腹の底から笑ってしまった。お前らは一体何を見て、何に祈って、何を祓っているのかと。 「ずっと気になっていたんだがよぉ、お前なんでこれから先起こる未来を知ってるんだ?」 「何度も見てきたからだよ。」 「見てきた?お前、まさか時間を遡ってんのか?」 こくりと頷くと、悪魔はギャラギャラと笑った。 「まさか人間がそんなことしてるなんてな。そしてそんな人間が死にたいってな。くははははは。傑作傑作!ん…でも待てよ。お前呪われてる原因ってそれか。」 「巻き戻りが呪いの原因?」 「知らねーのか。時間を遡んには、呪いを受けないといけねぇ。お前のそれは、なんだか分かんねーけど。こぉんなに俺が負の感情を溜め込んでも殺せない理由が何かあるはずだな。ふん、脳かせ、見てやるよ。」 悪魔は俺の頭を掴む。頭に何か衝撃が走った。 「あっ、ぐぅ、ぅうぅうあっ、うううう…。」 「おーおー、大丈夫だ。ちっと、見るだけだからよ。こんくらいなら呪われてても見れるってもんよ。」 脳が抉られる感覚。何かを覗かれる。 「ひぇー、なるほどなるほど。ひぇー、相変わらず、人間はクソだな。ふんふん、そろそろ始まりの日だな。」 「あぐっ、ああああ!」

ともだちにシェアしよう!